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残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜  作者: 瀬野 或
一章 傾きだす天秤〝主島リストルジア、判決編〟
17/21

#17 魔界への入り口を探せ


 ダリルがある意味『狂乱』してから数一〇分後……。


 魅了が解けたダリルはレイティアの部屋の隅で壁にもたれながら、頭が痛むように眉間を抑えながら、先ほどの自分を思い返しているらしく、ブツブツと呟いている。


「最悪だ、悪夢だ……。この僕がトラップボックスに魅了されるなんて……」


 まあ、無理もない。トラップボックスの【魅了】は、人間が息をするように勝手に発動してしまうらしいので、シュガーが防御魔法を展開しなければ、レイナードは勿論、アデントン公も同じ末路を辿ることになる。しかし、シュガーには効かないのを見ると、【半魔族(ハーフド)】には効果が薄いようだ。屋敷にいたミゲイルさんにも効果が出ていなかったのを考慮すると、その推測で間違いはない。


 フィレをテーブルの中心に置いて、それを取り囲むようにして皆がフィレを見ている。警戒しているのはラッテとレイナード。ラッテは敵意を剥き出しにしている。それはきっと、この城の平和を守ろうとしていることの表れだろう。勇敢なことはいいけど、後ろ手にダガーを隠し持つのはやめて欲しい。

 レイナードは、これまた典型的な反応で、取り囲む俺達のさらに一歩後ろに下がり、直ぐにでも逃げられるように構えていた。こうなるのも無理はない。トラップボックスの恐怖を一番体験しているのはレイナードだから、逃げ腰になるのも頷ける。そんなふたりとは対照的に、物珍しそうにフィレを見つめる男がいる。それは、俺にフィレを連れてこいと言ったご本人──アデントン公だ。


「いや、まさか本当に連れてくるとは思わなかったよ。なんと呼べばいいのか……そうだ、先ずは自己紹介が必要か」

『あの……これは一体どういうことなんでしょうか……? 魔王様までいらっしゃるなんて聞いてないですよぉ……』

「フィレ。今は〝レイティア〟の部屋にいる皆に自己紹介をしてくれ……っと言っても〝俺だけ〟にしか声は届かないんだけどな」


 今ので伝わっただろうか……? フィレの言葉は俺にしか伝わらないけど、用心するに越したことはない。もし、この場に魔族の言葉を理解できる者がいたら、今の発言でアウトだ。そういう意味も含めて伝えたんだけど……。


『そうでした、すみません……。えっと、自己紹介ですよね? 私はトラップボックス族のフィレと申します。よろしくお願いします……』

「彼女はトラップボックス族のフィレです。よろしくと言っています」

「女性でしたか……。私はアデントン=デュセイン。魔族との対話、和平を望む保守派の代表です。以後、お見知り置きを」


 通訳ってこんなに大変な仕事なのか……。発言者の意図を汲んで、それを自分なりに解釈してから発言する。これがもし日本で、英語を聞きながら──って考えると、英語を理解していない俺には絶対に不可能だ。


「〝初めまして〟、フィレさん。私はレイティア=ミストリアス=ウェン=ハルデロト。この国の王女です。今はアデントン公と共に、魔族との和平を目指しています」

「……ほれ、お主も挨拶せんか、レイナード」


 シュガーにせっ突かれて、レイナードも観念したようで、ぶっきら棒に自己紹介をする。


「俺様はレイナード=ベンゼン。戦士だ……これでいいだろ!?」

「上出来じゃ。やればできるではないか」

「うるせッ!!」


 シュガーとラッテは昨日に話してあるので自己紹介は割愛した。


「ダリル、あとはお前だけだぞ」

「僕はいい……。それよりも、一体なにが起きてるのさ……。なんでレオくんは魔族と話せるわけ? もしかして〝英雄(あれ)〟だから?」

「あれ……? あれとは?」


 俺が【召喚】されたことを知っているのはレイティア、ラッテ、シュガー、そしてダリルの四人だけだ。レイナードとアデントン公には話していないので、察しのいいアデントン公は、ダリルがいった【あれ】という言葉が引っかかったようだ。


