嵐に備えて
大変長らくお待たせいたしました。
遅れてしまい申し訳ありません。
楽しんでいただけたら幸いです。ではどうぞ!
1913年 大正ニ年 11月
陸軍幼年学校に入学してから一年たったが、変わったことは二年生に進級したことぐらいしかない。あるとすれば父上からの手紙だろうか。
手紙には、頼んでいたことが順調に進んでいると書いてあった。しかし男女平等普通選挙は、まだ困難らしい……
それと来年から始まる事に備えて、幾つか頼み事をしておいた。
しかし、やっと実戦的な演習が訓練内容に加わり大いに満喫している。
そして今私がいる場所は……
富士山麓
俺を含めて多くの軍服を着た少年が森の中を進んでいた。
草をかき分け、木の枝などに引っ掛かりながらも休むことなく進む。
背嚢を背中に背負い、頭には鉄兜、三十式歩兵小銃を肩に担ぎながら、黙々と歩みを進めていた。音を出来るだけ立てずに、目をギラつかせる者や、逆にうつろな目をしている者もいる。
そして日が傾きはじめ、太陽が美しい夕焼けになった頃……
「見つけたぞ………」
隊の先頭を歩いていた義仁は、長い森を抜けた一人呟き、後ろに控えている同輩に向かって言った。
「皆よく頑張った、飯が食えるぞ」
そう聞いた多くの者はは安心したように、ため息をついた。
霊峰と称えられる富士の麓で、我々は野営をしながら昼夜の擬似実戦を行う廠営演習を行っている真っ最中であり、そしてその演習の一環として、行軍演習を行っていた。
「遅い!予定到着時刻は、とうに過ぎているぞ!貴様らこんな結果で栄えある帝国軍人になれると思っているのか!?」
教官の怒号を聞きながら、私は友人たちと共に食事を取っていた。遅れて到着した班に教官の雷が落ちている風景を見るのはこれが二回目。
「初めての生徒だけでの行軍演習だからな……多少の遅れは仕方がないか」
「そうですね。いつもなら教官の顔は般若みたいになってますけど、今日の教官は、なまはげぐらいですからね」
飯ごうで炊かれた白米を食べながら、朝倉遼吉と会話をしていた。一見元気に見えるも流石に初めての生徒だけでの行軍演習は堪えたようだ。さらに朝倉の場合は他と比べると体力がないため、笑ってはいるが見るからに元気がない。
「怖い事には変わりありませんが……」
物を取りに行っていた玉田義和が帰ってくると、苦笑いしながらそう言う。その後ろからも細見真一と名倉秀が戻ってきた。
「それはそうだが、怒られる時間は少し短くなるぞ」
そう義仁が言うと、四人は教官には聞こえない大きさで、笑った。
焚き火を囲むように座る四人は、明日の演習についての話をしていた。
「明日は模擬戦だな」
「そうですね。腕が鳴ります」
「とは言っても、飛び道具無しのただの近接戦の訓練。いつもの旗捕り合戦だ」
「違うのは、校庭でやるか、富士の麓でやるか、ですね?」
「そうだな」
玉田の問いに、義仁の口元は三日月型になりながら、そう答えた。その三日月を見た四人も同様な口の形になった。
「校庭ではないのでいつも以上に派手に暴れれますな!」
「とりあえず最低五人だな!」
「俺たちで白組を全滅させてやる!」
「殿下、僕が壁になりますのでご安心を!」
それぞれに自分の感情を述べた。義仁は苦笑いしながらも「徹底的にやれ」と言った。
明日の話が一通り終わると、誰からともなく話題が変わった。
「しかし、欧州は騒がしかったですな。短期間に二回も戦争をして、しかも二度目の戦争は、同盟国だった国々の戦争とは……」
「共通の敵がいなくなれば内輪揉めに発展しやすいからな。それだけ出なくとも、バルカン半島は色々と複雑だからな」
何の話をしているのかというと、今年の八月に終結した第二次バルカン戦争の事である。この戦争は、1912年10月8日から翌年の1913年5月30日まで続いた第一次バルカン戦争の戦後処理を巡って、ブルガリア王国、セルビア王国、モンテネグロ王国、ギリシャ王国で結成されたバルカン同盟内の対立の結果ブルガリア王国対セルビア、ギリシャ、モンテネグロとオスマン帝国の対ブルガリア連合によって争われた。
「複雑ですか?」
名倉が疑問を口にする。
「そうだ。民族、宗教が複雑に絡み合い、そこに列強各国の思惑が加わる。それでなくとも、平気で味方を裏切るのが欧州の戦争だ。義理も人情も無い所に、面倒な民族と宗教問題が加われば血で血を洗う戦争になる」
「……た、大変ですね」
「日本は巻き込まれませんよね……?」
怯えたような口調で名倉と朝倉がそう言うが、義仁の言葉は期待しているものとは違った。
「イギリスと同盟を組んでいるのだから、参戦要請が来てもおかしくはない。いや、確実に来るだろうな」
そう義仁がはっきりとした口調で断言すると四人は、声にもならない声を上げた。
