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残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜  作者: 瀬野 或
一章 傾きだす天秤〝主島リストルジア、判決編〟
13/21

#13 神の味、究極のシンプルイズベスト!


 午前中に街の様子と、どちらの派閥に世論が傾いているのかを調べるつもりだったが、シュガーの登場により、午前全ての時間を、大きな木の下にあるベンチで過ごしてしまった。まあ、悪いことではなかったのだが、結果としてそれは損失であることに変わりはない。タイムイズマネーという言葉がある通り、あまり余裕な時間はないのだ。

 午後には城に向かい、レイティアこと魔王ルネアリスに、今後、どう立ち回るべきかを話し合う予定だったが……このままなにも調べずに行くと、余計な時間が生まれて話が進まないというのが目に見えている。それに、さすがにシュガーを城には連れていけない。ここは、一度宿屋に戻って……いや、それだったらその辺で食事をして、この街の知り合いにシュガーを紹介しつつ、彼らから情報を──って、俺の知り合いって親方しかいないじゃないか……切ねぇ……。こんなことになるのなら、もう少しいろんな店を回って、街の住人と交流を深めておくべきだったか……?


 しばらくの間、素直に頭を撫でられていたシュガーだったが、恥ずかしさが込み上げてきたようで、急に俺から離れた。


「もういいのか?」

「ずっとこうしてはいられんし……兄様も困るじゃろ?」

「別に困りはしないけど……そうだ、昼飯でも食いにいくか」

「おお!! 腹が減っては魔法は撃てぬというしな!!」


 例え満腹でも、普通のひとは魔法なんて撃てません。


「さっき串焼き食ってたのに、もう腹減ったのか……」

「あれは〝小腹用〟じゃ。〝大腹〟には入らん!!」


 いや、胃ってひとつだけじゃないの……? あれか、女性のいう『甘いものは別腹』理論みたいなものか。結局、頼んだデザートを『んーふー』とか言いながら食べるけど、満腹には変わりないから後で気持ち悪くなるんだろ? それで妹がトイレで吐いてた覚えがある。


「意地を張って、後で気持ち悪くなっても知らんぞ?」

「その時は魔法でなんとかするから大丈夫じゃ!!」


 ずりぃッ!! ……ってか、どんだけ万能なんだよ魔法。

 そもそも、魔法ってそんなことに使うもんじゃないだろうに……胃薬メーカーもお手上げじゃねぇか。胃薬メーカーってなんだよ。胃薬専門の薬メーカーなんて聞いたことないぞ。……それともあるの?



 しかし、昼食か──。


 

 この世界にきてから食べたものは、ほぼ招き猫で済ませていたし、魔界ではミゲイルさんが作る料理を食べたきりだ。──こうやって考えとアレだが、男の手料理しか食べていない気がする。どうせ食べるのなら、女性の作る手料理が食べたいところだが、思い返すと【料理人】って男が多いよな。

 女性のほうが繊細な味を生み出せそうなのにどうしてだろう?

 手料理で思い出すのは『母親の手料理』だ。昔から台所は母親の領域みたいな風潮があったけど、外出して店に入ると男が料理している場合が多い。つまり『愛情のこもった料理』を届けるのが母親で、『仕事の料理』を提供するのが男ってわけか? 別に俺は男尊女卑なんて古臭い感覚に捉われてはいないので、女性のコックは大いに歓迎だ。それこそ【愛情のこもった仕事の料理】を提供してくれる店があるのなら行ってみたいものだが、生憎、この世界でその願いは叶いそうもない。


 俺達はとりあえず街をふらつきながら、目欲しい店に入ることにした。


 昼時になった街は、朝よりはひと数が多くなったものの、すれ違うひとが多少増えた程度で、賑わいがあるとは言い難い。それに、開いてない店もちらほら見受けられる。物資不足の影響か、きっと食材の値段も高騰しているのだろう。招き猫で食事ができるのは、アーマンさんがそういうパイプを持っているのかもしれない。だが、経営が厳しいのもわかる。それは店舗の老朽化だ。招き猫の店内はとてもではないが綺麗とは言えない。壁にヒビが入っていたりするし、階段はミシミシと軋む。店の修繕にまでお金が回らないんだろう。店舗んぼ修繕費まで食材確保に回していると思うと、有り難いことこの上ないな。いつか、俺がもっと金を稼げるようになったら、少しくらい恩返しもできるだろうか?


