りんごみそ
活動報告に投稿した内容ですが、このエッセイ向きの内容なので、こちらにも投稿します。
今日、とある会合があって、帰り道、家のわりと近くに昨年できた割烹に寄って食事をしました。
私一人で食事したのですが、杯を一つ余分に出してもらい、カウンターに二つの杯を置いて、ぬる燗のお酒を注ぎました。
二品目だったか、三品目だったかに、タラの白子のおつゆがあり、思わず、「これ、小さな器に、少しだけ取り分けていただけませんか。お箸も余分に一膳出してください」と、板前さんにお願いしました。
若い女性の板前さんが、「はい。わかりました」と答えて、取り分けの作業をしてくれました。
年配の男性の板前さん、たぶん花板で、たぶん店主だと思うのですが、その人が、「今日は何か特別な日ですか」と柔らかな笑顔で訊いてきました。
「はい。昨日は」
そこまで言ってから、言葉に詰まり、涙があふれてきました。
「あ。お訊きしてはいけなかったですかね」
と気づかう板前さんに、笑顔を向けて、
「昨日は、母の葬儀だったんです。といっても私は養子で、義理の母なんですけどね。九十六歳一か月。イギリスのエリザベス二世女王陛下と、同じ年に生まれ、同じ年に亡くなりました。あまたの時代を生き抜いて、静かに安らかに旅立ちました。タラの白子のおつゆを見たとき、これは母が好んだ料理だろうなと思いまして」
と言いました。
すると花板さんは、「ここから料理を少しだけ取り分けてお出ししますね」と言ってくれました。
陰膳を添えての晩餐の、さあ何品目だったかに、小松菜と胡麻豆腐の料理がありました。その胡麻豆腐にかけられた味噌について、「リンゴ味噌です」と女性の板前さんが説明してくれました。
リンゴ味噌。
寡聞にして聞いたことがありませんでしたが、かすかにフルーティーでこくのある味噌は、胡麻豆腐の味をよく引き立てていました。とても美味でした。
少ししてから花板さんに、「リンゴ味噌というのは、和食の世界ではポピュラーなのですか? 私ははじめて聞きました」と言うと、「これが考案したんです」と、若い女性の板前さんを指し示しました。
この店は、ここのところ何度か利用しているのですが、はじめて入ったとき、その若い女性の板前さんが、きびきびと仕事するさまを見て、『船を編む』の映画版で宮崎あおいさんが演じていた女性板前さんの姿を思い起こし、このお店はきっとおいしいにちがいないと思ったものでした。
私の産みの母も、料理上手で、なかなかくわしかったのですが(老騎士書籍版最終巻あとがき参照)、養子に行った先の養母も、料理は上手でした。
そんな養母ですが、きっと今日の料理は気に入ってくれたことと思います。
ただ、刺身のわさびは、ちょっと効き過ぎでしたね。
(2022年12月19日執筆)