「もしかしてまだそのことは伝えてないのー? ねぇ、この際だから【君達の秘密】も伝えたほうがいいんじゃなーい? これはそういう会合でもあるんでしょー? それだけのリスクを背負って、初めて〝対等な立場〟になるんじゃないかなー? ……ねぇ、レイティアさまぁ?」


 こいつ……やっぱり連れてくるべきじゃなかったか。でも、あの状況で連れてくる以外の選択肢はあったか? ……いや、ない。

 ダリルは信用できない相手だけど、現時点で敵とも判断できない。なんだかんだで俺を助けてくれている節がある。それは、今さっきもそうだ。もし、ダリルが背後にいなければ、俺はこの部屋まで無事に到達していた自信がない。無意識下の行動かもしれないし、気まぐれということもあり得る。いつか裏切ると警戒しつつも、現時点では味方になってもらっていたほうが都合がいいだろう。それはレイティアも同じ考えのようで、俺と目が合うと小さく頷いた。


「わかった。話せる限りの全てを話す……」


 話せる限り──とは、俺がこの世界に召喚された『異世界の英雄』であることだ。英雄なんてものではないけど、召喚で呼び出されたということは、つまり、そういうことになっている。そして、俺が一度魔界に渡り、魔族と交流したことも話した。レイティアの件は言えない。まだ、その時ではないだろう。


「俄かに信じられる話ではないが……ここにフィレさんがいらっしゃるということは、強ち嘘と吐き捨てることもできないか。レオ君……、君という男は、どれだけ私を驚かせるつもりだい?」

「異世界……か。兄様はやはり凄い」

「いや、凄いとかそういう物差しで測れるようなことか? しかし……お前の雰囲気がどこか異国染みてたのはそのせいか」

『レオさん……大変でしたね……』


 アデントン公、シュガー、レイナード、フィレは、俺の話を聞いて三者三様、いや、四者四様とでもいうべきか、様々な感想を互いに話していた。そんな中、会話に混ざろうとしない者がいる……ダリルだ。


「まあ、それくらいは僕でも少し考えればわかるけどさー? レオくんは他にもなにか隠してるんじゃないのー?」

「あるっちゃあるけど、人間なんだから話したくないことのひとつやふたつ有って当然だろ? だから、俺が話せることは以上だ」

「ふぅん……ま、いいけどー」


 このカミングアウトに、なにか意味でもあったのだろうか? ダリルのことだ、きっとなにか考えがあったに違いないけど……意図が掴めない。だが、結束は固まった……と、思う。


「しかし、折角ここにモンスター……フィレさんがいるのに言葉を交わせるのがレオ君だけというのはなんとも歯痒いな……レオ君、どうにかならないかな?」

「そう言われても……」


 この場合、魔王であるレイティアに聞くのが一番手っ取り早いのだが、ここでその話を振れば皆に怪しまれてしまう。


「フィレ、どうにかできないか?」

『そうですね……〝理の花〟があれば、もしかしたら……』


 初めて聞くアイテム名だ……。


『その花を薬にして飲むと、多種族の言葉が理解できるようになります……。魔族はあらゆる部族が数多にあります。なので、魔族のほとんどはこの花を薬にして飲んでいるんです……でも、その花が咲いているのは旧・魔王派のワイバーンが住処にしている〝ヴォーランド火山〟で、入手は困難かと……』


 ワイバーンとは翼竜族の総称で、陸地を進むリザードマンとは対照的に、空を自由に飛び回る。竜というには小さいが、それでもその姿は竜といって過言ではない。口からは炎を吐き、さらに、背に生えた大きな翼で旋風を巻き起こす。だが、一番厄介なのはワイバーンが空を飛べるということ。近距離攻撃の命中率は低く、遠距離武器での戦闘が強いられるけど、ソードマスターの俺は基本が物理攻撃なので、ワイバーン戦ははっきり言って苦手だ。そのワイバーンが住処にしている火山か……正直、行きたくない。


「フィレはなんと申したんじゃ?」

「魔界にある火山に〝理の花〟という花があって、それを薬にして飲めば意思疎通が可能になるらしいんだけど、その火山にはワイバーンが住処にしているから、入手は困難だってさ」

