若狭のフグ(3)
「焼きフグです」
そう言いながら仲居さんが私の目の前にちょこんと焼きフグが載った皿を置いた。
「熱いうちに食べてくださいね」
もちろんだとも。
私はすぐに箸を伸ばした。
その香ばしさに、喉が妙な音を立てた。
舌触りも上品であり、べとつきがまったくない。そして口のなかでかみしめれば、これはフグの味を焼き締めてあるのだと気づく。軽く炙ることで、うまみを凝縮させているのだ。その淡泊なのに濃厚な手応えは、いやがうえにも酒の味を引き立てる。
けっして大きくはない焼きフグが、いったい何杯の酒を要求したことか。
そして焼きフグを食べ終わるころ、次の皿が運ばれてきた。
「フグの唐揚げです」
おお!
大阪のフグ店でフグを食べるとき、私が一番楽しみにしているのが、このフグの唐揚げなのだ。そしてこの若狭の民宿で食べたフグの唐揚げは、大阪の一流店で味わった感動に劣らない感動を、私に与えてくれた。
さらに驚きは続く。
「アオリイカのお造りです」
な、なんだと?
それはほんとにアオリイカだった。
腕と頭はそのままの姿で皿の上にのっており、ぎょろりと私たちをにらみつけている。
胴体の部分は短冊切りになっているのだが、これが信じられないほど透明感があるのだ。
そして大きい。
何だ、これは?
ジェンガの積み木か?
と最初は思ってしまった。
もちろんジェンガの積み木ほど大きくはないが、それを思わせるほど厚みのある角切りなのだ。イカを拍子木切りにするというのは、こちらの常識を越えていた。
さっそく刺身醤油を少量付けて、口に運んだ。
みかけを裏切らないすっきりした味であり、感動的な歯ごたえだ。そしてかみしめるうちに感じる、イカ特有のうまみが鼻腔に抜ける。
アオリイカ全般がそうなのか、この料理がそうなのかわからないが、モンゴウイカなどに感じるぬめりがまったくない。食べていると、おいしさのほかに、楽しさやおもしろさを感じてしまう。それも食の醍醐味のうちである。
さて、頭と腕なのであるが、まず目の周りの美しさには、はっとさせられる。透明感のある白い頭部に、ぎょろりとした目がついているが、その周りはエメラルドグリーンなのだ。ほのかに輝くような色合いであり、生き物特有のエネルギッシュな色彩だ。
たった今まで生きていたイカであることは一目瞭然だ。
というより、まだ生きている。
その証拠に、目はぎろぎろ動くし、腕はゆらゆらのたくったかと思うと、突然ぴんとのびる。
そのくねくね動く腕を、鋏で切って醤油をつけ、食べる。
すると口のなかで腕が暴れる。
これは比喩表現ではない。本当に暴れるのだ。
暴れるだけではない。敵には吸盤がある。
その吸盤が舌に吸い付く。
あ、吸われている、吸われている。
簡単には嚥下させてもらえない。相手も必死だ。その必死にうごめく腕を、歯でもぐもぐとかみしめて、そして抵抗を打ち砕いてから喉の奥に送り込む。
一口ごとに戦いの興奮と勝利の心地よさを感じさせてくれた料理だった。
最後はもちろん雑炊で締めた。
本当においしかった。
そして、当分刺身は食べなくていいと感じるほどに堪能した。




