#4 対決、レッドリザードマン
夕方の赤い空が、どことなく不気味に感じる。
街から少し離れた平原で、俺はモンスターの姿を探しながら、ふらふらと探索していた。
この世界はシンボルエンカウントのはず……それに、街で聞いた話から、モンスターの数は相当だと意気込んできたのだが、リザードマンはおろか、ゼリー状のモンスターさえその姿を見せない。はっきり言えば肩透かしである。死さえ意識した俺の意気込みを返して欲しいものだ。
それにしても夕方の割には明るい。それはビルがない分、太陽の明かりが地上に届いているからかもしれない。モンスターが出ないのなら、レジャーシートでも敷いてのんびり空を見上げながら、流れる雲の行き先に思い耽るのもいいな……なんて現実逃避していると、すっかり緊張感もなくなってしまった。
「これはマズい……警戒はしてないとな」
一陣の風が吹き抜けると、今までとは違い、ぬるっとした空気に変わった。
さっきまでカラッとした軽い風だったのに、今はじっとりと湿気を帯びている気がする。それに、この臭い……獣のような硫黄のような、鼻を劈く嫌な臭いだ。
ザーッ……と草が揺れる。風によるものか、はたまた──
「──ッ!!」
それは突然襲ってきた。
トカゲのような皮膚、爬虫類のような黄色の瞳、ワニのような顔……なにより二足歩行で、片手にはボロボロな刃のロングソードも持って、俺の背後から不意打ちを仕掛けてきたこのモンスターは、ラストダンジョンで出くわしたくないモンスター堂々一位に輝いた、攻守共にステータスの高い『レッドリザードマン』である。
俺は紙一重で、頭上から振り下ろされた剣を躱して、思わず距離を取った。
(危なかった……今の一撃、ヒットしてたら確実に死んでる……死、か)
今はそんなことを考えている余裕はない。背負っていたアスカロンを両手で持ち、剣道よろしくな頼りない構えで相対したリザードマンと睨み合う。額からは汗が垂れ、呼吸は恐怖で荒げている。
これが本当の戦闘なのか──。
一瞬、リザードマンから目を離したそのタイミングで、やつは大きく口を開いた。
「しまった、ブレスか……ッ!!」
リザードマンの真骨頂。接近戦で距離を取れば、強力なブレス攻撃がくる。
どうしてそんな大切なことを今の今まで忘れていたんだ!!
「グオオオオォォォォォッ!!」
けたたましい咆哮と共に、やつの口から炎の渦が吐き出される。
俺は咄嗟に屈みながら左に飛んで避けるが、こんな状況で受け身を冷静に取れるはずもなく、その隙をやつは見逃さない。
やつは地面を蹴るようにしてジャンプすると、土が俺の顔にかかった。ジャンプする時、土を蹴ったのだろう……姑息な真似をしてくれる。
いくらレベルが高くても、ステータスがチート並でも生身の体だ。やつみたいに硬い皮膚じゃない。
あの剣で貫かれたら、俺は……。
「まだ死にたくねぇよクソがああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「オオオオオオォォォォォォッ!!」
アスカロンを横に構えて、地面に寝そべりながらやつの剣を受ける。
ガツンと鈍い音が響くと、俺の体も少しばかり地面にめり込んだ錯覚さえ受けるくらいの衝撃が走る。
マウントを取られ、圧倒的に不利な状況。
これをどうひっくり返せってんだ……。
やつの攻撃をガードするだけで精一杯だ。
なにが『魔王なんてワンパン』だよ!!
リザードマンに梃子摺ってるようじゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢だ──ッ!!
リザードマンは攻撃の手を休めることなく、俺に殺意を向けた剣を狂ったように振り下ろし続ける。
次第に手が痺れて動かなくなる。
力も徐々に入らなくなり、いよいよ絶体絶命。
(どうする……? このままじゃ殺られる……っ!!)
俺は思い出した。──そう、俺にはもう一振りの剣がある。
初期装備と馬鹿にしていた、鍛冶屋ローグが鍛えたロングソードだ。
「重てぇんだよ……トカゲ野郎がッ!!」
やつが剣を振り下ろす直前、俺は腰に下げているロングソードを左手で抜き、リザードマンの腹を突き刺した。
「ンガアアアァァァァァァァァッ!!」
まさかこの状況で反撃されるとは思っていなかったのだろう。
やつは狼狽えながら俺の上から離れた。
──チャンスは、今しかないッ!!
