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悪魔のとりこ

作者: 佐藤聡美

※短編のくせに長々と書いております。暇な時にご覧ください。


 目の前には火の点いた赤色の蝋燭。二人分のイニシャルが刻まれたそれには釘が3本、均等な距離をおいて刺さっている。

時間に比例して蝋燭の長さは短くなり、まず一つ目の釘が音を立てて受け皿に落ちた。


「ふふ…」


その音を聞いて自然と笑みが浮かぶ。

暗い部屋で女の子が黒魔術をしていて、しかも怪しげに笑っているだなんて、他人から見たら気持ち悪い光景に違いないだろう。

それでも構わない。私…(たちばな) 花恵(はなえ)にはどうしても叶えたいことがあるのだから。


私が今やっているのは、恋の黒魔術だ。

赤色の蝋燭に自分と好きな人のイニシャルを彫り、均等な距離に釘を刺す。

これを5日間続けると恋が叶うというものだ。


 そして今日はこの黒魔術を行って5日目だ。つまり、この魔術は終わりを迎える。

目の前にあるのが最後の蝋燭だ。

まあ、元々占いやらお(まじな)いなんて信じる性格(たち)ではないし、これからもそうなのだと思う。

じゃあなぜやったのかと言うと、叶いそうにもないからほんの気休め程度にと思ってのことだ。いわゆる自己暗示。

 黒魔術なんてなおさら期待はしていないのだけれど、叶ったら良いなと思う。もちろん、期待はしていないのだけれど。勘違いされたくないから、あえて強調しておこう。


 蝋が溶け落ちるのが長く感じる。今か今かと焦れったく思うが、魔術に焦りは禁物、と感情を抑える。

そして、ゆっくりと溶けていく蝋燭をぼーっと見つめる。


(長いなあ…)


退屈になってきた私は、ふと思った。


「悪魔がいたら楽に願いを叶えられるのに」


漫画やドラマなどで悪魔が人間の願いを叶える描写を思い返す。


「本当に悪魔なんて存在するのかな…そんなわけないか」


これまでオカルトなことに無縁だったため、存在するのかどうかは少し気になる。

まあ、ほんとにいるなんてことはないだろうけど。



 最後の釘が落ちる音が聞こえると、表しようもない達成感を感じた。


「終わった…。ここまで待った甲斐があったわ…」


 まるで自分が黒魔術師にでもなった気分になって、思わず口の端が上がる。


「明日になったらきっと如月(きさらぎ)君も振り向いてくれる!」


 片付けを済ませ、早く明日が来ないかな、とうきうきしながら私はベッドへ潜り込んだ。




「時間の無駄だったわ!知ってたらやらなかったのに!」


 次の日。私は絶望と怒りに満ちて帰宅した。

相変わらず私は好きな人に話し掛けたり掛けられたりする訳でもなく、ただ遠くから見つめるだけの一日を過ごした。

今までと何ら変わりなどない。

あんなに5日間頑張ったのに報われない…この怒りの矛先を、一体どこに向ければいいのか。


「非科学的なことなんて、もう信じたりするもんか!普通に恋愛心理学の本でも読んでやる!」


 本棚に並べられた背表紙を指でなぞりながら恋愛心理学の本を探していると、見覚えのない一冊の本を見つけた。


「何?『絶対に恋を叶える!〜失敗しない黒魔術〜』…おまじないの時の本とは違うし、こんな本買った覚えはないけど…?」


 不思議に思ってパラパラとページをめくっていると、最後の辺りのページに、あるひとつの単語を見つけた。


「悪魔召喚…?」


"悪魔召喚とは、その名の通り悪魔を召喚する儀式のことで、黒魔術の一種である。

しかし悪魔召喚は並の人間が出来ることではなく、失敗に終わることが多い。史実上、悪魔を召喚出来た人間はソロモン王くらいだという。"


「なおさら私にはできないね。諦めよ」


それに私は昨日の魔術のようにという訳ではないけれど、こつこつ地道にやる方が性に合ってるのだし。

そう言い聞かせて、私は本を閉じて棚へ戻そうとした。すると、


(……本当にそれでいいの?もしかしたら叶うかもしれないのに…?)


