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残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜  作者: 瀬野 或
序章 俺が知ってるゲームじゃない〝主島リストルジア、召喚編〟
1/21

#1 初めまして、異世界。


 真っ暗な六畳ほどの部屋。窓は締め切られて木漏れ日すら侵入することもできない俺の部屋で、唯一の明かりとなっているパソコンのモニターが、今日はやけに眩しく感じる。昨日は夜更かしをしたから? それとも、単純に目が疲れているだけかもしれない。


 引きこもり生活も板に付いてきた今日この頃、俺の部屋の扉を叩く母親の気配はない。

 いつからだろうか──?

 今まで煩いと感じていたが、ここまで無視されるとそれはそれでなんだか寂しい気もしなくもないが、再びあの喧しい説教をされるのは御免だ。それならこのままでもいいかな? と、俺は興味を再びパソコンのモニターに移した。


 モニターにはオンラインゲームの主人公が俺の方を向いて、行動目標を呟いている。そうだ、これから俺は東にある森の主に挑戦するんだったな、装備やアイテムは準備できている。あとは仲間……なのだが、俺はこのMMORPGで『ソロプレイ』をしているので、ギルドにも未登録だ。

 このゲームはもう二年近く遊んでいるけど、未だに『ギルドに登録しよう!』という達成項目だけ達成できていない。かなりやり込んでいるにもかかわらず、ずっと『初心者プレイヤー』のマークがユーザー名の横にくっ付いている。


 このゲームは他者とコミュニケーションを取りながら素材を集めたり、ステージを攻略したりするんだが、俺は今の今までずっとひとりで進めてきた。

 そのおかげか、ゲームの腕はかなり上達している……気がする。当たり前か。

 普通なら副数で挑むダンジョンやボスにもひとりで対応しているんだから。



 ひとり……そう、俺は独りだ。



 高校生になって、授業についていくことができなくなった俺は、入学して一年で高校に行くことをやめた。別に虐めを受けていたわけじゃない。むしろ、だからこそ引きこもることを後ろめたい、申し訳ないと感じていた頃もあったのだが、もう二年も引きこもっているんだ……そんな感覚はとうに失せた。両親とまともに会話したのもいつだったか覚えてないし、妹がどんな生活してるのかもよくわからない。

 食事だっていつの間にか質素なものになっていて、今では朝昼晩の決まった時間に飲み物と菓子パンと、よくわからないスムージーのような飲み物だけが支給されている。このスムージーのようなものがゲロマズなのだが、色から察するに青汁のようなものだろう。菓子パンだけでは栄養が偏ると、ギリギリの栄養を考えて出してくれているのだろうか。俺はそのゲロマズスムージーも、有り難く、吐きそうになりながらもちゃんと飲んでいる。──そう言えば、そろそろ支給される時間だな。

 この時間……食事のタイミングだけ、俺の部屋の扉は開かれる。


「……あれ?」


 どうしたものか、今日はまだ食事が支給されていない。もう、とっくに朝食が支給される時間だと言うのに……そう思うと、あんな質素なものでも、有ると無しでは具合が違う。

 どうやら俺もついに見放されたようだ。そりゃそうだよな。

 引きこもりに当てがうものなんて、菓子パンでも贅沢か……だが、引きこもりも腹は減るもので、俺の腹はグゥと鳴る。空腹に耐えながらゲームするのは危険だ、ミスが増えるということは死に直結する。とくにソロプレイだと一度のミスが戦況を大きく変えてしまうのだ。



 ──これは由々しき事態だぞ。

 下のリビングにいる母を呼んでみるか? いや、今更どの面下げて会えばいいんだ……?

 もう少しだけ待ってみよう。もしかしたら、単純に遅れているだけかもしれない。

 朝食が支給されるまで、森にいる雑魚モンスターでも狩って時間を潰すか。





 ── ── ──






 ──どういうことだ?



