表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、○○辞めますっ!  作者: 椎名圭
明るい独身生活
1/3

#01

 「…ったく、素直じゃないんだから」と溜まっていた洗濯物を洗濯機に放りこみながら、小さく笑った。


 母が、父の定年した翌日に離婚を切り出したのには、夫もひとり息子の猛も驚いたが、一番驚いているのは、父だっただろう。


 結婚して、今年で三十年。真珠婚式だったはずだ。


 辰則と香織の娘・美奈代には、幼い頃父親と遊んだ記憶なんて片手もなかった。どこか行くにしても、母しかいなかった。


『友達は、休みの度にお父さんと遊びに出かけたりするのに、どうしてうちはいつもお母さんだけなのっ?!』と幼かった頃、父親がいるのに遊べない寂しさを母にぶつけたことがあった。


 その時の母の困ったような、寂しそうな顔は今でも覚えている。


 だからこそ、自分の子供には寂しい思いをさせたくなく、同じ職場で

事務職をしていた彼に求婚された時は、父ではなく母に真っ先に報告した程だった。


 仕事、仕事、仕事…人間の父。そんな父が、長年付き添った母に離婚話を切り出され、あまりの母の強気な態度に思わず「はい」と署名捺印し、翌日区役所で受理された…らしい。


「はい、お父さん。邪魔よ邪魔!」洗濯物を干し終え、今度は居間や他の部屋の掃除。それが終わったら、トイレやバスルームの掃除。のんびりとしている暇はない。


「あぁ。すまん」掃除機の先で父を追いやると、何故かその場で立ったまま固まる。


 小さくため息をつきながらも、″今頃母は何をしているんだろう?″と考えた。


「ほら、退いて退いて…。これ持ってて!」とそこらに散らばっていた雑誌数冊を父に持たせると、またしてもそのまま固まっている。


「ちょっと、お父さん! そんなとこ突っ立て内で片付ける!」と言っても、首をかしげるだけで動こうとしない。


「どこに?」


「……。」全てを妻任せにした仕事人間男は、片付けも掃除9のしかたも忘れてしまったらしい。


(これじゃ先が思いやられるな…)


 父から雑誌を奪い取り、


「雑誌はここっ!」とテレビ横のマガジンラックを指さし、父をみた。


「う…。な、なんかアレだね。お前、母さんみたいだ」


 垂れた眉を更に下げながら、言う父に嫌味のひとつでも言いたくなるが、押さえておこう。


「お父さん、スーパーの場所位…」と父の顔を見て、聞いた事を後悔した。冷蔵庫の中は、賞味期限が切れた食品が多く、事前に用意してあったおかず類も手つかずのまま、腐っていた。


(お母さん、お父さんの鉱物ばっかり作っておいたみたい…)


「これ持って!」と母さんがいつも使っているエコバッグを父に放り投げ、お上りさんを案内するが如く、近所のスーパーまで道を教えた。


「俺、ひとりだよな?」と呆れ顔で私を見てはいるが、笑ってはいる。


 が!!


「いい?一応、今週分のおかずを作って冷凍しておくから、ちゃんとレンチンして食べてよ? わかった?」と、エコバッグに買った食材を入れながら、何度も念を押す。


「うん。それ位は出来るから」そう返してはいたが…


(じゃ、なんで冷蔵庫に入っているのを腐らせたの?)


 言い返したくもなる。


 家に帰り、父さんにお茶を渡しながら、急いで料理を作っては、冷まし冷凍庫に詰め込んでいく。


(ちゃんと、自分達の物も作ったけどね)


「ふうっ。なんとか、いいかな? お父さん?」テレビの音がするから、見ているのかと思えば…


「呑気な顔…」ソファーの上で、待ちくたびれて眠っていた。


「お父さん!」身体を揺さぶりながら、揺り起こす。


「母さん…」寝言だろうか…。


(離婚してから、急に白髪が増えたのかな? 前は、年齢の割には黒かったのに…)


「ほら、お父さん。ご飯できたよ!」の声で、目を開け、


「なんだ、お前か…。目を開けて損した」ノソノソと起き上り、周りをキョロキョロし出すも、何かを思い出したのか、小さくため息をついていた。


「いい? 冷凍庫の中に、父さんの好きなおかず入ってるから」


「うん」父さんが、食べ始めるのを見て、何度も同じようなことを言い、私は夫と息子が待つ家へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