義子達が勇者になってしまった
鳥の囀りと暖かな朝の日差しで、シンクは目を覚ました。
「お、重い……」
重い瞼を擦ろうにも腕には温かいなにかが纏わり付いて動かせず、胸の辺りにも何かがありとても重い。
「ユン、ユエ朝だぞ」
「「ん、ん~」」
左腕を枕として寝ていた幼女、ユン。
そして右腕を枕として抱きシンクの胸で寝ていたのはユエ。
「おはうぅ、ぱぱ」
「おははぁ、ぱぱ」
二人ともまだ眠いのか目が完全には開いておらず眠そうにしながらもシンクへ朝の挨拶をする。
そしてまた眠りにつく。
「おいおい、寝るな二人とも。ご飯いらないのか?」
「「ごははぁいるー!」」
シンクの一言で二人は意識を覚醒させ飛び上がった。
二人が飛び上がると布団に隠れて見えなかった水色の髪と青色の髪が露になる。
「ぱぱいこぉー」
「ぱぱいここー」
二人は扉に駆け出し、慌ただしく部屋を後にした。
シンクもベットから起き上がり寝巻きから着替え部屋を出た。
シンクの住んでいる家は二階建てで、シンクの部屋は二階にある。
ユン、ユエの部屋も同じ二階にあるのだが小さい二人は夜になるとシンクの部屋に来てそのまま朝を迎える。
最初はシンクも二人だけで寝かせようとしたが、どうしても寝ないのでシンクは諦めた。
二人の後を追いシンクは一階に下りた。
リビングにあたる部屋の扉を開けると部屋からは芳ばしい匂いが飛び込んできた。
「あっ、おはようパパ!今日はマオナもご飯作るの手伝ったんだよ!」
シンクが部屋に入ると声を掛けてきたのはまだ十二歳くらいの赤髪の少女、マオナだ。
「おぉ、そうか。偉いなマオナ」
差し出してくる頭に手を置きシンクは優しく撫でた。
手が動く度にマオナは口元を綻ばせ嬉しそうにする。
大人っぽい所の多いマオナだがまだ甘えたい年頃だ。
何かあるとこうやってシンクに甘えるのがマオナの可愛らしい所だ。
「えへへ~。ありがとパパ。席に座ってて。すぐに運ぶわ」
「わかった」
大きなテーブルには椅子が八つ。
シンク、ユン、ユエが既に座っており、少ししてキッチンの方からはマオナ、そして金髪の長身の少女カリエナが料理を運んできた。
「おはよございます父さん」
「おはようカーリー。いつもありがとう」
「いえ、私が一番歳が上ですから。それに、私がやりたくてやってるので気にしないでくさい」
カリエナの歳はまだ十七歳。
だが、シンク家の中では三十一歳のシンクを除けば一番歳が上だ。
「リリエ、エレン、カールは?」
「三人はもうすぐ帰ってくるはずですよ。先に食べてしまいますか?」
「いいや。三人を待とう。久しぶりに全員で朝食を摂れるからな」
「ぱぱおななかすいたー」
「ぱぱおなかかすいたー」
目の前で湯気をたてる朝食に我慢出来ないのだろう。
ユン、ユエは涎を我慢している様子。
「我慢だ二人とも」
「「えぇー」」
いつもはシンクの言う事を聞く二人だが、ご飯になるとこの限りではない。
「我慢できたら今日はどこか連れて行ってやるぞ?」
「「がままんー」」
二人とも我慢してくれそうでシンクは家族全員で食事を出来る事に安堵する。
「パパ私もいきたいっ!」
「そうだな。折角だし全員で出掛けるか。カーリーは用事とかあるか?」
「大丈夫です。それに、用事があっても父さんと出掛けるほうが大切ですから」
シンクの提案に目をキラキラと輝かせる二人。
「用事は大切にしろよ」
「いえ、父さんとの時間が私にとって一番ですから」
「マオナもだよパパ!」
「お、おう。ありがと?」
などと、他愛ない会話をしていると家の戸が開かれる音がした。
足音は複数。迷うことなく真っ直ぐとシンク達のいる部屋へと入った。
「ただいまー。今帰りました」
「つかれた~。お腹すいたー」
「只今帰りました。待たせていたみたいだね」
最初に入ってきたのはまだ十一歳のリリエ。
次に入ってきたのは十四歳のエレン。
最後に入ってきたのは十二歳のカールだ。
「待っててくれたの皆?」
「はい。父さんが折角だから待とうと言うことでしたから。三人とも汗を拭いて席に着いてください。ユンとユエも我慢してくれてますから」
「はーい(はい)」
シンク家全員が揃い、テーブルを囲む。
「じゃあ全員揃ったし食べるか。いただきます」
「「「「「「「いただきます!!!」」」」」」」
食事の挨拶を皮切りに全員が一斉に料理に手を伸ばす。
勢い良く食べるのはエレン、リリエ、ユン、ユエだ。
逆にゆっくりと口に運ぶのは、カール、マオナ、カリエナ、シンクだ。
