夢前夜
ある夏の日の事でした
その日の温度は30℃を超えた猛暑日で、その上湿度も高い地獄のような日だった事を覚えています
出来れば、外には出たくありません
しかし、苦学生のみそらである俺の財布事情はそれを許してはくれませんでした
バイトにバイト、明けても暮れても、またバイト
夏休みの予定はバイト一色
ため息しか出ないスケジュール帳を眺め、俺は図書館に向かいます
8月1日 今日のバイトは二つ
今一つ目のバイトを終わらせて、時計を見てみると、後一時間弱、時間が余っていることに気付いたのです
喫茶店? コーヒーに300も400も出す余裕もありません
ファストフード店? すし詰め確実の狭い店内で過ごせるほど、俺は図太くないのです
だからといって外で過ごせる程、頑丈でもありません
そこで考えます、図書館の利便性に
タダで涼しい空間の中過ごすことが出来て、且つ飲料水が飲める所も増えているのです
どうでしょうか、お得ではありませんか?
俺は自動ドアに迎えられて、涼しい図書館に入りました
そこで、気付くべきだったのです
図書館の冷気と共に頬を撫でた、生暖かい違和感に
「ねぇ、お兄さん?」
適当に座って雑誌を読んでいると、可愛らしいソプラノが耳に入ってきました
雑誌へ向けていた目線を上げると、そこには一人の女の子が立っています
辺りには自分とその娘以外、誰もいませんでした
「どうしたんだ? この雑誌が読みたいのかい?」
「いいえ、どうしてメンズファッション誌をわたしが読むとでも?」
「彼氏へのプレゼントでも選ぶのかと思ってね、違うのなら、尚更どうしたんだ?」
よく見ると、彼女は近くの高校の制服を着ていました
腰までの茶髪は愛らしく巻かれており、薄めのメークが施された顔は美人の部類に入るでしょう
そんな美少女がどうして、こんな冴えない苦学生に?
「いやねお兄さん、わたし悩みがあるの、聞いて下さる?」
「金ならやらないよ、それともあれか?君が餌になって云々、の詐欺を働く気かい?」
「失礼ね、そんな事はしないわ! ……、誰かに、ただわたしのお話を聞いてもらいたいだけよ」
まぁ、そこまで言うのなら
俺は雑誌を傍らに寄せると、腕を組んで話を聞く体制に入ります
バイトまでは、後1時間弱時間がありました
どうせこの年代の悩みは、青臭い恋の悩みだとか、ドロドロした友情の末路だとか、そういうものだと相場が決まっているのです
「まぁ、そこまで言うのなら」
「ありがとう!あ、自己紹介がまだだったわ!わたしの名前は[遠野 弥宵〈とおの やよい〉]!高校生よ!お兄さんは?」
「俺は坂城、[坂城 十矢〈さかき とおや〉]だ」
可憐に笑う彼女は前の座席にどっかりと座り込むと、俺に握手を求めてきました
セクハラになったりしないだろうか、なんて考え、彼女の明るさの前には無意味でした
「それで、相談とは?」
「うん、それはね」
ここで引き返せば良かったのです
触らぬ神に祟りなし
好奇心は猫をも殺す
俺の触れてはいけない世界がその黒く濁った口を大きく開け、待ち構えていました
「少し、不思議な、夢物語よ」