2話 記憶潜り
古書店の奥にある本棚。その本棚に置かれてる絵本の一冊に認証装置が付けられている。
本を開き中ほどにある猫みたいな化け物が描かれたページに手をのせる。祖父曰く猫らしい。
手を乗せて数秒後、ガコンッとロックが外れる音がし本棚が下に下がっていく。
すると鉄板で覆われた地下へと続く通路が現れる。この先に記憶に潜る為の装置がある。
「この先に祖父の装置がある。店は休業中にしたから人が来ることも気にしないでいい。時間かかりそうだし」
「お店を閉めさせる事になってしまってすみません」
元アイドル橘茉莉が申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
まるで借りてきた猫のようだ。先程からずっと申し訳なさそうにしている上に謝られてしまった。
なにもしていないのに少し罪悪感を覚えてしまう。
「気にすることはない。この店は誰も近寄らん。な?湊」
「はは……」
事実に乾いた笑いが出る。確かに人は寄らない。そもそも地上という時点で本の購買層である富裕層は誰も来ない。
月に一、二度物好きが冷やかしに来るくらいだ。
通路をしばらく進むと後ろで扉が閉まる音がする。と同時に備え付けられたライトが通路を照らす。
しばらく使っていなかったのと配管が壁に張り巡らされている影響で埃っぽい。
何時はったのかわからない蜘蛛の巣もある。
「そういえば、お名前まだお聞きしてませんでした。湊さんでいいんですか?」
「あぁ、湊でいい。木嶋湊。好きにしてくれ」
「私の名前はもう知ってるみたいですし……茉莉でいいですよ」
「そうか。じゃあ、もう作業場に着くしこれからやること説明する」
――記憶潜りとは、通称ダイバーと呼ばれる資格を持った者達が専用の機械で対象の記憶に潜り、その瞬間を見る事これをダイブと言う。
記憶に潜られる際に対象は強烈な嘔吐感に襲われ、症状は一瞬で収まるがその後は体中を虫が這っているような感覚に襲われる。
その為、拒否反応で逃れようとする者もいる。ダイブ中に装置が外れてしまうとダイバーは精神を持っていかれ廃人になってしまう為椅子に着いた拘束具で対象者を固定する。
次に記憶にアクセスるためのヘルメットを被せる。大量のケーブルが繋がれたヘルメットには目の前にリング状の瞼を無理やり開かせる器具が降下式でついている。
施術者はこのリングに向かって光を当て目に集光させる。その後、自身にも似たようなヘルメットを被りダイブする。欠点はあるとはいえあるのだが気にする事はないだろう。
「というのが説明だ。いかに不快感を与えないかがダイバーの腕の見せ所だな」
「なるほど、だから私は椅子に固定されたわけですね」
作業場に着いた俺たちは説明しながら橘さんを椅子に固定した。
円形上の部屋に大量の映像確認用のモニター、中央に固定する椅子といった具合だ。
「まるで拷問される前みたいですね」
「まぁ、見た目はそうだろうな。だが、忘れた記憶思い出させたりトラウマの原因を見つけたりするのが目的の物だから心配はない」
「正規の設備ならな。ここのは違法な物だし免許は持ってないだろお前は」
「えっ!?違法!?無免許!?」
茉莉が驚いて目を見開く。叔父さん余計なことを言うんじゃない。
「ここのは違法だし免許も俺は持ってないが大丈夫だ。何回もやってきている安心しろ」
「うぅ……悪いセールスマンに捕まった気分です」
「さて、ここからどういう記憶を探せばいいのか教えてくれ」
叔父さんと茉莉が目を合わせると無言で頷き、合図をする。
かなり深刻な顔をしているが、何があるというのだ?