「〝ブレイブ〟発動……ッ」
攻撃力上昇バフがかかるソードマスターが使える魔法のひとつ『ブレイブ』。実は、どうやって発動させるのか、詠唱が必要なのかもわからなかったが、魔法名を唱えるだけで発動するようだ。
まだやつは狼狽えている──。
地面から立ち上がり、体に残ったありったけの力を込めて、アスカロンをやつの左肩から袈裟斬りを浴びせると、ブレイブの効果も相俟って、紙くずを切り裂くように、斜めに真っ二つになった。
「や、やったぞ……」
ヘナヘナと膝から崩れ落ちるように地面に座る。
目の前には、大量の血を流して横たわる肉片ふたつ……これが実戦。
「グフォッ!!」
「んなッ!! こいつまだ生きてるのかよ……生命力半端ねぇな。〝竜〟ってのは伊達じゃないってか……」
俺はトドメを刺すべく、リザードマンの近づいて、首にアスカロンを突きつけた。
「言い残すことはあるか……って、言葉が通じるはずねぇよな」
俺は少し剣を浮かせて、そのまま振り下ろした。
「感謝する。竜と呼んでくれて……」
「──ッ!?」
ザクッ──っと、リザードマンの首が体から離れた。
「モンスターが……喋った……?」
しかも、これから殺されるのに、敵である俺に感謝した……だと?
「後味、クソ悪いじゃねぇかよ……」
やがてリザードマンの亡骸は塵となり風に流されて、残ったのは紅い魔力結晶だけ。その魔力結晶を右手で拾い上げて、懐にしまった。
「そうか、モンスターだって生きてるんだよな……」
これまで、モンスターは敵で、データで、生物と捉えたことは一度もなかったが、この世界ではやつらだって生きている。剣が体貫けば血が吹き出して、首を切断されれば死ぬ。
「これが死ぬってことか……」
あのリザードマンが使っていた剣が、地面に突き刺さっている。ボロボロの刃は、これまでこいつが死線をくぐり抜けてきた証だろう。
気づくと俺は、その剣を引き抜いていた。
「俺も死にたくなかったんだ。悪く思うなうよ」
アスカロンを背負い、ローグに貰ったロングソードを回収して、ボロボロの剣を剥き身のまま、俺は一度、リンゴルドへ戻ることにした。
── ── ──
リンゴルドに到着する頃には日が落ちて、暗闇が辺りを包んでいた。街の至る所に光を放つ魔法石が設置されていることに今頃になって気づいたが、満身創痍なこの体では、上手く思考が回らない。ただ、もし……少しでも戻るタイミングが遅れていたらと考えるとゾッとした。
『夜になるとアンデット系のモンスターか増えて……』
レイティアが言っていた言葉を思い返し、この惨状と照らし合わせると、俺は確実に死んでいただろう。
もっと上手く立ち回れると過信していた──。
ラッテと手合わせした時、奇跡のような現象が起きていたのかもしれない。あれはなんだったのだろうか?
──いや、今は一刻も早く宿に戻って休みたい。考えるのは、その時でいい……。
ボロボロの体で宿屋に戻ると、アリアージュさんが出迎えてくれた。
「どうしたの!? 大丈夫!? 今すぐ手当するから座って待ってて!!」
「え……?」
必死過ぎて自分がどういう状態になっているのか気づかなかったが、服は破れ、腕や足には火傷や擦り傷ができている。
「痛ってぇ……っ」
そんなもんじゃない、激痛だ。これまで生きてきて最強の痛みがこむら返りだったが、それを凌ぐ痛みが体の節々から伝わる。まるで、速攻性の筋肉痛だ。
「お待たせ!! さあ、これを飲んで!!」
手渡されたのは小瓶には、碧い液体が入っている。
「傷と体力を癒す魔法薬よ……さあ、早く」
小瓶の蓋を開けて、一気に飲み込む。
うげぇ……超苦い。
「あ、あれ……?」
魔法薬というとひとつ40Rの安物で、回復量はそんなにないはずだが、飲んだ瞬間に疲れも、痛みも和らいでいく。これ、夜通しゲームする時に欲しいわ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました……」
「いいのいいの。それより、なにがあったのかしら?」
俺は、先ほど相対したリザードマンの話をした。
「人語を話すリザードマン……そんなの、聞いたことないわ……」
でも、確かにあいつは死に際、俺に感謝の言葉を投げかけたのだ。
感謝する、竜と呼んでくれて──と。
「とりあえず、今は荷物を部屋に下ろして、浴場で傷を癒しましょう。それが一番いいわ」
「はい。そうさせていただきます……ありがとうございました」
俺はアリアージュさんにもう一度礼を述べて、部屋へと戻った。
── ── ──
ガチャン──とドアが閉まり、再び静寂が包み込む。
俺は戦利品である魔力結晶と、ボロボロの剣をテーブルに並べて置いた。
こうやって眺めてみると、歴戦の証である刃が所々錆びているのも確認できる。
「リザードマンが竜じゃない……なんて、魔族の間で言われてたりすんのか……?」
確かにリザードマンは『竜人族』と呼ばれる種族で、竜であり、人型のモンスターでもある。竜族と、人型モンスター族から迫害でもされていたのだろうか?
