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残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜  作者: 瀬野 或
序章 俺が知ってるゲームじゃない〝主島リストルジア、召喚編〟
10/21

#10 それでも好きって言うべきか?


 屋敷の中が、段々と騒がしくなってきた。

 一体……これからなにが始まるというのだろう、と、俺は玄関で様子を伺っていたら、どこからともなく現れたミゲイルさんが、大声で、こう叫んでいる──。





「入浴の時間ですッ!! 各班は順番に風呂場へ待機ッ!! こら、スケルトンッ!! 君は体を洗うのが大変なんだから最後です!! 皆さんッ!! 今日の汚れは今日落としましょうッ!! いいですねッ!!」





 俺は今、なにを見せられているのだろうか。

 浴場まで伸びるモンスターの列は見事だが、それを必死の形相で捌いているミゲイルさんもまたシュールなことシュールなこと……。なにをあんなに必死になって、ここに住む魔族……モンスター達を風呂に入れているんだろう? ミゲイルさんなりに考えがあるのかもしれないが、そこまでしてやらなければならなほど重要なのか……?


「魔族には、風呂に入る習慣がないんだ」

「え……?」

「ミゲイル殿が来る前までは、余程のことがない限り風呂に入る者はいなかった。だが、ミゲイル殿の必死な説得と、あの……鬼気迫るような迫力に押し負けて、今ではこの有様だ」


 つまり、相当な異臭だったんだな……ミゲイルさん、半端ないって。


『それだけじゃないです……。この屋敷を掃除したり、整理整頓をしたのもミゲイルさんで、この屋敷はミゲイルさんによって手入れされていると言っても過言じゃありません……』

「炊事、洗濯……家事全般を取り仕切っているミゲイル殿には、頭が下がる思いだ」


 有能過ぎるでしょ、ミゲイルさん……どこの悪魔執事ですか。


「じゃあ、フィレやガレフも入浴の時間か?」

「俺はまだだ。この時間は警備が手薄になるから、最後に入浴することになっている」

『私は……そろそろ時間なんですけど……』

「そ、そうなのか……」





 なんでドキドキしてんの俺ッ!?

 箱だよッ!? 箱の入浴に興奮してるのッ!?

 魅了って本当に怖いスキルだなぁ、おいッ!!





 俺はフィレを女性? 雌? ではない魔族に渡して、ようやく落ち着きを取り戻した。

 できればもう、フィレには近づきたくないものだ……。

 ホッとしているのも束の間、俺の右肩を後ろから誰かが叩いた。


「やあ、レオ君」

「ミゲイル……さん……お、俺になにか用か……?」


 振り返れない……、今振り返れば絶対殺られる……本能でそう悟ったが、どうやら俺を逃すつもりはないらしい。


「君も入浴の時間だ……さあ、並んでくれ」

「……はい」


 有無すら答えることができなかった。これが【半魔族】として生まれ変わったミゲイルさん迫力だとするなら、今の俺がミゲイルさんに戦いを挑んでも、簡単に返り討ちに合うだろう。……そのくらいの殺気すら感じた。





 ── ── ──





 日本には古来より『裸の付き合い』という言葉がある。くれぐれも『裸の突き合い』ではないので、そこは間違えないで欲しい。お互い無防備な状態になれば、心も無防備になって、より互いを理解し合える──とか、そういう意味なんだろうけど、この状態ははっきり言って地獄絵図だ。浴槽は広々としていて、お湯の温度も丁度いい。だが、周りを見渡せば、全裸のモンスター、モンスター、からのモンスター。骨を一本ずつ洗うスケルトンに、互いの筋肉を自慢し合っているゴブリン。そして、そもそもお前はそれが全裸なのかとツッコミを入れたくなるリビングアーマーこと生きる鎧……。


(俺は……この光景を、生涯忘れることはないだろう……)


 そう思えるほどにはカオスな光景だった──。


 完全に場違いであるこの現状でも、風呂というのは不思議なもので、蓄積した疲労をほぐしてくれる。もしかしたらこの効果も考えて、ミゲイルさんはモンスター達に入浴を薦めたのかもしれない。……単純に臭かっただけかもしれないが。