「彼女は汚染区域内の生命保持機能の付いたタンクに冷凍睡眠で保護されていた。エルピスの調査隊が発見し装置から彼女を回収した。
それから1週間経っても彼女は眠ったままだった。その間に色々と検査をしたが結果は最悪だった。
彼女の心臓には恐らく遺物か遺物から作られた爆発物が移植されている。爆発の鍵と共にな。
鍵のほうは調べたが特に害はない。ただ、心臓から切り離しても宿主が死んでも起爆するように設定されていた」
なるほど、という事は彼女を死なせれば周りも巻き添えを食らうという事か。
厄介な物を見つけたから警備部長である叔父に厄介払いしろ命令が下ったのだ。
「だから、それを解除できるような鍵になる記憶を探れと」
「そういうことだな。エルピスの連中は宇宙にでも打ち上げて殺してしまえとうるさくてな。
だが、爆弾の影響範囲がわからない以上それは出来ない。だから解除するかもう一度冷凍睡眠させる必要があった。
だが2回目の冷凍睡眠には彼女は耐えられない。だから解除する方法を見つける必要がある。彼女の記憶から」
どういう事だ?未来を見るために意識だけ機械に切り離して体は保存。
何度も蘇生と冷凍を繰り返しては過ごしている奴もいるくらいだ。今時珍しくもない。
そもそも記憶を見るだけだったらエルピスでやればいい事だ。わざわざ無免許のこの店に来る必要もない。
「事情は分かった。でもなんでエルピスで記憶に潜らなかったんだ?ここよりいい設備があるだろう」
「上で見ることは……できなかった。まぁやればわかる」
見ることが出来なかった?少なくともここにあるものより最新型が置いてあるはずだ。
疑り深い目で頭についている装置を見ている茉莉の目に器具を着け瞼を開かせる。
「ちょっ、ほんとにこれ大丈夫なんですか!?凄く目が乾燥するのと、凄くしてはいけない顔している気がします!」
「大丈夫だ。気にするな。それじゃあ始めるぞ」
「はい!でも、なるべく早くしてください!目が痛いです!」
対になっているもう一つのヘルメットを被り、装置を起動するレバーを下す。
潜るのは彼女が誘拐された時と、それ以降の記憶だ。そこから何かつかめるはずだ。
……起動音はするがダイブできない。ガチャガチャとレバーを上げ下げする。
ダイブできない……?
「湊さん!まだですか!?目が!目が!」
「あぁ、悪い。今外す」
拘束具と目についていた器具を取り外す。
両手で目を擦りながら椅子の上で足をバタつかせながら擦っている。
そもそもそんなに乾燥することはないのだが……
「な?見ることが出来ないだろ?」
「確かに……」
確かにダイブできなかった。だが、原因は大体分かった。
手元にあるモニターが彼女の事を機器が認識していないことを告げていた。
「彼女は個人登録されてない。つまり、ナノマシンで登録されてないな?」
「そうだ。彼女は200年前に冷凍睡眠処理を施されていた。登録制度が浸透していないうちに誘拐されたんだろう」
記憶潜りにはあるものが必要になる。ナノマシンだ。
脳にアクセスするためにナノマシンが触媒として必要になる。
今の時代に医療にも使えるナノマシンを入れてない人間はいないのだ。
だからこそ、冷凍睡眠にも耐えれないという事だ。むしろ耐えれていたのが不思議なくらいだな。
ナノマシンの事は200年前に個人登録が始まったこともありされていると思い込んでいた。
叔父の言う通り、彼女は登録制度が始まる前に誘拐されたのだろう。
「なら、潜ることは出来ないぞ」
「お前なら出来るさ。ムネモシュネの瞳があるからな」
「!?あれを使うには代償がいる!そう簡単に使うものじゃ――」
――いや、そういう事か。
ここに来て、装置を使わせたという事は違法行為を浮遊都市の警備部長の前で行ったという事。
運が悪ければ20年は檻の中で過ごすことになる。解除するための鍵を探すためとはいえ強引な……
とはいえ、こうなってしまえば返答は一つしかない。
「わかった。やるよ」