 もう予定時刻を大幅に過ぎている。それなのに、未だ朝食が支給されない。

 さすがに我慢の限界だ。

 意を決して部屋の扉を開けて、リビングに繋がる階段を下りる。途中、階段の軋む音にビクビクしながら、気づかれないよう慎重に進む。


 リビングの入口であるドアの隙間から中の様子を伺うと、どうやら誰もいないらしい。

 パートに出かけたのか? てか、母はいつから専業主婦をやめたのだろうか?

 なるべく家族と顔を合わせないように生活していたが、改めて感じるこの違和感の正体はなんだろう?

 家具の配置が微妙に違う? 匂いが違う?

 自分が住んでいる家なのに、醸し出されるこの他人の家感。



 当然か──。

 俺はこの家にいるべき人間じゃない……。



 引きこもりに人権なんてないのは覚悟していたが、こうも現実を叩きつけられると、心に来るものがある……。

 キッチンに行こうとして、途中、テーブルの上に置いてあるハガキに目が止まった。俺はそれを手にとって宛名を確認する。


秋原(あきはら) 礼央(れお)様……俺宛?」


 差し出し人に表記はない、一体誰からだろうか? 裏面は閉じられている。

 俺はハガキの隅からベリベリと捲ると、そこには簡単に、そして、率直にこう書かれていた。



『世界を救ってください』



 ──なんだこれ?



 新しい宗教の勧誘かなにかだろうか。

 生憎様、俺は宗教に興味はないんで。


 俺はハガキを閉じようとした……その時、手に持っているハガキがいきなり光だして、俺は咄嗟に目を閉じた──。





 ── ── ──



「んんっ……」


 目を開いた俺の目に飛び込んできた光景は、なんとも信じられない光景だった。

 俺は自宅のリビングで、差出人不明のハガキを読んでいただけのはずだ──なのに、これはどうしたことか、俺は、見知らぬ暗い部屋の中で棒立ちしている。

 どこだよここ……と辺りを見遣ると、俺の足元には巨大な魔法陣のようなものが描かれていた。



 ほう……この魔法陣、見覚えがあるぞ。



 確か、俺がプレイしていたネトゲ『ロード・トゥ・イスタ』のオープニングムービーで描かれている『英雄召喚陣』だ。


 このゲームは、この世界に存在する精霊(イスタ)を探しながら、世界(アラントルーダ)を旅しつつ、最小目標である魔王(ルシフェルド)を倒す……んだが、この魔王というのがとてつもなく弱い。むしろ、魔王を倒すまでがチュートリアルとまで言われている。



 そう──、このゲームはクリア後から面白い。



 それにしても、この場所──よくよく見てみると、ゲーム開始時に来る場所とそっくりだ。まるで、俺自身がイスタの世界に召喚されたみたいだなぁ……。この後、この城で主人公を召喚したお姫様が来て『嘘……失敗したの……?』って絶望するんだよな。

 この物語の主人公は、元々違う世界にいた主人公がお姫様の失敗で召喚されるところから始まる。

 せっかく作ったアバターをいきなり酷評されるのが、確か始まりだったはず。


 まあ、それはゲームの話で、今、俺はきっと夢でも見ているんだろう。イスタの夢は何度も見ているし、きっと朝食を待っている間の雑魚狩りに退屈したんだろうな。さあ、そろそろ起きていいぞ、俺。……って、そう簡単に起きないよな。俺は昔から一度眠るとなかなか起きない体質なんだ。だから、昼寝なんてしようものなら、夜までぐっすり眠れました……なんてこともあり得るので、昼寝はなるべくしないようにしている。


 それにしても、なんだよこの格好は……初期装備にしたって、もう少しまともな格好にしてくれてもいいだろうに、ボロ切れの服と、腰に棍棒とか、どう見ても弱い。

 このゲームはあらかじめに自分の職業を選択するんだが、どの職業を選択しても、この冴えない装備になる。


「これじゃあ酷評されて当然だよなぁ……」


 どうせまだイベントが起きる気配はないし、折角だから探索でもするか──と、俺は足を一歩踏み出した時、奥にある階段から声が聞こえる。この声はこの国のお姫様である『レイティア=ミストリアス=ウェン=ハルデロト』姫の声か……にしても、どこかで聞き覚えのある声なんだが……。



 レイティの声って、今をときめく人気女性声優だったよな?