 しかし、彼らの会話を盗み聞きしていると、そう楽観してはいられないようで、やはり、人間達がどう動くのか気にしている者達が大半を占めていた。





 対立になれば、戦争は避けられない──。






 魔族というのは戦闘部族だ──と、アーマンさんは言っていたが、まさにその通りで、この場にいる誰もが『手柄を取る』と豪語している。それは、ルネの思想とはかけ離れているのだが、やはり、根本を変えることはできないようだ。これが、人間と魔族の違いなのか……。好戦的な男魔族達とは別に、戦闘を回避したいと思う魔族はいるのだろうか──そう、この壁を挟んだ向こう側に……。だけど、覗く気にはなれない。どうせ、見たところで人間の俺にはレベルが高すぎるだろう。魅了も効果が解けた今の俺には、フィレの入浴シーンを見たところで、宝箱が湯船に浮かんでいるくらいしか思わない。そもそもトラップボックスは普段から全裸のようなもので、今さらどうこう思うこともない。──でも、声だけは可愛いと認めよう。潔く認めるのも、漢というものだ。


 そろそろ出るか──と、立ち上がろうとした時、俺の隣で目を閉じて入浴していたガーゴイル……まあ、こいつもこいつで石像のモンスターなのだが──が、声をかけてきた。


「人間、お前はこの現状をどう見る?」

「なんだよ、いきなりだな……そうだなぁ、こうやって魔族側と意思疎通をしていると、魔族全てが悪いやつとは思えないから、やっぱ、できる限りは和平で話を進めたい気持ちはあるけど……あんたはどうなんだ?」


 ガーゴイルは石像状態を解く。今まで石だった皮膚は、徐々に緑色の皮膚に変化していった。……つか、初めからその姿で入浴すりゃよくないか……?


「この世界では長いこと魔族と人間の対立があった。それは今でも続いているが、この戦火を消すということは、これまで散っていった仲間達の死を無駄にするということでもある。今の魔王様がやろうとしているのは、死者への冒涜と言っても過言ではない……」

「な……っ!?」

「……と、いうのが、魔族の半数が抱いている感情だ。どうだ、これでもお前は人間と魔族の和平を望むか? 和平が成立したとしても、必ず対立する者達はいる。これを、お前達人間は許すことができるか?」





 俺は、ガーゴイルが提示した問題に対して、反論も、意見すらすることができなかった──。





 浴場はいつの間にか静まり返り、天井から落ちる水滴が、ポツリと湯船に波紋を広げる。それはまるで、ひとつの災厄が世界全土に影響を与えているかのように見えた。


「……ここにいる者達は、お前に敵対心を抱かない。だが、それは〝魔王様の存在〟があって、なおかつ、お前に小さな期待をしているからだ。我らは根っからの戦闘民族であり、力を持って繁栄と衰退を繰り返してきた。だが、変わらければならないとも感じている。ゆえに、我らはこうして魔王様の配下となった。人間、貴様も魔王様に見初められた男なら、我らにその力を示せ。その時、我らは真の友となり、協力を惜しまないだろう」


 周りで見ていたやつらが次々と『そうだそうだ!』と喝を飛ばしてくる。

 そうだな……。俺もいつか、真の意味で、こいつらと共に笑ったり……まだ呑めないけど、酒を飲み交わしたりしてみたい。





 なんだかなぁ……、人情溢れ過ぎだろお前ら。

 本当に、俺が知ってるモンスター達かよ……。





 これは、ますます失敗は許されないぞ──元々、失敗するつもりはないが。





 ── ── ──





 この入浴イベントのおかげで、この屋敷に住むモンスター達と交流ができた気がする。ただ、それが良いことなのか、悪いことなのかの判断はできない。敵を知るということは戦略では欠かせないが、そもそもこの屋敷にいるモンスター達は敵じゃない。敵ではないが、外に出れば、こいつらと同じ種族のモンスターと戦うことになる。ガレフは迷うなと言ってくれたけど、親しみが湧いた分、戦い難くなったのも事実だ。





 俺はどこまで、戦場で非情になれるだろう──。

 ダリルのように戦闘を楽しめれば、どんなに楽だろうか。





 浴場から出た俺を待っていてくれたのか、フィレがひとり、廊下に佇んでいた。

 これは、話しかけないわけにはいかないな──また俺は魅了されるわけだ。


「フィレ、待っててくれたのか?」

『はい……その、はい……』

「そっか……よっと」


 俺は再びフィレを抱えた──が、さっきと違い、魅了の効果がないことに気づいた。


『魅了は、一度かかった相手には効果を発揮しませんよ……安心してください……』

「そうなのか……」


 安心したような、ちょっぴり寂しい気もなくはないような……なんとも複雑な気分だ。どうやら俺は、魅了にかからなくても、このトラップボックスのことを気に入ってしまったらしい。もちろん、それは恋心ではなく、友人としてだが──。


