雪国(2014年3月10日)
今年の雪を見ていて、ふと脳裏によみがえった光景がある。
雪の降り積もった公園だ。
酒田市内、だったと思う。
木々やベンチはすっかり雪をかぶっているのだが、池はまだ完全には凍っておらず、しんしんと降り積もる雪を溶かして青々とした水をたたえていた。
学生時代のことである。
友人に招かれて、冬の山形県に旅をした。
彼のお父さんは税務署に勤めていたのだったか、とにかく造り酒屋などに顔の広い人で、その紹介でいくつかの造り酒屋をめぐり歩いた。
ちょうど新酒ができる時期の、心躍る体験だった。
〈初孫〉の大規模な施設に驚き、〈出羽の雪〉の手作り感に感銘を受けた。
酒田市で、〈ケルン〉という喫茶店に案内された。
店に近づくと、ぷうんとコーヒー豆のよい香りに包まれたのを覚えている。
〈雪国〉というカクテルを飲んだ。
カクテルグラスの縁をレモンで湿らせグラニュー糖をまぶし、ウォッカ、ホワイト・キュラソー、ライム・ジュースをシェイクしてグラスに注ぐカクテルだ。
グラスの底にはチェリーが沈めてある。
かつてサントリー(当時は「壽屋」)のカクテル・コンクールで優勝したカクテルであり、考案者の井山計一氏がご存命だった。
「カクテルのコンクールというのは、レシピだけを競うのではないのです。スタイルも評価されるのですよ。作る人間の手際の美しさやムードも味の一部なのですね」
「砂糖や塩をまぶしたスノースタイルのカクテルには、飲み方があるのです。砂糖がある部分に口をつけて中身を飲みます。段々グラスを回していって、砂糖の最後の一口から飲むときに、ちょうど最後の一滴を飲むようにするのが、美しい飲み方です」
お年を召してもスマートなかただった。
あの日見た公園は、今日も雪に包まれているだろうか。
(2014年3月10日執筆)




