ニイーサンお鼻がナガイノネ
奇妙な留置人は出ていった。署を出て1キロほど続く長い直線道路を畑中が買ってやったスニーカーを履いて元気な足取りで歩いて行った。畑中は、留置係の巡査からプレゼントされたという黄土色のショルダーバッグが見えなくなるまで後ろ姿を見送った。
「わたしと一緒に朝メシを食って、ニーィサン、ニーィサン、オーハナがナガイノネ、なんて妙な替え歌を口ずさみながら八時に出て行きました。やはり名前も身元もいいたくないそうで、なにも語りませんでした」
「ふうん、その歌、なんか意味があるのかな・・・あ、前にあんたにいわれていたのをやっと考えついたんだがな」
「なんでしたっけ」
「なんだ忘れたのか。もういいよ。ときに、畑さんがポケットマネーで日当払ってたらしいな」
「はい」
「いくら? わたしが落とすから」
「すみません。2万5000円です」
畑中は男の写真と領収書の名刺を机の上に置いた。
その時の立花の自制心はさすがとしかいいようがない。暫く眺めていたが、ポケットから財布を出すと5万円を畑中に差し出した。
「取っててくれ」
「え・・・しかし」
「いいんだ。世話になった」
「は?」
「バッチコだ。俺の」
「え?・・・え!」
「末弟だよ。立花聡。33、いやもう4だな。なにをやってるといってた?」
「色々としかいいませんでしたが、あのあたりの地理をよく知ってましたよ」
「小学校の時から地図ばかり眺めてたおかしなやつだ。あんたの生まれた千葉の町だって、聞けばあんた以上に詳しく喋ったはずだ。しかし、ニーィサン、お鼻がナガイノネだって? なんだ、あの野郎」
了