「普段の俺なら、そんなこと知らねぇと一脚すんだけどなぁ……」
自分の手で殺めた初めての相手だ、感慨深いものである。
「この剣、ローグならどうにかなるか……?」
明日、ローグの鍛冶屋に行ってみるか。それと、今日の件の謝罪をしなければならないしな。あのロングソードがなきゃ、今頃俺はリザードマンに殺されていたんだから、間接的にローグは命の恩人でもある……アスカロンを上手く扱えなかったのも伝えないといけない。
話の流れでは、返却もやむを得ないな……。
「自分の力を過信し過ぎだ……馬鹿野郎」
この世界では、有り得ないことが起きる。レベル99の冒険者が、最初の街の近くにある平原に出現するモンスターによって命を落とす……ことだってあるのだ。
チート……? ふざけんな!! これのどこがチートなんだよ!!
リザードマンにこんな苦戦していたら、他のモンスターだって相当苦労すること必至……。
「……腹減った」
予備として買っておいた服に着替えて、再び下に降りると、テーブルには食事が用意されていた。
「あ、レオ君。今、呼びに行こうと思ってたんだけど……それ、食べて? 旦那が作った特製の野菜煮込みよ」
旦那というと、謎の人物アーマンさんか。
「あの話、旦那に話してみたんだけど、直接話をしたいって……それを食べて待っててくれる? 今、仕込みの最中で、終わったら来ると思うわ」
「は、はい!!」
アーマン=レイモン。
かつて『武神アーマン』として名を馳せた、この世界の英雄的な存在。だが、ある日突然力を失い、今ではこの宿の大将として腕を奮っている──という、ぶっ飛んだ設定の人物だが、アーマンの噂話は、立ち寄る村や街で幾つも語り継がれている。その中のひとつ、エンシェントドラゴンと素手で渡り合って撃退したという話は有名だ。古代竜を素手とか、それこそチートだろ……。
俺は熱いうちに食べたいと、スプーンで木製の器に注がれたスープをひとすくいして、口の中へ──な、なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!? 今まで食べたことのない味だけど、少しスパイシーで後味引く。野菜も見たことがないものばかりだがどれも柔らかく、口の中に入れた瞬間、ほろっと解れて、噛み締めると蕩けるように消えていく。なにより、スープを飲み込んだあと、鼻から抜けるスープに使われている香辛料の香りが、より一層美味さを引き立ててくれている。
「美味過ぎて吃驚だ……なんだこれ、こんな野菜煮込み、食べたことないぞ……? これは、この世界でのシチューなのか? いや、少しスパイシーだし、ボルシチに軽くタバスコみたいな刺激があるような……そんな感じだ」
満腹になると、それまで張り詰めていた緊張が一気に解けた。
「これは、ぜひ食べるべきだな……」
「そんなに気に入ってくれたか? 作り甲斐があるな」
厨房から姿を現したのは、そう……武神アーマンだ。
褐色の肌に、スキンヘッドの頭。髭はなく、彫りの深い顔で、眼光の鋭さはかつての武神を連想させる。一目見て『強い』と、確信できる。
「あ、あなたが……武神……っ」
「おいおい。そんな昔のこと、もう誰も覚えてないぜ?」
昔と言っても、この世界での二〇年前くらいだ。それに、あんな凄過ぎる武勇伝を忘れる人なんていないだろう。
「ここ、いいか?」
「はい……っ」
アーマンさんは俺の前の席に座り、優しく微笑みながら俺を見つめる。
「妻から聞いたが、あの話は本当なのか?」
「はい。確かに俺が相手をしたリザードマンは、人語を喋りました」
「リザードマンが、人語を……ねぇ」
顎に手を当てて、暫く黙考していたが、なにか思い当たる節でもあったのだろう。ハッと顔を上げて、再び俺を見る。
「人間の言葉を魔族が話せるとは思わない。それは、俺が旅をしてきた中で、そういうことができるモンスターに出くわさなかったからだ。まあ、特殊なモンスター……古代竜や、幹部クラスのモンスターだと別だが、この付近を彷徨いているモンスターが人語を喋るとは考え難い……」
「で、ですが確かにあいつは……ッ!!」
アーマンさんは一度一度首を振ると、再び話し出した。
「いや、俺はレオ君の話を疑っているわけじゃない。多分だが、立場が逆なんじゃないか?」
立場が逆……? なんの立場だろうか。俺とアーマンさんの立場か?
「もしかしたら、レオ君……君は、魔族の言葉を理解できるんじゃないかな」
「……っ!?」
その発想はなかった──。
「俺が、魔族の言葉を……?」
「ああ。多分、今までは〝会話しよう〟と考えたりしなかったから、そのことに気づかなかったんだろう」
今までとか、そういうのはないんですけどね……でも、確かにゲームのロード・トゥ・イスタでは、モンスターが話をする場面も多々あった。
──それの影響だろうか?