 この声、どこからどう聞いても妹の音瑠(ねる)なんだが……?



「レイティア様!! そんなにお急ぎになると転んでしまいますよ!!」


 この声はメイド長の『ラッテ・イクシール』だな。うん。この声はゲームと同じ音声だ。


「早く確かめないとッ!! ラッテも急いで!!」


 そして、ふたりが階段から下りてきて、レイティは主人公を見てこう言うんだ……。


「この冴えない男は誰……?」



 ──う、うん。知ってた。



 知ってたけど……これを画面越しではなく面と向かって言われるのは結構来るものがあるな……しかも、妹に瓜二つな声で……って、え?


「お前、音瑠か……? どうしてお前が!?」


 俺は焦りながら、近くで確認しようとゆっくり近づいたが、隣にいたラッテに阻まれた。


「姫に近づかないでください!! この変質者!!」


 召喚に失敗して呼び出した相手に容赦ないんだよな、このふたり……。でも、今はゲーム云々言っている場合じゃない。



 どうしてひとつ下の妹がレイティになってるんだ?

 もしかすると、俺の存在意識が音瑠を投影したのかもしれないが、寄りにも寄って、どうして妹なんだ……。

 顔を合わせると『キモい』『ウザい』『死ね』しか言わないマシーンの音瑠のために、俺は魔王討伐の旅に出るのか……?


「ラッテは引っ込んでてくれ」

「ど、どうして私の名前を!?」



 あ、そうか……。

 一応、初対面になるのか。



 ラッテは、物語中盤からレイティと主人公を取り合う間柄になるのだが、もしそこまでこの夢が覚めないとしたら、確実にラッテを選ぶ。



 誰がこの憎き妹と好き好んでイチャラブするんだ。

 てか、兄妹でイチャラブとかないわ……。



 一応このゲームは全年齢対応だから、そういう卑猥な表現をされないが、会話の‘選択次第ではそういう関係になる。しかし、声もだが、容姿まで妹にしなくてもいいだろうに……。



 この夢は悪夢か、はたまた悪夢か……両方悪夢じゃないとめあっ!!



 いくら身近にいる女性が母親と妹だけだとしても、それならゲームのグラフィックでいいじゃないか。

 ゲームのレイティは豊かなお胸で、可愛らしい女の子なのに……目の前にいるレイティ(いもうと)は、童顔で、残念なほどちっぱい。

 これを物語の正規ヒロインにするなら、このゲームは糞ゲーだと言っても過言ではない。


「なあ、音瑠。お前なんだろ?」

「さ、先程から誰と勘違いしているのかわかりませんが、私の名前はそんな名前じゃ──」

「レイティだろ? まあ、役を演じるのは大変痛み入るが、お前じゃ萌えない。ゆえに、俺は本物とチェンジを要求する!!」


 指をさして、俺は堂々と言い放った。


 ああ……これが夢だというのは理解しているが、いつも悪態を吐かれていただけに、なんて爽……快……な……あ、あれ? どうして泣いてるんですかね? いつもみたいに言い返してくればいいのに。


「召喚は失敗……それだけじゃなく、まさか、こんな冴えない男に馬鹿にされるなんて……」

「え? お、おい……」

「この国の姫に、なんて暴言を……言っている意味は理解できませんが、侮辱していることはわかります。覚悟はいいですね?」

「へ? あ、あの……どうしてナイフを取り出してるんですかね……?」



 なにがどうなってんだ……?

 これはゲームと全く違う展開じゃないか!?



 確か初戦は、城に侵入してきた雑魚モンスターのはず……でも、この状況だとラッテとバトルする展開じゃないか!!


