流れ星から生まれたドラゴン
町から遠く離れた山奥に、小さな集落があった。
町からの距離は、片道三時間もかけなければならない程に遠く、物資を運ぶには険しい峠道を歩かなければならなかった。食料の輸送が困難な故に、集落に住む人々は自給自足の生活を余儀なくされていた。
しかしその貧しさとは裏腹に、村は活気に満ち溢れていた。
村に住む大人も子供も、まるで家族のように幸せに暮らしていた……
この村では七年に一度、夜空にたくさんの流れ星が見える日があった。
村の人々は、この流れ星の見える日を『星の降る日』と称え、村の平和と繁栄を祈願して祭りを行う風習がある。
今夜は七年ぶりの星の降る日。村の人々は早朝から準備にとりかかる。
町に赴き資材を調達してくる者、村人全員分の料理を作る者、余興の踊りの練習をする者――この村に住む者全員が、今宵の祭りのために、全力で準備にとりかかった。
村民全員が協力して準備を行った結果、西の山に太陽が沈む直前に祭りを開催することができた。
村の広場中央には、炎を燃やすための巨大な焚き木。それを囲むのは、母親たちが協力して作った豪勢な料理の数々。サラダの上に置かれているのは、こんがりと焼かれた鶏のから揚げ。大きな鍋に入っているのは、牛乳がたっぷりと入った白いシチュー。そして大きなタルの中には、酒が大量に入っている。
村人全員が、村の広場に集まった。子供のみならず、大人までもが早く料理が食べたいとウズウズしている中、主催者の何人かが広場の中央の焚き木に向かって魔法をかけた。その瞬間、焚き木に火がつけられた。
歓声が広場中に響きわたる中、炎はどんどん高くなっていく。その炎を囲み、ダンサーたちが華麗なステップで踊りを披露し始めた。
テーブルの上に並べられた料理を食べまくる者もいれば、酒を飲みながら陽気に歌を歌う者もいた。子供達は賑やかな雰囲気に巻き込まれておおはしゃぎ。この宴の場では、悲しい顔をしている人なんて一人としていなかった。
やがて空が黒く染まり、広場の外は闇に包まれた。村人たちを照らしているのは、焚き木につけられた炎だけ。
そして次第に夜空を気にする者が増えてきた。今宵は七年に一度の流れ星が落ちてくる日……
村人の一人が炎に向かって魔法をかける。すると炎は弱まり、村を覆う暗闇が大きくなった。
村人は皆、息を飲んで空を見上げる。
やがて村人の一人が『あっ』と声を張り上げた。他の村人も、夜空をじっと見続けた。
すると……一つの小さな光の筋が夜空のてっぺんを走る。
村人が驚きの声をあげる中、今度は夜空に二つの光の筋が走った。
時間が経つにつれて、光の筋の数は多くなっていき、大きくなっていった。
そして数秒の間、空に何も現れなくなったと村人たちが思っていると、次の瞬間、大量の光の筋が夜空を走った。
長い光もあれば短い光もある。夜空を横切る流れ星の数々は、広場の人間たちの言葉を失わせるには充分だった。
今夜は星の降る日……誰もが村の平和と繁栄を、流れ星を見ながら願ったのだった……
「何だあれは!」
流れ星を見ていた男性が突然、夜空を指さした。近くにいた村人は何事かと思い、男性の指のさす方角を見た。
ちょうど空のてっぺん、星の流れるど真ん中に、他の星よりも強い光で輝く星があった。初めは誰も違和感を感じていなかったが、徐々に光が強くなるその星に、誰もが見入ってしまう。
その光はやがて眩しくなり、広場を明るく照らした。
村人全員が咄嗟にまぶたを閉じる。そして恐る恐る開けると、焚き木の近くに奇妙な物体が落ちていた。その物体は黄色でところどころに青色の星の模様が描かれていた。
村人たちはその物体に群がってくる。
「何だかタマゴみたいだな……」
村人の一人がそう言っていると、突然黄色の物体にヒビが入った。そして黄色い物体がピキッと音を立てて割れようとしている。村人達は驚いて物体から離れようとする。
やがて黄色の物体が二つに分かれて、中から黄色の生き物が出てきた。やはりこの物体はタマゴだったのだ。
