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奇妙な留置人  作者: 伊藤むねお
10/21

時田今四郎

「斎木。あの男の言葉というか訛り、どこかで聞いたことないか」

「いえ。誰ですか」

「今、署長室に来てる人だよ」

「え、部長ですか」

「そう。ちらっと同じような抑揚を聞いた気がしたんだ」

「わたしは部長は標準語を話してるようにしか聞こえませんけど」

「いや」

 畑中はにやりと笑った。

「時々出るよ。さて、本物の立花さんはなんの用でしょうか」


 署長室に畑中が入ると、立花部長がかしこまった署長と坂崎の向かいのソファにかけていた。立花はいつものように制服を着ていたが、角張った顎によく似合う。そのうしろの補助イスにいた配属になったばかりの若い須藤管理官が畑中に黙礼した。

「掛けてくれ」

 立花は畑中に自分の隣を指した。畑中が腰をおろすと、斎木は坂崎の横に兵藤も隅からイスをもってきて署長の横に掛けた。

「逃亡した男の身元が割れた」

 いつものとおり前置き抜きで立花がいった。

「ほう?」

「公安から情報が入った」

「公安から・・・なにものですか」

「学生運動家上がりの男で、時田今四朗、29才。逮捕歴はないのだが公安がマークしていた」

「左翼ですか」

 畑中は眉をひそめた。ただの怨恨、物取りではないということなのか。

「害者との関係は?」

「わからん。害者についても公安が情報をくれた。2年前に急死した飛島達治代議士の愛人だった」

「それは知ってます」

「ほう。もう調べが進んだの」

「実は、元代議士の息子とその顧問弁護士というのが現場にやってきたんです」

「それはまたお早い到着だな」

「それなんですが、部長があしたこちらにお出でになったら報告するつもりだったですが、丁度よかった」

「ああ丁度よかった」

 畑中の無礼といえなくもないつっこみを立花は巧みに受けた。互いに慣れているらしいと、皆はほっとしたように頬を崩した。畑中がさっきの弁護士との一件を語ると立花の眉が寄った。

「ブツは結局あったの」

「いえ。みつかりませんでした。畳も全部上げて天井裏までみたんですが。カードと一緒にもって行かれた可能性が高いですね」

「物はなんだって」

「それが、中身を確認するまではいえない。係争中のことと関係するからと。たしか飛島健一は今、東日新聞社と争ってますよね」

「録音メモリーの真贋でな。それか?」

 立花が声をひそめた。畑中はうなずいた。

「わたしもそう尋ねましたが弁護士は答えませんでした。が否定もしません。ですから恐らくそうなのでしょう。この位のサイズと厚味ともいってましたから、誤差もみて、録音テープ、CD、あるいはメモリーカードでしょう」

 立花は暫く黙って考えていた。

「それはおおごとだな。じゃこうか。約束の時間が迫っていたから害者はどこからか取り出して待っていた。それをひと足先に時田がカード入れと一緒に奪って逃げた」

「そうだろうと考えてます」

 ふううん。立花は低くうなった。

「だが畑さん。息子と弁護士が直々に来たほどだ。害者がそういうブツを持っていたことは秘密にしていたのじゃないのか」

「息子はそういってましたが」

 畑中はそういってから、代議士の息子が、同じように、「が」といって考え込んでしまった表情を思い浮かべた。

「息子さんは選挙事務所にいて、害者から電話をもらった時はしゃいでしまったそうで、事情を知っている者なら察しがついたでしょう、そういって暗い顔で考え込んでいました」

「身内に裏切者がいたんでしょうか」

 斎木がいった。

「でなければあれだ」

 立花がむすっといった。

「盗聴器ですか」

 畑中がいった。立花はあいまいに首を振り、

「なんにせよ山梨県警の仕事だな、そいつは」と放り出すようにいった。

「時田の話をお願いします」

「お、そうだったな。須藤君」

 立花は疲れたというように腕を組んで目をつぶってしまった。

「はい」

 時田今四朗はコンピュータやITの専門家でサイバーテロの組織立った手法を確立した男とみられている。以前アジトに警視庁の公安が踏み込んだとき、ハードソフトともかなりのレベルのものが揃っていて専門家が驚いたという。またCG技術を駆使して作った巧みなニセ画像がみつかったことから、これまで何度かネットを騒がせた、『密談する総理と野党党首』という類のCGは時田の手になるものだと警視庁ではみているという。

「そして、皆さんもご存じでしょうが、3ヶ月ほど前に突如として、『故飛島代議士、幻の新党計画』という記事が東日系の週刊誌に出ました。自党を裏切ろうと考えていたというのですね。飛島家は東日に抗議し、裁判沙汰になりました。東日側は証拠として、代議士が急死する少し前に東日の大河内記者と対談した時の録音メモリー・カードを公表しました。たしかに内容は東日の記事を裏付けるものでしたが、飛島側はそれは加工されたものだ。いかに旧知の政治部長の紹介があったからといって、初対面の記者にそれも録音許可を与えた上でそのような重要なことをべらべらと喋るはずがない。加えて対談した時に別室にいた愛人の猪俣路子が、実際の対談よりも録音時間が二十分も短いと証言したことを上げ、都合の悪いところを巧妙にカットして全く主旨に沿わないものを作り上げた。最後の終了時刻も、時間を合わせるために後になって大河内が吹き込み直したものだと主張しましたが、東日は、身内の者の証言は証拠にはならず、また代議士は酒気を帯びていた、そのような根拠の無い言いがかりは当社の名誉を傷つけるものだと切り返し、結局、争点はメモリーカードが加工されたか否かに絞られたのですが・・・」

 デジタル化されたメモリーは、それなりのツールと技術があれば痕跡が見いだせないような加工、短縮や前後の入れかえは十分に可能だというのが多くの専門家が証言するところだった。そして実際の鑑定でも、加工の痕跡はみつからないとされた。

 須藤が語った経緯は新聞や週刊誌が報じていたので、一同もおよそのことは知っていた。

「もうひとつ、飛島側が怒り不審だとするのは、それが対談から2年10ヶ月も経ってから出たということ、それも息子健一が父親の地盤を継いで与党の公認候補として出馬するという意思表明をした直後だということのようです。部長、ここまででよろしいでしょうか」

 健一は最近いわゆる新保守派の論客として声望を固めつつあったので、革新を標榜する東日としては、一発出鼻をかましておきたかったのだ、と保守系のメディアはいっていた。

 うん。立花が重そうに目を開いた。

「前の総理は飛島代議士の盟友だったから、かなり怒っているらしい。・・・東日に対してだよ。メモリーは、あれは・・・」

 その先はいわずに立花は口を閉じた。

 それをみた須藤が言葉を継いだ。

「それから、時田の消息は、だいぶ前から切れてたそうです」

 ふむ。立花が肩をゆすった。

「ちゅうような背景もあり、早急に時田を押さえたい。ついてはスナック経営者殺害の重要参考人として時田の顔写真を公開する。不都合があれば聞きます」

「いえ。ありません」

 畑中が答えた。

「よろしい」

 

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