「あなたの武器は棍棒ですか……そんな武器で私と渡り合おうなど、お考えにならない方がいいですよ。大丈夫。せめてもの慈悲で、痛みすら感じないように、ひと突きであの世に送って差し上げますから」

「い、いや……ちょっと待ってくれ。話し合えばお互いに理解し合えるはず──」

「問答無用──ッ!!」


 ラッテは腰を落として、俺目掛けてナイフを向けながら突進してくる。俺はそのナイフを、左の腰に下げていた棍棒をひと振りして弾いた。ナイフは宙でクルクルと回転しながら、ラッテの後方へと飛んでいく。そして、カンッ! と、甲高い音を立てて床に落ちた。


「そ、そんな……棍棒程度に弾かれた……?」

「……」


 ラッテは『信じられない』と言わんばかりに驚いているが、驚いているのは俺も同じだ。こんな状況で、冷静に相手の手狙って攻撃して、相手を無力化させる……なんて、現実の俺には到底できないし、なにより戦闘経験もない俺が、こんな冷静に対処したのが信じられなかった。

 ラッテが俺に攻撃しようとした瞬間、まるでスーパースロー映像で再生されるように、時間の流れがとてもゆっくりに感じた。『この速さなら対処できるかも』なんて、一瞬で考えて行動に移せるくらいの余裕はあったし、一体どうなってんだ……? それに、ラッテの頭上に表示されているのは『ヒットポイントゲージ』だよな? 今の一撃で若干減っているのがまさに証拠だろう……こういうところはゲームのままなのか。


「あなた……どうやら腐っても英雄なんですね。今の一撃、お見事としか言いようがありません」

「そ、それはどうも……」


 少しは認めてくれたようだが、まだふたりは俺を警戒しているようだ。少なくとも音瑠……いや、レイティア姫は俺を睨みつけているからして、相当お怒りらしい。役になりきるというのはご立派だが、俺は普段通り……と言っても、もう……どれだけの期間妹と話してないか忘れたが、いつも通り接してくれていいんだけど。


「レイティア様。どうやら不本意ではありますが、この無礼者は英雄に間違いないかと……どうされますか?」

「……死罪で」

「かしこまりました」

「ちょっと待てえぇ!? 今、俺を〝英雄〟と認めた発言したよな!? ふたつ返事で死罪を承認ってどういうことだよ!? ていうか、実の兄を本当に殺す気かよッ!?」



 俺の命乞いが効いたのか、場の空気がサーっと変わっていった。

 勿論、やばいそうな状況に、だが……。



「兄……ですか。私の兄は、もう……この世にはいません」

「あ……」



 そうだ、そうだよ……。



 レイティの兄である『ベイル=ミストリアス=ウェン=ハルデロト』は、魔王軍幹部との戦いで敗れて命を落とした……っていう設定だった。だからレイティの前で『兄』というワードは禁句だったのに、どうして俺はそれを忘れていた!? でも、目の前にいるのは白いドレスを着ている俺の妹だ。つまり、俺は……死んだ設定になってんのか?



 じゃあ、俺は誰だ──?



 この世界における俺はすでに他界しているのなら、今、こうして悩んでいる俺は誰なんだ。

 俺は秋原礼央だけど、ここにいる俺は、秋原礼央じゃない……。ということは、俺を睨みつけているこの人は、見た目こそ俺の妹だが、レイティア=ミストリアス=ウェン=ハルデロト、その人なのか……?


「この世界に召喚されて早々で申し訳ないとは思いますが、度々の無礼な態度、万死に価します」


 なるほど、これがこの夢のオチってわけね。バッドエンドもいいところじゃないか。さあ、もういいだろ俺。充分この世界は堪能した。だから、早く起きろ……おい、起きろよ。早く起きないと、マジで殺されるぞ……?


「さきほどは油断しましたが、もう、あなたに遅れを取るようなことにはなりません。全力で殺しにいきます」



 背中がぞわりとするのは、その言葉が嘘ではないということだ。

 この感覚、そう……殺気だ。

 おい、さっきまでの冷静な俺はどこにいったよ!?

 震えが止まらないじゃないか……っ!!



「エンチャント付加……ポイズン」


 ラッテはさっき俺が弾いたナイフを拾いあげると、そのナイフに属性を付加させた。

 紫色のオーラを纏ったあれは、毒属性に違いない。ゲームでは何度となくあれを見ている。


 ラッテはメイド長だが、暗殺系統の技を習得していて、下級のモンスターなら一撃で仕留められる。

 ゲームを始めたばかりのプレイヤーなんて、ラッテにかかれば雑魚同然だ。

 対する俺の装備は右手に握りしめている棍棒のみ。

 俺とラッテでは、レベル差があり過ぎ……あれ?