「へぇ……ワイバーンかぁ……楽しそうだねぇ……? 一度ワイバーンの背中に乗って空を飛んでみたいと思っていたんだよー」

「ダリル、遊びではないのですよ。ワイバーンは強力な魔物です。それこそリザードマンにも匹敵します」


 ダリルは冗談半分、本気半分のようだが、それをレイティアが一喝する。


「旧・魔王ってのは戦争が目的の魔王だったんだろ? だったら、ダリルさんの協力は必須じゃねぇか? 俺様は……まあ、行ってやらなくもねぇが、報酬は出してもらうぜ?」

「そうだな。これはかなり危険を伴うクエストになるし、成功報酬があれば頑張ろうって気にもなるか」

「レオがそんなことを言うとは意外ですね」


 沈黙を通していたラッテが急に口を開いた。

 不愉快そうな表情は相変わらずだが……。


「レイナードは戦士で傭兵だし、金を稼げないと生活もできないだろ? 慈善事業じゃないしな」

「お前、わかってんじゃねぇか……ちょっと見直したぜ」

「違うぞ、レイナード。兄様が言いたいのは、報酬があれば成功率も上がるといいたいのじゃ」


 まあ、それもあるけどさ。単純に考えて【無償で危険クエストに挑む】とか、誰も得しないしやり甲斐もない。それに【理の花】を入手したいのはアデントン公だ。レイナードが発端なら『馬鹿言うな』と一脚するけど。


 俺はレイティアではなく、アデントン公を横目で見る。アデントン公も俺の考えに至ったらしく目が合った。そして、顎に手を当ててしばらく考えたあと、レイナードに向き合った。


「では、私が報酬を出そう。しかし、依頼にするということは、それなりの仕事はしてもらうよ? なるべく沢山の理の花を入手して……そうだな、我々と、次回の議会で討論する者……国王陛下も含めて、ほぼ全員が魔族と意見を交わせる分は確保していただきたい」



 お、おい……それってどれくらいの量が必要なんだ……?

 かなり無茶振りだし、非現実的じゃないかと思うが……あの眼は本気だな。


『その量になると、少なく見積もってもニ〇輪は必要です……。ワイバーンの猛攻を躱しながらその量を入手するのはかなり困難かと……』

「アデントン公。かなり難しいとフィレが言ってますが……」

「では、報酬を弾もう……この作戦に参加して成功したら、ひとりにつき一〇万Rでどうだろうか? それと別に、現地で入手したアイテムは各自の好きにしていい……どうだい?」


 魔界には人間界で入手できない強力なアイテムを手に入れることがある。俺が使っているこのアスカロンだって、本来はダンジョン攻略アイテムだ。今はその力を引き出せていなくて、ただの大剣としかなっていないが、本来のアスカロンは最強クラスの剣だ。そんな武器やアイテムが魔界には存在する。ドロップアイテムを報酬とは言えないが、それでも、入手できれば戦力の強化になるし、なにより箔がつく。


「よし、それなら俺様は引き受けるぜ?」

「僕も行きたいなー。この中で一番強いのは僕だしさ、成功率を上げたいなら同行させたほうが得策だと思うよー?」


 確かにダリルはこの中で言えば一番の腕だろう。でも、ワイバーンにその剣が届くとは限らない。それなら、ダリルと肩を並べられる魔法帝のシュガーも必須だろう。この中で一番弱いのは……俺かもなぁ。足を引っ張る可能性もあるし、俺は同行しないほうがいいかも──いや、弱気になるな、俺ッ!! この中で一番弱いなら、戦いの中で強くなればいいだけだろッ!!


「俺も参加する。……シュガー、ついてきてくれるか?」

「愚問じゃよ。兄様。儂……私は兄様がどこへ行こうとついていく。例え、それが魔界でもじゃ」

「ありがとう、シュガー」


 フード越しに頭を撫でてやると、シュガーはご満悦の表情を浮かべた。


「メンバーはこの四人で決まりですね」


 レイティアはゆっくりと俺に近づいて、耳元で囁いた。


「ワイバーンの族長【ドゥロウプ】は強敵です……気をつけて」

「……ああ、わかった」


 魔界か……。ゲームでは何度も足を運んだ場所だけど、この世界ではどうやっていくのだろうか? 転送魔法陣? ポータル? ……なんだかどれも現実味がない。

 レイティアなら魔界へ続くゲートを開けるのだが、それを頼むことはできないだろう。フィレにゲートを開いてもらう……いや、そんな魔術をトラップボックスが使えるはずがない。


