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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
3/21

畑中調査官

 埼玉県警本部・刑事部の畑中昌一が、捜査一課の斎木と現場に到着したのは午後4時30分だった。

 すでに騒ぎを知った近所の人たちや通行人が大勢押しかけている。

 付近は駅から遠く畑地が多い。六百坪ほどの畑の西側に建っているそのアパートは、四戸ずつの二階建て計八戸という規模だが、すでに二階の東半分は軒から廊下まで青いシートで覆われていた。カメラとハンディレコーダを手にした連中が畑中をみると、われがちに寄ってきた。

「あんたら早いなあ。スピード違反やってないか」

「やってません。川越から有料道路で来ましたからね。調査官。コロシですか」

「わからん。これからだ」

 斎木があとであとでと両手で彼らを押止めているあいだに、畑中は敬礼をする制服の警察官に会釈してロープの中に入った。

 二階のシートの端から日焼けした男が現れて白い手袋の手を少し上げた。斎木がうなずいてみせた。

「俺の同期です。兵藤啓次。ここの主任やってます。久しぶりだな」

 ふたりは、とんとんと二階に上がった。

「入間南の兵藤です」

 兵藤は頭を下げた。

「畑中です。害者は運んだの」

「ええ、まだ息がありまして」

 その時、兵藤の携帯が鳴った。

「駄目だったか・・・そうか。今、浦和から畑中調査官がみえた。そう、その畑中さんだ。指示を聞くからちょっと待て。調査官、害者が亡くなったそうです」

「そうか。刺されたそうだがそれが死因か」

「恐らくは。ここに真っ直ぐに西洋包丁が突っ立ってて半分は入ってました」

 兵藤は自分の鳩尾を刺してみせた。

「その包丁。ここにあるの」

「いえ。抜くと出血がひどくなるという救急隊員の話で、そのままいってます」

「わかった。仏さんは県南大学に移して司法解剖。包丁はここに持ち帰ってくれ」

「了解。木下、聞こえてたか。よし、頼む」

 廊下の東側の突き当たり、シートがなければ畑が見え、その向こうには大型スーパーなども見えるのだが、今は深い海底のように暗い。

 男はそこにいて紺地のジャンパを不器用そうに着こんでいるところだった。

「誰?」

「第一発見者です。犯人らしい男を目撃してます。そいつはあそこを越えて畑に飛び下りて向こうに逃げたようです」

「二階から飛び降りたのか」

 畑中と男の目が合った。

 ――どこかで見たような。

 畑中はちらりとそう思った。

「これから署に行ってもらって詳しい人相書きを作るんですが、本人の希望もあってマスコミなどに掴まらないようにと」

 兵藤が説明した。畑中は笑いながら、

「あ、そう。あまりやるとかえって目立つよ」

 といい、

「館山さん、どうだい」

 と、中で作業していた鑑識員に声を掛けた。

 館山は本部の鑑識主任で、畑中の少し先に部下を連れて到着していたが、先着の入間南署の鑑識員からここまでの作業状況を聞いているところだった。

「OKです。写真はみな撮り終えてます。頭と靴だけカバーをお願いします」

 畑中たちは、若い鑑識員が出してくれたビニールカバーを靴に履かせ頭にもキャップをかぶった。

「うちに特捜本部が立てば久しぶりで一緒に仕事ができるな。斎木も入るんだろう」

「多分な。今日中に決まるだろう」

 兵藤と斎木がそんな会話を交わしながら畑中の後に続いた。

 間取は六畳と八畳の和室に細長いDK。入口とキッチンが南の廊下側にある。角部屋のために東側にも窓があって、北側の窓と同じようにレースのカーテンが引かれていた。玄関からすぐのところに、白いヒモが人型に置いてあった。血痕の一部はもう黒ずんでいる。

「さっきの男の次にここに来たのは? 救急隊か」

「交番の巡査二名と同時です。運び出される前にデジカメで写真を撮っています」

「ほう。お宅じゃみんなに持たせてるのか」

「いえ、本人の職務熱心の賜です。本署で今プリントしていますから、多分うちの課長がここに持って来ます」

「そう。犯人も返り血を浴びたんだろうな」

「それが、新聞をあてがってその上からブスリとやったようなんです」

「あの新聞か。いやなことをする野郎だな。破いたのはだれ」

「さっきの男です。そうやって代わりに布巾を当ててたそうです」

「ほう・・・」

 部屋は女性の部屋らしくよく整理されていた。床に転がっているのは、財布、ジャー、口の開いたハンドバッグ、血で染まった新聞、それだけだった。キッチンのステンレスの上には菓子折が包み紙のまま置いてあった。

「お客でも来るところだったのかな」

「これくらい女はひとりでも食いますよ」

「そうかい? 電話はそのままだな」

「はい。携帯もありました」

「どこに」

「ハンドバッグの中です」

「出かけようとしていたのかな」

 東側の出窓にある充電器が心なしか寂しげだった。

「家族は」

「独り暮らしだったようです。害者の電話帳から当たってみたところ、台東区に弟がいることがわかりましたので、病院に行ってもらうように連絡しました」

「そうか。見たところ荒らされた様子がないが、財布の中身は?」

「現金が2万3000円と小銭とレシートです。どうぞ」

「どれ。ん? カードがないね」

「ええ、ですから調査官が来られたちょっと前に、銀行に口座を凍結するように依頼したところです」

「第一発見者の男は害者の知り合いかい」

「それなんですが、害者とは面識はなく、この財布を拾って届けに来たのだそうです」

「この免許証の住所でか? お、美人だなあ。しかし、ということは、ここらの男ということかな」

「それが・・・」


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