 俺の今のレベルって……99?

 ……は? カンストしてんじゃねぇか!?

 いや、そもそもどうして自分のレベルがわかる!?

 こういうところもゲームと同じかよ!?



 でも、俺のレベルがカンストしているなら、この勝負は勝てる。

 今の俺のステータスがどうなってんのかはわからないが、このレベルなら万が一毒攻撃を食らったとしても、致命傷にはならない。

 徐々にだけど、心に余裕ができてきたな。あとは、さっきみたいにラッテを無力化させればいい。


「それでは、さようなら。名も知らない英雄様」

「……っ!?」



 ──消えたっ!?

 いや、そんなはずはない。



 姿を消す魔道具を使ったにしろ、存在自体が消えたりなんてしない。

 透明になっても、物体であることには変わりないんだ。

 アサシンならどう攻撃してくる……?

 対暗殺者の戦闘は……そうだ、死角からの不意打ちだッ!!


「──そこかッ!!」

「んなッ!?」


 俺の棍棒に毒属性を纏ったナイフが突き刺さり、俺は手を返すようにして棍棒を捻って、ラッテのナイフをパキッとへし折った。


「完全に死角からの攻撃で、防げるはずがありません……なのに、二度も私を……ですが、まだです!!」


 ラッテは左手を背中に回して、隠し持っていたもう一本のナイフを俺に振りかざした。



 しまった──この態勢からでは防ぎようがないっ!!

 いくらゲームと同じだからと言っても、急所を突かれたら絶対に死ぬ!! クソ……なにか手はないのか!?

 その時、再びスーパースロー再生のように、流れていた時間が急激に遅くなった。



(な、なんだかよくわからないけど、この遅さなら簡単に対応できるぞっ!!)


 俺は両手で握りしめていた棍棒から右手を離して、向かってくる左手からのナイフ攻撃に対して、振り抜くように、下から逆袈裟斬りの手刀をラッテの左手首にあびせた。


「……ッ!?」


 ラッテは苦悶の表情を浮かべながら、左手に持っていたナイフを手離した。

 ふう……怖かった……ぶっちゃけ死んだかと思った……。


「そこまでの腕前……さては、相当場数を踏んでいるとお見受けします。レイティア様、大変申し訳ございません……私ではこの男を殺すことは不可能のようです」

「そう……もういいわ。ありがとう、ラッテ」

「いえ……申し訳ございません」


 ラッテはそのまま後ずさるように戻ると、レイティの後ろで俺をただ見つめている。


「私としたことが、少々取り乱してしまいました。いきなり召喚されて、気持ちの整理ができていないのですよね? 申し遅れましたが、私の名前はレイティア=ミストリアス=ウェン=ハルデロト。この国の王、〝エルダイル=ミストリアス=ウェン=ハルデロト〟と王妃〝サーラ=ミストリアス=ウェン=ハルデロト〟の間に生まれた、この国の姫です。そして、後ろに待機しているのはこの城で私達の世話係を務めるメイドの長、ラッテ=イクシール。さて、こちらは名乗ったので、あなたの名をお聞かせいただけますか?」


 自己紹介されなくても全部頭の中に入ってるし、頭上にはご丁寧にカタカナで名前が表示されてるんだよなぁ……自己紹介か、こうやって改まってするのは、なんだか緊張する。てか、妹と瓜二つの相手に自己紹介するなんて、なんだか変な気分だ。


「……レオ。秋原礼央。元の世界では一応……高校生、学生をしてた」

「学生……ですか?」


 レイティの後ろで待機していたラッテは、眉をピクリと動かして、呟くように一言漏らした。


「あれだけの太刀さばき……いや、棍棒さばきと身のこなし方……単なる学生とは思えません。まがりにも私は暗殺術を使えますが、私の暗殺術が全く通用しないというのに、単なる学生というのは些か信じられません」

