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来訪者



 ある日の夜。

 普段のように、夜の時間を動画投稿サイトを開いて気になる動画を見ながら過ごしている時のことだった。


 向かいの部屋の窓が豪快に開けられ、また来たのか……なんて思っていると、いつもより三倍増しくらい激しいノックが窓を襲う。


「なんだ、どうした」


「ややや、奴が出た!」


 窓を開けた瞬間に、飛び移るように心が部屋に入り込む。

 思わず、彼女を受け取めて問いかけると目尻に涙を浮かべて言った。


 奴……ああ、奴か。

 彼女が最も嫌い、奴のことだな。


 その名を口にすることすら恐ろしい、黒い光沢を帯びた高速移動生物か。

 俺も、本当は苦手なんだよな……


「きゅ、救援を求む! だいちゃん倒して!」


「ゲームみたいな言い方だな」


 木に抱き着くコアラのごとく、俺の腕にしがみつく心を椅子へと移動させると、適当に奴を対峙するように使えそうな箒やらを掴み、窓枠を超える。


 開けっ放しになっていた心の部屋に踏み入れると、その姿を探す。

 心は、俺の部屋からプルプル震えながら、その背中を見守っていた。


「どこだー?」


「よ、呼ばないで……静かに、そして速やかに」


 ……どこの仕事人だそれは。

 先日、片づけをしておいたばかりなので、荷物は散乱していないので隠れる場所は少ない。


 ベッドの下か、勉強机の付近、それか壁や天井だ。

 きょろきょろと彼女の部屋を見回して、その姿を探していると、心が何かを思いついたかのように口を開いた。


「あ……乙女の部屋だから、じろじろ見ないでね?」


「今更かよ……というか、その乙女の部屋を掃除しているのは誰かのかを今一度考えてから言ってください」


 恥ずかしそうに、頬を赤らめて告げた心に対して、溜息を零しながら言い返す。

 確かに、乙女の部屋ではあるのだが、この部屋が乙女要素を維持できている理由をしっかりと考えてくださいね、そして自覚してくださいね?


 後方から余計な一言に、集中力が途切れてしまったので再び捜索を開始する。

 時間としては、三十分くらいだろうか。


 彼女の部屋の陰になるような場所を手あたり次第探し回って、たまにコンコン壁や床を叩くことで驚かせようと試みたり、いろいろしているうちにようやく相手とご対面した。


 高速で壁を駆けあがる、黒い物体G

 噂では、ガラスでさえも駆け上がることが出来るというのは誠だろうか。


 ここは男らしく、箒の一閃で全てを終わらせたいところは本音だが、女性の部屋でそれをするのも忍びない。


 どう対処するかと思い悩みながらも、とりあえずはすべての窓を解放した。

 室内に置いてあった虫よけスプレーを手に取り、効果はないが誘導には使えるだろうと構え、念のために心に告げる。


「俺の部屋の窓は閉めておいてくれ」


「……」


「こころー?」


 視線を逸らすと、一瞬でどこかへ消えてしまう可能性がある。

 横目でチラチラと姿を確認しながらも、自室に視線を向けるが先ほどまで窓枠に手を置きこちらを見ていたはずの彼女の姿はない。


 もしかしたら、怖くて一階に降りてしまったのかもしれない。

 それなら致し方ない。


 俺の部屋に移ってしまったら、その時は豪快に駆除しよう。

 そう決意して、手に持ったスプレーを噴射して気持ちの悪い動きを見せる目標い生物Gを誘導させる。


 変な後方へと進みそうなときは、握った箒でそれを食い止め、地道に作業すること十分。

 俺の部屋とは違う方向の窓から、その羽根を羽ばたかせて退散していくGを見て、思い知ったかと一人達成感に思いを馳せていた。


 乱れてしまった彼女の部屋を最低限だけ直しておいて、自分の部屋に戻るべく窓枠を超える。

 最初に踏み出した一歩で、自分のベッドに足を下ろして下に目線を落とす。


「ふふ……」


「……」


 そこには、人のベッドでスヤスヤと居眠りをしている女性の姿があった。

 こいつ……人に頼んでおいて、勝手に寝てやがる。


 俺の苦労はなんだったのだ、そんなことを思いながらも思いついてしまった。

 適当な大きさのものを探し、筆箱の中の消しゴムが最適だと掴み心の額にそれを乗せる。


 ベッドから降りて、わざとらしい距離を作ってからニヤけそうな口元を正して声を張り上げた。


「心、動くなよ」


「ふえ!? あ、何、もしかして……」


 だらんとベッドから垂れた彼女の腕を指先で突いて起こすと、額を指さし制す。

 何かを察したのか、視線を上にあげて心は硬直する。

 額に何かが乗っていることに気が付いたのだろう。


 そして、状況的に自分の額に乗っているものが何なのか、思いついてしまったらしい。

 まあ、消しゴムなんだけどね。


 ぎゅっと目を閉じて、しかし動くこと叶わず。

 手で助けを求めるように、俺の服を掴む姿に思わず口角が上がる。


 俺の苦労を少しは分かってくれただろうか。

 そろそろ、ドッキリだと言わないと泣きかねないので彼女の額から消しゴムを取り去ると、安心したように瞼を上げる。


 目の前には俺が指先で摘まんだ消しゴムが。

 それを見て、からかわれたのだと悟った心は、頬を目いっぱい膨らませる。

 

 それはもう、リスが餌を頬袋に溜めるかのように。


「だいちゃん!」


「人に退治を頼んでおいて、寝ていたのが悪いんだぞ」


 手をブンブンと回して歩み寄る心の頭を手で押さえて、悪びれることなく言う。

 こうして、夜に訪れた望まぬ来訪者の駆除は終わった。






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