「魔界にいくのはいいけどさー、どうやっていくのー?」

「そうだよなぁ……レオ、お前ならなにか当てがあるんじゃねぇのか?」

「残念ながら、俺もそれを考えてたんだけど……ミゲイルさんがここにいればなぁ」

「ミゲイル? ああ……そういやあいつ、半魔族(ハーフド)になったんだったか」


 この世界に戻る時、俺はミゲイルさんにゲートを開いてもらって戻ってきた。こうなることならミゲイルさんにゲートの開きかたを教えてもらえばよかった……って、教えてもらっても俺が使えるかはまた別の話だけど。


「お手上げか……」


 レイナードが呟くと、部屋の中は湿った空気が流れる。

 レイティアも歯痒いだろう……自分なら容易くゲートを開けるのに、それを教えることができないのは。


「レオ君が魔界を行き来できたんだ、そう悲観することはない。きっとなにか方法があるはずだよ。今日は皆も疲れただろう。明後日、もう一度この件について話し合おうじゃないか」

「私も城の書庫で調べてみます。皆さんも手がかりも探してみてください」


 こうして、アデントン公を交えた会談初日は幕を閉じた──。





 ── ── ──





 その日の夜、俺は部屋にフィレを残して、アーマンさんを訪ねた。

 アーマンさんは『武神』とまで呼ばれた伝説的なひとだ。きっと、なにか知っているに違いないと思って訪ねたのだが……あまりいい顔はしてくれなかった。


「魔界にいく方法か……。方法がないわけじゃないが、今と昔では状況が違い過ぎて、俺が知っている方法で魔界に辿り着けるかはわからないぞ?」


 遅めの夕飯を食べていたアーマンさんは、木製のコップに注いである酒を一気に呷ると、ドンッとテーブルに置いた。その振動で、テーブルの上に置いてあった食器も微かにカタッと揺れる。


「しかし……、どうして魔界へ?」

「そ、それは……どうしても手に入れなければならないアイテムがあるんです」

「そうか。失礼を承知で言うが、今のレオ君の腕で魔界にいくのは、はっきり言って自殺行為だと思うぞ? 剣の性能を発揮できていない君に、魔界のモンスターを倒すことができると思うかい?」

「……」



 ぐうの音も出ない……それを一番感じているのは、誰でもない、俺自身だからだ。

 強くてニューゲームのような、ほぼカンストしているステータスなのに──。


「それでも……行かなきゃいけないんですっ!!」


 俺の必死な訴えで心を動かせたのか、それとも呆れたのか……まあ、考えるだけ無駄だが、アーマンさんは右腕の古傷が痛むかのように左手で摩りながら、俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「なにか事情があるようだけど、今回は力になれない。……すまないな」

「いえ……心配してもらえたのは嬉しいです。ご迷惑をおかけしました」


 断られるだろうとは思っていたんだ。アーマンさんは優しいから、未熟な俺に危険な真似はさせたくなかったんだろう。でも、未熟だからといって手をこまねいていられる場合でもない。

 もう少し喰らいつくべきだっただろうか? 諦めが良過ぎるのは、この世界で美徳にはならないだろう。【今】を生きる必死さが、まだ俺には備わっていないのかもしれない。


 そんなことを考えながら重い足取りで自分の部屋に戻ると、開け放たれた窓から夜風がス──ッと肌を撫でた。さすがに、日中は小春日和のような暖かせでも、夜になればそれなりに冷える。俺は窓を締めてから、ベッドのドサッと腰を下ろす。


「こうなったら、街の外を彷徨いてるモンスターに聞いてみるか。確か外にいるやつらって、魔王の息がかかったやつらだったよな? ……でも、だからといって話が通じるかは別問題か……」

『あの……』

「ん? どうした、フィレ」

『ここら辺にいるモンスター全てが魔王様に賛同しているわけじゃないので、話をするのは難しいと思います……』

「それでも、やってみるしかねぇだろ」


 仮に話が通じなかった時はぶん殴ってでも吐かせる──いや、それじゃあ本末転倒だ、なるべくそういう手段は取りたくない。ただ、戦闘になることも考慮しなければならないのも事実。

