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第一話 親分、仕事っすよ! 仕事!

「次の仕事?」


 手に持った木のコップをテーブルにおろしてソージに尋ねる。俺は山奥にあるアジトでゆっくりとティータイムを過ごしていた。雑草茶で。


 アジトはキャンプ場にでもありそうなログハウスで、部屋のあちこちにモンスターの剥製や正体不明の金属で作られた置物が並べられている。壁は絨毯で飾られており、部屋の隅に置かれた樽には、幾何学模様の描かれた魔法のスクロールがいくつも丸めて入れてある。少年心をくすぐる秘密基地そのものといった場所で、俺は結構気に入っている。


 アジトの場所は山奥だ。土に半分埋まった、それでも三階建ての建物くらいある巨大岩の上である。岩の上は水平にしてあり、アジトが建てられている。巨大岩より高い標高の場所が近くにはなく、下からは岩の上に建物があるのは見えないようになっている。


 どうやって建てたのかはさっぱりわからないが、優秀な隠れ場所だ。


 ちなみに岩の中には魔導具のエレベータがあるので、アジトへ行くときはそれを使って上れるようになっている。


 岩に入るのにも仕掛けがあるし、中の魔導具もぱっと見はガラクタなので知らない人が入り込んできたことは一度もないらしい。


 俺の隠れ家や子分たちの住居はそれぞれ別にあるのだが、アジトのほうがなんとなく居心地がいいのでよくここで過ごしている。


 今はソージと俺の二人だけ。お茶係のチャーがいないので自分で入れたのだが、同じ材料でもうまいお茶とヘドロになりえるとはすごい葉っぱもあったものだなどと思いながらヘドロを処理していたところ、ソージに仕事の話を振られたのだ。


 モップの柄にあごをのせたソージが、なにか思い出したかのように宙を睨んで眉をひそめている。盗みに入るのは世間では罰せられない悪党の家ばかりだが、今回も嫌なやつらしい。


 部屋の中央にあるペンギンみたいなモンスターの剥製にモップをたてかけ、ソージが正面に腰かけた。


「このあいだ指示されてた調査がすみそうなんですよ」


 誰のことだかわからない。心当たりがないのでおそらく前親分のときに指示したものだろう。


「んー、ごめん。それなんの調査だっけ」


 適当に相槌を打ったり知ったかぶるとボロがでるかと思い、正直に聞いてみる。ソージは人を疑わない性格なので、勝手に俺がド忘れしたと解釈してくれる。話がしやすくて助かる。


「次の盗みのターゲットを調べてたやつっすよ」


「そっか。追加でなにかわかったか?」


 追加も何も情報は知らないのだが、前に何か聞いている可能性もあるので言葉に気を遣う。

 ソージに不審に思われた様子はない。蒸れたのか被り物をめくって顎をぽりぽり掻いている。


「実は、あの商人は隣国から亜人娘を連れ去ってるって情報が入ったんすよ」


「奴隷を買ってるだけじゃなくて?」


「はい。奴隷商でもめったに扱わない種族が欲しかったらしくて、金に任せて人を雇ったみたいっすね。拉致した娘は売り飛ばすわけじゃなく愛玩用として屋敷においてるんで、情報が漏れにくいみたいっすよ」


「へえ。どういう種族を狙ったんだ?」


「ケット・シーと人間が合わさったやつっす。見た目は基本的に人間に近いんすけど、耳としっぽがケット・シーなんす」


 猫耳娘か。

 異世界でも猫耳に夢中なやつはいるらしい。


 俺は猫そのもののほうが好きだが。個人的には中身と見た目が美少女かどうかが重要なので、猫耳というオプション――あるいは本体?――にはこだわらないほうだ。


 あったらあったで可愛いよな。くらいの認識である。


 というか猫耳娘もいるんだ。さすが異世界。ファンタジーしてるな。


「業の深いやつだな」


「はい。チャーがさらに詳しい情報を集めてて、ビコーが軽く裏を取るのに商人を尾行しに行ってるんですよ。昨日か今日戻るって言ってました」


 盗みに入るのは世間では罰せられない悪党のところだけだ。悪事によって金を稼ぐか、稼いだ金を悪事につぎ込むかをしている人間を対象にしている。


 実は非公式に盗賊ギルドというものがあり、これに登録している盗賊団はギルドから聞いた噂を元に悪事を働く人間の元へ盗みに入っている。俺がいるハイド盗賊団もそのひとつだ。


 本当かどうかは知らないが、王位継承にまったく関係のなさそうな王族が道楽で作った採算度外視のギルドと聞いている。


 会費だけ払えば盗んだものは懐に入れてもいいのでいい商売に聞こえるかもしれないが、ギルドのことを話せば死ぬ呪いがギルド会員にかけられているので、捕まって尋問されたらと思うと超怖い。しかもギルドをやめても呪いは一生残る。


