奇妙な留置人
「時田は色々場数を踏んでるらしく、血を流して倒れている害者をみても逃げることはなかったんだが、死んでると思った害者が体を起こして、血まみれの手でビニール袋を差し出したときにはさすがにびびったそうだ」
「あ、そうだったの」
「可哀想な話だな・・・洗濯をしたんだって? 柔道着だけじゃ寒くないかね」
「いや」
「寒さには強いのかな。東北だろう」
「言葉?」
「かすかにね。おれは千葉の生まれだから東北のどこかまではわからんが」
へへへ、と留置人は笑ったが、それ以上は言わなかった。
「女が畑に来たよ」
「今朝、連れてこられた女だね」
「ああ、そうだ」
「時田の女?」
「そのようだ」
「やっぱり落とし物があったんだ」
「そういうことになるな」
「見つけたんだよね、警察が先に」
「どうかな」
「いえないってわけ」
「あんたには感謝してるけど身元不詳人じゃなあ」
畑中は考える素振りをしてみせた。
「いいよ。無理していわなくても。どうせカセットテープかなにかだ」
「どうしてそう思う」
畑中はもう驚かなかった。
「飛島と東日とのイザコザは知ってるよ。その飛島があそこに来たんだろ。新聞に盛んに憶測記事が出てるじゃないか。東日はぶるってるだろうって」
「まあ、アタリだ。ときにあんた、まだいてくれるだろう。二日分先渡しするよ」
畑中は一万円札を与えた。
「悪いね。昨日、係さんにパンツなんか買って来て貰ったからさ」
「そうか。くつろいでてくれ」
畑中は立ち上がった。
「銀行のカードを盗ったのは時田じゃないってことだよね」
「ほう? どうしてそういえる」
「だって時田は殺されたんだろう」
「おいおいどうして知ってる。まだ新聞には出てないんだぞ」
「さっきトイレに行ったとき誰かが語ってたよ。大河内という東日の記者が行方不明だってことも。警察ってとこはさすがだね」
――なんだ・・・すこし署内の教育を徹底させんといかんな。刑事の家庭もだ。
「そうだとして、なんで時田じゃないんだ」
「金があれば逃げてるさ。テープはないわ、金はないわで、仕方なくやばいヤツに会って手を出したところを殺された。小説ならそうだな」
「そうかい。俺はあまり小説は読まないからな」
――たしかにそういう見方はあるな。
「ビデオは? 銀行の」
「フードつきのコートにマスクと眼鏡」
畑中はまた腰をおろした。まだ7分ほどある。
「ああ、花粉症の季節だものねえ・・・あの奥さん。どうしてる?」
「奥さん?」
「隣の、電話してくれた人」
「心配してたのか」
「えらくおっかなそうにしてドアを開けた」
「隣で、人が刺されてるなんていわれたら誰だってそうなるだろうさ」
「え?・・・それは・・・」
留置人の顔が泣きそうな顔になった。
「どうした?」
「いってないんだよ、俺、そうは」
「そうは、って?」
「刺されているとはいってないんだ」
「・・・なんだって」
畑中は思わず声をひそめた。必要もないのに。
「あの奥さんをへたに怖がらせたら、それだけ電話が遅れると思ったから、ただ血を流して倒れているとだけいったんだ」
「でも、電話する前に覗きにきたんだろう」
「だから、その時だって包丁が刺さっているところは見えないように背中で隠したんだ」
畑中は立ち上がった。
「あんた。ここにいてくれ。おい、君。この人を出すな。カギをかけてしまえ。構わんから」
畑中はそういって走り出た。
――あの女。そうだ、亭主は外出中だといってた。




