殺人犯は?
午後一時過ぎ、時田が東京湾で死体で発見されたとの第一報が警視庁からもたらされ、特捜本部は騒然となった。
「斎木、だれか連れて晴海署にすぐいってくれ。立花部長から話をつけてもらい、向こうの誰に会ってどこまで語っていいか、君らが着くまでに決めておく。着いたら俺に電話をくれ」
斎木はひとつ返事で出ていった。
「兵藤。女の取り調べはどうだった」
「ずっとだんまりでした。寝かせてやりましたから、これからまたやります」
「やはり左翼のアレか」
「調査官の指示どおり公安に写真を送りましたが知らんそうです。よほどの小者か、ひょっとしてその世界には縁のない女かもしれません」
「警視庁がせついて来るが焦る必要はない。あんたのやり方でいいからな」
「はい」
「留置場ではよく様子を見させておけよ。婦警さんにな。ときに、例のお客さんはどうしてる」
「さっきはぶかぶかの柔道着を着て洗濯をしてました。ニーィサン、ニーィサン、オーハナガナガイノネ、なんて歌いながら」
「象さんじゃなくかい。ふむ・・・あ、係のおっさんにあまりに余計なことをいわないようにいっておいて。新聞を見るくらいは仕方がないが」
「わかりました」
「調査官、記者会見14時でいいですか。女を確保したのが知られて押し掛けてます」
田代がやって来た。
「いいよ。浦和からはだれか来るの?」
「いえ。調査官におまかせだそうです」
「あ、そう。それじゃその前に署長と打ち合わせをするから都合を聞いてくれ」
「今日18時、立花部長が県警本部で飛島健一にそのメモリーの完全コピーを渡す予定になってますが、内容については警察では関知しません。ですから中身はおふたりにも敢えて申しあげません。ご不快でしょうが」
「結構です」
署長も坂崎課長もあっさりとそういった。どうせ逆らえない。
「飛島の逆転ですか」
「まずは」
「女の容疑はどう話すんですか」
「メモリー云々には触れません。実際、女はなにもみつけられなかったのですから。ただ現場で不審な行動をしていた。警邏中の警察官が職質を行ったところ、応答に不審な点があったため署で事情を聞いている。女はなにをしていたのかという質問が出るでしょうが、身元も含めて完全黙秘のために現在は不明、といいましょう。時田死亡は警視庁からの情報をそのままに」
「わかりました。16時ですな」
「はい」
畑中は署長室を出た。まだ30分ほどあった。
30分の間に女の取り調べの様子を見、それから留置人に会っておこう。
女は年令はまだ30前にみえた。細面の意志の強そうな顔だった。兵藤が向き合っている。
「眠れたかな? メシはちゃんと食えたかい・・・おーいおい、いつまでそうやってるつもりなんだ。ん?」
女は椅子の背もたれに体をつけ顎を引いたまま押し黙っている。
「写真を公開することになるよ」
女の目が動いた。
「人権蹂躙」
「なんだ、いい声がでるじゃないか。でもね、こちらには捜査権というものがある。殺人が起きた近くで午前2時におかしなことをやって、何処の誰かもいわないヒトをそのまま放免というわけには行かない。わかるだろう? 誰かから頼まれたんだな」
女はそっぽを向いたが明らかに動揺していた。兵藤の筋書きに入ってきている。
「時田今四朗が死んだよ」
女が目を剥いた。
「嘘!」
「嘘じゃない。警察は嘘はつかない。昼前に晴海埠頭に浮いてたところを発見された」
「ほんとうなの」
「可哀想にな。30前だよな」
女の顔が歪んだ。両手で顔を覆うと嗚咽がもれた。
「死因はまだわからない。今、こっちからも人が行っている。解剖してはっきりさせるが、身内に連絡がとれないらしいんだよ。だからあんたに仏さんの確認をとって欲しいんだ。一緒に病院に行ってくれるよな。時田もあんたを待ってるんじゃないか」
女の体が激しく揺れた。
「時田が好きだったんだな。さ、名前をいおうな」
女は泣き続けた。
女、常盤今日子の供述によれば、時田はこう語っていたという。応答がなかったのでノブを回してみたら開いた。すっと入るとカーテンの下に血だまりのようなものがみえ、引いてみると猪俣路子が血を流して倒れていて、その手の先にケースに入ったメモリー・カードがあった。
そのとおりなら殺傷犯はやはり別の者だということになる。情報は聞き込みに出ているすべての刑事に急報され、第三の男の捜索に重点が移された。