 裏通りから大通りにやってきた。ここもどうやら似たようなもので、街のひとより兵士の数のほうが多い。これでは子供も外で遊べない。俺達のようにある程度の年齢になれば、退屈こそするが、遊ぶという行為をしなくても我慢できる。


 ──しかし、子供は違う。


 遊べなければ退屈になるし、有り余る体力を発散できない。外が駄目なら家の中……だが、室内で騒ぐと大人に怒られる。これでは悪循環。子供もストレスが溜まるが、大人もストレスが溜まる。──早いところなんとかしないと、不満が爆発して暴動が起きる可能性も否定できない。


 そんなことを黙って考えていたら、シュガーが不意に俺の脇腹を小突いた。


「顔が怖いぞ。そんな顔していては、折角の顔が台無しじゃ」

「誰が冴えない顔だっ──て、そんなこと言ってないか。あれ? 俺、褒められた?」

「褒めてなどない……が、兄様はもっと笑ったほうがいい。なんだかずっと緊張しているように見える。儂……私は、笑顔の兄様が見たい……な、じゃ」

「最後の〝じゃ〟は、さすがに無理があるだろ……でも、ありがとな」


 シュガーの頭をマントのフードごと撫でてやると、シュガーの頬が少しだけ赤く染まった希がする。


 実年齢からすれば、シュガーのほうが年上なんだろう。半魔族の寿命は長いので、俺が弟設定のほうが自然。でも、シュガーは俺を『兄』として慕ってくれるのなら、一向にそれで構わない。むしろ、身長が低くて、童顔なシュガーを姉として迎えるほうが無理……いや? それはそれで唆るものがあるな。──このことは、俺の胸の内に秘めておこう。


 しばらく大通りを彷徨っていると、いつからそこにあったのか──突如、その店は俺の目を奪った。その店の看板には大きな文字で『ラウメン』の書かれている。そう、まごうことなきラーメン屋がそこにあったのだ。


(そういえば、この街の作成に当たり、ラーメン好きのスタッフさんも絡んでいたと聞くが、こんなところに日本要素をぶち込んでくるとは……)



 その要素を出すなら【東洋の島】的な、日本文化のある島を作ってくれよ……。



 その島さえあれば、ダリルに嘘を見破られることはなかっただろうに……まあ、その結果、ダリルに剣を指南してもらえるようになったんだが、あれは指南というよりもサンドバックだ。そのおかげである程度は剣を使えるようになったからいいんだけど……やっぱ納得できん。


「シュガー、あの店に入ろう!!」

「ラウメン……? それは美味いのか?」

「当たり前だ。ラーメンが不味いなんてことはあり得ない!!」


 そんなことはないんだけど、目の前に懐かしい日本の料理があったら、日本人なら誰でも食いつくはずだ。海外に行ったひとも、現地に日本食を出すレストランがあったら入るっていうくらいだ。……日本人って日本大好きだよな、色々と不満をいう割には。


 店内に入る扉が引戸というのも、なかなかに風情を感じる。例えるなら、昔馴染みの中華屋のような感覚。格子ガラスといのがその感覚をさらに加速させる。ガラガラと鳴りながら扉を開けると、若い女性が厨房に立っていた。

 格好こそこちらの世界に合わせていて、『ラーメン屋の店主像』とは異なるが、店内に漂う煮干しの香りが『この店はできる』と俺の脳が囁いている。


「ほう……珍しい内装じゃな」


 馬鹿言うな、この内装こそがラーメン屋をラーメン屋足らしめるのだッ!!

 しかし、この世界でラーメン……ラウメンという料理は珍しいのだろう。


「らっっしゃい!!」

「なん……だと……ッ!?」


 『いらっしゃいませ』ではなく『らっしゃい』でもない……。

 美味いラーメン屋でしか許されることはない挨拶、それが『らっっしゃい』だッ!!

 恐らく……いや、俺は確信した。この店は美味いとッ!!