そんな言葉がが頭に浮かんできた。

私の意思なのだろうか。

何故か悪魔に縋ってでも叶えたいと思うのだ、この恋は。

意中の彼にはそれくらいの魅力があった。

その証拠に、学年の女子達も彼に夢中なのだ。

みんなが彼を好いている。

駄目元でもいいからやってみたい。

この恋を叶えられるのならば何だってやりたい。


さっき非科学的なことは信じないと言ったばかりなのに、自分の諦めの悪さに苦笑いした。


私はもう一度ページを開いて、悪魔召喚のページを読む。

続きには長長とこんなことが書いてあった。


" 期間や必要な道具、呪文は呼び出す悪魔によって変わる。 簡単な黒魔術は低俗悪魔、強力な黒魔術は高級な悪魔召還が必要である。 高級な悪魔になるほど儀式も複雑になり、道具なども必要になってくる。基本的には魔方陣を描いて儀式を行う "…云々。


「なるほど。そして低俗悪魔は召喚しやすいけど危険、と…」


 気がつけば読み込んでしまっていた。窓の外を見ると空は真っ暗になっていた。

 高級な悪魔は儀式が複雑で、道具も揃いそうもない。低級な悪魔は簡単そうだったが、危険…

でももし召喚できてしまったら…と考えた末、中級悪魔の召喚をすることに決めた。それなら木の棒と鶏肉だけで出来るからだ。

両親が夜勤でいない今日が、魔術を行う絶好のチャンスだ。

まずは材料探し、と私は鶏肉を買うためにスーパーへ向かった。

その後に公園へ行き木の棒を見つけて、そのまま悪魔召喚も行うことにした。


 夜の公園には人の姿が全く無かったが念のため、人に見つからないように木の陰に隠れる。

持ってきた本を見ながら黙々と作業を行う。

まずは、魔方陣が描けるように石を避ける。次に魔方陣を書き、真ん中に持参したスコップを使って鶏肉を埋める…。

ビニール袋越しに感じる脂のぬるぬるした感触に顔をしかめながら鶏肉を埋める。


そして、魔方陣の中に入って悪魔が現れるのを待つ。呪文などを言う必要は無いらしい。

悪魔が現れますように、と祈りながらしゃがんだ。


 15分程経っただろうか。そろそろ足の痺れが限界を突破しそうだ。未だに何の気配もない。

やはり悪魔召喚は難しいのだ。しかも初っ端から中級悪魔というのも無茶だ。冷静にそう思い、魔方陣から出ようとした瞬間、


「ーー!!」


ゾクッとした寒気と共に、後ろに何者かの気配を感じた。

まずい、誰か来たのか、と恐る恐る振り返ろうとした時、本の内容を思い出した。


──決して後ろを振り返ってはいけません。また、怖いからと言って魔法陣から出ることも断じてなりません。魔法陣は悪魔からあなたを守っているのです。これらを破ると、



悪魔はあなたを襲います。



 今まで感じたことの無い恐怖に痺れた足がすくんで尻もちをついてしまう。服が汚れるなんてことも考えられない。

逃げ出したいと思ったが、痺れた足は言うことを利かない。

考えられないけど、もし、もし本当に悪魔だとしたら。


「どうしよう……!」


 感情に任せて馬鹿なことをしてしまった、と後悔しても時既に遅し。

"何か"が来てしまった以上、もうどうしようもないのだ。

私は目を閉じて身を縮こませ、必死に恐怖に耐えた。目に溜まっていた涙が頬を伝った。



「やっほー、橘さん」


 聴き覚えのある声に顔を上げると、私の前にしゃがみ込んで顔を伺う男性がいた。

彼の顔をを見て、私は目を見開いた。


「き…如月君…?」


 目の前の彼は私のクラスメイト、如月 悠。

その甘いマスクと女子受けしそうな優しく気の利く性格に、学校の女子達は彼の虜である。

そんな優しい彼のことが、私は好きだった。叶わないと思って、何もできなかった相手が、今、目の前にいる。私の名前を呼んでくれた。


「う…如月く…」


 こんな怖い状況で知り合いに、しかも好きな人に会えたことに安堵して涙がぼろぼろとこぼれてくる。


「わ、大丈夫!? 怖い思いさせちゃったかな⁉︎」


 彼は、自分が私を泣かせたのではないかと慌てて言う。

 そんな彼に申し訳なくて、嗚咽を漏らしながら途切れ途切れに言った。


「も…だいじょ…ぶだから……ぐす……ごめん…ね……」


 すぐ帰るから、そう言って私は痺れる足に喝を入れて立ち上がると、彼はすかさず言った。


「駄目だよ、そこから出たら君にとって危ないんでしょ?」

「え….」


そういえば、まだ気配の正体の姿が見えない。

悪魔かも確かめられていないので確かにまだ出るのは危険だろう。



…あれ、なんで彼が知っているの?