 フィレが言う通り、外で徘徊している魔物達は全員が全員、現・魔王派というわけじゃない。中には現・魔王派であっても戦闘を挑まれる可能性もある。つまり、一筋縄ではいかないってことだ。だが、簡単に終わるクエストなんて、それこそチュートリアルしかないだろう。

 アデントン公からの依頼は、それこそS級クエストにも匹敵するほどに難関で困難だ。

 通常のクエストはダンジョン攻略とボスの撃破で、依頼者に成功報告をして終えるけど、この世界の場合は、その後に起こり得る自体も考慮して進めなければならない。つまるところ、ダンジョン攻略、ボス撃破、終了ッ!! はい報酬どうぞッ!! ──というのは、あからさまなゲーム脳だってこと。その後のことは適当になんとかしてくれればいい──なんて、投げっ放しにはできない。

 俺は自分の身の程がどれくらいなのか弁えている。弁が立つわけじゃないし、剣の腕前だって未熟だ。しかし、悲観するようなことはもうしない。

 自分がこの世界で誇れる存在になれれば、きっと──俺の世界はもっと広がっていくはずだから。



 後ろ向きで引っ込み思案な性格も、もう終わりにしよう。

 やるべきことを成す──それが、この世界で生き抜く必須条件。

 それならもう、前に進むしかないんだ。



『レオさん、なにかを心に決めたたようですね……』

「まあな。もうグダグダと考えても仕方ない、やるだけやってみるさ」

『応援してます……頑張ってください……っ』

「ありがとう、フィレ」


 こうやって背中を押してくれる相手がいるとモチベーションも上がる。

 今までは自分の中で勝手に諦めていたけど、『相談できる相手』がいればこれだけ気持ちも楽になるもんなんだなと、俺はこの時初めて感じた。

 心の奥からじんわりと伝わってくる優しい熱を感じながら、脳内を駆け巡るアドレナリンを滾らせて明日に想いを馳せた──。 




 

 ── ── ── 





 翌朝──


 モラが噛み噛みなモーニングコールを聞く前に起きた俺は、早々に準備を済ませて街外れの草原地帯へと足を踏み入れた。

 この場所は、かつて、俺の愛剣になっているドラゴントゥースの核になっているレッドリザードマンと戦った場所だ。今にして思えば名前を聞いておけばよかったと思うけど、あの時はそんな余裕なんてなかった。

 あれからもう、長い時間が経過してるように思えるけど。実際はまだそんなに日が過ぎていることもなく、俺が過ごしている一日がとてつもなく濃厚なものになっている証拠だろう。

 そういえば、魔力結晶集めの依頼はどうなったんだろうか? ──よし、ついでだ。旧・魔王派の魔物と対峙したら戦って倒して集めるか。


「……さっそくお出ましだな」


 距離にして約一キロくらい先にある背が高い雑草の茂みが、ガサガサと揺れている。あの揺れから察するに、中型の獣タイプ……キラーボア辺りだろうか。猪のような姿で、下の歯の犬歯が鋭く長く生えていて、下から突き上げる攻撃が危険だ。突進攻撃もしてくるが、それを躱すのは容易いだろう──と、以前の俺なら思ったが、もう油断はしない。どんな攻撃であれ、致命傷になり兼ねないと思って、戦闘に挑まなければ……。


 俺が雑草林に近づくと、やつは俺の存在に気づいたらしい。茂みから飛び出して、一目散に突進してきた。これこそ、文字通りの『猪突猛進』ってやつだ──なんて言ってる場合ではないぞ、あの巨体の突進に当たればただじゃ済まない。


「……ッ!!」


 一直線にしか突進できないので躱すのはわけなかったが、それ以上に、体勢を崩すほどの風圧に圧倒された。まるで、車が直ぐ傍を通り過ぎたような感覚。車と正面激突して無事でいる保証がないように、キラーボアの突進を正面から受けて、無事でいられるはずもなし。なにより、キラーボアは『(ボア)』であり、正確には魔物ではない。分類は猛獣で、知性は低い。──余談だが、キラーボアの肉は臭みがあるけど、引き締まった筋肉と、適度についた脂肪のバランスがよく、栄養価も高いので人気があるらしい。そんなことを、ゲーム内の酒場にいるNPCノンプレイヤーキャラクターが言っていた気がする。