 俺は無論、カウンター席の店主の前に陣取る。


(さあ、お手並み拝見といこうか……)


 店主も俺の挑発に気づいたのだろう──ニヤリと俺に笑顔を返してきた。


「兄様……どれを頼めばいいんじゃ? この〝みそラウメン〟か?」

「確かに味噌は美味い。だが、味噌ラーメンは味噌に特化した店でなければ突飛した美味さはない。よく言えば〝安定した美味さ〟だが、悪く言えば〝無個性〟。ここは、正々堂々〝醤油ラウメン〟一択ッ!!」

「なら、儂……私も同じものをくれ」

「はいよ、ちょっと待ってな!!」


 改めて店内を見渡してみると、ラーメン好きというだけあって、こだわりが要所に見受けられる。テーブル席とカウンター席があるのは当然。先ず、俺の目に留まったのは、壁に貼られている『おしながき』だ。紙が少し剥がれかけていて、しかも、年季が入っているせいか、所々にシミができている。次に目に留まったのは──


「なんだか楽しそうじゃな、兄様」


 俺の尋常じゃないラーメン愛を察したのか、シュガーは笑顔で俺に訊ねてきた。


「ワクワクしてる……そんな感じじゃが、この店はそんなに美味いのか?」

「わからん。だがそれがいい……きっと素晴らしい出会いが待っているはずだぞ」

「出会い? よくわからんが楽しみじゃな!!」


 店内には俺達しかいない。昼飯時だってに、これじゃあ商売にならないだろう。


「店主さん。この時間はいつも空いてるのか?」


 調理中に話しかけるのはマナー違反だけど、情報収集を兼ねて訊ねてみた。


「ここ数年は厳しいね……でも、休むわけにはいかないのさ。この店は死んだ両親が残した唯一の宝。私はその宝を守る義務がある……よし、完成だ。お待ち!!」


 出された醤油ラウメンは、煮干しの香りと、柑橘系の果物の香りがする。柚子……に近い香りだ。それが煮干しの臭みを上手く緩和してくれている。


 この香り……まさか、あの店をリスペクトかッ!? ラーメンの神様と呼ばれるあの方が生んだ究極の醤油ラーメン。俺の目の前には、まさにその店のラーメンがあった。


「これは美味そうじゃな……兄様?」


 俺は器の中に添えられたレンゲ……ではないスプーンで、スープを一口飲んだ。


「こ、これは……ッ!!」


 

 頭の中に衝撃が走る──。



 この味は、まさにラーメンの神様のラーメンの味ッ!!

 まさか、こんな異世界でこのラーメンに出会うとは思いもしなかったが、さすがはラーメンの神様だ。異世界にも門下生がいたとは……。


「シュガー、心して食え。……これは、究極だ。シンプルイズベストを追求したその向こう側のラーメンッ!!」

「らーめん? 先ほどから〝ラーメン〟と言っているが、ラウメンではないのか?」

「そんなのどっちでもいいだろ!? 早く食べるんだ!! 時間がないぞ!!」

「え? ……えぇっ!?」


 ラーメンの麺が伸びるのは、麺がつゆに飛び込んだその時からだ。最高のラーメンを楽しむのなら、パシャパシャと撮影している暇などない──ラーメンは生き物なのだ。生まれた瞬間、死に近づいていく、それがラーメンを生き物足らしめる理由ッ!!


 シュガーは俺の食べている姿を見様見真似で、麺を啜ろうとするが上手くできないらしい。まあ、この『啜り食い』は麺類を美味しく食べるテクニックのひとつみたいなものだが、できないなら無理にする必要はない。そんなことをしなくてもラーメンという食べ物は美味いからな。