「まだ契約が済んでないから」

「え…?契、約って…?」


 周りの空気がフッと変わったような気がした。

本能で動いちゃだめだと悟った。


「分かるよね?」


 目の前の悪魔はいつもみんなに向ける笑顔を浮かべている。しかしそれはどこか恐怖を覚えさせるものだった。


「契約が終わるまでは魔方陣(そこ)から出たら駄目だよ? 俺が花恵ちゃんを食べちゃうかも知れないから」


苗字ではなく、絶対に呼ばれる事のなかった名前を呼ばれるのも、恐怖感を覚える一因なのかもしれない。

 それにしても食べるとは一体どっちの意味だろう、と一瞬思ったが、こんな空気でふざけたりはしないだろう。

いや、むしろ今は「ごめんねー!ドッキリでした☆」と言ってほしい。

体とは違って頭ではいろいろと考えてしまう。


「た、食べるってどういうこと…?契約って…?」


 頭が回らなくなってきて、とりあえず頭に浮かんだことを半泣きで目の前の彼に問いかける。

 彼は尚も笑顔で、


「食べるっていうのは、花恵ちゃんの魂を食べちゃうってこと。契約っていうのはそのまんま。俺が君の願いを叶える代わりに、君は何してくれるの?」

「き、如月君…、冗談はやめよう?怖い事言わないでよ」


精一杯に笑ってみせたけど、歯がガチガチと震えて、恐怖は増すばかりだった。


「申し訳ないけど冗談なんかじゃないよ。俺は悪魔。悪魔だけど契約してる間は君を守るし、嘘吐いたりはしないよ。基本的には」


え…悪魔?如月君が?

私、悪魔に恋しちゃったの…?

いや、そんなの嘘だ。


どんなに言われても、やっぱりすぐには信じられなかった。


「やっぱり信じられない?」


笑顔を崩さないまま、彼はズイッと魔法陣の境界ギリギリまで顔を近づけて来て、じっと私の目を見つめる。その目はいつもの黒色ではなく、赤色に光っていた。

襲われるかと思って後ずさったが、彼は入ってこない。

かと思えば、握り拳を作って、思い切り私の顔面目掛けて振りかぶってくるではないか。


「きゃあ!!」


咄嗟に腕で顔を庇ったものの、来るはずの痛みは無く、代わりにゴンッ!と薄い壁を殴ったような音が聞こえた。


恐る恐る目を開けると、握り拳が魔法陣の境界で止まっていた。


「これで信じてくれる?」

「……」


「いやー、痛い痛い」と腕をさすりながら彼は立ち上がって、


「さーて、契約の話に戻そうか。なんの願いを叶えようか?富?名声?美貌?あーでも もともと可愛いし、そんなのは要らないかな〜?あ、もしかして恋の願い?それなら俺の得意分野だよ!」


1人でよく喋る悪魔を、不安げな顔で私は見つめた。


「や、やっぱりいい…です…」


悪魔を好きになってしまうだなんて、私は馬鹿だ。

 それに、悪魔には毅然とした態度でいないといけないのに、目の前の悪魔に何故か敬語を使ってしまう失態を犯してしまう。


「そんな酷い事言わないでよ…。悪魔は俺以外にもいっぱいいるから、これで終わりにしちゃったら次はどんな悪魔が君のところにくるか分からないんだよ?折角のご縁なんだしさぁ。