しかし追い打ちをかける様に義仁は言った。
「このまま行けば、来年には戦争が起きるだろうな」
「どどどことどこのですか!?」
「イギリス帝国・フランス共和国・ロシア帝国の協商国対ドイツ帝国・オーストリアハンガリー帝国の同盟国に分かれてのヨーロッパ全土を巻き込んだ大戦争」
義仁の言葉は、四人にとっては衝撃的な内容だった。ヨーロッパ全土を巻き込み、列強の殆どが参戦する大戦争が来年に迫っているのだ。軍事学を学び、義仁から直々に新戦術と新兵器について教わっている彼らは、ッ尋常ではない被害が出ると簡単に予想が出来た。日本が多大な犠牲を払った日露戦争の何倍、何十倍、いや何百倍の死傷者がでるのか……と。
そんな戦々恐々としている四人だったが、次の義仁の言葉に胸を躍らすことになる。
「新兵器もたくさん出て来るぞ。塹壕を越え、銃弾から歩兵を守るために造られる戦車、偵察から爆撃までこなせる航空機、水中から敵艦を撃破する潜水艦、人間の英知で生み出された化学兵器、塹壕内の戦闘を有利にする機関短銃……新兵器だらけだな」
「せ、戦車が出来るんですか!?」
「航空機がもう少しで大空に!?」
「機関短銃が出ると言うことは、浸透戦術がいよいよ……」
「回転砲塔戦車かな?多砲塔戦車かな?楽しみだなぁ!」
先程までの不安そうな顔はどこへやら、皆笑顔で想像を膨らませているようだ。
そこでふと義仁は思い出した。
「そう言えば金剛がやっと日本に着いたな」
「金剛?」
「巡洋戦艦金剛だよ。この前、遠路はるばるイギリスから日本に来たろう」
「その金剛でしたか」
巡洋戦艦金剛、前世の記憶がある私にとってはもはや説明が不要、とまで有名であり、また日本戦艦の中では最もよく働き活躍した戦艦の一番艦だ。
「海軍は豪華ですね。戦艦を一気に四隻も造ろうとするなんて……」
「そのお金を少しでも良いから航空機や戦車の研究に回して欲しいな……」
朝倉と玉田が海軍に対する愚痴をこぼす。
対して義仁は、幼年学校卒業後に海軍兵学校に入校する予定なので、朝倉たち以上に海軍を近しいものと見ていた。父である威仁も海軍であるため、海軍内部の状況なども聞き及んでいる。
「海軍は日本の生命線を守る存在だ。戦力は多ければ多いほど良い」
「しかし、陸軍こそが軍の主兵ですぞ」
「陸軍単独で海は渡れんよ。陸海軍がお互いよく連携し、敵に当たらなければ勝てる戦も勝てなくなるぞ」
「はっ……」
義仁の答えにあまり納得していない返事をする細見。
「なに、私が海軍に入り、お前たちが陸軍にいれば、よく連携も取れるだろう」
その発言に一同は凍り付く。
そしてしばらくの沈黙が過ぎ、意を決して朝倉が義仁に問う。
「で、殿下……今のお言葉は、冗談ですよね……?」
「何がだ?」
「海軍に入ると……」
「ああ、幼年学校本科を卒業したら海軍兵学校に入学する予定だ」
義仁がそう言うと長い沈黙が流れた。急に会話が無くなったので不自然に思った義仁は、視線を飯ごうから上げ、朝倉たちを見た。
一瞬、何を見ているか分からなくなった。よくよく見るとムンクの叫びのような顔になっているのが朝倉、燃え尽きたかのように真っ白になっているのが玉田、魂が抜け落ちたような名倉、仰向けになって倒れている細見がいた。
「殿下………我らを………お見捨てになるのですか……?」
なんともか弱い声で呟くように言う玉田。
それに対して義仁は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情となり、その後笑った。
「見捨てるものか!見捨てるものかよ!俺は陸軍にいるぞ!」
笑いながら大声でそう言うが、玉田達はよく理解していない様子だった。
「し、しかし今しがた、海軍兵学校に入校すると仰ったではないですか!?」
名倉が叫ぶように言うが義仁は笑顔で答えた。
「ああ、入校するぞ。そして卒業したら陸軍士官学校に入る!」
「………つ、つまり陸海軍双方に所属するということですか?」
「そうだ!」
「それって可能なんですか?」
「知らん!だが父上が何とかしてくれるだろう!」
『えぇぇ………』
そう断言する義仁と困惑する四人だった。
東京市 麹町区 霞ヶ関 海軍省
「砕氷艦、ですか?」
そう聞き返すのは、斉藤実海軍大臣。
「そうです。砕氷艦です」
そう返すのは有栖川宮威仁内大臣であった。何故彼が海軍省に赴いているのかというと、義仁からの頼み事を実行するためである。
「現在、帝国海軍には砕氷艦は一隻も配備していないと記憶しております」
「確かにそのはずですが、何故、砕氷艦が必要なのですか?北にはもはや脅威はございませんよ?」
確かに北には現状脅威はない、といって良い。ロシア帝国とは日露協約を結び友好関係にある。脅威が無いのならわざわざ砕氷艦を造る必要は無い。