 俺達が満足そうに食べている様子が嬉しかったのか、店主さんもどこか誇らし気だ。

 この一杯に歴史あり──そう思わせるラーメンに出会えたことに感謝してながら、俺はこのひとからもう少し話が聞けるかもと、再び店主に話しかけた。


「あの、店主さん」

「ああ、私のことは【シグラ】と呼んでくれ」

「じゃあ、俺のことはレオって呼んでください。こっちは……妹のシュガーです」

「おや、妹さんだったのかい? てっきり彼女さんかと思ったよ」

「か、彼女!? ……シュガーじゃ、よろしく頼む」


 彼女と言われて満更でもない顔をしているシュガーを他所に、俺は本題を切り出した。


「街の警備が増えた気がするんですけど、なにかあったんですか?」

「そうだねぇ……」


 一呼吸置いて、シグラさんは口を開いた。


「相変わらずモンスターが街の外を出歩いているし、お姫様誘拐事件もあったからね。そりゃ、街の警備も増えるさ。今回の事件に〝過激派〟が絡んでいるとか噂で流れているけど、過激派連中がそんなことをするメリットがないし、未だに犯人は捕まってない。なにやらキナ臭い事件だと、街の連中も噂してるよ」



 やはり、懸念していた通りだ──。



 今回の狂言誘拐事件は、議会を進展させるため──が名目だったのだが、結果として街の人々の不信感を煽る結果となった。愚策……とまでは言わないが、もう少しやりようがあったのではない、と、疑問を抱かずにはいられない。もしかしたら、ルネも焦っていたのもな……これ以上、議会で討論しても解決の糸口が見つけられないという焦りが、この結果を生んでしまったのだろう。


「そういえば、レオって言ったよね? 確か、お姫様を救出した剣士も同じ名前だった気がするけど……もしかしてご本人かい?」

「え、ええ……まあ、そうですね」

「有名人じゃないか!! うちに来てくれて嬉しいよ!!」


 どうやら強硬手段とも呼べる今回の作戦には、俺の知名度を上げる目的もあったようだ。確かによくよく考えれば、無名のどこぞの骨かもわからない剣士に、和平交渉を託すなんてできないよな。

 もう少し話を聞きたいところだが、俺には他にも寄ろうと思っている店があるので、話を切り上げて退散することにした。


 また今度ゆっくり来よう。その時は、ラッテやルネも連れてきたいところだが、それが叶うのはいつになることか……。





 ── ── ──






 ラウメン屋を出てからというもの、シュガーの機嫌がすこぶるいい。そんなにラーメン……ラウメンが気に入ったのか、と、思ったが、どうやらそれだけではないらしい。


「やけにご機嫌だな?」

「そうか? 気のせいじゃろ」


 とかいいつつ、今にも踊りだしそうなのはどうしてだろうか?


「そうじゃ……兄様!! 折角妹ができたのに、手は繋がんのか?」

「手? 確かに言われてみれば……繋ぐか?」

「し、仕方がないの……兄様がそこまでいうのなら……ほれ」


 機嫌がいいというか、浮かれてるようにすら思えるんだが、そこにはあえてツッコミは入れず、差し出された右手を左手で握る。こうやって改まって触れると、華奢なのがよくわかる。しかし、こいつも案外と真面目なんだなぁ……、確かに俺達は兄妹となったわけだが、そんなに焦って妹のように振る舞うこともないだろうに──いや、きっとそうじゃない。シュガーがはしゃいでいる理由、それは──





 ラーメンが美味かったからだ──ッ!!





 ……それこそ違う気がする。






 ── ── ──






 もうすっかり馴染みのように、俺は親方の工房の扉を開けた。


「いらっしゃ……って、レオじゃねぇか!? お前、生きてたんだな!!」

「勝手に殺さないでくれよ、親方……」


 装備品全般と修理を一挙に担う、リストルジア随一の腕を持つ鍛治職人、ローグ=デルモンテ。俺はこのひとから【魔剣アスカロン】と【ドラゴントゥース】を受け取った。未だ両剣の真価を発揮できていないが、少しずつ使い慣れてきてはいる。