「そうね。仮にもあなたは英雄召喚によって呼び出された英雄ですから、相応の力を所持していると私も感じました。言いたくないというなら深く追求しませんが……」

「うーん……」



 困ったな……。



 確かに俺のステータスはゲームの時に使っていたキャラのステータスとほぼ同じだ。だからと言って、この風貌で『実はソードマスターです』なんて言っても信じてもらえないだろう。


 RTIの世界では、数多の職業が存在している。俺が使っていたキャラの職業……もとい、『ジョブ』は『ソードマスター』という『剣士』の上級職だ。このジョブに着くには剣士、戦士、盗賊、そして鍛冶スキルを45レベルまで上げる必要がある。最短でも一ヶ月くらいはやり込む必要がある割に、『勇者』の方がなにかと便利なので、ほとんどのプレイヤーは『ソードマスター』は通過点で、このジョブを極めようなんてやつは、かなり珍しい。じゃあ、どうして俺はソードマスターというジョブに拘っていたのかというと、『ソードマスター』という名前がカッコイイから好きなのもあるけど、このジョブ特有のスキル『一閃双撃(いっせんそうげき)』が、シングルプレイに向いているからだ。このスキルを持っていると、技のダメージが二倍になる。

 つまり、『カットイン』が発生する奥義なんかも、倍のダメージを与えられるのだ。しかもこのスキルはソードマスターしか所持できないスキルだから、俺は勇者にジョブチェンジしない。


 確かに勇者は攻守共に優れているし、サポート魔法も使えたり、攻撃魔法も使えたりする。それを考えると勇者の方が使い勝手がいいし、シングルプレイでも充分にやっていけるんだが、勇者のスキル『絶対帰還(ぜったいきかん)』が使えてこそ、勇者というジョブは輝く。

 このスキルは『味方が三人以上いる』時に、自分のステータスが戦闘中のみ20%上昇するというものだ。たかが20、されど20。このスキルとアイテムや武器のアビリティで、最大50%まで引き上げることも可能。こうやって聞くと勇者の方がいいと思うかもしれないが、それも『仲間がいて』初めて効果を発揮するものであり、俺みたいにソロで行動しているなら、勇者になってもそこまでお得感がない。ゆえに、俺はソードマスターを選んでいるのだが……見ての通り、『モブみたいな服』と『棍棒』しか持たない俺が「ソードマスターです」と名乗っても、寝言は寝て言え……状態である。



 しかし、だ──。



 この状況で『学生』と言っても信じてもらえないのもわかる。

 ラッテのアサシンとしてのレベルは50だ。

 これはそう簡単に倒せるようなレベルではないし、そもそも『アサシン』は上級職のひとつで、それこそ、たかが学生風情が相手をできる相手じゃないことは確か。

 どうにかレイティ達を納得させるような言い訳はないか……と考えて、俺は咄嗟に『英雄の力が召喚された時に付加された』と答えた。なかなか苦しい言い訳だが、話を進めるにはこう答えるしか道がない。


「なるほど……英雄召喚には、呼び出した者にそんな力を与えるんですね……そんな説明は書いてなかったですけど……」

「しかし、私を二度も退けたという事実がありますので、嘘ではなさそうです」


 でまかせでも事実が混ざると、一気に真実味が増すもんだな。


「ですが、ひとつ……どうしてもわからないことがあります。アキハラ様は、どうして私の名前を知っていたのですか? 私とアキハラ様は先ほど出会ったばかりです。それなのに私の名前を知っているというのは、どうしてなのでしょう?」



 しまった──そりゃそうだよな。

 俺だって初めて会った相手に、自分の名前を言い当てられたら驚く。

 ──でも、これは正当な言い訳ができる。



「ここに召喚された時、階段の上の方からふたりの話し声が聞こえた。その時、名前を呼び合ってただろ? 見た目こそわからないが、声を聞けばどっちがラッテで、どっちがお姫様なのかは一目瞭然だ」


 それ以前に、俺はこのゲームのメインストーリーはクリアしているし、これから登場するであろう人物や、魔王の名前と攻略法でさえ知ってるんだけどな。



 しかし、解せないのイベントが発生していることも確かだ。



 このゲームのオープニング、主人公がこの世界に召喚されるきっかけとなる『魔王軍の攻撃イベント』が発生していない。

 このイベントでこの城は崩壊して、国王と王妃は魔王によって殺害される。レイティアは命さながらここまで逃げて、最後の頼みで英雄召喚を行った……というのが始まりなのに、こんなにのんびりと自己紹介し合える程度には時間がある。つまり、魔王軍の強襲がまだ発生してない。


(これから発生するのか? ……じゃあ、レイティはどうして英雄召喚を?)