『あの……』

「ん? どうした?」

『私を……あなたの道具箱にしてくれませんか……?』

「……え?」


 なにを言い出すかと思えば、これはまさかの提案だった。


「道具箱って……フィレはトラップボックスだろ? そういう用途に使うもんじゃないんじゃないか?」

『これでも、一応は宝箱ですから……その、色々とお話をしたいので、レオさんの部屋に連れて行ってくれませんか……? ここだと……恥ずかしいので……』

「あ、ああ……わかった」





 俺はフィレを抱えながら、滞在している部屋へと戻ってきた。フィレをベッドの上に置いて、俺はテーブルに備え付けてある椅子に腰をかける。


「……それで、さっきの提案はどういうことだ?」

『わ、私を……開けてください……』

「い……いいのか……? あんなに嫌がっていたのに……」

『は、恥ずかしいですけど……レオさんになら……』


 なんだこれ……? 別に宝箱を開けるだけなのに、どうしてこんな淫らな雰囲気になってんの……?


 俺はフィレの蓋に手をかけて、ゆっくりと開いた。


「……な、なにもないな」

『はい……すみません……。私は、なにもないんです……。本来のトラップボックス族は、それなりの物を中に入れているのですが、私に物を預けるのが不安なのか、誰も入れてくれないんです……。中身が空っぽのトラップボックスなんて、恥ずかしくて……だから、開けて欲しくなかったんです……』

「トラップボックス界も、複雑な事情を抱えてるんだなぁ……それで、どうして俺なんだ?」

『そ、それは……その……レオさんを……うぅ』


 まあ、この流れだとなんとなく察しがつく。きっと、フィレは俺のことを気に入ってくれたんだろう。まだそんなに話してはいないし、仲が深いわけでもないが、フィレはフィレなりに悩んで出した答えだったんだ、それを無碍にはできない。──しかし、こんなに大きな宝箱を抱えて歩くのは、正直に言うと御免被りたいところだ。嬉しい提案ではあるが、ここは心を鬼にして断ろう。


「気持ちは嬉しいんだけどな……仮にフィレを俺の道具箱にしても、フィレはまた、部屋の中にひとりぼっちになってしまうぞ? それでもいいのか?」

『構いません……。我儘を言っているのは百も承知でお願いしています……ダメ、ですか……?』


 ここまで言われたら、断るに断れないよなぁ……。


「……わかった。改めてよろしくな、フィレ」

『はい……っ!! あ、ありがとうございます……』


 なんて、勝手にことを運んでしまったが、勝手にフィレを連れていくわけもらいかないよな。だって、一応、フィレはルネが保護したトラップボックスなんだから、ルネの許可を取る必要がある。


 




 モンスターを宿屋に持ち込むのはありだろうか……まあ、害はそこまでなさそうだし、いいか。





 怒涛の入浴タイムも終わったことだし、そろそろ本題に入りたいところなのだが──ミゲイルさん(あいつ)はどこにいる? 俺はフィレを部屋に放……待たせて、再び屋敷の中を彷徨う。そういえば、ミゲイルさんの部屋をガレフから聞いていたんだった。あり得ないくらいの超展開とも言えるくらい、俺の中では衝撃的──いや、刺激的過ぎる展開の連続で、すっかり忘れていた。





「……ここか」


 軽く扉を三回叩くと、中から返事が返ってきた──しかし、その声の主を俺は知らない。ミゲイルさんは、実は女だったのか? ……そんなはずはない。まあ、女装をすればそこそこ綺麗な女性に変身できる気もするが、俺にそんな趣味はないぞ。






 もしや、彼女……ッ!?






 考えてみれば、ミゲイルさんはイケメンだし、彼女のひとりやふたりいても不思議じゃないか……ふたりいた場合は修羅場確定だけどな。

 意を決して扉を開けると、中にいたのはサキュバスだった。


 サキュバス──それは、男の浪漫と言っても過言ではない。


 サキュバスとは淫魔の代表格だ。眠っている男性を襲って、あんなことやこんなことをする悪魔であり、薄い本ではかなりメジャーなジャンル……悪魔だったりする。男性の【ピー】を【ピー】して【ピー】する悪魔なのだが、なぜこんなところに……?


「あら……可愛い子ねぇ……。私に用かしらぁ?」

「あ、いや……ミゲイルさんは……?」

「彼に用事なのねぇ……? でも、今はいないわ。彼、あたしが部屋を訪ねると逃げてしまうの……」


 それ、あんたのせいじゃねねぇか……。


「そ、そうか。じゃあ、出直すよ。失礼しまし──」

「──逃すと思ったかしら?」

「……ッ!?」


 扉が開かない──ッ!?