 カウンター内にいた親方は、恥ずかしそうに頭を掻きながらカウンターから出てくると、俺をチラッと見てからシュガーに視線を向けた。


「そんで、そこのちっこいのはなんだ?」

「ちっこいとはなんじゃ、ちっこいとはっ!! これでもちゃんと成人しておる!!」

「あ? お、おう……そりゃ悪かったな。レオ、この〝成人したちっこいの〟は誰だ?」



 親方、言い直すのはいいけど、それも駄目だから……【ちっこい】って入ってるから……。



「俺の妹になったシュガーだ。親方に紹介しようと思ってさ」

「儂、〝この髭〟嫌いじゃ」

「いや、悪かったって本当……ん? 〝妹になった〟って、どういうことだ?」

「話せば長くなるけど……」



 俺はシュガーが妹になった経緯を話した。勿論、彼女が【半魔族(ハーフド)】であることも含めて……。



「──という経緯で、妹になったんだ。親方はハーフドは苦手だったりする……?」

「おいおい。俺が〝お前の妹〟を怖がるはずねぇだろ? 舐めてのか?」

「さすがは親方だ。そう言ってくれると思ったよ」

「よろしくな、シュガーちゃん。俺はローグだ」

「よろしく……髭」


 この強面の髭面おっさんを【髭】呼ばわりできるとは──魔法帝の呼び名は伊達じゃない。


「ここにきたのは、妹の紹介だけじゃねぇんだろ?」

「ああ……俺がいない間、街でなにか進展があったか聞きたいんだ」

「つってもなぁ……俺がそういうことに関心があると思うか?」

 

 親方は、まるで難問を突きつけられたかのような顔をしながら、腕を組んで唸っている。そして、なにか思い当たる節があったようで、組んでいた腕を解いて手を打った。


「そういえば最近は過激派の演説が盛んに行われてるぞ」

「演説か……親方、それはどこに行けば聞けるんだ?」

「演説と言えば中央広場だろ。毎朝、朝市が開催されてる場所だ。時間は午後の……そういやそろそろじゃなぇか?」

「それを早く教えてくれよ!! シュガー、走るぞ!! 親方、ありがとう!! また今度ゆっくりくるよ!!」

「おう!!」


 俺はシュガーの手を掴んで、慌ただしく店を出た。中央広場か──ここからだとそう遠くはないはず……いや、待て。きっと演説には大勢の民が押し寄せる……そこにシュガーを連れていくのは得策ではないんじゃないか?


 急に俺が立ち止まったものだから、シュガーが勢い余って俺の背中えfに激突した。


「──ッ!? 兄様、急に止まってくれるな。危ないではないか」

「……」

「兄様?」


 もし演説中にシュガーの存在がバレてしまったら大騒ぎになってしまう……。


「兄様……?」


 一旦、親方の工房に預けに戻るべきだろうか? 安全重視ならそれが一番いい──。


「おい、兄様っ!!」

「へ? あ、すまない。考えごとしてた……なんだ?」

「〝なんだ〟、は、こっちの台詞じゃ!! いきなり立ち止まったら危ないじゃろう!?」

「悪かったな、謝るよ……」


 自分の妹──そういう存在をこうも意識したのは初めてかもしれない。俺の世界にいる妹、瑠音はしっかり者だし、口は悪いが優しい一面もある。大切な妹のはずだった……なのに、俺自身が家族の歯車を止めてしまったんだ。だから、シュガーだけはなんとしても幸せにしてやりたいし、危険な目には合わせたくない。勿論、俺自身もシュガーに危害を加えたくないのだが、こればかりは傷つけてしまうかもしれない。



 半魔族だから、どこかに身を隠せ──。



 これだけの単縦な言葉だが、その言葉の裏には様々な『嫌な意味』が含まれている。それに気づかないほど、シュガーは能天気なやつじゃない。──言えるのか、俺に。自分で兄貴面しておいて、こんな酷い言葉、言えるはずが──



「ふむ……どうやら儂はそこかに身を潜めていたほうがよさそうじゃな」

「……ッ!?」

「儂だって自分の立場くらい把握しておる。兄様のことじゃから、気の利いた言葉でも探しておったんじゃろ? 遠慮は無用じゃ。兄様は兄様らしくしてればいい」

「……妹って生き物は、どの世界でもしっかりしてるんだな。ごめんな、少しだけ別行動にさせてくれ」

「では、儂……私は髭の店で、髭と戯れていよう。終わったら迎えにきてくれ……兄様っ!!」

「……うおっ!?」


 突然抱きつかれて驚いてしまった。


「ちゃんと、迎えにきて……ね」

「……当たり前だ」



 シュガー(妹バージョン)の破壊力すげぇ……これで萌えないやついるの?



 名残惜しむかのように手を振るシュガーを背に、俺は中央広場へと走った──。

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