第二夜
わたしは、こんな夢を見ました
そこは病院で、夢の中のわたしは多分看護婦さんでした
深夜の病棟で、一人で巡回をしていたのだと思います
緑のランプで不気味に彩られた廊下を、懐中電灯の灯りを頼りに歩いていきます
意地悪な看護婦長にいびられて、長年続いた彼氏とも別れて、ため息をつきながら
なんで私はこんなに不幸なんだろう、とシンデレラを気取っていました
だからでしょうか、夢の中のわたしは廊下に響く自分以外の足音に気付くことが出来ませんでした
ナースサンダルの音に続く、水音を含んだペタペタという音に
夢の中のわたしがその足音に気づいたのは、最上階である五階廊下の突き当り
そこは元々、別館に繋がる扉が有ったそうなのですが、別館が取り壊されてしまってからは扉は釘打ちされ、実質ただの行き止まりになっていました
唯一あるのは、余り人の使わないトイレが一つだけです
夢の中のわたしは、いつも巡回の際にはそのトイレで花摘みをしていました
その日も普段通り、立て付けの悪い引き戸を開けて、トイレに入ります
するとどうでしょう
……、ペタペタ
……、ペタペタ
水が染みたスポンジが二足歩行をしているような、あの足音が聞こえるではありませんか
夢の中のわたしはそこで初めて、その足音に気付いたのです
直感的に夢の中のわたしは感じ取りました
これは、絶対に危ないものだ!隠れなきゃ!
トイレの扉に鍵を掛けて、その身を屈めて、息を潜めます
ペタペタ、ペタペタ……
音は、ゆっくりと近づいていました
逸る心臓を、逆立つ産毛を、荒れる吐息を、全て圧し殺し、隠れます
……、ついに足音は扉の前にやって来ました
……、サーン……
ソレは、何かを呟いているようです
くぐもった、子供の声でした
……、サーン……
……、………サーン…
…………、サーン……
何分、トイレで過ごしたでしょう
多分、看護婦長にはどやされる位の時間は経っているはずです
その時にはもう、声も、足音も、聞こえなくなっていました
夢の中のわたしは恐る恐る、扉を開けました
まず最初に目に飛び込んで来たのは、廊下に伸びる赤い足跡
これが足音の正体なのでしょう
腥い、医療に携わる者なら切って離せない存在、そう、血液でした
夢の中のわたしは全力疾走で、ナースステーションに帰りました
……、後ろからまた聞こえ始めた、足音には気付ずに……
……、サーン…
「おいおい、普通にホラーじゃないか」
「起きた時汗びっしょりなんだもん、びっくりしちゃった」
俺は昨日と同じ時間、またあの図書館で弥宵ちゃんの話を聞いていました
その内容は、凄く怖いという物ではありませんが、背筋が少し寒くなる、何処にでもあるような怖い話です
でも、弥宵ちゃんが語ることで一段と怖さが増した気がするのは、話し方のせいでしょうか
嬉々として語る彼女にはきっとストーリーテラーの才能が眠っているのではないかな、そう結論付けて俺は席を立ちました
「今日もありがとう!今日は何処のバイトなの?」
「確か、……」
その日のバイトはなんの因果か、病院の清掃でした
廊下や、病室、そしてトイレを回って清掃していると、看護師の方々の会話が聞こえました
「そういえば、こんな話知ってる?
「?」
「ここのトイレで自殺した看護婦が居たらしくてね、今日がその日なんだって」
「怖い話なら止めて下さいね!ここに出るとかそういうのは特に!」
「そこまでだったら面白いんだけどねー、残念ながらそう言うのはないのよ」
「ほっ…」
「怖いのはね、その人の死に方なのよ」
なんでも鼓膜を破いて目を潰した挙句、首を切ったんだって
“足音と、声が聞こえるから”って遺書に書いて
妊娠もしていたそうだけど、どうなったんだろ
「それからここの五階のトイレで夜中に花摘みするとね、聞こえるんだって、ペタペタっていう足音と赤ちゃんの声が!」
「ひぃ!やめて下さいよ!」