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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
15/21

仲間?

 廊下に坂崎、兵藤など、残っていた5、6人の刑事達が集まった。

「俺はこう来ました。このくらいの速さの歩き方で」

 留置人(とまりきゃく)は灰色の廊下を表札を探す様子で歩いてみせた。

 ――こいつ・・ふざけやがって、という目になった刑事もいた。

「畑中さんが俺になって、扉がばんと開いたらこう一歩下がって。俺はそうしたからね。じゃ中からやるよ」

 念のために、刑事がひとり留置人と一緒に資料室に入った。

 数秒後いきなり激しくドアが中から開けられ、同時に吸い出されたような勢いで男が中から現れて畑中と対峙した。男は一瞬、動きを止めたがすぐにくるりと向きを変えると背中をみせて走り出した。5メートルほど行くと止まり、手すりに手を掛けるそぶりをした。

「終わり。疲れた」

 留置人は照れたように、ずらずらと足を退きずりながらもどってきた。

「帽子は」

「あ、演技ミスだな。ええとね。手すりを越えるところで脱げ掛けて、こう左手で押さえたようだったが。落ちてたの?」

「ああ。真下に」

「あ、そう」

 留置人は頭をひねったがすぐにもどした。

「どう? 中で靴を履く余裕があったら、扉を開けるときはもう少し慎重に開けるのじゃないかな。特にああいう廊下に開く扉はね。危ないから。だから土足で上がり込んでいたというのならわかるんだ」

「どうですか、坂崎さん」

 畑中がふり返っていった。

「一考の余地ありですな」

「あんた。今の実演だが」

 兵藤がいった。

「男が出てきたとき、こんな風にはしなかったのかね」

 兵藤は靴のカカトを入れるように爪先で床をとんとんと叩いてみせた。

「やってたらそうやったさ」

 あ、そう。兵藤は黙ってしまった。

「よし。応接室にいこう。兵藤。靴の写真、鑑識からきてたら持ってきてくれ」

 さすがに捜査本部になっている大会議室には連れていけない。


 三階の応接室に留置人(とまりきゃく)と皆が入った。

「足跡から割り出した靴だそうです」

 どれ。畑中が写真を受け取ると皆も横からのぞき込んだ。

「ヒモで結ぶやつです」

「でも履き慣れた靴で、少しひもを緩くしてればぱっと入りますよ。指一本、片方に三秒、さっさっ、と合計六、七秒くらいで」

 できるかもな。斎木が同意した。

「でもね。ずぶずぶの畑の中を走るのにそんなゆるゆるとした靴だと脱げないかな。ま、みな俺の感覚だからさ」

「そうだとしてどうだというんだ」

「え、ああ」

 留置人はまた耳のうしろを掻いた。

「ヒマだから色々考えたんだけど」

 そういって気弱そうに周りをみた。

 畑中は坂崎に言った。

「坂崎さん、また小人数だけで話をさせてもらえますか」

「わかりました。じゃ、兵藤主任」

 坂崎は兵藤を指名するとあとの刑事たちを連れて引き上げていった。

 長いすに留置人(とまりきゃく)と兵藤。向いのソファに畑中と斎木が座った。

「あんたの考えを聞かせてくれ」

「俺がいうの? わかってるくせに」

「とにかくたのむ」

「ひとつは玄関で刺した。もうひとつは、中に入った時あのヒトはすでに刺されていて、カーテンを引いてみて驚いて逃げた、だろう?」

 皆の目の動きが止まった。畠中が兵藤に肯いてみせた。

「よし。まず玄関で刺したという説だ」

 兵藤は紙を出すと素早く部屋の見取りを書き、そこに、倒れていた害者の人形を書き込んだ。

 警察ってのは絵のうまい人が多いんだなあ、と留置人が長閑にほめた。

 書き終えた兵藤がいった。

「その場合、問題は指紋がない受話器と包丁ですが、受話器は遺失物を届けた直後に害者自身が拭いたのかもしれません。きれい好きな人だったそうですから。包丁はたまたま害者が持って出てきたか。料理中だったという形跡はないのですが、例えばヒモを切ろうとか包み紙を切ろうとかハサミやペーパーナイフなどが手元にないとき、包丁を使うことってありますよね。僕なんかよくそうしますよ」

「そうなのか」

 畑中が聞いた。――俺はしないぞ。

「ええ。斎木もやるだろう?」

「やる。うちの女房もやる」

 ――あきれたな。刑事(でか)の女房だぞ。

「でも、それを手に下げたまま玄関口に出るかね。仮にそうだったとしても時田がそれをひったくって刺したというのは乱暴だな」

 畑中がいった。仮定が乱暴なのと刺したのが乱暴なのを掛けていったつもりだった。

「だったら俺たちみたいにビニールカバーを履いて入ったらどうでしょう。市販されてますから」

 兵藤がいった。

「あ、あれならぱっと手で外してポケットにねじ込めるな」

 斎木が応じた。

 留置人がまた耳のうしろを掻きながら口を挟んだ。

「でも、宅配でーすといって中の人に開けさせて、あとどうする?」

「あと? あ・・・」

 兵藤は言葉に詰まった。

「はいどうぞとあの人が、色が白くてきれいな人だったな、可哀想に・・・時田はドアの中に入ってポケットから、がさがさとビニール袋を取り出して靴にかける。あら、あんたなにやってるの? そういわれるよね」

 ふう、と兵藤は息を漏らした。害者は41才、水商売となれば普通の女より腹は坐ってるだろう。時田がもぞもぞとおかしなことをやれば黙ってはいまい。大声をあげれば隣には住田陽子がいたのだ。兵藤がいった。

「それじゃカバーはなかったとして考えましょう。そうすると」

「第三の男だ」

 斎木がいった。

「俺もね、それを考えてたんだ」

 いつのまにか留置人(とまりきゃく)は刑事の仲間になっていた。

「第三の男については目撃情報が皆無だが、状況的にありうるのか」

 畑中が斎木と兵藤に聞いた。

「時田やこの立花さんの姿でさえ通報前はだれもみてないんですからね。たまたまかもしれませんが空白の時間帯だったんです。ありえますね」

「あ、そうなの」

 いったのは畑中ではなかった。

 ――こいつはほんとうに仲間だなあ。

「死亡時刻はどこまで遡れるの?」

「出血の凝固などから、あんたが見た時より15分前までの幅はあるそうだ。つまり午後3時50分だな」

 所見は、一番先に流れたとみられる血液の凝固などからみて、発見された時刻よりも15分前までは致傷時刻を遡れるということだった。そのことはもちろんすべての捜査員に伝えられ、逃亡した時田と平行して別の人物を目撃していないかも探るように指示されていた。しかし、時田を本命としているだけに重きに欠けるきらいがあったのは否定できない。

「他にはなにかないかな」

「いやあ、それがさっき実演やったとき」

 留置人は腕を組んだ。

「なんか、他にもあったような気がしたんだが、俺あんまり頭がよくないからなあ」

 こいつ。小出しにして只メシを食ってやろうというのじゃないだろうな。

 斎木と兵藤の顔がそういっていた。

「よし、思い出したらまた頼む」

 畑中が腰を上げようとした。

「あ。思い出した。ごめん」

 留置人がぱんと手を叩いた。体つきに似合わず指は太い。肉体労働もやっているからなのだろう。

「あのね。あそこ、お巡りさんまだいるの」

「現場保存ということかね。やってるよ」

「24時間?」

「あと二日はそうするつもりだ。なにか」

「畑の写真あるかな。上から撮ったやつ」

 男の顔に何かが浮かんでいた。

「斎木、写真と地図を借りてこい」


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