だがあるのだ、脅威が。
「斉藤海軍大臣、それがあるのです。恐ろしい脅威が」
「それは………一体何なのでございましょうか?」
額に薄く汗をかき、張り詰めた空気が部屋に流れる。
「自然です」
「……自然ですか?」
「そうです。冬のオホーツク海は氷で覆われ、通常の艦船では航行が不可能です。それでは北洋警備は冬季には一切出来ないことになります。さらに漁業の保護や航路確保も砕氷艦が無ければ出来ません」
「確かにそうではありますな。しかし、何故この時期に?」
必要な理由は分かったが、何故今の時期に、しかも内大臣である威仁から言われたのだから疑問を持つのは当然であった。威仁はもう一つの脅威を口にした。
「そして来年から嵐が来ます」
「嵐ですか?」
「その嵐はとても大きく世界中に襲いかかります。しかも四年……いや三十年ほどは続くでしょう」
「……その嵐は帝国にも及ぶので?」
「及ぶでしょう。吉にもなりますし害にもなるでしょう。その害を乗り越えるために必要なのです」
そう言われた斎藤は目を伏せ考えた。嵐とは何か、その嵐の規模はどれくらいか、なぜ三十年も続くのか、なぜ威仁が嵐の来ることを知っているのか……
「殿下、一つご質問をしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「なぜ殿下は、来年に嵐が来ることをご存じなのですか?」
「息子から教わりました」
「なるほど……」
正仁についての話は、他の閣僚から聞いていたのであまり驚くことは無かった。神童と讃えられていることも知っている。だが、幼年学校を卒業もしていない子供が、未来のことを予測できたのであろうか?
その疑問が斉藤の心にあった。
「息子は陛下と帝国のためにしか行動しておりませんので、どうかご安心を」
「…………分かりました。出来る限り迅速に行いましょう」
「感謝いたします斉藤大臣」
そう頭を下げながら感謝の言葉を述べる威仁、それに対し斉藤はすぐに頭を上げるように言った。
「殿下、頭をお上げ下さい。私は海軍大臣としての責務を果たすだけで御座います」
実にハッキリとした口調で斉藤は言葉を放つ。
「しかし殿下、一つだけ教えていただきたく存じます」
「何でしょうか?」
一瞬、躊躇ったのか口を閉じた斉藤だったが、結局は続けた。
「嵐……その正体は一体何なのでしょうか?」
「………」
今度は威仁が躊躇する番になった。義仁からは『父上の判断にお任せ致します』そう言われてはいたが、果たして斉藤実は嵐の正体を教えて良い人物なのだろうか?
「………良いでしょう、教え致しましょう。嵐の正体……それは」
「人類が初めて経験する世界大戦、それに伴うドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、ロシア帝国の崩壊。世界初の社会主義国家のソビエトがロシアで誕生すること。そして、我が帝国が世界の五大強国の一角となり、アメリカ合衆国と対立すること。来年から起きる嵐はその発端でしかありません。二十数年先の、帝国の、いや、日本民族の文字通り存亡を賭けた対米戦の前触れにすぎんのです。来年から始まる戦争はそのための準備にすぎんのですから」
その後、威仁はすぐに海軍省を後にした。
しかしその僅か一週間後、海軍は砕氷艦の建造を決定した。
今の我々のためではなく、未来の帝国と陛下の赤子ために
そう斉藤実は部下たちに語りかけたという。
「我々大人が子供たちの未来を守らねばならん……出来うる限りの事はしなければならんのだ」
日本は、確実に変わっていく。それが望もうが望まなくとも、時代の流れに沿って変化していく。
だが史実とは大きく異なる変化が進んでいた。
政府主導による重工業産業の育成と官民一体による技術力向上。
その工業を支えるために日本各地に建設しつつある各発電所。
そして工場で作られた物を運ぶための道路、鉄道網などのインフラ整備。
農業生産効率の向上ならびに機械化のために、イギリス・アメリカ製のホイールトラクターと無限軌道を備えた履帯トラクターを購入、生産。
それらを効率よく迅速に大量に生産するための工業機械と生産ラインの整備。
それらを行うための材料たる鉄などを冶金技術と、鋼鉄の質と量の向上。
少しずつだが確実に変化している。
天皇陛下と大日本帝国を護るために
ご意見ご批判ご感想などお待ちしております。
本当に長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
大学三年生になり、自動車学校や就活のインターンシップなどで忙しいです。
恐らく、更新は遅れると思います。
ですが失踪はしませんので、気長に待っていただけると幸いです。
これからもよろしくお願い致します。