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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
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SDメモリー

「地主夫婦が実にうまくやってくれました。わたしもスーパーの屋上から双眼鏡で見てたのですが、何かを拾ったようには全く見えませんでした。あとで謝礼をしたいと思います」

「うん。感状もだそう。それで出てきたのがこれか。もう聴いたの?」

 立花部長はビニールの小袋に入った切手ほどの大きさのものを摘みながらいった。

「いえ。まだです。これがみつかったことさえ固く口止めしてます。地主夫妻、わたしと斎木それと兵藤という所轄の主任刑事の三人だけです」

「さすが畑中さん。それじゃと、これが聞けるような録音機が要るね」

「私が持ってきました。というよりは息子のものを持って来させたんですが」

「SDメモリー録音機なんて高いだろう。買ってやったの」

「いえ、自分でバイトやって買ったみたいですよ。もう高校生ですからね」

「えらいね。親父が刑事でお袋はキャリアウーマン、よくもまともに育ったもんだ。ふううん」

 立花は心底感心したようだった。

「いえいえ。爺さん婆さんに丸投げですよ」

「そう・・・あ、これ、俺たちが先に聴いて問題ないんだよな」

「問題ありません。飛島健一は物品がなにかを明確にしてませんので、これは捜査権を持つわれわれに聴く権利があります」


 録音されていたものは、予想通り、故飛島達治と大河内記者の対談で、その後に猪俣路子と飛島達治の少々尻がむず痒くなるような会話が続き、そして末尾。

(あら、先生、それまだスイッチが入っているのじゃありません?)

(ああ、忘れてた。これはマックス五時間は録れるんだ)

 そしてOFFとなった。このあとどういう成り行きでメモリーカードが路子に与えられたのか、想像はつくが事実を語れる者はもういない。



「言葉というものは、一部を抜かれるといかにちがったものになるかという見本ですね」

「こうなると、もはやお笑いだな」

 立花は須藤が起こした分厚いレポートを指で叩いた。

「赤ペンの箇所を抜けばそっくり東日バージョンになります。抜くのと足すのでは技術難度に天と地の差がありますし、最後に大河内が語った時刻も、害者が生前に証言していたものと合致してますから、こちらがオリジナルだということは決定的です。こうなると東日バージョンは、大河内が語った終了時刻も後日の加工だったことになりますから、〈だれかが悪戯したのを知らないで聴いてしまいました。2年10ヶ月も前のことなもんで〉というような惚けた言い訳も通りません」

「これは面白くなる」

「部長。いいですか。所有権は害者の弟にあり使用権は飛島健一にあります。これそのものは証拠品として警察が暫時保管するとしても、完全コピーは早々に飛島に渡してやらねばなりません。刑事事件の物証以外の使い道を考えられては困ります」

「わかってる。俺もそういってやったよ」

 ぐはははは。立花は角張った顎を一杯に開いて笑った。

「え、だれにですか」

 畑中が驚いて聞き返した。

「道川さんと長官にだ。電話が来たんだ」

「いつですか」

「今朝、あんたと一緒にこれを聞いた直後。別室で須藤君がワープロを打っている最中だな。おいおい、畑さん、そんな顔をするなって。元愛人が殺害された現場に東日と裁判を争っている息子が弁護士を連れてやってきて警察になにやら注文をつけていた。代議士は用心深い人だったから、あの時点でぴんと来た連中は多いんだ。おまけに時田が、逃げた畑の中を深夜にごそごそやっていた女が捕まったとくれば、東日はもう戦々恐々だ」

「部長」

「とにかくコピーを取ってくれ」

「取りますが部長にはお渡しできませんよ」

 固いことを・・・

 立花の口がそのように動いた。それまでひっそりとふたりの話を聞いていた須藤が、おずおずと口を挟んだ。

「大河内は、代議士も密かに録音していた可能性は考えなかったのでしょうか」

「いや。疑ってはいたと思う。だから、初めは週刊誌などを使って様子をみたんだ」

「東日はもうなにか探りをかけてきてるのでしょうか」

「長官の口振りだと来たみたいだな。東日も大河内に振り回されたのだろう。とはいえ、ああまで頑張ってしまった以上、やつの首ひとつを切るくらいではすまんだろうな」

「他にはどなたが」

「東京と埼玉の知事閣下だ。直々に来たよ」

 畑中は須藤と顔を見合わせた。もう局面が単なる刑事事件ではなくなっている。換言すれば立花の好む政治がらみの状況である。

 畑中は、心中でにやりと笑った。ここは貸しを作っておいた方がよさそうだ。

「部長。ご指示を承ります」

 畑中は大まじめな顔で気をつけの姿勢を取り、立花の目をまっすぐに見ていった。立花は畑中に見透かされたことを悟って少し赤い顔になったが、持ち前の自制心を動員して、「なんだい」と、少し鼻白んだ顔でいった。

「畑さん、今、俺に説教をしたじゃないか。飛島に権利があるのだと」

「指示了解しました。ではすぐに完全コピーを作らせます。飛島健一にはでき次第、部長から手渡してください。わたしから連絡をしておきますから」

「はあい」

 立花はうらめしそうだった。それも演技だということは畑中にはお見通しである。立花もそれを知っていて演っている。畑中は須藤を見てから、こそりと笑うと、ポケットからカセットテープを取り出して立花の前に置いた。

「対談の箇所だけですよ。ただし飛島側が公表する前だけはお控えください」

「指示了解しました」

 立花はテープを自分の内ポケットにしまうと、にやりと笑った。須藤はもう堪えきれないというように体を折って噴き出してしまった。


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