7
暗いところにいた。
「嫌い」
そう言われた。母さんや他の人は、能力がある僕を怖がった。
痛かった。悲しかった。
泣いたら母さんは怒るから、そのうち泣かなくなった。それでも母さんは怒った。
笑ったら母さんは泣くから、笑わないようにした。母さんはもっと泣いた。
能力があるから、母さんは僕が嫌い。
だから、僕は、僕が嫌い。
眩しい。
明るいところ。……なんで僕はここにいるんだっけ。
「ん……」
耳元から声が聞こえる。見ても何もない。
……?
起き上がる。辺りを見回すと、そこは薄桃色の部屋だった。ベットに、机に、勉強道具。監視カメラ。
机の上にある写真は、男と女、それと小さな女の子が二人写っていた。……一人、見覚えがある。昨日話した鈴によく似た小さい女の子。
そうだ。ここは鈴の部屋だ。
そして、さっきの声の主も鈴だ。
だとしたら、何処にいるのだろう。
ベットに手を置こうとすると、ふと柔らかいものに触れた。
「んっ」
何もない空間に感触と声。……ここに鈴がいるんだろうか?
「んぅ……んん……?って、きゃあ!?」
どん、と衝撃で僕はベットから落ちた。
「あっ、ご、ごめん!でもえっと、その、寝てるときにそういうのは……!って、いやいや……!寝てなくてもダメだよ!!」
声がする。僕は首をかしげて何もない空間を見た。
「あれ……?…………あっ!そっかそっか。ちょっとまってね……」
声のする空間に歪みが生じる。じっとそこを見ていると、昨日となんら変わりない姿の鈴がそこに現れた。わずかに頬を染めた鈴は「ごめんね」と言って僕のことを見てくる。
「え、えーと。驚いた?」
こくり、頷く。不思議だ、何もないところから人が現れるのは、聞いたことがない。
「私の能力なの、これ。透明になる能力って言えばいいかな。寝てる時だと、勝手に発動しちゃうことがあって」
納得した。
他の能力を見るのは初めてで、何故か体のどこかが痛んだ。ぐっと眉を寄せる。
それを鈴はお腹が空いてると認識したのか、「すぐ朝ご飯作るね」と部屋の奥にある台所へ向かってしまった。ぼうっと、何かを言おうとその後ろ姿を見ていたけれど、何も浮かんでこないので口を閉じた。
狐色のトーストにチーズ。その上に赤いトマトとベーコン。
「簡単なものだけど」と鈴は言っていたが、おいしかったのでおいしいと言った。鈴は顔をほころばせて「良かった」と言っていた。
「今日は生くんに機関の施設を案内しようと思ってるんだ。この前行った食堂以外にも、訓練室、図書館、大浴場なんかがあるの。他にも能力者それぞれに割り振られた施設もあるし……生くんもそのうちもらえるんじゃないかな」
楽しそうに話す鈴の言葉に、体が強張るのがわかった。
「……訓練室って」
「ん?」
「訓練室って、能力の?」
ぱちぱちと鈴が瞬きをする。僕がどんな顔をしているかはわからないが、僕の顔を見て鈴が不思議そうにしているのはわかった。
突然、鈴の指が僕の頬に触れる。
「大丈夫」
ぴく、と肩が揺れる。鈴は僕をまっすぐ見据えていた。
怖い。
口を開こうとして、脳裏に過ったのは母さんだった。苦しそうな、母さん。
能力があるから。能力のせいで。
そんなことを考えていたら、優しく笑いかけられた。
「怖くないよ」
大丈夫、大丈夫と背中を優しく叩かれる。規則的な振動に、何かがじわじわと染み渡っていく気がした。
嫌な感覚は、もうない。
「行こっか」
「……う、ん」
口から出た言葉は、掠れた音で空気を振動させるだけだった。