「おいしし!」
「おいいし!」
勢い良く口に放り込みユン、ユエは素直な感想を言う。
それに続いてカリエナ以外の全員も毎度のこと美味い料理に舌鼓を打つ。
「最近また上達したんじゃないか?」
「そうですね。極力野営はしないようにしていますが止む終えなくって時はあります。その時に美味しくないご飯を食べるのは嫌ですから。少ない食材と調味料で美味く作れるように試行錯誤してますから。それに、父さん達にも美味しいご飯を食べて欲しいですから」
カリエナの料理は全てプロレベル。
シンクも料理は出来るがカリエナには遠く及ばない。
最初の頃はシンクが作っていたが、最近ではカリエナが作っている。
朝食を終えるとシンク家の面々は各自部屋に戻った。
出掛けるのは昼前と決まり、それまで各自自由となった。
マオナはカリエナに料理を教えてもらい、ユン、ユエは自室での人形遊び、エレンは自室の掃除、カールとリリエはシンクに勉強を教えてもらい時間を潰した。
時間となり家の前にはシンク家全員が揃っていた。
シンクとエレンはTシャツに長ズボンとラフな格好、カールは白い上着とズボンを着こなし、ユン、ユエは色違いのワンピース、リリエは白を基調とした上着にショートパンツ、マオナは赤い薄着と黒のミニスカート、カリエナは白のロングスカートに水色の上着を着て集合した。
「どこか行きたい場所はあるか?」
「父さんの行きたい所でいいですよ」
「そうだな……ユン、ユエ行きたいところあるか?」
「ユンはおよよふくほしー」
「ユエもー」
「では、ついでに父さんとエレン、カールの洋服を見に行きましょう」
「姉貴俺のはいらねーよ」
「それはエレンに同意だな」
「僕もエレンと父さんに同意です。服はたくさんありますから」
「そうですけど、いつも同じような格好じゃないですか」
シンク、エレン、カールは互いを見合って、
「「「でもな(ね)~?」」」
「行きますよ」
「お父さん、兄さんいくよ」
「にぃ、カール行くよ。パパも!」
「「おかいものー!」」
男三人を無視し、女性陣は街に向かって歩き出した。
シンク家は街から離れた場所にある。
歩いて三十分程の場所に家は建っており自然に囲まれている。
「おかかいもの~」
「おかいいもの~」
道中、ユン、ユエの元気な歌や、リリエ、マオナの歌を聴き進んでいく。
シンク達の向かう街、カリステルノの付近では鉱石などが多く採取され、カリステルノでは鉱石を使った工芸品が有名な街だ。
また近くにあるエワールという街では高品質の糸が多く出回っており服が有名なだ。互いが近いということもありカリステルノでは品質の良い服が流通している。
「街に来るの久しぶりだな。いつぶりだったか」
少し前に街に来たことを思い出そうとするシンクにカリエナが答える。
「約二ヶ月ぶりです。父さんはあまり街にはいきませんからね」
「一人で行っても悲しいだけだしな。それに行ってもやる事がないからな」
「本当は一緒に出掛けたいんですけど、仕事が忙しいので申し訳ございません」
「謝る事は無いさ。お前達が働いてくれて嬉しいよ」
何気ない労いの言葉にカリエナは珍しく無邪気に笑った。
シンクはまだ子供なんだなと内心思い微笑んだ。
ゆっくりと歩く事四十分、シンク達は遂に街へと到着した。
「賑わってるな」
「もうすぐ英果祭ですからね」
英果祭はこの街から誕生した一人の大英雄、シーザスを讃えて行われるビッグイベントだ。
シーザスは世界を救い、生まれ育ったこの街に英樹と呼ばれている伝説の木を植え幸運を齎したととも言われている。
三日間行われる予定の英果祭に向けて街は目まぐるしく動いている。
準備の期間だというのに街は賑わっている。
「じゃあパパ達の服をえらぼー!」
「「「「おおー!」」」」
「「「お、おぉ……」」」
女性陣と男子陣の間には大きな気分の差がある。
三人は服に興味がないわけじゃない。
でも、おしゃれをしたいと思っているわけでもない。
まず、おしゃれは女性がするのが一番と三人は考えている。
テンションに差はあるものの、八人は街でも有名な店に来ていた。
「わぁ、これ父さんに似合いそうです」
「私はお父さんにはこれだと思います」
「パパにはこっちだと思うなー」
「「これれー」」
入店してから二時間。
最初の一時間はエレンが、一時間後にはカールが着せ替え人形とされ今二人はぐったりとソファに倒れている。
そして、今シンクに迫るは服を手に持ったシンク家の女性陣。
