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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
20/21

隣の女

「うっかりしたわねえ・・・・そうなの。あのフーテンみたいな人、アタシのことを考えてくれたの。優しい人なんだね。・・・アタシ、前から亭主と話してたのよ。なんとかしたいなって。もしやるなら、こうやってああやってなんてアタシが筋書き作って語って聞かせて。もちろん本気じゃなかった。亭主の方は逆に半分くらいその気があったみたいだけど度胸のない男だからね。どうにもなりゃしない。・・・あの日、なんだか詰まらなくて亭主を置いてパチンコにでも行こうと思って外に出たのよ。何気なく隣をみたら扉が少し開いてた。あ、出てくるのかな。あの(ひと)普段着だっていいもの来てるのよね。水商売だってのは知ってたけどさ。性格も良くて嫌いじゃなかったよ。だから、どっかへ出かけるのなら一緒に話でもしながら行こうかなあ、って待ってたの。だけど出てこない。なんか変な感じがして、もどってドアの隙間から中をみたらカーテンが開いていて、あの女が電話をしてた。なんか血相を変えてという感じでさ。で、アタシなんとなくドアを開けて声をかけてしまったのよ。あの(ひと)はちょうど電話を終わったところだったけど、あたしを見てちょっとびっくりしたみたいだった」


(あら、お隣の奥さん)

(ドアが開いてて、なんか大変なことが起きたというような声が聞こえたもんだから。どうかしたんですか)

 女は腰を折って笑った。

(あたし馬鹿なのよ。買い忘れたものがあるのに気がついて出がけにお財布がないの。さっき出たときに落としたんだわ。慌てて今警察に電話をしたとこなの)

(え、そりゃ大変じゃない?)

(でも、たいした金額じゃないし、大事なカード類は全部別にしてるから。ほら)

 そういってハンドバッグから黒っぽい薄めのケースをだしてみせた。

(あらまあ、よかったですね)

 どきっとした。

 亭主に話してたっていうのがそれなんだもの。アタシ、あの女の大事なカードというやつに大金があるのを知っていた。もっと悪いことに暗唱番号も知っていた。前に銀行にいったとき、ちょうど引っかかるかなんかしてアタシのカードが出てこなくなってサ。そいで呼んだ銀行員が、ちょっとよろしいですか、なんていってた時だった。ちょっと下がってなにげなく隣をみたらあの女がいたのよ。あっちは気がつかなかったけどね。それもちょうど暗証番号を打つ時だった。「結構みえるんですよね」なんていつかテレビでタレントが喋っていたのを思い出してサ。横目でみていたら叩く指がホントに見えたのよ。うしろめたかったからすぐに目をそらしてしまったんだけど。見なきゃよかったわ。ほんとに・・・。

(奥さん、お金持ちだものね)

(あら、そんなことないわよ。それに奥さんじゃないわ)

 女のアタシがみても色っぽいのよね。亭主がのぼせるのも無理がない。どうしてこんな安アパートにいるのかな。溜めてんのよ、きっと。そんなことを言いあった亭主のことを思い出した、そんとき、魔がさした。本当はもっと巧いことを考えてたのにどうしちゃったんだろうね、あんときのアタシ。気がついたらアタシは扉を閉めて上がっていた。あの女はびっくりしたようだった。

(奥さん。どうしたの? 勝手にあがらないでよ)

(ねえ、金貸してちょうだい。少しでいいの。お願い。亭主に職がなくて困ってるのよ)

(いきなり馬鹿なこといわないで。ねえ、出ていって)

(そんな、お金持ちでしょう、奥さん)

(出ていって。警察を呼ぶわよ)

 女はさがって電話器を取り上げた。

(やめて)

 アタシは女の手を掴んで受話器を奪った。頭に血が昇っていたから、きっとアタシ凄いおっかない顔になってたんだわ。女は台所から包丁を出してきた。水商売やってるからか気は強いんだ。あたしもびっくりしたから、その手を掴んで夢中でもみあっていたらふたりで倒れて、柱で頭を打ったかして女はぐったりとしてしまった。それをシメタと思ったんだから最低だよね。アタシが黒いケースをシャツの中に入れてると、うしろで、ううん、という声がして、見たら女が息を吹き返しそうじゃない。どうしようかと思った手に包丁が触れた。アタシはそれを掴んで散らばってた新聞をあてて上から思い切り女の腹を刺した。へんな感触だった。女はすぐにぐったりとした。台所にいって手をじゃぶじゃぶ洗って掛けてあった布巾でアタシの手が触ったところを全部拭き取った。そのあと急いで自分の部屋にもどったら亭主が目を丸くしてアタシを見てるのよ。

(なにをぼうっとしてるのよ。これ持ってお金下ろしてきて。暗証番号は9988。キュウキュウパッパよ。いい? 前に言ったみたいにこれ着て、なるべく大きな支店に行くの。電車よ。タクシーなんか乗っちゃだめだからね。早く)

 夫は、あわわわわという感じになったが、それでもすぐに支度して扉を開けると周りをそうっと見回してから出ていった。アタシはチェーンをかけてガタガタ震えていた。暫くしてどかどかと誰かに扉を叩かれたときには、ホントに心臓が止まるかと思った」

 すみません。すみませんでした。

 住田陽子はがくりと頭を垂れた。


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