#03
夏休みが終わり、実家でひとりで暮らしてる父に少し変化が見えてきた。
「服? 服ならあるじゃないの…」
こうして一カ月に一度は、実家に戻りあれこれ世話をしているが、すくなくとも掃除はなんとか出来るようになったらしい。
「んぅ、そうなんだがな。たまには、服を新調してみようと思ったんだが…」新聞を読んでいるので、どんな上場で言っているのかわからない。
「はいはい。じゃ、今日は木更津屋でいいのね?」木更津屋は、興田市の中では一番大きなショッピングスーパーだ。郊外に行けば、イルボン等の大型ショッピングスーパーもあるが、駅に近い事もあって、私もよく猛を迎えに行った帰りに利用する。
「ああ、そこでいい」
父自身服に無頓着というか、ほとんどワイシャツ姿しか見たことがない。服も一応あるにはあるが…
洗濯物を庭に干してから、父と一緒に車で木更津屋へ向かう。
「猛は、元気にしてるか?」やはり、どちらの口からも最初に出るのは、その言葉。先週やったバーベキューで合ったと言うのに。
「元気にしてるわよ。それよりも、携帯ゲームなんて、まだ早いわ。嬉しいけど…」
ひとり息子の猛は、今年小学二年生になった。周りでは、大半の子が携帯ゲームを持ち遊んだりしているが、うちは夫の強い意志もあり、持たせないことにしたのに、その夫が考えを変えたのだ。
『長谷川さんっているだろ? 僕と同期の…』長谷川さんというのは、夫で同期で、今は忙しい営業畑にいるが、祐二くんという猛より二歳上の子が、その携帯ゲームを持っていないという事で、仲間外れをされるなどのいじめを受けていたらしく、急遽持たせない考えを変えたのだ。
「最近のいじめは怖いからな。時間さえ守らせ解けば、そう目にも負担がないだろって…」
「そうね」なんとなく、その言葉を資金誰かから聞いた気がした。
木更津屋は、平日というのにかなり賑わったいて、父さんがかなり驚いていた。
「で、どんな服がいいの?」エスカレーターで昇りながら、父に聞く。
「秋らしく、動きやすい服。あと、帽子と靴と、小さな鞄。と…」まるで、小さな子が欲しい物をねだるように、父は嬉しそうに言った。
「カメラ? お父さん、旅行でも行くの? 行くんなら…」夫のデジカメを貸そうと思ったが…
「ん。まぁ、ちょっと友達と…」なんとなく、言葉の語尾を濁らせていた。
紳士服売り場も秋らしい服が、既にセール扱いされていた。秋が始まったばかりだと言うのに。
父の好みを聞きつつ、似合いそうな柄のシャツ、それに見合ったズボン、靴や帽子、鞄に至るまで買い物に付き合い、お昼を食べ、ちゃっかり自分達の食材まで買わせ、家へと帰った。
「あ、お父さん。郵便きてるよ」とポストに入っていた旅行会社の封筒を渡す。
「ありがとう」
それを渡したときの父のあの嬉しそうな笑み。もしかしたら、一緒にいく友達って…
買った服をクローゼットやタンスにしまいながら、なんとなく母の入っている引き出しをあけると、そこは既に空っぽになっていた。
(まぁ、棄てたってことはないと思うけど…。きっと父が留守の時に、母が取りに来たのだろう)
リビングに戻ると、父は新しく買ったデジカメを説明書を見ながら、悪戦苦闘していたが、なんとか写真を撮ることが出来たらしく、子供のように喜んでいた。
今日は、珍しく父もキッチンに立ち、料理を作った。
「ど、どうだ?甘すぎなかったか?」若干焦げ付きが目立つ卵焼きではあったが、そう甘すぎる事はなかった。
「大丈夫だよ。でも、その写真、誰かに送るの?」父は、初めて作った焦げた卵焼きの写真を携帯で撮っていたのだ。
「最近は、友達同士で作ったのを送ったりしてるんだよ」と、これもまた嬉しそうに言ってくる。
「お父さん、もしかして好きな人出来たの?」と聞けば、いきなりムセるし。
(熟年離婚でも、再婚するとかの話は聞くし。この慌てようは…。まさか、ね…)
冷凍庫の中に、新たに作ったおかずを入れ、戸締りのことや色々と注意しながら、私は夫と猛が待つ家へと帰った。