それにね、一発で悪魔を召喚出来た君にも興味があってさ…。

なんでも叶えてあげるよ?花恵ちゃんの願い!」

「うっ…」


 何でもという言葉に惑わされる。

さっきから彼の思う壷だ。

すごく怖い。悪魔召喚なんてやるんじゃなかった、と後悔の念が胸を満たしていく。


「ね?久々なんだよ〜、人間に召喚されるの!!お願い!!」

「………」


…どっちが願いを叶えてるんだか。

案外悪い悪魔ではないのかもしれない。気付くと私の緊張はだいぶほぐれていた。

目の前の彼は心底嬉しそうな顔をした。


「どんな願いかな?」


わざとらしく、全てを見透かしているような目で、悪魔は私を見つめる。


「それは…」


羞恥、緊張、不安、恐怖ーいろんな感情が私の心を支配する。

口をぱくぱくさせながら、声に出すのをためらってしまう。


「…ほら、言って楽になっちゃいなよ」


悪魔の囁きに誘われるまま、私は言ってしまった。


「あ、あなたが…欲しい」

「お安い御用だよ」


まさかの即答に、私は慌てて言った。


「わ、私でいいの⁉︎ 話したこともないのに!」

「それが君の願いならね」


悪魔…如月君は妖しい笑みを浮かべた。


「おいで」


腕を広げて待つ彼へと一歩、一歩、おずおずとした足取りで向かう。

魔法陣から出ると、抱きしめられるとともに唇に柔らかいものが触れた。


「んっ…」


数秒の接吻ののち、彼は言った。


「それで、悪魔と契約するのには報酬がいるんだけど…。君の魂ってことで、いいよね?」


ドクン、ドクンと鼓動が速まって、体が熱い。

人生で初めてのキスに動揺した私は彼の言葉が聞こえなかった。


「え?う、うん?」

「はい、契約完了。今から俺は君のもの。

もし君が俺以外の男とキスしたらその時点で契約は終了したとみなして君のこと魂ごと食うから」

「…え? まっ、待って…!全然聞こえなかったよ…!!」


報酬を指定しないと契約は完了しないんだ。

ということは、さっき、彼は報酬の話をした…?


悪魔は契約の報酬に魂をもらうだのなんだの言ってくるらしい。

だから、自分の身を守る為の言葉がある。

2本足の、体を10つ。鶏10羽のこと…

悪魔が人を10人食べられると思い込むパワーワードのようなもの。これを言おうと思ってたのに。


「完了したものはもう変えられないよ。あ、もしかして2本足の身体10つって言おうとしてた?

それって鶏のことだよね!

悪魔内じゃ有名だよ〜。

まあ、鶏肉好きだしそれでも良かったんだけど」


冗談っぽく笑いながら彼は続ける。


「それに契約違反しない限りは、君のこと食べたりしないから、安心して。」


 彼がクスッと微笑む。


「詐欺だ……。悪質だ…。」

「悪魔の辞書に詐欺なんて言葉はありませーん」


私が小さな声で呟くと、彼は舌を出した。

その美麗な表情に、私は見惚れてしまった。

やっぱり、悪魔だとしても、好きだ。

彼から離れられないんだ。



「右の胸元。そこに契約印が入ってるから。」

「…うん」


もう恐怖などはなかった。


「あ、俺が悪魔ってことは他の人に絶対言っちゃだめだからね。もし言ったら…分かるよね?」


 ビクッと体が強張る。微笑む彼にコクコク、と何度も頷いてみせると、


「いい子だね」


 如月君は私の頭を一撫ですると、今度は私の腰に左手を回し、右手で私の顎に手を添える。

ゆっくり彼の顔が近づいてきてーーって、


「な、な、え!?」

「ほら、好きなんでしょ。ジッとして」


 腰に当てられた手の力が強まり、身動きが取れないまま、彼の唇が私の唇に…



 いろんな意味で疲れて再び座り込んでしまう。心臓がバクバクしている。


「可愛いなあ〜」


 如月君は先程と変わることもなくヘラヘラと笑う。


「だ、だって、好き…な….人?悪魔?に、あんなことされたの!

さっきだってファーストキスなんだよ?ドキドキして…」


反射的にぽろぽろと涙が流れる。

如月君は驚いた顔をして私の頬を撫でた。


「そうだったんだ。俺のこと好きって言ってくれる人は沢山いたけど、こうまでしてくれる子なんていなかったよ。だから俺も嬉しい」

「うん…」




夜も遅いからと、如月君が家まで送ってくれた。


「もし会いたくなったら俺のこと呼んで。パッと現れてそばにいてあげる」


じゃあ、と歩き出そうとする彼に名残惜しくなって、思わず制服の裾を掴んでしまった。


「あの…今日、両親いないの。だから…まだ…行かないで」


驚いた顔がすぐ妖しい笑顔に変わる。

なんて綺麗な顔なんだろう…。


「いいよ…。なんでもしてあげる」



悪魔と知っても尚、心奪われるなんて他の人からしたら愚かなんだろう。

でも、それでもいい。

私は彼の隣に居たいから…。


私は、彼のとりこなの。



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