「この話、俺は聞かなかったことにするよ。レオ君もあまり口外しない方がいい。この街を見て、感じて、気づいただろ? 今、世界中が魔王軍の脅威に曝されているんだ。もし、そんな中で誰かが〝モンスターと会話できる〟なんて言ったら、その人は処刑されかねないからな。人間の裏切り者というレッテルを貼られるだろう」
それは、嫌だな……。
「ご忠告、ありがとうございます。このことは信頼できる人間にしか話さないようにします」
「そうだな……特に、城の連中には知られないようにするべきだ」
「え?」
真っ先に浮かんだのがレイティアとラッテだったので、このふたりに話せないのは、正直辛いのだが……。
「なぜですか?」
「今、城内では〝保守派〟と〝過激派〟で対立が起きているだろ? それくらい俺達でも察しがつく。まあ、呑みにくる兵士達が愚痴ってるのを聞いたからってのもあるんだけどな。それで、どうやら保守派はレイティア様を使って話をまとめあげようとしているらしい。レオ君。君はレイティア様の客人なんだろう? もしレイティア様の耳に今の話を入れたら、〝魔族との対話〟を提示するに違いない。言っておくが魔族は戦闘民族だ。元々、対話で政権を得てきた者達じゃなく、力でのし上がってきた民族だ。そんな相手に対話なんて通じるはずがない……そう思わないか?」
確かに、そう言われると、ゲームで魔族と対話をしたが、意見が合った試しがない。むしろ、それをすることによって戦況が魔族に傾いた……なんてイベントもあったしな。
「君には微かに、昔の俺と似た力を感じる。その力を人間のために使うのなら、対話という考えは早急に捨てるべきだ。俺は過激派ではないが、経験からそう言っている。君は俺の過去を知っているようだし……その意味がわかるね?」
「……はい」
かつての武神がここにいた。
力を失っても、この人は武神なんだ。
「そう言えば……どうして武神の力を失ったんですか?」
その質問に、アーマンさんは眉を少しだけ顰めた。
「……奪われたんだ。かつての魔王に」
「……っ!?」
これは、新事実だ──。
ゲームの中でも、この理由は描かれていなかった。
「俺が古代竜……エンシェントドラゴンを撃退した時、そこにかつての魔王が現れた。俺はエンシェントドラゴンとの戦いでかなり消耗していた。それこそが、ヤツの狙いだったんだろう。ヤツは俺の力を奪い、無力化した俺を……なぜか殺さず逃がした。……屈辱だったよ。まさか魔王に情けをかけられるとはね」
「〝かつて〟というと、今の魔王は、その時の魔王ではない……んですか?」
先ほどから強調している『かつて』という言葉が妙に引っかかる。
「ああ……違う。かつての魔王は、ここまで緻密に作戦を組んで、人間界……アラントルーダを侵略しなかった。きっと、現・魔王によって殺されたんだろう。今の魔王は恐ろしいほどに強いぞ。知能も高い。かつての俺の力を持ってしても、勝てるかどうか怪しい……」
「……」
甘かった──、俺の考えはトコトン甘かった。
そんなチートレベルに強い魔王を討伐なんて、俺にできるのだろうか? しかし、元の世界に帰るには、前・魔王をねじ伏せた現・魔王を倒すしか道はない。
どうやって? そんな強い相手、どうやって倒せばいいんだッ!?
「もし、レオ君が魔王を倒そうとしているのなら……はっきり言おう。〝今の君の力〟では無理だ。リザードマンにそこまで苦戦しているようでは、魔王はおろか、配下にいる部下にさえ手が届かないだろう」
「……ッ!!」
その通りだ……。
これは事実であり、俺が今しがた感じたことでもある。ただ、『今の君の力』という言い回しが気になるところだ。
……もしかすると、なにか突破口があるのかもしれない。
「どうすれば、強くなれますか……。かつてのあなたのように、素手でエンシェントドラゴンと渡り合うくらい、どうすれば強くなれるのでしょうか……」
「俺を目指しているようじゃだめだ。もっと遥か高みを目指すんだ。そう、武神ではなく〝剣聖〟を目指せ。君に残されている道は、もう……それしかない」
剣聖……? ゲームでは聞かないジョブだ。
「それは、どんな……」
武神をも凌駕する力『剣聖』……それになるには、どうしたらいいのか。
「剣聖は、聖剣エクスブレードを唯一扱える者であり、勇者よりも強く、神とも渡り合えるほどの者のことを呼ぶ。つまり、神クラスだ」
話がぶっ飛び過ぎてついていけないのだが……神?
俺は神にならないと、元の世界には戻れないのか?