タマゴから生まれた生物は、タマゴに描かれていた模様と同じ、黄色い体にところどころに青い星の模様があった。頭には小さな角のような突起があり、背中には翼のようなものが生えていた。
村人が察するにこれはドラゴンの子供のようだ。
村の住人たちは、これは星の降る日の贈りものだと確信をして、このドラゴンの子供を育てる事にした。
星の降る日に生まれた事と、体に星の模様がある事にちなんで、ドラゴンの子供は『ジェスター』と名づけられた。
●
月日が過ぎるにつれてジェスターは大きくなっていった。
人の手によって育てられたとはいえ、ドラゴンは本来獰猛で凶暴性の高い生物。大きくなるにつれて、ジェスターの乱暴さがエスカレートしていった。
生まれた当初は大声で鳴いて村人たちを驚かすという程度のものだったが、やがてそれだけでは飽きたらず、畑の作物を食い荒らしたり、炎を吐いて民家を焼いたりといった悪行が目立つようになる。
それでも村人たちで話し合ってジェスターを大人しくさせようとしていたのだが、間もなくして起こってはならない出来事が起きた。
大根が採れる畑を荒らしているジェスターを注意した子供が、炎で襲われてしまったのだ。幸い命に別状はなかったものの、その子供はそれ以来、ジェスターの恐怖におびえるようになってしまった。
その子供の母親が、村長の家を訪ねた。話の内容は、あのドラゴンをどうにかしてほしいという事だった。
村長はジェスターをどうするか考えた。
ジェスターが暴れ回る事により、この村の被害がどんどん拡大していくのは時間の問題だ。かといって、町の者に引き渡そうとしたところで追い返されるのは明らか。
ならばどうするか――
村長が最終的に出した決断は、ジェスターを村の外に追い出す事だった。
誰かに譲渡するわけでもなく、あくまで『逃がす』という名目で……
そうすれば、万が一村の外で被害が及んだとしても、この村が責任をとるなんて事はない。なぜならジェスターはまだ、言葉も喋れないのだから。言葉を話せなかったら、『あの村の住人がオレを追い出したんだ』なんて公言もできない。
村長は無責任な決断だという事は、重々理解はしていた。
ただ、こうしなければ村の被害を食い止める事はできない。村長の苦肉の決断だった。
ある日の晩、村長の指示で村の男達はジェスターが嫌がる霧の魔法を村中に唱えた。この魔法は以前、ジェスターに唱えたところ、不快な表情をしてその場を去っていったということで、ヤツに有効だと認識されていた。その場しのぎではあるが、村中にこの霧の魔法を撒き散らしたとなれば、ジェスターもこの村から離れざるを得ない。
あまりの霧の量に、ジェスターは発達した翼で村を囲む塀の外へ飛び立った。
その姿を見た村長は、すかさずこの村全体を覆うほどの大きな結界を張った。
ジェスターは村に戻ろうとしても、結界の力で押し返されてしまう。ジェスターはまんまと村人達の罠に嵌まってしまったのだった。
どうあがいても村の中へ入れないジェスターは、村に背を向けて飛び立っていった……
●
村を追い出されたジェスターは、夜空を飛びながら自分の行動を振り返った。
村にいた時は何とも思わなかったが、こうやって追い出されてみると、これまでの自分はひょっとして身勝手すぎたのではないのか? ジェスターはこんな風に思っていた。言葉こそ話せないが、いつしか心の中で考える事はできるようになっていた。
ジェスターが空を飛んでいるうちに、彼が生まれた場所とはまた別の集落が見えてきた。興味を持ったジェスターは、集落の中央に舞い降りてみた。
するとそこは、今にも倒壊しそうな民家が所々に立ち並んだ、廃れかけの村だった。
ジェスターが辺りを見渡すと、民家の前には痩せこけてぐったりとした村人が何人も寄りかかっていた。
ジェスターは村人の一人に近寄ったが、彼は恐怖心を抱く事もなく、かといって興味を示す事もなく、民家の壁にもたれかけてぐったりとしていた。
周りにはこのような人間ばかりだった。