 一度そう思うと、キラーボアが肉の塊に見えてくるぞ……これは、是非ともアーマンさんに調理してもらいたいところだが、今日の目的はそれじゃない。残念ではあるが、土に還ってもらおう。

 俺が体勢を整える頃には、キラーボアも次の突進の準備ができたらしく、後ろの左足で地面を蹴っている。


「一応聞くけど、俺の言葉は理解できるか……?」

「……」



 返事はない、ただの獣のようだ……。



 さすがの俺でも動物とは会話できない。あの見た目なら『ハクナマタタァ!!』とか歌い出しそうなんだけどな……って、そんなコミカルな見た目でもないが。

 俺はアスカロンを中段に構えて、キラーボアの隙を狙う。

 横に避ければ風圧で体勢を崩されるなら、正面から攻撃するしかない。リスクが伴う作戦ではあるが、相手が油断するのは、案外、攻撃する瞬間だったりする。これは、ダリルとの戦闘で得た知識だ。



(俺、結構学んでるなぁ……)



 しかし、知識というのは実践で使えて初めて意味を成すもの。学校の勉強だって、ノートを綺麗にまとめるだけじゃ、テストでいい点取れないのと同じ原理だ。

 浅く深呼吸をしてキラーボアの攻撃に備えると、痺れを切らしたキラーボアが、再び突進をしてくる。ドカドカと大地を踏み鳴らし、俺に体当たりしてこようとする──その刹那。


「ぶち抜けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」


 キラーボアの丁度顳顬(こめかみ)に突き刺さったアスカロンが、頭部から一気に体まで貫いた。


「く……ッ!!」


 しかし、地面に踏ん張っていた俺の足は、キラーボアの突進を受け止めることができずに、キラーボアが力尽きるまで、土を削りながら数メートル後方まで押し退けられた。

 俺のステータスがレベル相応になかったら、キラーボアボアの突進攻撃で弾き飛ばされていたかもしれない。そう考えると、今の作戦は本当に最善だったのかと考えてしまうけど、なんとか上手くいったのでよしとしよう。


「ステータスって、一応は機能してるんだな……」


 力尽きたキラーボアからアスカロンを引き抜くと、肉の塊となったキラーボアは地面に倒れて事切れた。

 アスカロンについた血を一振りして払い、魔核(コア)となっている魔力結晶を探すために、ドラゴントゥースでキラーボアの体を不慣れな手つきで切り裂く。


「モンスターなら、消滅と共にドロップするんだけどなぁ……」


 先にも言ったがキラーボアは本来『動物の括り』であり、事切れてもその体は塵のようになって消えることはない。もしそうってしまったら、キラーボアの肉が世に出回ることもないのだ。つまり、手探りで魔力結晶を探すしかないのだが……あまり気持ちのいい行為ではない。


「こんなことになるなら、レイナードを誘うべきだったかなぁ……でも、自分でやらなきゃ覚えないしか……悪く思ってくれるなよ」


 ようやく取り出した魔力結晶は、俺の手に収まるくらいの大きさの石で、ベタベタとくっついている血を布で拭き取って、腰につけている小袋の中に入れた。これで集まったのは二十八個。目標である三〇個までは、まだまだ遠い。


 その後、フロッグゲル、グランドインプ等……数体の魔物と接触したものの、どいつも言葉を交わす前に襲ってきて、とてもじゃないが、話をするような状況に持ち込めなかった。こうなることは想定していたけど、乳酸の蓄積による疲労感までは想定していなかった。魔力結晶は残り二〇個にまで到達したけど、当初の目的である『魔界への行き方』については全くもってわかっていない。

 三本目の魔法薬を飲んで、一度、街に戻ろうとした時、俺の背筋がゾワッと震えた。

 この感覚には覚えがある──これは殺気だ。それも、明らかに今までの雑魚とは違う空気が辺りを包んでいる。



 やはり、この場所で、こいつらとのエンカウントは避けられないらしい──。

 二足歩行の竜人族、レッドリザードマンが、堂々と俺の眼前に現れたのである……。

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