チキンタツタ
母がお世話になっている施設に行く用事があり、帰りに桜で有名なとある神社に寄り道して、今帰宅したところである。
その神社は、気品のある本殿のほかに、摂社末社をいくつも抱え、都会の真ん中とは思えないような、小さな別世界を形成している。
本殿と、その奥を降りたところにある小社をめぐり、南側に降りると、そこには桜に囲まれた絶好の花見場所がある。
屋台が出ていない。
時節柄、無理もないことだ。
少し歩いてコンビニに行き、プレミアムエビスのロング缶と、チキンタツタと、じゃがビーのオリーブオイルと塩味を買って花見場所に戻った。
ちょうど私の目の前で、ベンチに座っていた三人連れの家族が立ち上がって去っていったので、そのベンチに座り、チキンタツタをかじりながら、ビールを飲んだ。
よい天気である。明日は天気が崩れるというが、今日の桜はまだしっかりしているので、少々の雨なら週明けまで散らないのではないだろうか。
三々五々、見知らぬ人々が、憩いのひとときを過ごしている。
私のすぐ右手には、バドミントンをしている年配のカップルがいる。女の人がとても楽しそうにしゃべりつづけ、時に笑い声を響かせる。二人とも思うようにシャトルを打つことができず、しばしば私の足元に転がってくる。
左斜め前方には、四人ほどの老齢の男性が、いずれも酒精に顔を赤らめ、談笑している。
ベビーカーを押して歩く若い夫婦連れ。
妙におとなびた会話をしながら、そこらを歩き回っている少女二人。
私の心はやわらかだ。
昨日、税務署に赴き年末調整を済ませ、市税事務所への届出も済ませた。確定申告のための準備も、ほぼ終えた。懸案となっていた大きな仕事がいくつかあったのだが、私のするべきことは、おおむね片が付いた。今夜もうちょっとやっておくことがあるが、明日からは小説の執筆に戻れるだろう。
チキンタツタを食べ終えると、じゃがビーの袋を開け、ちびちびとビールの残りをなめながら、宮城谷昌光氏の『史記の風景』を何節か読み進めた。
今日の私は和服である。
よく着古した黒い長着と、黒い袴と、無紋の黒い羽織。羽織の紐も黒い。
その上に和装コートを羽織っている。トンビと呼ばれる様式のものだ。これも黒い。
暑くなってきたので、コートを脱いで膝に置いた。
そのとき、ふわり、と風が吹き寄せた。
顔の周りを涼やかに浄めていく。
なんという心地よさ。
さわさわと、枯れ葉が地面の上で踊る。
枯れ葉にこんなにも風情があるとは驚きである。
美しく咲く桜の花々にも負けていないではないか。
ビールを飲み終えると本をコートのポケットにしまい、立ち上がった。
いつも通ったことのない、神社の東側の道を帰る。
境内から門を越えて、大きな桜の枝が何本も垂れ下がっている。
首を後ろにそらした美女の髪のように見えたのは、ほろ酔いの詩情ゆえか。
こどもたちのにぎやかな笑い声に送られて、私は家路についた。




