「極味鶏(きわみどり)」(2012年4月24日)
地下鉄千日前線桜川駅の近くに、極味鶏という店がある。
以前はオードリーという名だったと思う。
この店では、鶏を焼いて食べることができる。
鶏の肉や内臓を、四角い七輪で自分の思うままに焼きながら食べられるのである。
大分産、徳島産、京都産、静岡産ほか、各地の地鶏が格安の価格で供される。
豊富な品書きは、見ているだけでも楽しい。
席に着いて飲み物の注文を済ませれば、突き出しが出る。
ボールに盛られた生キャベツと、すり鉢と汁注ぎ、すり鉢に入っているごまを、すりこぎで軽く潰し、汁を注ぐ。
温かな鶏スープが、ごまと混ざり合い、ふわっと香りが広がる。
この一口スープを飲み干せば、胃がほんのりとして心地よい。
テーブルには、醤油やわさびマヨネーズなどのほか、岩塩の壺が置いてある。
カットレモンを注文して塩とレモンで食べ始めれば、全部の内臓を制覇しても飽きがこない。
焼き物もよいが、それだけではない。
揚げ物などの品揃えも充実している。
そうした料理は調理済みである。
タルタルソースがたっぷり乗ったチキン南蛮。
つくねの鉄板焼き。
手羽先の唐揚げ。
その他もろもろ。
何といっても忘れてならないのは、卵を使った品々だ。
だし巻きは、だしの味がとても強い。
そうでなければ、卵に負けてしまうからであろう。
阿波尾鶏と蘭王玉子の絶品親子丼では、ほどよく火の通った鶏と卵の上に、さらに生の卵黄が乗せられている。
鮮やかな黄色だ。
というよりオレンジに近い。
いや、それも違う。
何といえばよいのだろう。
燃えるような卵色、とでも表現するしかない。
卵と見つめ合ううちに、こちらの心の温度も上がっていく。
そういえば、前述のつくねの鉄板焼きには、甘辛いたれが付いているのだが、そのたれの中にも、卵の黄身が入っている。
たれを卵黄ごと鉄板に掛けて食べてもよいが、そうせずに、黄身を柔らかく潰してたれと混ぜ、つくねやタマネギにこれをからめて口に運べば、濃厚な黄身のなめらかな食感をじっくり味わうことができる。
一つだけ、注意が必要な料理がある。
釜炊きの蘭王玉子かけごはん、である。
注文を受けてから一人炊きの釜で米を炊きあげる、という豪華にして安価な料理なのだが、そのため最低でも三十分はかかる。
平成二十四年四月二十二日に計測したところでは、注文してから料理が届くまで、四十三分かかっていた。
もっとも、これは、われわれの注文量をみて店側がタイミングを配慮してくれたのかもしれない。
出て来たタイミングにまったく不満はなかったので、誤解なさらぬよう。
さて、釜に入った炊きたてのごはんが到着すれば、卵を掛けねばならない。
そのまま乗せて、ざっくりかき混ぜるのが好きな人もいるが、私の好きな食べ方は、次の通りである。
まず、卵を箸でかき混ぜる。
空気の泡を、しっかりと混ぜ込む。
卵に大気の恩寵をまとわせるのだ。
ごはんも釜の中でかき混ぜねばならないが、これはお店の人がやってくれる。
そして卵を、素早くまんべんなくごはんと混ぜる。
卵でコーティングされたごはんののどごしを味わうために。
できれば、釜の中でなく、別の器で混ぜたいところだ。
椀に取り分ける。
別に注文して焼いておいた、たれ味のハラミを乗せる。
ネギときざみ海苔を振る。
あとは、ハラミをかじり、卵ごはんを一口食べるのを繰り返すだけだ。
人の一生は、限られている。
そのなかで、いろんな人や物や事と出会う。
おいしいと思える食べ物との出会いは、それ自体価値がある。
まして、酒と友が一緒なら、いうことはない。
(2012年4月24日執筆)