「ねぇ……体が火照っちゃったの……慰めてくれない……?」


 サキュバスはベッドの上で、俺に手招きをしている。

 ──あれ?

 普段なら絶対に興奮するシチュエーションなのに、興奮するどころか、ムラムラすらしないぞ……? そうか……これは【魅了(チャーム)】だ。俺は一度フィレに魅了をかけられたから、このサキュバスが使う魅了が効かないんだ!! それはそれで切ないな……。


「残念だが、俺に魅了は効かないぞ」

「なーんだ、つまらない男ね。もう用はないから出ていってどうぞー」


 興味削がれるの早過ぎだろッ!!


「なんであんたはミゲイルさんの部屋にいるんだ?」

「なんでって……ミゲイルは〝あたしのモノ〟だからよ?」

「……付き合ってるのか?」

「いいえ? 彼、シャイだから、なかなかあたしを受け入れてくれないのよ……あ。そうだ。あんた、彼と知り合いなんでしょ? 仲を取り持ってくれない?」


 なんだか、またややこしいことになりそうだな。ここはキッパリとこいつに現実を叩きつけてやらないと、事態は収束しないだろう。


「ミゲイルさんにその気がないならそれまでだろ。もっと現実を見ろよ」

「……それくらい、わかってるわよ」

「なに……?」


 サキュバスは憂いを帯びた表情を浮かべながら、桃色の長い髪を指先で遊びながら答えた。


「あたしに脈がないことくらい、わかってるっていってんの……それくらい察しなさいよ」

「サキュバスが恋煩いか?」

「五月蝿いわね……でも、仕方ないじゃない……好きになっちゃったんだから……」


 はぁ……、やっぱり面倒なことに巻き込まれたな。

 俺は人間界に戻る方法が知りたいだけなのに、どうしてこうも寄り道ばかりする羽目になるんだ……。


「どうしてそんなに避けられてるんだ?」

「知らないわよ、そんなの……。あたしはただ、寝込みを襲っただけよ?」

「十中八九、それが原因じゃねぇか──ッ!!」

「でも、彼もまんざらじゃなかったし……最後までしたのよ?」


 もういいよ、生々しいんだよ……。


「……それで? その時の快感が忘れられなくて……って感じか?」

「その時から、恋しちゃったのよ……彼が忘れられないのっ!?」


 サキュバスのくせに、恋する乙女かッ!!


「ねぇ、お願いっ!! お礼なら言葉の通り、なんでもするからっ!!」

「サキュバスは節操というものを知らないのかよ……別にいいけどさ。俺もミゲイルさんを探してたし。そんで、どうすればいい?」

「彼を、ここに連れてきてくれればいいわ。それくらいならできるでしょう?」


 お願いする立場なのに上からなのがムカつくが、まあ、それくらいなら手伝ってやらんでもないか。しかし、ミゲイルさんがどこにいるのか検討もつかないな……。この広い屋敷を探すとなると、相当に骨が折れるぞ。


「わかった。ミゲイルさんの居場所に心当たりは?」

「この時間だと、厨房で明日の朝食の仕込みをしているはず……頼んだわよ」

「そうだ、一応名乗っておくが俺はレオだ。あんたは?」

「あたしは【リィリス】よ。……レオ、お願いね」

「……はいはい」


 部屋を出て気づいたが、厨房にミゲイルさんがいるのなら、俺の目的はそこで達成するんじゃないか? 引き受けてしまった手前、無碍にはできないが……ここに来てから災難続きだ。


 厨房にやってきたが、どういうことだろうか……ミゲイルさんの姿がない。代わりに、明日の朝食で出すであろうスープが完成していた。──どういうことだ。ミゲイルさんに会おうとすると、ことごとくすれ違う。まさか、俺も避けられているのか? ……それはないか。俺はここに来てからミゲイルさんに迷惑をかけた覚えはない……まあ、ミゲイルさんがここに来ることになったきっかけを作ったのは俺だが。


 このままでは埒があかない……なんとかしてミゲイルさんに会わなければ。……だけど、ぶっちゃけお手上げだ。リィリスのところに戻って事情を説明して、次の機会にしてもらうべきか? それが一番楽なんだが、あんな顔を見せられたら断るに断れないだろ……。


 ミゲイルさんがこの屋敷にいることは確かだ。だが、作業をしているのか姿を捉えることができない。屋敷にいるモンスター達に聞いてみたが、どうやらミゲイルさんは神出鬼没、どこに現れるのかわからないと、口を揃えて言っていた──こうなるとお手上げだ。屋敷内を手当たり次第探しても疲れるだけで、なんの成果も得られない。

 有能執事なのはいいが、すこしやり過ぎじゃないか──?