この村で何が起きたのかはジェスターには分からなかったが、直感的にこの村の人々を救いたいという衝動に駆られた。理由は一切分からない。ただ、人間を傷つけた事に対しての償いがしたいと思ったのだった。
まず始めにジェスターは近くの山林に潜り込み、手頃な大木を強靭な尻尾で薙ぎ払う。すると幹は見事に切断され、大木は地面に打ち付けられた。ジェスターは尻尾で大木を切り刻み、担いで持ち運べる大きさの木材に仕立てあげた。
切り刻んだ木材を集落の中央に置くと、休む間もなく大木を斬り倒した場所に行き、木材を持ち運んでは村に舞い戻る。この作業を何往復も繰り返して、やがて集落の広場の中央には木材の山ができた。
次にジェスターは山に潜む野生動物を狙いに行く。
山林にはシカやイノシシといった獣がたくさん生息していた。しかし村人達は狩りに赴く力もなく、餓死寸前だったのだ。だからジェスターは、猟師の代わりにこの村の食糧を調達しに行く事にした。
ドラゴンであるジェスターにとって、野生動物を狩る事など朝飯前の作業だった。
ジェスターに狩られた獣を見て、村人たちは歓喜の声を上げる。そして我先にと獣の肉を刃物で裁き始めた。
ジェスターは肉を焼いて食べられるように、予め積んでおいた木材に炎を吹きつけて火をつけた。人間にとって肉は焼かないと食べられないという事は、ジェスターはすでに分かっていた。これは人間に育てられていたからこそ身につけていた知識だった。
村人たちは刃物の先端に刺した生肉を、火でこんがりと炙り、口の中に入れた。村中が歓喜と感動の声で溢れかえる。
こうしてこの村の飢餓の危機は、ジェスターによって回避されたのだった。
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ジェスターはこの集落の人々からは、恵みの神と崇められた。肉や木材を村に運ぶだけでなく、離れた町から物資を運んだり、海に出向いて魚を捕ってきたりもした。
おかげでこの村は次第に恵まれるようになり、餓えに苦しむ者はいなくなった。
やがてジェスターは発達した腕で地面を掘り起こし、畑を幾つか作った。
耕された地面に、村の人々は作物を植えた。
自給自足での調達と、ジェスターによる狩猟によって、この村は月日を重ねる毎に栄えていった。水脈まで堀り当てて、温泉地としても栄える事となった。
村の人々はジェスターに感謝をし続けた。
村の人々は気にもしなかったが、ジェスターは自身の体に描かれた星の模様が、一つずつ薄くなっては消えるのに気づいた。
やがてこの村にやって来て数年が経とうとしている時、ジェスターは自分が生まれた村に帰らなければいけないという事を、直感的に感じとっていた。星の模様も、消えかかった最後の一つがお腹にあるだけだ。
ジェスターは村長に自分が生まれた場所に帰りたいという趣旨を、自らの体を使って伝えた。村長はしばらくの間考えていたが、やがて首を縦に振ってくれた。どうやら、もうジェスターがいなくてもこの村は栄えていけるという事を認めてくれたようだ。
村に住む人々もこれを拒む者はなく、只々ジェスターに感謝をして、門出を祝ってくれているようだった。
ジェスターの旅立ちの前の晩、彼への感謝の気持ちを込めて、村の人々が宴を開いてくれた。数年前にこの村を救ってくれたドラゴンに敬意を表し、この村の更なる発展を皆で願いながら……
●
村に霧が降りて少し肌寒く感じる朝……
ジェスターはたくさんの村人に見送られて、この集落を後にした。飛べば飛ぶほど、村が小さくなっていくのが分かった。
この時ジェスターは、自分の体に付いていた星の模様の意味が分かった。この模様は誰かから感謝をされればされるほど、薄くなりやがては消えていく事に。
ならば、お腹にある最後の模様もあと一回感謝をされれば消えてしまうだろう。そう感じたジェスターは、真っ先に自分が生まれた集落に向かう事にした。
体の星の模様が全て消えたら何が起きるのかは分からないが、生まれた村の人々に育ててくれた恩返しをしたいと思ったのだった。
しばらく飛び続けると、ジェスターが生まれた集落が見えてきた。見たところ、追い出された時と何ら変わっていない。
