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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
9/21

かつ丼

 兵藤の案内で畑中と斎木が応接室に入った。

「県警本部の畑中です。こちらは斎木。遅くまで入れ替わり立ち替わりですみませんが、ちょっとわたしからもいいですか」

 あ、どうも。

 自称立花は長イスで体を横にしていた。腹が膨れて少し眠くなってたようだ。メンの茶系のズボンにやはりメンの暗灰色の長袖シャツという装いだが、汚れは見えないもののあちこちに傷みがみえる。

「帰りたいですか」

「帰してくれるの」

「帰されないと思ってたですか。どうして」

「やったのは俺かと考えるんじゃないかと思ってさ」

「警察というのはなんでも疑うところだ。そう思って?」

「警察はそれでなくちゃ、と思うけどね」

「そらどうも、すみませんね」

 畑中がタイミングよく言葉を合わせたから、斎木と兵藤は声をあげて笑った。

「それじゃ、お言葉に甘えて疑わせてもらって、真犯人が捕まるまではここに泊まってもらっていいですか」

「泊まるって?」

「オリですよ。ちゃんと名前、住所をいえないのならね。夜はカギはかけるけど昼は敷地の中なら歩いてもいいですし、係にいえば買い物もしてあげます」

「メシは」

「もちろんだします。そうまずいものじゃないし、使いたいならシャワーもあります」

「洗濯機も裏庭にあるよ。全自動」

 兵藤が教えてやった。

「ただし一筆入れてもらうけど」

「あ、そう。それは構わないけど」

 自称立花はそういってぽりっと耳の後ろをかいた。髪は3ヶ月は刈ってないだろう。痩せた顎と頬を無精髭が埋めていた。

「それじゃ。というセンで、兵藤。おたくの署長に許可をもらってくれ。日当補償などはうちでやるからと」

「わかりました」

 兵藤が出ていった。

「うちの部長も立花というんだ。年は俺より四つ若い41才。警視長。長は長いだ。偉いんだよ。あんたはもっと若そうだな」

「ずっと下」

「さっき逃げた男の手配書きを見たがたいした観察眼だな。普通あそこまではなかなか見ないものなんだがね」

「人を刺した男だとまでは思わなかったからじゃないかなあ」

 男のバックグラウンドを探るための仕向けだと知ったかどうか、男はさあらぬ体でいうと、また耳の後ろを掻いた。

「でも、ただごとではない勢いで出てきたんだろう?」

「そうね。いきなりドアがバンだった」

「怖くなかった?」

「いや。なにがなんだかわからなかった。あのね、さっき日当がどうとかいってたけど捜査協力費というようなものもらえるの?」

「決まりはあるんだが、ナナシノゴンベの領収書じゃ駄目だな」

「そうかあ。でも、俺、働かないと食えないんだがなあ」

「なにをやってる」

「色々だね」

「一日、どれくらい稼ぐ」

「平均して4000円かな」

「5000円、俺が出すよ。いいだろう」

「え、はあ、それは悪いね」

 自称立花はにかっと笑った。意外に歯がきれいだった。


「畑中さん、ヒラじゃないよね」

 初対面で10才年下の男から畑中さん、と呼ばれたのは新鮮だった。

「本部の調査官だ」

「警部かい」

「いやそのひとつ上の警視だ。その上が警視正で、その上がさっきいった警視長だ」

「てきぱき指図してたからあの人が大将だな、とはみてたけど。かっこいいしさ」

 立花は出された千円札5枚を受け取るとにこっと笑ってそういった。

「一応俺に対して領収書を書いてもらえるかね。この名刺の裏でいいから。でないとその女房がうるさいんだよ」

 =畑中警視殿。金5000円也、捜査協力費として領収しました。立花。4月10日=

 立花は出されたボールペンを使ってさらさらと書いた。達筆とはいえないまでもしっかりした教育を受けた者の筆運びだった。

「慣れているみたいだな」

 男は顔を赤くし、照れたように、へへへと笑った。

 兵藤が入って来た。

「調査官。署長室にちょっと」

「お泊まりは駄目だってか」

「いや、あれはOKです。そうじゃなくて立花部長がみえたんです」

「えっ、そんな予定あったかな」

 畠中は首を傾げた。すると自称立花は、

「あ、悪いけど、先に俺をオリに連れてってくれないかな。なんだか疲れてさ。一筆はそこで書いておくから」といった。


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