 ルネに恩義を感じてるのはわかるが、ここまでひとりで仕事をするのはキツいだろう。自ら率先して行なっているので誰も口出ししないが、もっと効率のよい方法はいくらでもあるはずだ。頑なにひとりで作業するのには、理由があるんじゃないか──と、俺は思うようになっていった。


「ミゲイルの旦那を探してるンは自分か?」

「ん?」


 俺がエントランスで途方に暮れていると、階段からカラカラと音を立てて、スケルトンナイトが下りてきた──妙に話し方に癖のあるやつだな。


「ミゲイルの旦那ならさっき会ったぜ? 自分を探してるン言ってたが?」

「そうなのか。どこで会ったんだ?」

「二階の大広間の掃除するン言ってたぜ? 今なら会えるンじゃねぇか?」

「ありがとう、行ってみる」


 癖のある喋り方をするスケルトンナイトに礼を言って、俺は階段を上り、大広間を目指した──。




 ── ── ──






 二階にある大広間の両開きの扉を開けると、ミゲイルさんが窓を拭いていた。この大広間の窓は壁一面が窓になっているので、ひとりで作業するには骨が折れるだろうに、なんでわざわざひとりで? まあ、見つかったのなら話は早い。俺は作業しているミゲイルさんに声をかけた。


「お疲れ、ミゲイルさん」


 ミゲイルさんは作業を中断して、雑巾を木製のバケツに掛けると、ハンカチで手を拭いてから答えた。


「やあ、やっと会えたね。僕を探して屋敷中を探し回ってたんだろ? 丁度【カーブン】……あ、スケルトンナイトの名前だ。彼に会ったから言伝を頼んだんだよ。……カーブンには会った?」

「むしろ、あのスケルトンナイトに会わなきゃ、一生会えないんじゃないかと思ったんだが……そろそろ人間界に戻りたいんだけど、どうすれば戻れるんだ?」

「多分そういう頃だと思って、僕もレオ君を探していたんだ。もう体は大丈夫なのかな?」

「おかげさまでこの通り」


 大袈裟に腕をブンブンと振ってみせると、ミゲイルさんは小さく頷いた。


「それならもう大丈夫そうだね。じゃあ、準備ができたらもう一度声をかけてくれるかい? 僕はまだここにいるから、荷物を整えておいでよ」

「わかった……あ、そうだ。言伝を頼まれたんだけど、話がしたいから部屋に戻って来て欲しいって、リィリスが言ってたぞ?」

「そっか……わかった」


 さっきまで微笑みを浮かべていたのが、一変して、表情に影が差した。


「……ミゲイルさんは、リィリスをどう思ってるんだ? 余計なお世話かもしれないけど、リィリスの目は本気だったぞ?」


 しかし、ミゲイルさんの表情は硬い。……もしかして、実はミゲイルさんには他に好きな相手がいるのだろうか?


「僕もリィリスのことが好きだ。だけど……どう接すればいいのかわからないんだよ。僕ほんの少し前まで人間で、魔族……モンスター達を狩っていた。そんな僕がどうやってモンスターと付き合えっていうんだ……?」


 ミゲイルさんの両手に力が入り、拳が震える──。


 俺はなんと答えるべきだろうか? ミゲイルさんのほうが人生経験は豊富で、俺みたいなガキには、至極当然な当たり前の言葉しかでない、単なるガキの浅知恵でしかない。


 それが恋の悩みなら尚更のこと──。


 俺に恋愛経験はないし、そんなアドバイスができるのなら、俺の恋愛だって、もっと上手くやっているはずだ。でも──俺はミゲイルさんが【狡い】と思った。


 サキュバスの本分は【性行為】であり、サキュバスにとっては当たり前の行為だ。それもミゲイルさんは理解しているだろう。ただ、一度そういう関係になった相手が自分に想いを馳せているのなら、応えるのが筋ではないだろうか? これは、俺にはわからない【大人の領域】の話だから口を挟むべき事柄ではないのだろう。だがしかし、本分とか事柄とか、俺にはぶっちゃけどうでもいい。だってそうだろ? ある意味でこれは【自分で撒いた種】なんだから。