 そもそもこの城が危機に陥っていないので、英雄召喚をする理由が見当たらない。


「それで、どうして俺はこの世界に召喚されたんだ? ぶっちゃけ、今じゃない感が半端ないんだが……」

「……ぎくっ」



 ──おい。このお姫様、今、『ぎく』って言わなかったか?



「た、確かに、至急、英雄の力が必要というわけではないのですが、この世界が魔王の脅威に曝されていることも確かなので、これはその……危機回避のためというか、先手を打ったというか……その……」

「随分と歯切れの悪い言い方だな」

「レイティア様、だからあれほど言ったのです。〝まだ英雄召喚をするのは早いのでは?〟 と……」

「し、仕方ないじゃないっ!! ……英雄がどんな人なのか、興味あったんだからっ!!」


 つまり、俺は脅威本位で召喚されたってことか。まあ、夢なんだし、それでもいいか。


「それに、英雄がこんなに冴えない男だなんて思ってなかったの……ああ、お父様になんて説明をすればいいの……」

「おい、聞こえてるぞ」

「では、この冴えない男の所在については、私がお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「だから、聞こえてるって」

「私からもお願いするわ。こんな冴えない英雄を〝英雄〟だなんて、お父様にお伝えできないから」

「かしこまりました。私が責任を持って、このサエナイ様を城外へお連れします」

「お前らいい加減にしろよ!? 確かに俺は冴えない顔かもしれないが、そんなに〝冴えない〟を連呼されると傷つくからな!? あとラッテ、お前に限っては確信犯だろ!? 俺の名前は〝サエナイ〟じゃなくて〝アキハラ〟だ。一文字も合ってねぇし!! ……てか〝レオ〟でいい。いつもこれで通してるからな」



 クソ、なんなんだよこの夢は。

 夢でまでこんな仕打ちか!?



「これくらい、私を侮辱した言葉に比べればなんてことないわ。本来、王族への侮辱は死罪。これで済むんだから、感謝して欲しいくらいです」

「さすがレイティア様、慈悲深い……」

「……召喚には失敗しましたけど、これでもレオ様を召喚した責任は感じてます。とりあえず、城下にある街で、人前に出ても恥ずかしくない格好と、そんな見窄らしい武器じゃなくて、もう少しマシな装備をラッテに見繕ってもらってください。お金は私が支払うので、ラッテもケチらずに装備を整えて頂戴」

「かしこまりました」


 散々な言われようだけど、タダで装備を揃えられるのは有難いな。本編では1000(リベント)しかレイティから貰えなかったから、不幸中の幸いかもしれない。


「装備が整ったら、もう一度私の元に来てください。詳しい話はその時しますので。ではラッテ、頼みます」

「はい。行きましょう、レオ様」


 レイティを見送り、俺とラッテはコソコソと城内にいる兵士達にバレないようにしながらハルデロト城の裏口を通って外へ出た。

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回、なぜこのような書き方にしたかといいますと、こういう書き方でないと表現できない表現があり、ネット小説にあるまじき書き方をしています。読みにくいとは思いますが、何卒ご了承ください。


 これからも妄想全開で書いていきますので、どうぞお付き合い下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。


【宣伝】

 初の連載小説(未完)『私、元は邪竜でした』

 こちらも執筆途中ですが、上の小説も読んで頂けると嬉しいです。

 

 それでは、またお会いできたら嬉しく思います。

 感想など、お気軽にどうぞ♪


 by 瀬野 或


── ── ──


2018年7月25日──文章を全体的に編集。

2018年8月8日──文章を全体的に修正。(改行、誤字など……)

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