ジェスターは村の中央に舞い降りた。
その姿を見た村人は、数年前に見た忌々しいドラゴンの姿を見て身構える。周囲にいた人々も同様に、村の結界を解いてしまった事を後悔するかのように、己の身を慄かせた。
しかしジェスターは村人を襲う事もなく、天を仰いだ後、自分のお腹の星の模様を指差した。すると村人達は震える事をやめて、顔を見合わせ続けた。
そして村人の中の一人が、『村長を呼んでくる』と言ってその場を去った。
しばらくすると、この村からジェスターを追い出す事を決めた張本人である村長が姿を現した。
村長は数年前にジェスターを追い出した事を謝罪した。ジェスターは恨みを募らせる事もなく、顎を使って空を指した。
「まさか……」
村長は心の中を見透かされたとでも言うように小さく呟く。他の村人も、誰もが息を飲んだのだった。
ジェスターがこの日にこの村に戻ってきた理由……それは今日が七年に一度の『星の降る日』だったのだ。
ジェスターがこの村に対しての償いをしたいという事を、体を使って村長に伝えようとした。すると村長は、ジェスターの言いたい事が分かっていたかのように、首を縦に振ってくれた。村の住人たちも、ジェスターの考えに賛同してくれるようだった。
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村の人々の指示に従って、ジェスターは祭りの準備を手伝った。
遠くの町から資材を運ぶのを手伝ったり、近くの山林に入り込んで野生動物を狩ったりした。ジェスターがいたおかげで、七年前よりも盛大な祭りにする事ができた。
村人達はこの村の更なる繁栄と平和を願い、そしてジェスターの帰還を心より祝ったのだった。村人の誰もが、ジェスターを厄介者呼ばわりした事を悔いた。
村人達は、ジェスターも宴に入れてくれた。
村人達の宴を見て、ジェスターは自らの行動を省みた。かつて自分は嫌われ者の存在だったが、こんな形で人々から感謝をされ続けた。自分はもうすでに満足だった。
ジェスターは不意にお腹にある星の模様を見ようとしたが、それらしきものは全く見えず、彼は全身真っ黄色のドラゴンになっていた。
やがて、村の広場では七年前と同じように大きな焚き木に炎が焚かれた。
炎が強く燃え上がるにつれて、空はどんどん暗くなる。村の人々は次第に空を見上げた。
ジェスターも村の人々につられて夜空を仰ぐ。これから何が見えるのか、興味津々だった。
「見えたぞ!」
村人の一人が突然声を張り上げる。ジェスターがそれにつられて空を探す。
すると空のてっぺんに、小さな星の筋が通ったのが分かった。
『星ってこんな風に流れたりするのか……』なんて事をジェスターが思っていると、空を走る光の筋はどんどん増え続け、瞬く間に夜空には流星群が煌きだした。
村の人々が感嘆の声を漏らす中、ジェスターも初めて見る景色に心を奪われそうになる。
(こんなにきれいなものを見れたなら、もう未練はないのかもな……)
ジェスターが心の中でそう呟いたその時だった。
彼の体が突然金色に輝きだす。その光はどんどん強くなっていき、ジェスターを包み込んだ。この光は七年前にジェスターのタマゴが現れた時と全く同じ光だった。
村人達はあまりの眩しさに、同時に目蓋を閉じる。
次の瞬間、ジェスターの体が勢いよく浮かび上がったのを、彼自身の体で感じ取った。
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ジェスターが目を覚ますと、そこは眩い光の中だった。光の外を目を凝らして見てみると、夜空の星たちが物凄い速さで駆け抜けているのがうっすらと分かった。
この時ジェスターは、最も大切な事に気づく。
自分は流れ星だったんだ――そして、自分が生まれてきた宿命は、人から感謝される事だったんだ!
自分の存在の意味を知ったジェスターは、そのまま静かに目蓋を閉じる。
そして光の如く駆け抜ける流れ星の光に身を任せながら、意識は少しずつ薄れていった……