ワインに旅をさせてはならぬ(2012年5月18日)
記憶で書くことなので、間違っている点もあるかもしれない。
ご寛恕のほどを。
アルバイトで、山梨県のリゾートホテルに一か月少々行ったことがある。
河口湖の少し北だったと思う。
夜になると、することがない。
時々コックさんが甲府市のカラオケに連れて行ってくれたが、そうでない日は、宿舎で眠るだけである。
雑誌や小説を読みながら、酒をちびりちびりと飲むことで、何とか夏の夜長を気持ちよく過ごせた。
富士山、というワインを見つけた。
一升瓶のワインだ。
農家の直営店だったと思う。
手作り感たっぷりのラベルだった。
確か、農協に注文したラベルを手作業で貼っている、と聞いた気がする。
とにかく、ブドウ農家が自分の畑のブドウを使って作ったワインだった。
おいしかった。
とても飲みやすかった。
特にロゼ・ワインが。
そのころ、ワインはフルボトル一本、つまり750ミリリットルも飲んだら十二分だった。
ところが、富士山は、一升瓶一本を飲んでも、全然飽きがこず、悪酔いもしなかった。
私は、すっかりこのワインが気に入った。
東京に帰ったある日、サンシャイン60のワールドインポートマートに行った。
なんと、そこにあったのだ。
富士山が。
うれしくなって、さっそく買って帰った。
わくわくしながら栓を抜き、コップについで飲んだ。
おいしくなかった。
あの軽さ、鮮烈さ、いやみのなさは、どこかに消え去っていた。
ラベルで製造元を確かめても、確かに同じワインのはずなのだ。
だが、そこにあるのは、私が好きになった富士山ではなかった。
「ワインに旅をさせてはならぬ」
本当だな、としみじみ思った。
(2012年5月18日執筆)