「それは〝今までのミゲイルさん〟じゃないか。ミゲイルさんに迷惑をかけた俺がどうこう言える問題じゃないかもしれないけど、両思いなのにどうして躊躇してるんだ? 好きなら好きでいいじゃないか。ごちゃごちゃと御託を並べる前に、やらなきゃいけないことがあると思うぞ? ……掃除なんて、それからでもいいんじゃないか?」


 ──なんて、これは自分で言っていて耳が痛いな。

 自分ができてないことを他人に押し付けるなんて、最低じゃないか。

 しかも、元の世界では逃げてばかりの俺だぞ? 大言壮語もいいところだ。





 でも、リィリスの寂しそうなあの顔を見せられたら、言わずにはいられなかったのは、きっと、俺自身を見ているようで、嫌だったからかもしれない──。





「そうか……その通りだ。まさか君にそんなことを言われるとは思わなかったよ。喝を入れてくれてありがとう。すまないが、少し時間をくれないか? リィリスと話をつけてくる」

「はいよ。……お幸せに」


 ミゲイルさんは駆け足で大広間から出ていった。


 だだっ広い部屋にポツンと取り残された俺は、なんだか虚しさに心を囚われていた。

 その原因は自己嫌悪だ──。

 偉そうなことを言って、自分が一番なにもできていないじゃないか。


「……悲観しても仕方ないか。俺は、今、自分ができることをすればいい」


 ここにいても息が詰まるだけなので、俺は荷物を整理するため、部屋に戻ることにした──。





 ── ── ──






『おかえりなさい……どうかしたんですか……?』


 様子がおかしい俺を気遣って、フィレが困惑しながら声をかけてきた。


「ん……ちょっと自己嫌悪ってやつかな。フィレは魔族と人間の恋愛は成立すると思うか?」


 こういうのは男よりも、女性のほうが詳しいかと思って、なんとなく質問したのだが──


『成立しますッ!!』


 ──と、フィレが珍しく声を張って断言した。


「なるほど……その心は?」

『人間と魔族は長年啀み合い続けてきましたけど、全ての人間が悪いとは限りません……それは、レオさんを見ていて確信しました……だから、人間がもっと魔族のことを理解してくれれば、そういう感情を抱いても不思議じゃない……と、思います……』

「そうかな……。例えば、フィレは自分と同じ種族を殺した相手を好きになれるのか……?」


 かなり意地の悪い質問だと思う──だが、これは現実問題そうなのだ。


 人間は魔族……自分達と姿が違うモンスターを恐れて刃を向けた。

 モンスターは、自分達の力を知らしめるために力を振るった。


 そうして互いに傷つけ合い、血が流れ、大きな溝ができてしまっている。それが、この世界の現状だ。憎み合い、傷つけ合い、殺し殺されて今がある。それを、【モンスターの立場】であるフィレが、どう答えるのか知りたかった。


『私は……それでも自分が好きになってしまったら、その気持ちに嘘を吐くことはできないと思います……。これは詭弁かもしれません。でも、私は自分が好きになった相手を信じたいです……』

「そうか……フィレは優しいな。実は、俺にはまだ戦闘経験とか、人生経験とか色々と足りなくてさ……だから、俺も魔族と人間の恋は成立するんじゃないかって思ったんだ。だけど、それは俺がまだ経験が浅いガキで、甘い考えなんじゃないかと思ってね……」

『そんなこと、ないですよ……? レオさんだって優しいひとです。そんなレオさんだから、私はついていきたいんです……』

「……ありがと」


 俺はフィレの頭……蓋部分を優しく撫でてみた。

 ほんのりと温もりを感じる木材部分。

 傍から見れば『なにしてんだ?』って思うだろうな。


『私は道具箱としてしかレオさんに貢献できませんが、話し相手にならなれます……。また、なにか悩みがあったら、いつでも聞いて欲しいです……』


 これがもし、相手がトラップボックスじゃなかったら完全に惚れていたかもしれない。 ……そういう考えかたが、そもそもいけないのか。

 トラップボックス……フィレだって生きているし、立派な女性なんだ。外見で判断しては、これからも人間は魔族を理解することはできないだろう。でもなぁ……やっぱり見た目は宝箱なんだよなぁ……。宝箱と恋愛するとか、どんだけ寂しいやつって思うだろ? 気でも狂ったのかと思われるレベルだ。


「なあ、フィレ」

『なんですか……?』

「これからも大事に使うからな。もし、容量がいっぱいになったら無理しないで教えてくれよ?」

『はい……っ!! 道具箱として、精一杯頑張ります……っ!!』






 これで、良かったんだろうか?