──もう、認めよう。この世界は、夢じゃない……現実だ。
夢だと現実逃避するのはもうやめよう。
「その力は、どうすれば……」
「──わからない。ただ、かつて剣聖と呼ばれる者が存在したことは確かだ。俺は武神と呼ばれていたが、武神は剣聖の力の一部に過ぎない。要するに、君は魔王と対峙するまでに、武神の力の他に、様々なな力を会得しなければならないということだ。……道はかなり険しいぞ。何年かかるか検討もつかないほどにな」
それはそうだが……課金して強くなれるソシャゲと違って、この世界では物理的に強くなる他にない。だが、今のレベルなら、本来その『剣聖』と呼ばれてもおかしくはないはずなのに、どうしてもっと上手く力を使えないのだろうか。それは実戦経験がないからに他ならないとも言えるが、なんだろう……もっと違う、別の何らかの理由がある気がする。それこそ、ラッテと対峙した時に発動したあの現象や、俺がゲームで使っていた技、奥義の数々……リザードマンとの戦いで魔法の発動方法は理解したが、現状、切り札と呼べるのはそれだけだ。
「俺の見立てだと本来の君はもっと強いはずなんだ。ただ、体がついていかないと察する……まるで、今の俺と同じだな」
「同じ……? アーマンさんと、俺が……?」
アーマンさんはアリアージュさんに頼んでいた酒を受け取ると、それをグビグヒと喉を鳴らして飲み干した。
「ふぅ……。まあ、君が思うところのやれるだけのことはやるべきだろう。もう一度剣の使い方を復習するのも良いかもしれないな。基礎は何度習ってもいい。土台がしっかりしていれば、どんな重しを乗せたとして、崩れることはないからな……どうだ、君も一杯やるか? 俺の奢りだ」
「いや、俺はまだ未成年──」
「アリアージュ、彼にも持ってきてくれ」
断ろうとしたのだが、俺の言葉はアーマンさんの声に掻き消された。……酒なんて呑んだことないし、この世界にある酒ってどんなものなのか想像もできない。
「見た感じだと、レオ君はもう成人しているだろ?」
「いえ、絶賛未成年ですが……」
「そんな馬鹿な!? 今幾つだい?」
「一七です」
「なんだ、成人しているじゃないか」
なん、だと……?
「一七は立派な成人だ。結婚だってできるし、苦労はするが、やろうと思えば店だって開ける。他にも……」
アーマンさんは俺に手招きしている。それに従って顔を近づけてみる……。
「……綺麗なお姉さんのいっぱいいる店にだって入れるぞ?」
耳元で囁くように言われたその情報は、春先に訪れる雷の如く、俺の脳内に衝撃を走らせた。
綺麗なお姉さんがおっぱ、ゲフンゲフン、いっぱいいる店に入れる……。
俺の世界で言うとことのキャバクラとか、そういう紳士の社交場だろう。
「俺が教えたのはアリアージュには内緒だぞ? 漢と漢の約束だからな?」
「……はい!!」
「なにが〝漢と漢の約束〟なんですか……ねぇ、あなた?」
「「……ッ!?」」
アサシン並みに気配を感じなかった……。
アリアージュさんって、実は凄いひとなんじゃないか?
「あなたってひとは……まだそんな店に通っているんですか……」
「アリアージュ。俺にそんな暇があると思うか? 俺はお前一筋だ、愛しているよ、アリアージュ」
「あ、あなた……わ、私もです」
「今日は寝かせないからな……」
「はい……」
おい、客の前でそういう生々しい会話しないでくれませんかね羨ましいぞこのやろう。
「すまんなレオ君。急用が入ってしまったから俺はここで失礼させてもらうが、なにか困ったことがあったらいつでも相談しにきてくれ。……いこうか、アリアージュ」
「ごめんなさいね、レオ君……おやすみなさい」
そしてふたりは、奥の部屋へと消えていった──なんなんだよチクショウッ!! ……けど、アーマンさんから聞いた話は俺にとってかなり有力な情報だった。
次世代の魔王、剣聖、そして……お姉さん。
「やらなきゃいけないことが山積みだな」
しかし、今、重要視しなきゃいけないのは魔王でもなければ、お姉さんでもなく、この国で起きている派閥争いだろう。
保守派と過激派……そういえばレイティアも保守派がどうのって言っていたな……確か保守派の代表はアデントン公──だったかな。レイティアはどう動くつもりなのだろうか。レイティアはこの国の姫であり王族だ。今は受け流すことができるようだが、これから先、近い将来、必ず選択を迫られる。
平和的解決か、それとも徹底抗戦か……今の魔王がこの国に攻め込んで来ないのは、人間達がどうするのか様子を伺っているからなのか? だとするのなら、話し合いの場を設けるという保守派の言い分も理解できないことはない。ただ、対話のさきにあるのは間違いなく破滅──アーマンさんが言っていた通り、魔族は実力社会だ。そんなやつらに和平など通用するとはとても思えない。
「政治は難し過ぎてわかんねぇな……こうなるなら、少しは日本の政治について勉強しておくべきだったか」
今さら後悔しても仕方ないけど。
俺の目の前には、アリアージュさんが持ってきた木製のジョッキがある。やはり、奢って貰ったのなら、飲まないわけにはいかないよな……意を決してグイッと飲む。
「……あれ? 酒じゃないぞ?」
負傷者にアルコールは毒だと思って気を使ってくれたのだろうか?
