かえりみち
一日の最後の授業を終えて、手早く荷物をまとめると席を立つ。
教室では、まだクラスメイトが放課後の予定を話し合う中、そそくさと教室を後にした。
下駄箱で内履きと外履きを履き替えて、いつも待ち合わせの場所にしている正門前に辿り着くとそこには心が先に来ていた。
友人たちに笑顔で手を振り、別れの挨拶をしている横から声を掛けた。
「お待たせ」
「ううん、今来たところ」
「……」
「ごめんね、言いたかったんだこのセリフ」
片目を閉じて目配せをしながら告げた心に、少しだけ冷たい視線を向けると彼女は赤面してもじもじと言った。
まあ、確かに俺の声の掛け方も、まさにそのテンプレートだったからな。
特にフォローすることもなく、正門から帰路につく。
隣で並んで歩く心は、今日一日の間に学校で起こった面白い出来事を話し、それに対して俺が相槌や返事を返す。
楽しそうに話す彼女の言葉を遮ることはしないのが、俺達の暗黙のルール。
一通り、彼女が話したかったことを話し終えると母さんから頼まれていた買い物に二人で向かう。
帰り道の途中にある、駅前商店街の精肉店や八百屋で夕食の食料を調達してみると、昼に心が速攻でたたき出した合計金額は命中しており、どや顔を浮かべていた。
途中、呉服店の前を通り過ぎた時にチラリと気になる商品が視界に移る。
「心」
「うん?」
店の前に店頭出しをしていた帽子を手に取ると、彼女の頭にかぶせる。
普段、癖毛な心だから髪形を隠せる帽子を一つ持っているのもいいかもしれない。
紺色のマリンキャップ帽をかぶせてみると、案外似合っている気がする。
「どう、似合う?」
「悪くないと思う」
「ほんと? じゃあ、ちょっと他のも試してみようかな」
ベースボールキャップやベレー帽、ニット帽など様々な帽子を試しては、感想を求める心に俺の好みになってしまうがその都度感想を答える。
ニット帽なども悪くなかった。
そして、最後に彼女が被ったのは麦わら帽子だ。
「どうだ!」
「それは無しだな、虫取り少年みたい」
「えー、可愛いのに」
ブツブツと不貞腐れたように商品をラックに戻す心は、最初に俺が手渡してみたマリンキャップを手に取って嬉しそうに微笑む。
「これ、買ってくるね」
「いや、別に今買わなくても……」
言い返す言葉を最後まで聞くことなく、彼女は店内に入る。
そして、女性の店員さんに商品を手渡してお代を取り出す。
……俺が買うと言えばよかっただろうか。
自分で彼女の頭にのせてみたから、ここは買うのが男らしいのだろう。
マイナス一点、俺の青春への道が遠のいた。
店内から出てきた心の頭には、既にマリンキャップを被った状態で満面の笑みを浮かべていた。
「買っちゃった」
「俺が買ったのに……」
「いーの、私が欲しいと思ったから」
そう言って、自宅までの歩みを再開する心の背を追って歩く。
栗毛色の髪がゆらゆらと腰のあたりを左右に揺れて、頭には紺色のキャップで隠された頭部からちょこんとはみ出した癖毛に、少し笑ってしまった。
商店街を抜けて、住宅街へと入ると小学生が公園などで遊ぶ声が響く。
太陽も傾き、夕焼けに空が染まる。
隣でルンルンと弾む世に歩く心に問うた。
「今日は両親は帰り早いのか?」
「んー、たぶん今日も遅いんだと思う。最近忙しいって言ってたから」
心の両親は同じ職場で働く共働き夫婦だ。
繁忙期も自然と同じになるので、帰るのが遅い日は二人とも遅い。
俺の家で心が食事を食べることも多いが、彼女の家で俺が何かを作ることも多々ある。
今日は、どちらにしようか迷っていると、心が言った。
「今日は、だいちゃん何を作ってくれるの?」
「作るのが確定なんだな」
腕を後ろに組んで、楽しそうに問いかけてきた心に苦笑を含めて返す。
彼女の中では、俺が食事を作るのが確定していたらしい。
どうせだし、彼女の両親が返ってきたときに少し食べられるような握り飯でも作っておくかと思いながら、二人肩を並べて自宅に帰るのだった。
親に頼まれた食料を手渡してから、簡単な部屋着に着替えるとすぐに隣の家に向かう。
リビングを通り過ぎる際に、「飯作ってくる」と告げると、「胃袋をしっかり掴みなさい」と母さんが意気込んでいたのを完全にスルーして玄関を開ける。
……なぜ、俺の周りにはこんな人達ばかりなのだろうか。
神谷家を出て二秒、隣の青井家の玄関を開ける。
玄関では、既に彼女のローファーが不揃いになっていたので、綺麗に並べなおすと青井家のリビングに進む。
廊下には靴下が、リビングの戸の前には制服の上着が、リビングにはスカートが。
犯人に連れ去られる際に、少しでも証拠品を残そうとしているみたいだ……
まあ、その証拠品の先には俺が中学時代に来ていたパーカーを着た女性がいるのだが。
全ての制服を拾い上げて、靴下は洗面所へ他はハンガーにかけてから一言だけ注意をした。
「制服にしわが残るだろ」
「ありがとうママ」
「誰がママじゃ」
ツッコミを返してキッチンへと向かうと、ソファの背から頭をひょこりと出して心が口を開く。
「ご飯なーに?」
「お前の肉だ」
包丁の切っ先がキラリと輝き、低い声音で告げる。
まったく、俺や彼女の両親が甘すぎるのは自覚しているのだが、そろそろ年頃の女の子だ。
今度の休日に料理を教えてみようかな……そんなことを思いながらも、青井家の晩御飯のオムライスの調理に取り掛かるのだった。