ふまん
俺には石橋という仲の良い友達がいる。
親友とか、そういうのではないだろうけれども、特別なにか取り繕う必要もなく、気兼ねなく会話ができる良き友人だ。
その日も、授業の合間に雑談をしていた時のことだ。
「実際のところ、大地と青井さんって付き合ってるのか?」
「なんだよ急に……あいつとはそういう関係じゃないぞ」
机の中から次の授業で使う教科書を取り出していたら、隣から尋ねられる。
幾度となく聞かれたことのある質問だが、答えはいつも同じだ。
幼馴染がこの年齢になってまで身近にいる人間からすれば、家族の次に接した時間の長い人が幼馴染になる。
それ故に、感情も家族に感じているものに近い。
石橋が見ている青井心という女性と、俺が見ている青井心という女性は必然的に見え方も異なる。
可愛い先輩だけではなく、ダメな部分も鮮明に視界に入ってしまうのだ。
逆も同じだ。
彼女からすれば、俺は他の男子生徒とは違う捉え方をしていることだろう。
弟の様に感じているのか、それとも家族の様に感じているのかは彼女にしか分からないことだが、事実として交際しているわけではない。
「青井先輩ってちょっと抜けているところがあるけど、明るいし人気あるよな」
自ら問いかけておいて、まるで言葉を聞いていない石橋は窓の外を見上げて惚れ惚れした様子で呟く。
心のやつ、意外に人気なんだよな……
話半分で、石橋の言葉を聞き流しながらそんなことを思う。
天然系お姉さんというやつか。
フレーズだけは、本当にいっちょ前のメインヒロインのようだ。
「という話を石橋としていた」
「私がメインヒロイン? つまり、これは攻略完了?」
カバンを肩に掛け直しながら、自宅へ向けて歩いている最中に起きた会話について話をしていた時に、心が呟く。
少し前に踏み出し、くるりと身を翻して期待の眼を向ける彼女に溜息が零れる。
可愛らしい仕草でも、中身を知っているから魅力半減。
視線の先で、彼女の後ろに小学生が歩いていたので、心の制服の袖を掴みこちらに引き寄せる。
「おっと」
小学生たちも、ギリギリで心を避けさせたので、少しだけ驚いたように視線を上にあげる。
彼女は、軽快に「少年たち、ごめんよ~」なんて、微笑んで手を振っていた。
屈託のないこの表情が、周囲の人たちの心境に容易に入り込めて親しくなれる理由なのかもしれない。
でも、正直にそれを彼女に告げてしまうのも何か負けた気分だ。
今度、家事の一つでもこなしたら、称賛の言葉と共に伝えてやろう。
再び、心と並び進む中で、会話の内容は二転三転する。
しかし、飽きることなく静かに耳を傾ける。
「それで、だいちゃんは石橋君の質問になんて答えたの?」
「もう終わった話じゃなかったのか……」
思い出したかのように、心が問うた。
別に、俺が答えたのは事実だけだ。
付き合ってなどいない、それだけ。
「付き合ってないって答えたよ、姉弟みたいなものだってな」
「ふーん」
答えると、心は興味がなさそうに声を零す。
視線は前を向き、何を考えているのかは見て取れない。
歩みは止まることなく、自宅付近まで来たところで心が視線を上げてこちらを見据える。
何事か、横目で見やるとそこには不満そうな顔があった。
「だいちゃんの馬鹿!」
「唐突だな、まあ心よりか頭良くないから言い返せないけど」
肩を軽く叩いてきた心は、駆け出し離れていく。
よく分からないやつだ……
姿が遠くなり、突き当りを左へと曲がって心は視界からいなくなる。
怒っているわけではなく、ただ不満があっただけに見えた。
多分、今日は晩御飯に好物でも作らないと機嫌は直りそうもない。
ハンバーグかな……、お子様だからから揚げでも喜びそうだ。
スマホのメモ帳に短く候補をリストアップして俺も同じ突き当りを左へ曲がると、先の電柱に隠れた制服姿の女性がいた。
体は隠しているが、頭はひょこりと出して俺の顔を見ると、さらに一言言い放つ。
「馬鹿!」
「二度も言うな」
馬鹿で、悪うございました。
スマホに書き記したはずの献立リストは、追い打ちの一言で綺麗まっさら白紙へと戻っていくのだった。