「安心半分、残念半分だな……」
こういう時はキンキンに冷えたサイダーが飲みたい。
「風呂入って、明日に備えようかね……」
こうして、俺の異世界生活初日は幕を閉じた──。
── ── ──
異世界生活二日目の朝、バケツをひっくり返したような激しい雨音で目を覚ました俺は、昨日の夜、一番の問題は政治だと思ったが、それよりも先ず、生活必需品を揃える必要があると気づいた。
この世界の季節は春中旬の暖かさを感じる。厚着をしないでもいいのは嬉しいが、動けば汗をかくから着替えが必要だ。そして、なにより俺はこの国の通過『リペント』を一銭も持っていない。一文無し。これは本当にマズい。
ゲームであれば、昨日倒したリザードマンからドロップした金があるはずだけど、これは現実であり、金を稼ぐのなら働かなければならない。そうなるとクエストだが、俺はこの街で冒険者登録していいものだろうかと疑問だ。そこから足がついて俺が『召喚された英雄』だとバレる可能性がある。可能性が否定できない以上、ギルドに所属するべきではない。それなら……昨晩アーマンさんが言っていた起業でもするか……って、俺にはそんなことをしている余裕はない。
部屋のベッドで『ぐぬぬ……』唸っていると、部屋のドアを誰かが叩いた。
「おはようございましゅ!! ……ございましゅ!! ……あ、あの、起きてますか? 朝食の準備ができましたので、ご支度が整いましたら下までお願いします!!」
「ありがとう。今いくよ」
彼女は二度噛む──、なんて萌える目覚まし時計だろう……。
名前はモラだったっけ? 年下に見えるけど、しっかり者だし、実はタメとかそういう展開に期待だな。
寝癖でぐちゃぐちゃな髪を手櫛でなるべく整えて、俺は下の階へ向かった。
ギシギシ鳴る階段を下りると、そこには昨日と同じメイド服に身を包んだラッテが椅子に座ってスリー……スリなんとかを飲んでいた。
「おはようございます、レオ様。昨夜はお楽しみでしたね」
「そんな台詞、どこで覚えたんだよ。てか、楽しんでたのは俺じゃなくてアーマンさ……なんでもない。こんな早くに来て大丈夫なのか?」
「レイティア様のお世話は完璧にこなしていますのでご心配なく。それよりも昨日の件を……」
「焦る気持ちはわかるけど、その前に朝食を食べてからな。そしたら俺の部屋で話そう」
俺は席に座り、出された朝食を頬張った。
朝食はパンと温野菜サラダ、それに乾燥させた肉を焼いたものだ。これ、なんの肉だろか? 味はベーコンと似ているから……豚肉か? サラダにかかっているのは柑橘系の果物をベースにしたドレッシングだろう。朝には持ってこいな爽やかな香りだ。雨じゃなければもっと気持ちよく朝食を楽しめただろう──明日以降に期待だな。
あっという間になくなった皿を返却して、俺とラッテは部屋に向かった。
「そろそろお話しいただけますか?」
「わかった。結果だが──」
俺はリザードマンとの激闘のことだけを話して『収穫はなかった』と報告した。
「──そうですか。やはりレオ様もレッドリザードマンに苦戦したのですね」
「やはり……?」
その口振りから察すると、ラッテもモンスターと戦ったのだろうか。
「いえ。我が城の〝騎士団〟でも苦戦を余儀なくさせられるので……実は、こんなにモンスターが凶暴化したのはつい最近なのです。以前までは下級のモンスターしか出現しなかったのですが……」
つまり、この国の人々は各村や街に、実質、閉じ込められているということか。行商人が行き来できるということは、それなりに安全な道があるはずだが……確実に物資不足ではあるんだろう。それに加えて派閥争いもある……国王陛下はさぞ胃が痛い日々を過ごしているに違いない。
「申し訳無く思いますが、魔力結晶の件はお任せします」
「そっちもそっちで大変そうだな」
「ええ……ですが、国王陛下が決断するまでは、どうにか歯を食いしばって成り行きを見守るしかありません……陛下ならきっと、私達の未来を切り拓く決断をして下さると信じています」
まあ、それは俺も同感だが──。
この国の国王、エルダイル=ミストリアス=ウェン=ハルデロト三世は、それまで国家主義だったこの国の政治を『民なくして国は建たぬ』と、民主主義に作り変えた男だ。
元々平和主義者だった現・国王は、各国と停戦協定を結び、二〇年続いた戦争を終わらせた最も偉大な国王として、国民から支持を受けている。しかし、それまで国家主義で政権を牛耳っていた貴族達からの反発は避けられず、今、過激派として動いているのはそんな貴族連中だろうと推測される。とどのつまり、現在保守派のアデントン公と呼ばれる男は、平民から貴族となった民衆の代表ということか。そう考えると、国王陛下が意見を聞き入れそうなのは保守派の意見だが、アーマンさんが言っていたことを汲み取ると国民も意見が真っ二つに分かれているのかもしれない。
