しょうじきもの
今回の作品は一話完結を目標に執筆しております
たまに複数話もあるよ!
それは、学校でのことだ。
朝の登校を終えて、午前中の授業を終えたころの出来事。
移動教室の授業から自分たちの教室へ戻るために校内を歩いていた時、偶然心の教室で見かける女子生徒の先輩に声を掛けられた。
「後輩君、何の授業だったの?」
「科学の実験を、先輩も移動教室ですか?」
「家庭科の調理実習だからね、一階の家庭科室で授業だったの」
制服の上着は身に着けておらず、白のワイシャツにリボンだけの姿だったので、その理由を聞いて納得した。
単位制の高校なので、家庭科の授業は選択制だ。
心は違う科目を選んでいたと記憶している。
まあ、先日の内容を鑑みれば、それは正しい選択だったと思う。
クラスメイトの石橋が「先に戻ってるなー」と、教材を持ちながら声を掛けてきたので、短く返事を返すとふと先輩に問いかけた。
「今日は何を作ったんですか?」
「あ、やっぱり気になる?」
先輩は、ニヤニヤと口角を上げて意味ありげに微笑む。
ポケットの中からスマホを取り出すと、授業で作った料理の写真を見せてくれた。
そこに並んでいたのは、女子が好きそうなパンケーキだ。
ホイップクリームとブルーベリージャムが添えられて、ミントの葉だろうか、バターの横に緑色を入れる意味でちょこんと置かれていた。
写真で見る限りでは上手に焼き目がついて美味しそうな仕上がりだ。
「美味しそうですね、焼き色も均一で」
「一枚目はちょっと焦がしちゃったけどね、後輩君は心の食事をよく作るんだって?」
「ええ……まあ」
その情報が、どこから仕入れられたのかは予想するまでもない。
栗毛色のアホ毛を生やしたほわほわ笑顔のあいつだろう。
目の前の先輩女子生徒は、黒髪でキリっとした釣り目でクールな印象を持つので、心とは正反対なコンビだ。
含みのある笑みは、消えることなく言葉は紡がれる。
「心、いつも自慢してくるんだよ『だいちゃんの料理が一番美味しい』って」
「そうですか……」
そこはお母さんを追い越さないでもらいたい。
嬉しいことだが心の母さんに申し訳ないところもあり、苦笑いを浮かべるしかできない。
向かいに立っていた先輩は、すぐ隣まで寄ると肘で小脇をつつかれると、ほのかに心とは違う華やかな香りが漂う。
……クールなお姉さんもいいですね。
もしかしたら、俺はお姉さんキャラが好みなのかもしれないことに、今この瞬間気が付いていると、先輩は軽い口調で続ける。
「今度、私にも食べさせてよ」
「ええ、機会があれば」
そんな機会が訪れることは、今後訪れるとは思えないがそう返す。
微笑を浮かべて頷いている先輩と視線が交わっていた時、ゆらりと先輩の後ろで動く影が見え隠れする。
俺だけしか見えていない、その陰の人物はよく知る人物だった。
「だいちゃん……デレデレしてる」
ブツブツと建物の陰に隠れてジト目を送り、呟くのは心だ。
友人にさえ恨めしそうな瞳を向けるとは……恐ろしい子。
しかし、先輩は全く気が付いていない。
当然だ、背後にいる人間のことなど分かるはずがない。
どうしたものかと、視線を二人に行き来していると不審に思ったのか先輩が振り返る。
少し先には心がいて、振り返ってもなお瞳の色は変わらない。
「ふふふっ……これは心には悪いところを見せたかな?」
状況になんの焦る様子も見せず、先輩は笑うと自ら心の元へと歩みを進めた。
そして、陰に隠れていた彼女の手を握り俺の前に連れてくると、心は暗く淀みのある瞳をこちらへと向けてきた。
「……どうした?」
「浮気者……呪ってやる」
ブツブツと、目の前にまで来て呟く姿に思わず苦笑が零れる。
ただの世間話だし、それに浮気とか以前に付き合ってもいないだろうに。
先輩は、心の栗毛色の髪に手を置くと救いの手を差し伸べた。
「心が話してくれた後輩君の料理の見込んで、私が作ったパンケーキを見てもらったんだ。盛り付けとかに自信がなかったからね」
「え、そうなの?」
「ああ、本当さ。心配するようなことは何もない」
優しく妹をあやす姉のような姿に、とても同い年とは思えない。
心配そうな声音で向き合う二人は、自然と笑顔に変わる。
良かった……友人が険悪な関係になるのは損しかないからな。
これで一件落着、俺も教室に戻って休み時間をゆっくりできると思っていると、心が言葉を零す。
「よかったー、彩ちゃんよく男見る目がないって言われてたから、だいちゃんに恋しちゃったのかと思ったよー」
「……」
「……」
大問題発言、ここに投下。
無事、先輩のあやちゃんさんは撃破された模様です。
片膝をつき、漫画であれば絶対に口から吐血しているほどのダメージを追った先輩は、震える足で立ち上がる。
「こ、心? それは誰が言っていたんだい?」
先輩は、心に尋ねる。
ダメだ、答えてはダメだ、そう心の中で俺が叫び、心にだけ見えるように首を横に振る。
しかし、彼女は止まることなく口を開く。
「皆言ってたよ?」
「ぐふッ」
悪気がなく純粋に聞かれたことに答えてしまった心の言葉に、先輩はその場に倒れ込む。
やってしまった……
きっと、彩ちゃん先輩も心に対しては何も悪く思わないのだろうが、それでもかわいそうだなと思ってしまった。
それと同時に、心に今日こっそりと彩ちゃん先輩の武勇伝でも聞いてみようかなと、悪い好奇心が働いてしまったのだった。