 その答えは、いつまでも出なかった──。






 

 荷物と言っても、俺が所持しているものはアスカロンとドラゴントゥースのみなので、結果としてフィレ自体が荷物となった結果になる。道具箱を道具として持ち歩くというのは、なんだか本末転倒な気がするが、話し相手になる道具箱を手に入れたと思えば、これはこれでよしなのかもしれない。


 こっちの準備は終わったのだがミゲイルさんはどうなっただろうか。様子を見に行こうかとも思ったが、もしも【男女ペアの大人的行為】をしていたら、非常に気まずいので、俺はミゲイルさんが訪ねてくるまで、部屋で大人しくしていることにした。……だが、やることも特にない部屋で待ち惚けというのは実に退屈であり、剣を磨いたりして時間を潰していたが、やることが本格的になくなってしまった。


『ミゲイルさん遅いですね……大丈夫でしょうか……?』


 蓋をパカパカ開きながらフィレが呟くように言う。


「かれこれもう一時間くらいは経ってるよな。……やっぱり様子を見に行くべきか?」

『でも、男女の話し合いが一時間程度で終わるとも思えませんが……リィリスが羨ましいです……』

「ん……? なにか言ったか?」

『え? あ、いいえ……なんでもないです……』

「そうか? まあ、もう少し待ってみるか」


 そんな会話をフィレとしていると、誰かが部屋の扉を叩いた。


『レオ君、遅くなってすまない……入ってもいいかい?』

「どうぞー」


 扉を開けて入ってきたのは噂の渦中にいたミゲイルさんだった。

 表情から察するに、どうやら上手くまとまったようだ。


「心配かけたね。……結論から言うと、僕達は結婚することにしたよ」

『まあ……素敵ですね……おめでとうございます……』

「凄いな……まさかそこまで話が進展するとは……」


 俺は単純に『交際』が目的だと思っていたので、驚きを禁じ得なかった。人間と魔族の結婚か……まあ、ミゲイルさんは、もう、半分は魔族になっているんだけど。それはそれ、これはこれ、だ。祝福してあげよう。


「おめでとう、ミゲイルさん」

「二人共ありがとう。レオ君に背中を押してもらえなければ、こうはならなかったよ。君には本当に感謝している」

「はいはい。奥さんと末永くお幸せにな……で、俺の件はどうなってるんだ?」


 俺からすればこっちが本題だ。

 惚気話を聞かされる前に、人間界に戻りたい。


「もう準備ができているなら、今すぐにでも出発できるけど……どうする?」

「どうするもなにも、こっちは一時間前から暇を持て余してるんだぜ?」

「いや、本当にすまないなぁ……あはは」


 幸せそうな顔しやがって……。


「それじゃあ【ゲート】を開くけど、どこに出るのが一番いいかな?」

「やっぱりリンゴルドの街にある宿屋の自分の部屋がいいな」

「わかった。じゃあ、このゲートを通る時、その場所を強く念じながら通ってね。こっちでも調整はするけど、詳しい位置まではわからないからさ。頭の中で強く思えば、その場所に出られるはずだ」


 ミゲイルさんが右手を前に突き出すと、ひとがひとり通れるくらいの、楕円の空間が現れた。





 本当にここを通って大丈夫なのか……?

 禍々しさが尋常ではないんだけど……。





 俺が不安に思っているのを察したのか、ミゲイルさんは微笑みながら俺に囁いた。


「ここを通っても君に害はないから大丈夫だよ。安心していいから」

「そう言われてもなぁ……でも、行くしかないか」


 俺はフィレを抱えて、真っ暗な空間の中に身を投じた──。


「またね、レオ君。……健闘を祈る」





 ── ── ──





 ゲートに入った瞬間、思わず目を閉じてしまったが、再び瞼を開けると、そこには俺が見知った光景が広がっていた。





 やっと、帰ってこれた──。






 もう随分長く離れていたような気がする。

 俺はフィレを床に置いて、部屋の明かりを点けて、改めて部屋を見渡した……。


「……なんだか、やけに片付いてるな」


 この世界から離れていたのは、約一〇日と一日……その間、誰かが俺の部屋をマメに掃除してくれていたのか……って、そんなことをしてくれるやつなんて、俺が知っている限りひとりしかいない。


「ラッテ……だな」

 