そのアデントン公の切り札にされそうなのがレイティア。
この国の姫……娘からの後押しがあれば、未だに沈黙している国王も、口を開かざるを得ないという感じか。やり方が姑息な気もするが、それくらいやってのけないと貴族には勝てないってことかもしれない。俺には政治なんてよくわからないけど、想像するとこんなところだろう。
過激派と呼ばれている貴族は、この機会がチャンスなのかもしれない。徹底抗戦を支持する民を味方にできれば、政権を自分達の手に取り戻せる可能性が出てくる──なんだかどっちもどっちで姑息だが、政治……この世界の脅威が身近に迫っている以上、綺麗事で済ますことはできないのだろう。──だけど、俺は知っている。この先、国王に訪れる最悪な結末を。
それを回避できるのは俺だけかもしれないが、それをしてしまったら、この先、本当になにが起きるのかわからなくなる。ゲームでの国王陛下は──いや、今はそれを考えても仕方がない。
「──では、私は城に戻ります。今日は一日雨模様ですね。もしモンスター討伐にいくのなら、くれぐれもお気をつけください」
「わかった。ありがとう」
「へ?」
「ん?」
ラッテが目を丸くしてこちらを見ている。まるで、珍しい生物でも見ているようだ。
「……なんだよ」
「いえ、やけに素直だと思いまして……失礼しました」
ラッテは俺に深く頭を下げて、部屋から出ていった。
「あ……」
ラッテに金のことを相談するのを忘れた……。
ラッテの後を追いかけるように、急いで部屋のドアを開けると、ラッテは下の階で、アリアージュさんとなにかを話していた。
「ラッテ!! 悪い!! もう少しだけ……相談したいことが!!」
二階からラッテに聞こえるように叫ぶと、その場にいたアリアージュさんと、空きテーブルを拭いていたモラと、その場に居合わせた数人の宿泊客が一斉に俺の方を見た。
「あ……騒々しくてすみません」
苦笑いしながらもラッテを見ると、ラッテは大きく溜め息を吐いて、再び俺の部屋に向かうために、階段を上ってきた。
「レオ様、お願いですから、今後あのような真似はしてくださらないで頂けると助かるのですが」
ヤバい、この表情はおこですね。
「ご、ごめんなさい……とりあえず、もう一度俺の部屋に来て欲しいんだが……」
もう一度ラッテを俺の部屋に通すと、ラッテは定位置であるかのようにベッドに座った。
「それで、相談というのは?」
「実は……」
俺はラッテに資金がないこと、それにより服も買えないことなど、生活に必要な物資が全く足りていないことを説明した。
「そう言えばそうですね……では、契約一時金ということで、こちらを」
ラッテは、メイド服のエプロンから一枚のカードを取り出した。そのカードにはこの国の象徴が描かれている。
「これは?」
「このカードを見せればレオ様がお買い物する時、金銭を支払う義務がなくなります。ですが、支払いは全て〝私〟に来ますので、くれぐれも使い過ぎないようにしてください。そうですね……一応、限度として五〇〇〇Rまでとしておきましょう。それ以外の支払いが発生した場合は、きっちりと余分のお金を請求、あるいは、依頼達成報酬から天引きさせて頂きますのでご理解ください」
「わかった。使い過ぎないように気をつける」
「では、そのカードの裏にある魔法陣に手を翳してください」
言われた通りにカードの裏を見ると、ハンコのように、カードの右下辺りに小さな魔法陣が描かれている。
「これは紛失防止の魔法です。このカードから三メートル離れると、カードが自動で自分の手元に戻ってきます……物理的に」
そう言って、ラッテは俺にカードを手渡したまま、俺の部屋のドアを開けて距離を取ると、俺の手元にあったカードがシュルシュルと回転しながら、ラッテの手元に戻っていく。ラッテはそのカードを右手の人差し指と中指で挟んで取ると、俺の前まで戻ってきた。
「こういう感じです。因みに、上手くキャッチ出来ないと指が切断されますのでご注意ください」
「あ、あの……もしかしてそれ、アサシンが使う魔法の応用ですかねぇ……?」
「ご明察の通りです。よくわかりましたね」
物騒過ぎる仕様だから、誰だってわかるっての……。
「それではまた……門番に話は通してありますので、なにかありましたら城を訪ねてください」
「俺ひとりでも入れるのか、それは有難いな」