 道楽に人の命をかけさせないで欲しいものである。


 ちなみに前親分は呪いを回避するため、弱った俺を勝手に盗賊ギルドに登録してから親分の座を託した。とんだ悪党である。


 ちなみに盗賊ギルドに入らず盗みを働くものは盗賊とは言わない。ただの犯罪者だ。俺たちも世間的には犯罪者となってはいるが、冒険者ギルドに賞金をかけられることはない。


「そういや、コブもなにかやってるのか?」


「特に頼んでないっす。なので、なんでいないのかは知らんす。親分とコブには今日来て欲しいと伝えたんで、コプも来るはずっすよ」


「そっか」


 屋敷を上から見た図が書かれた紙を渡されて間取りを想像していると、エレベータに乗ってチャーとビコーがやってきた。


「ちわーす親分。ソージはいつも早いなー」


「掃除しないといけないっすから。あ、チャーが来たならお仕事お願いするっす」


「ほいほーい」


 台所に行こうとしたチャーにコップを手渡す。


「結晶、もってきた」


 ビコーはソージの隣に腰掛け、ポケットから取り出したクリスタルをテーブルにポンと置いた。


 小さめのコーヒー缶くらいのそれをソージが俺に渡そうとしてきたので、めんどくさそうなそぶりで首を横に振ってみせた。


「じゃあ俺がやるっすね」


「頼むよ」


「おまたー。お茶用意できたぜい」


「うおっ。早いなー」


「チャー、なんでも早い」


 ソージはそのまま引き下がった。チャーが戻ってきたところでクリスタルを掲げた。結晶が輝く。


 ソージが手を下ろしてもそのまま浮遊し、光をテーブルに照射した。ホログラムより鮮明な立体映像が映し出される。四人でそれを見つめる。


 どうやら映像を記録したクリスタルだったらしい。渡されかけたときはヒヤッとした。見たことないから使いかたがわからんもの。当たり前みたいに出してくるからわからないってとっさに言えなかった。


 テーブルの上に、光で女の子が形成されていた。首輪をはめられた少女だ。手枷から伸びた鎖を男に握られている。


 薄汚れたワンピースのみを身につけ、靴も履いていない足は泥で汚れている。


 服装は浮浪者のようだが、ショートカットに切りそろえられた黒髪と澄んだまなざしからはそうは見えない。大きな瞳の可愛らしい少女だ。色白で優しそうな顔立ち。気が強いほうではなさそうだが、唇を噛み締めて前を見ている。気丈な娘だ。


 鎖を握った男は、別の偉そうな男に付き従って歩いていた。おそらくあれが人攫いを雇った商人だろう。

 少女が逃げるそぶりを見せるたび首輪が光る。逆らえないようにする道具だろうか。


 しばらく彼らを追跡する映像が流れ、屋敷に入っていったところで途切れた。


 部屋がしんと静まり返る。



「うわあ……」


 正直な感想が漏れ出た。


「うわあっすね」


 ソージが追従する。


「ほんとは屋敷の外観をビコーに撮ってきてもらおうと思ったんだけどさー。すごいとこに出くわしたもんだよね」


 ビコーは気配を消すのが得意なので、なかなか頑張ってくれたようだ。


「これ、たぶんギルドで売れる。でも、盗み行く前に標的の人の財産没収になるかも」


「そうか。じゃあ盗みに入ってからこれもギルドに売ればいいな」


「そだねー」


「なあビコー。この映像ってさ、偽造とかできるか?」


「……ボクを疑ってるの」


 ビコーが口をへの字に曲げた。


「いや。偽造できるなら、商人のおっさんがおしめを履いてメイドにあやされてる姿を映像化してばらまいてやろうかと思って」


 ベッドでひっくりかえったカエルの格好をしたおしめのおっさんを想像する。おしゃぶりとガラガラもおまけでつけてやろう。よだれかけも必要だな。


 ……うーん気持ち悪い。嘘の映像でも、広まったらたまったものではない。俺なら家から出られなくなるな。引きこもればもう悪事も働かなくなるであろう。


 うむ。これにて一件落着。


 なんて、そんなわけにいかないか。


「さすが親分! すっげえ鬼畜っすね!」


 ソージが目を輝かせた。おい、不名誉な賞賛を浴びせないでください。


「偽造はできなくもない」


 ビコーが言った。


「国認定の印がついたクリスタルは映像を偽造できない。印がついてないのは品質がわるい。でも変なの作れる。……これは、国認定のやつ」


 袖から人差し指だけ出してクリスタルを指す。この映像は偽造ではないと言いたいらしい。


「うん、よくわかったよ。誤解させる言い方をしてごめんな。これ撮ってくるのだって楽じゃなかったろうに」


「ううん。わかってくれればいい」


 小さな鼻を鳴らし、ビコーは満足そうに頷いた。


「それで、いつ行くっすか?」


「明日でいいんじゃない? 屋敷がまるっと留守になる日はないし、狙いどきってあんまりなさそうなんだよね。攫われた人の救出はギルドに任せたらいいと思う。あそこちょっと対応遅いから救出は遅れると思うけどさ。コレクションルームと倉庫があるみたいだから、そこだけ盗みに入って出てくるだけだったらそんなにかからないと思うよ」


「いや、それだけじゃだめだ」


 俺の否定を聞いて子分たち全員が注目した。チャーが被っているカエルだけが何もない宙を睨んでいる。


 しんと静かになった子分たちに、俺はにやっと笑いかけた。


「全部だ。あの屋敷の()()を全部盗み出す」


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