 今はもう真夜中らしく、窓の外では街灯がポツリポツリと点灯している。だが、立ち並ぶ家々の明かりはない。もう、すっかり就寝しているようだ。


『ここがレオさんの住んでいるお部屋なんですね……』

「ああ。ようこそ、俺の部屋へ」


 モンスターを招き入れた、なんてアーマンさんにでも知られた日には、大目玉喰らって叩き出されること必至──。ラッテにも黙っておく必要があるな……後は、ルネ……レイティアにも事情を説明する必要がある。ダリルは……こいつにだけは絶対に知られてはいけないな。ダリルのことだ、絶対にフィレを殺そうとするだろう。


「なあ、フィレ。俺がいない間は〝道具箱〟を演じてくれよ?」

『ふふっ……大丈夫です。私はこれでも【トラップボックス】ですから』


 そう言えばそうだった。元々、こいつは【宝箱に擬態したモンスター】であり、そういうことに関しては『プロ』だった。ただ、トラップボックスと宝箱を見分けるスキルを持つやつもいる。警戒するに越したことはない。どうせ、ダリル辺りがそういうスキルを持ってるんだろうけどな。


「みんなに声をかけるのは明日でもいいか……とりあえず、眠い……」


 怒涛の一日だったなぁ……。


 まさか、モンスターの知り合いが増えるとは。しかも、人間の知り合いよりモンスターの知り合いのほうが多いってどうなってんだよ。英雄として召喚された俺は、仮にも勇者という立ち位置なんだよな? これじゃ、闇堕ちした勇者みたいじゃないか。


 闇堕ち、か……。

 やっぱり、ダークな響きってかっこいいよな。

 闇属性武器ってかっこいいもんな。

 ちょっと厨二病っぽいけど、そこがまた……。


(なに考えてんだ、俺は)


 今さらながら、そんなことを考える余裕もできたのかと思いつつ、俺は明かりを消して、ベッドに寝転がった。


「おやすみ、フィレ」

『はい……おやすみなさい……』


 迂闊にも、このやり取りが『いいなぁ』と思ってしまったことは、俺の心の中に閉まっておくことにした。






 序章 俺が知っているゲームじゃない

 〝主島 リストルジア編〟





 完





 次章へ続く──。

 


 改めまして、作者の瀬野 或と申します。この度は【残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜】を読んで頂きまして、誠に有り難う御座います。


 この作品を作るきっかけになったのは、活動報告でも何度か書いていますが【文章力向上】のために書いています。以前から書いていて、現在更新が止まっている【私、元は邪竜でした】を書いている時、自分の表現力に限界を感じまして、もっと表現の幅を広げたいと思い、こちらの作品を投稿することを決断したのですが、案の定というべきですか、私の拙い表現力では皆様のお目にすら届かず、日々、四苦八苦しながら、より良い文章を書けるように、全力で書いています。これからもこうしんして行きますので、ご支援賜りますよう、重ねてお願い申し上げます。


 序章──というと、物語の始まり、つまるところ、物語の根幹に触るのが序章なのですが、私は今回、敢えて序章を長くしてみました。……と、言うのも、やはり、この物語がどういうお話なのかを知っていただくには、とてもじゃないですが一話に収めることができず、それなら『ひとつの章』として展開しよう──となり、結果、ライトノベル約一冊分、丸々使うことになったのです。


 この章のメインテーマは、【理想と現実】がテーマとなっています。


 数ある異世界転生物語では『主人公最強』がデフォルトで、素っ頓狂な顔で無双していくのが爽快ですよね。しかし、それはあくまでも【物語】であり、実際に、平凡よりも下回る主人公が異世界転生しても、なーんにもできない。ステータスがチートであっても、戦闘経験なくしてはただの初心者。……まあ、それでもレオ君は十分強いと思うんですけど、彼にはこの章で現実を痛いほど知ってもらいました。そして、序章終盤で触れていた【恋愛】についても同様で、レオ君は奥手であり、これまた経験不足から、そうすれば良いのかわからない……実際、ふたりの女性からアピールされたら戸惑いますよね? レオ君には恋愛に関しても現実を突きつけて困惑してもらってます。


 最近流行りの【チートハーレム】とは逆行していますが、さて、今後、レオ君がどう動いて行くのかを楽しみにして頂ければと思います♪


 最後に瀬野 或からお願いが御座います。


 もし、この物語が面白いと思っていただけたら『ブックマーク』をして欲しいのです。無理にとは言いませんが、ブックマークは活動の励みになりますので、どうかお考え頂けたらと思います。また、『感想』もお気軽にご記入ください。『面白かった』だけでも構いません。感想には気づき次第返信しますので、お待ちしております。


 それでは、次章でまたお会いできればと思います。

 ここまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました!!


 by 瀬野 或

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