イベントでしか入ることができなかっただけに、城内がどうなっているのかちょっと気になってたんだよな。時間があったらレイティアやラッテを訪ねるついでに、城内を探索するのもありかもしれない……宝箱とかあったら、中身貰っていいのか……? いや、捕まりそうだからやめておこう。
ラッテを宿の出口まで見送ったあと、俺は部屋に隠しておいたレッドリザードマンから拝借した刃こぼれし過ぎている剣と魔力結晶を衣装タンスの中から取り出して、それを持ってあるところへと向かった。
あるところというのは、鍛冶屋、ローグのアトリエ。
謝罪も兼ねて、この剣を使えるように鍛えて貰うのと、この小さな赤い魔力結晶をその剣に埋め込んで貰うためだ。
「──で、こんな雨の中、俺の店を訪ねたってわけか」
相変わらず俺のことは気に入らないらしく、ふてぶてしい態度で接してくるが、それは当然だろう。甘んじて受け入れなければならない。
「ローグ……いや、親方のロングソードがなきゃ、俺はリザードマンに殺されてた。アスカロンも上手く扱うことができなかったしで、初戦は課題を沢山残す結果になって……それで、この剣は打ち直せ……ますか?」
親方と呼ばれて、少し頬を赤らめていたが、受け取った剣をまじまじと見つめて、小さな溜め息を吐き、頭をボリボリと掻き毟る。
「こいつぁ……ハッキリ言ってそこら辺の鍛冶屋じゃ無理だろうな。それに、持ってきたこの魔力結晶……小さいくせに相当な魔力を持ってやがる。埋め込んだ瞬間、剣がその魔力に耐えられなくなり崩壊する可能性が高い」
「そう、ですか……」
初めての敵で、しかもあんな言葉を聞いてしまったから、肩入れし過ぎているのかもしれない。これから先、こんなことは日常茶飯事になるのだし、諦めるしかなさそうだな。
「親方、ありがとう。それじゃ、俺はこれで──」
「──おい、どこへいく?」
「え? だって、打ち直しは無理なんじゃ?」
「俺が言ったのは〝そこら辺の鍛冶屋じゃ無理だ〟と言ったんだ」
「そ、それはつまり……」
「見せてやるよ……この国一番の鍛冶師の腕ってやつをな!!」
「親方……っ!!」
親方は腕を組んで、自慢気に鼻を鳴らした。
「それと、昨日渡したロングソード、それもだ」
「これも使うんですか?」
「物資不足なんだよ。ロングソードを使ってこのボロボロの剣を鍛える。文句ねぇよな?」
俺は腰に付けているロングソードを親方に渡した……アスカロンと一緒に。
「……どういうつもりだ?」
「今の俺では、アスカロンを使えるレベルじゃない。だから、この剣は親方に返却しておこうかと……」
「馬鹿野郎ッ!!」
「……ッ!?」
親方はアスカロンを受け取らず、そのまま俺に突き返してきた。
「てめぇがなんでラッテちゃんとつるんでるなかは知らねぇ。だが、なにか大切な約束みたいなもんをしてんだろ? ……この剣なくして、それは達成できんのか? アァンッ!?」
「そ、それは……」
確かに、アスカロンなしでモンスターを倒すのは難しい。だけど、身の丈に合っていない剣を使うのは危険だ。親方はそんな初歩的なことわかっているはずだ。──だから、きっと違う理由があって返却を拒否したんだろう。
「お前がどこの誰で、どんな使命を受けたのかは知らん。だが、一度引き受けたのなら最後までやり通せ。無論、このアスカロンも同じだ。俺がお前に渡したんだ、使いこなせるようにひたすら使い込んでみせろ」
「親方……」
あんた、そんな熱いやつだったのか……。
「……わかったよ、親方。この剣に認められる剣士になってやる!!」
「その意気だぜ……レオッ!!」
こうして、俺は再びアスカロンを親方から託された。
「このなまくらを鍛えて使えるようになるにはちょっと時間がかかる。それまではアスカロン一本で切り抜けてみせろよ」
そう言い残して、親方は奥の工房へと入っていった。
負けらんねぇな……これは。
俺はアスカロンをまた背負って、親方の工房を出た。
外はまだ大雨。石畳の地面の所々に水溜りができている。その水面を打ち付ける大粒の雨が、俺の姿を写す水溜りを揺らしている。
「先に雨具を買って正解だったな……」
工房に行く途中に立ち寄った雑貨屋で、俺は雨を弾くマントを購入していた。そのおかげで全身びしょ濡れにならずに済んでいるのだが、さて、これから魔力結晶を集めるために街の外へと出るのは、果たして正解なのかどうか。
濡れた土の地面では足を取られて危険だ。リスクは確実に上がるし、不慣れなアスカロンを振り回すなら、もっと状況を見極める必要がある。
「……レイティアの様子でも見に行ってみるか」
この街の北に位置する大きな城を眺めながら、俺はその城に向かって歩き出した──。
【備考】
2018年8月8日──文章の修正。(改行、誤字修正など……)