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ひるやすみ



 学生達が腹を空かせる正午の昼休み。

 持参した弁当を食べる生徒もいれば、学食を購入する生徒もいて、各々が自由なひと時を過ごしている。


 教室でお昼を迎えた俺は、カバンの中から母さんが作った弁当を取り出して思い出す。

 そういえば、心の弁当は今朝俺が彼女の家に訪れた時に、心の母さんから預かっていたんだ。


 ……完全に忘れていた。

 やってしまったと、頭を掻きながらカバンに入ったもう一つの弁当箱を取り出す。

 水色の布に包まれた弁当は、少しだけ俺のものよりは小さい。


「悪い、ちょっと届け物してくるわ」


「あいよー、今日も世話係か」


 隣の席で親しくしていた石橋に一声かけて席を立つ。

 冷やかすような視線に、何も答えることなく教室を後にすると後ろから何やら騒いでいる様子だったが、いつものことだ。


 二年の棟を出て、三年の棟へと繋がる渡り廊下を歩く。

 途中、見知った三年生の先輩の姿を見かけると、軽く会釈をしてから目的地へと向かう。


 三年二組の教室に到着すると、開いていた後方の扉から頭を覗かせる。

 中にいるのは全員先輩で、はじめは気まずい印象を受けたがそれも慣れだ。

 俺の顔を見た女子生徒が、自分の机で項垂れる心の肩を叩く。


「だいちゃん!」


「学校でもだいちゃんはやめてくれって何回も言ってるだろ……」


 栗毛色の髪を弾ませて席を立つ心は、歓喜の声を上げた。

 思わず言葉を返すと、先輩たちの教室内に笑いが生まれた。


 トテトテと軽い足取りで後方の扉前までやってきた心の手に、お母様自家製の弁当をポンと置く。

 すると、彼女は嬉しそうに微笑むと


「だいちゃんが持ってたんだ! 家に忘れちゃったかと思った」


「今朝、渡されていたのを忘れてた、悪いな」


 一言、謝っておくと心は首を横に振る。

 ブンブンと、長い癖毛が揺れてシャンプーの香りが鼻孔に届く。


「一緒に食べよ?」


「いや、俺の弁当は教室だから……」


 手を掴み、中に引き入れようとするのを拒みながら言うと、そっかと納得したような返事を返す。

 そして、自分の席の方へと戻っていったのを確認したので引き返そうとした時、再び駆け寄る足音が聞こえてきた。


「よし、じゃあ行こうか!」


「……友達と食べろよ」


 隣で探検隊の隊長よろしくみたいな掛け声を上げて、意気揚々と歩き出そうとする彼女の手を取り、そのまま教室へと押し戻す。

 先ほど、俺が教室に訪れた時に心の肩を叩いていた先輩を指さし告げると、中から声が掛けられる。


「後輩君、一緒に食べてあげて」


「いや、遠慮しなくて大丈夫ですよ、本当に」


 お願いだから、そこは引かないでくれ。

 ゆっくりと、そして優雅なランチタイムを過ごしたい俺には申し訳ないがいらぬ気遣いだ。


 しかし、既に心は一緒に食べる気満々なのか、一足先に二年の教室へと歩みを進めてしまった。


 溜息が自然と零れながらも、その背を追って校内を歩く。




 教室で、自分の弁当を持ってきた後は屋上へと目的地を変更した。

 俺の教室でも違和感が凄いし、食堂も混雑していたあまり好きではない。


 必然的に、屋上が選択された。


 ちょうど、日陰になる場所で二人肩を並べて昼食を食べ始める最中思ってしまう。

 なぜ、ラブコメであればヒロインとの王道イベントであるはずの昼休みを、お世話しながら過ごしているのだろうかと。


 箸で上手に苦手な野菜だけを弁当の蓋に移動させていた心に、日ごろの鬱憤を込めた弁当リリース攻撃をお見舞いする。


「野菜も食べろ」


「では、愛の口移し―――」


「するか」


 瞼を閉じて口を開いた心の額に伝家の宝刀デコピンを放ち、黙々と食事に勤しむ。

 そういえば、帰りに母さんから買い物を頼まれていたっけ……


 スマホにリストを送っておくと言っていたから通知が来ているはずだ。

 そう思いポケットからスマホを取り出し画面を確認する。


 今日の夕食の献立、加えて必要な材料と大よその金額が書かれたメモが送られていた。

 最近は、キャッシュレスの時代だがどちらかというと現金で持っていたい派の俺は財布の中を確認する。


 脳内では、同時に合計金額の計算が行われている。

 おそらく、お財布事情的には問題ないとは思うが、念のために残高確認をしようと二つを見比べていると、隣で心が呟く。


「2448円だね」


「なんで勉強に関しては優秀なんだよ、そこが逆にイラっと来るわ」


 一瞬、画面を見ただけで数字を計算して見せた心に苦言を垂れる。

 家庭スキルも普段の生活面でも壊滅的な彼女だが、勉強だけは優秀なのだ。


 テスト前もそうだが、入試の際にもお姉さんの威厳を見せられているから、時折頭が上がらない時がある。


 しかし……なんで、勉強は得意なんだろうか。

 少し、ほんの少しでいいから勉学に割いた能力を、生活スキルに充てて欲しかったと願うのは、俺だけなのだろうか。





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