一歩、また一歩服を持って近付いてくるカリエナ達に対しさっきまでの状況を見ていたシンクは一歩、また一歩と後ずさる。
「やばっ!?」
シンクは気付かないうちに壁まで追い込まれており、逃げ場は無い。
「こうなったら……」
右手をさり気なく下から上へと動かす。
人は突然動くものがあれば目で追う。
五人はシンクの動く手を追う。
「いまだっ!」
五人の視線がシンクから外れた瞬間、シンクは身を縮め五人の間を抜けるために走り出した。
------が、
「パパダメだよ?」
「お父さん鈍ったんじゃない?」
マオナとリリエに服を捕まれ脱走は呆気無く失敗に終わる。
「笑顔が怖いぞ……?」
逃げようとしたシンクを見る五人は笑顔だ。
しかし笑顔の奥には黒い何かが垣間見える。
「「「「「そんなことないよ~?」」」」」
二時間、シンクは着せ替え人形となった。
「つ、つかれた~」
「だな」
「ですね」
店を出た男性陣は全員が疲労困憊の表情。反対に女性陣は全員が満足顔だ。
手には大きな紙袋を持ち好みの服も買えた様子だ。
「はぁ……飯いくか」
「「ごははぁー!」」
シンクの提案に一番に反応したのは最年少のユン、ユエだ。
他も異言はないらしく近くにあった店に入店した。
大家族用のテーブルに腰掛各々の料理を頼んだ。
「たのしみー」
「ユエもー」
二人からはワクワクと擬音が聞こえてきそうな雰囲気が出ている。
店内からは良い匂いが漂う。
匂いだけでも当たりを引いたとわかる。
「楽しみですね父さん」
「そうだな。店内の雰囲気も良いし次もここに来るか」
料理が運ばれてくるまでそれぞれが料理を想像しながら談笑に華を咲かせる。
そして、中々早くに料理は運ばれてきた。
運ばれてきた料理は彩りよく見た目はとてもいい、そして匂いも申し分ない。
「美味そうだな」
「そうですね」
「よしいただきます!」
「「「「「「「いただきま━━━━」」」」」」
キィィィン!
キィィィン!
キィィィン!
いただきます。
シンク家お決まりの食事の挨拶が終わる寸前、甲高い音が響いた。
キィィィン!
キィィィン!
キィィィン!
再度甲高い音は響く。
キィィィン!
キィィィン!
八回目、ようやく音は止まる。
「八回、ですか」
「やばいな。今街に来たら怪我人が多く出るぞ」
水唱鐘。
今鳴り響いたのは水唱鐘のものだ。
ある程度大きな街には四つの鐘がある。
風唱鐘、炎唱鐘、空唱鐘、水唱鐘だ。
四つの鐘は街にモンスターが近付いてきたときや災害時に鳴らされる。
水唱鐘の場合、大多数のモンスターが街に近付いてくる時に鳴らされ、鐘の鳴らされる数は危険度を示す。
八回、それは下手したら街の半分が壊滅しかねない危険度。
「でも冒険者の人も多くいるんじゃない?」
「いや、逆だ。今は準備のため冒険者は街外に出掛けているはずだ。いつもより少ないと思う」
「ごははんはー?」
「ごはんんはー?」
危険が迫っている事は二人も理解している。しかし食欲の方が勝るのだ。
「お預けだな。それにご飯どころじゃないぞ」
「うー」
「やー」
瞳には煌く雫がたまる。
「ユン、ユエ、モンスターを倒したらすぐに食べれるわ。お腹すいてた方が美味しく食べれるし一杯食べれるわよ?」
涙を瞳一杯にためるユン、ユエをなだめる様にリリエは言った。
「ほんんと?」
「ほんとと?」
「そうだよ。ね、お父さん?」
「ああ。お腹が空いてたらご飯は美味しくなるぞ」
「デザートあるる?」
「あるるの?」
「あぁ、デザートもたくさんあるぞ」
「「いってくる!」」
二人は飛び上がり門へと駆け出した。
「では、父さん行ってきます」
「パパ行ってくるねー。帰ってきたら撫でてね」
「八回か~。楽しみ!」
「俺疲れてるんだけど……」
「同じくです……」
それぞれの思いを吐き出し五人もユン、ユエに続いて門へと走り出した。
普通なら大変な事だ。
けど、今この街には勇者がいる。
魔王を討った勇者の七人が。
「俺の義子達は強いぞモンスターども」
シンク家の大きな秘密。
それはシンクの子供達全員がシンクが若い頃旅している時に引き取った子供で血が繋がっていない事。
だけど七人はシンクを実の父親と慕う。
七人にとっては勇者になった今でもシンクは命の恩人であり憧れ。シンクを見て育ち勇者にまでなった子供達。
シンクは誇りに思う。
今では勇者で各地に出向いていて多忙な子供達を。
シンクは信じている。
弱い人達を助けれる優しい子達だと。
だから身は按ずるが心配はしない。
勇者は強いのだから。