若狭のフグ(4)
朝六時に温泉に入る。
なんとも贅沢なひとときだ。
六時四十分ごろ湯から上がったが、朝食は七時半からなので、少し間がある。
私は思いきり厚着をして旅館の外に出て、日本海に向かった。
民宿の前に海が大きくみえており、三、四分歩けば波打ち際に着く。
遊子という場所は、常神半島の西側に位置している。常神半島の東側は若狭湾だが、ここは何湾なのだろうと思って民宿のご主人に聞いてみると、ここもやはり若狭湾なのだそうだ。
民宿の二階からみると、とても静かにみえた海だったが、近づいてみるとやはり波はある。
空を覆う鉛色の雲は、海の色をも昏く陰鬱に染め、その重々しい波はゆったりとしているが、力強い。
岸辺に近づくと、ある地点で寄せる波と引く波がぶつかり合うのか、音を立ててふくれあがり、そこから生まれた白波が、砂浜を洗っては引いてゆく。
波がふくれ上がるときに出る音は、ざざざというようには聞こえない。
ごごご、と聞こえる。
まるで巨大な怒りを押し殺しているかのような、不気味で恐ろしく、そして森厳で独特の風格を持つ音だ。
これは日本海のうなり声なのだろう。
朝食を済ませたあと、民宿の入り口付近で、魚やイカの一夜干しを販売していた。
「こんな立派なサバの一夜干しが三匹で五百円?」
うまそうであり、そして安い。
土産にいくつかを買い込んだ。
噂を聞きつけた宿泊客が参集して、たくさんあった干物はあっという間に売り切れた。
私たちは、民宿〈はまと〉をあとにした。
ちなみに、〈はまと〉というのは、以前はすぐ前が海だったので、〈はまのふもと〉すなわち〈はまと〉という名を屋号にしていたそうで、その屋号をそのまま店名に用いたとのことである。
さて、帰路の観光をどうするか。
最初は水月湖や菅湖をめぐるレイククルーズを楽しもうと思ったのだが、確認してみると、ちょうど冬の休業時期に入ったところだという。
そこで、レインボーラインを上ってみることにした。
常神半島の付け根の部分の山を登る有料道路だ。
地図でみると、若狭湾の絶景を楽しむには、常神半島の先端に行くのがよいように思える。
ところが実際には、このレインボーラインの中ほどにある山頂公園が、このあたりで最も標高の高い位置にあり、ここからの眺望こそ最高であるというのだ。
レインボーラインの通行料金は1,060円である。
運転手は昨日とは交代したのだが、今日の運転手も曲がりくねる山道を果敢に攻めた。
「ただいま急ハンドルが検知されました」
ちょっとうっとうしい警告が繰り返されるのを聞きながら、われわれは山を登っていった。
朝食前に波打ち際に散歩したときには、海と空が昏いパステル色に塗りつぶされた光景に、なぜかエルベ川のほとりの風景を思い出した。
ところが高い位置に登って海をみおろすと、遠くのうみは淡く白み、陸地に接する部分では緑色の混じるサファィア色に輝いてみえ、奇妙な解放感がある。みる角度によって、こうも海の色が違ってみえるのだと知り、不思議に感じた。もしかすると、時間による違いもあったのかもしれない。




