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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
16/21

麦を刈る

「あ、やっぱり」

「なにがだ」

 広さが5、600坪ほどの畑地だが、遊休農地でないと証明するためと土埃が立つのを防ぐために麦が一面に植えてあった。ある程度伸びれば青刈りしてそのまま肥料にするだけだから一部を刈り取らせて欲しいと申し出ると、地主は直ぐに了承してくれた。写真には緑の絨毯に柄の長いシャモジを置いたような刈り取り跡が映っていた。

「飛び下りてすぐに道路の方に逃げたんじゃないんだ」

「ああ。迷ったんだろう」

 飛び下りた場所だけ小さなピッチャーマウンドくらいに刈り取ってあった。そこの足跡が四方に乱れている。

「どっちに逃げようかってかい」

 留置人はそういって薄く笑った。刑事達は黙ってしまった。

「なんで飛び下りたかを考えると、答えはひとつしかないと思ってた。あっちのスーパーの駐車場に車を置いてたんじゃないかとね。あそこは無料で管理人もいない。畑を横切ればずっと近いからね」

「それは俺たちもそう考えたよ。あんた強そうじゃないしな」

「へへ。だったら、どっちに逃げようって迷ったというのはおかしいよね」

「・・・あんた。なにか知ってるのか」

「やつはなにか捜し物をしたんじゃないかな。飛び下りる時に落としてしまったものをさ」

「帽子か」

「そんな証拠になりそうな帽子?」

「いや、ありきたりのもので、汗からとった血液型A。それだけだ」

 捜査情報をもう平気で語っていた。

「でも、この足跡、帽子に向かってるかい」

 向かってなかった。落ちた帽子はコンリートの上だから時田にも見えたはずなのだが、足跡はそこには向かってない。畑中はがんと体を殴りつけられた思いだった。

「実演をさせられた時からなにかひっかかってたんだが、それをさっき思い出したんだ。時田が手すりを跨いで角の柱に掴まって下をみたその時に、こうやったんだ。左手で押さえたのは帽子じゃなかった。ごめん。あっち向きだったけど肘の角度から絶対こうだ」


 留置人は立ち上がると、右手で柱を抱え、左手で胸のポケットを押さえる仕草をしてみせた。

「水たまりを跳びこえたとたんに、シャツの胸のポケットからなにか飛び出したって経験ないかなあ。おれはあるよ。だから跳ぶときは俺もああする。ちょっと重い大事なものが入っているような時はね」

「調査官、俺はいつか定期入れを飛ばしたことがありますよ」

 斎木がそういい、兵藤もうなずいた。

「なにかは知らないけど落としたのじゃないかな。麦が密集してるところだったもんで、なかなかみつからない。上じゃ俺が隣の奥さんの部屋をドンドン叩いて電話電話と騒いでいる。時田は慌てたろう」

「調査官」

 斎木と兵藤が同時に立ち上がった。ポケットの中のもの。それこそが飛島健一が受け取りに来た物品ではないか。健一の来訪に備えて害者はそれを取り出して待っていた。もし、その前に刺されていたのだとすれば、出血のために意識が朦朧としていて、入ってきた時田を飛島健一と間違えて差し出したかもしれないのだ。

「待って待って」

 留置人が手を上げてふたりを止めた。

「うん。待つんだ。ここからは俺にも少しいいところをいわせてくれ」

 畑中が苦笑いをしながらいった。

「もしもそれがまだ畑の中にあるのなら、時田か仲間が必ず探しに来る。あそこの警備が解除されるのを待っているんだ。ワナをかけよう。警備を解いてみせて現場におびき寄せて押さえる。どうだ。あんたもこういおうと思ったんじゃないのか」

「やっぱり畑中さんだなあ」

 留置人が真顔でそういった。

 斎木がいった。

「わかりました。しかし、まだあるのなら、なんとか先に見つけてしまいたいですね」

「こうしよう。捜査員に農家の父ちゃん母ちゃんのフリさせて探さそう。麦刈りさせるんだ」

「畑中さん。それはだめ。手で刈るのは素人じゃ無理だよ。時田がどこからか見てたら絶対にばれるから。農家の人に頼んだらどう? でっかい籠でも持ち込んで、少しベコのエサに刈り取るかーみたいなフリしてサ。立番のお巡りさんに許しをえて、このあたりだけちょっと刈っていいだかネと」

「いいだかネと。ほうほう、なるほど」

 刑事たちはそろってうなずいた。


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