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3-33 咆哮 前編 (new) 6/7





 片や、弦の弾力を利用して矢を飛ばす「弓」。

 片や、全自動で装填・排莢・再装填を行い、音速を超える弾丸を射出する「自動小銃」。

 両者が50mの距離で撃ち合いを始めれば、どちらに軍配が上がるかは容易に想像できる。弓相手に自動小銃を使うのは卑怯だと言えるほど、武器としての性能に差がある。

 しかしどうだ。

 いま追い詰められているのは僕のほうだった。

 ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐く。タクティカルベストの下に着込んだシャツには、水を被ったかのような汗染みが浮いていた。背にしている木肌の冷たさがやけに心地いい。体は湯気が立つほど熱いのに、腹の中は緊張で冷え切っていた。

 すでにマガジンを5つ消費。計80発のライフル弾を撃ったにもかかわらず、いまだなんの手応えもない。セリオスは無傷だ。

 僕のズボンや袖には無数の切り傷ができ、裂けた布地がうっすらと血に染まっていた。飛沫した石や木片によって出来た切り傷だ。いちおう矢は食らっていないが、状況は芳しくない。

 こちらの優位性を覆したのは『マジックアロー』のせいだった。

「――!?」

 遮蔽物にしている木の向こうで、魔力が膨らむような気配がした。やばい前兆だ。脳内で最大級のアラートが鳴る。僕はあわてて傍に立てかけていたライオットシールド(魔法障壁)を掴んだ。

 ヒュッという矢が放たれた細い音。

 山形を描いて飛んできた矢は、僕のいる場所から5m横を通り過ぎた。外したわけじゃない。あれはわざとだ。明後日のほうへと進んでいた矢が、突然、まるで意思を宿したかのようにグルリと方向転換すると、僕に向かって一直線に襲い掛かってきた。

 前方に掲げたシールドの中心に、もの凄い勢いで矢がぶつかる。

 ガゴンッという重い音。長方形に縁取られた視界に、緑色の波紋が広がった。

「ぐっ」

 矢じりを防ぐことはできたが、上半身に強烈な衝撃が駆け抜けた。シールドを掴んでいた両手に、びりびりと痺れが走る。

 これがマジックアローだ。

 事前のリサーチで、その存在だけは知っていた。

 矢じりやシャフト、矢羽などに魔術的な加工を施すことで、ただの矢に『特殊な効果』を付与する事ができる。軌道を自在に曲げることができるほか、地面に衝突した瞬間爆発するものや、2つに分かれて両サイドから襲い掛かってくるものなどバリエーションは豊富。こっちは直線的な攻撃しかできないのに、向こうは三次元空間を巧みに用いた攻撃をしかけてくる。おまけに魔力を使っているだけあって威力も半端ない。

 デタラメすぎて怒りを覚える。

 ファンタジーが本気で嫌いになりそうだ。

 唯一の救いは、さっきみたいにマジックアローの使用を察知できることだった。使用する際、魔力が膨らむような独特の気配がするのだ。それを『視る』ことで防御が間に合った。どうして知覚できるのかは自分でも謎だ。

 と、その時。

 枯葉を踏む音が耳に届いた。

 セリオスがチャンスだと思って移動を始めたようだ。

(させるか!)

 僕は木の角からM4A1の銃口だけを出して、フルオート射撃を見舞った。毎分850発という連射速度で銃口から発射炎が噴く。エジェクションポートから空薬莢がスプリンクラーのように吐き出される。セミオート(単発射撃)の時とは桁違いの反動。まるで手の中でM4A1が踊っているかのようだ。ほんの一秒足らずで、弾倉内にあった16発が無くなってしまった。フルオートは大食らいだからしかたない。5,56mm弾の雨を降らせたことで、セリオスの動きが止まった。

 ヤツの狙いはハッキリしている。

 接近戦に持ち込むことだ。

 絶対にそれだけは避けなければならない。僕は近接戦闘の素人だ。経験といえば体育の柔道ぐらい。いくら筋力トレーニングをしたところで敵うわけがない。

 しかし、このまま撃ち合いを続けてもジリ貧だ。

 くやしいが先手は常に向こうにある。

 不用意に顔を出そうものなら、悪魔のような正確さで矢が飛んでくる。足元には砕け散った鏡の破片。ついさっき、手鏡を使って向こうの様子を調べようとしたが、それすらも許してもらえなかった。

(こうなったら……)

 僕は眼を鋭くし、決意を固めた。

 シールドを昨日のように左右対称に曲げ、船の舳先のように変形させる。そして内側の片面に、左腕を接着させた。3本のベルト状のものが、蛇のように左腕に巻きつく。しっかり固定されているかを確認。これでシールドを左手だけで支えられるようになった。

 次に、シールド中央に銃眼(銃を構えるための穴)を作り、そこへM4A1の銃身を通す。左手でハンドガードを下から支え、バット(床尾)を鎖骨の下にあるくぼみにグッと押し当て、背中を丸める。最後に全身を紐で縛るように「締める」と完成だ。

 こうすることでシールドを構えながら銃を撃てるようになった。照準をシールドごと動かすため多少反応は鈍くはなるが、贅沢は言ってられない。

 作戦は単純明快。

 あえて身をさらして攻撃を受け、カウンターを叩き込む。

 手早くマガジンを交換し、セレクターをセミオートに戻すと。

 思いきって遮蔽物から飛び出した。

 間髪入れず矢の洗礼を浴びる。飛んできた矢は、前面に展開してるシールドによって弾かれた。直進してきたエネルギーが横方向へと逸らされる。睫毛を焦がすような位置で火花が走った。姿勢を立て直し、すばやく銃口を左右に走らせる。ヤツはどこだ。

 ――――いたっ!

 セリオスは、ちょうど木と木の間を移動している最中だった。

 遮蔽物はなく、丸裸状態。

 最高のタイミングだ。

 プログラミングされた機械のように照準を合わせる。

 殺意を人差し指に宿らせ、しぼるように引き金をひいた。慣れ親しんだセミオートの反動。マズルフラッシュが爆ぜる。初弾。ACOGに映し出されたセリオスの腕から鮮血が飛沫した。直撃ではないが腕の肉を裂いたようだ。まだ15発あるんだ遠慮せずにもっと食らえよ。反動を上半身でコントロールしつつ、リズミカルに引き金をひく。さらに脇腹を切り裂く。腿を浅く削る。だがどれも直撃じゃない。動きが早すぎて捉えきれないのだ。セリオスの体が、パルクールを髣髴とさせる前転宙返りを繰り出し、弾丸をかいくぐる。

 セリオスが走る。その後を弾痕が追う。

 けっきょく有効打を生み出せないまま、セリオスはまんまと別の木へと隠れてしまった。

 最後に放たれた弾丸が、土を抉って虚しく泥を跳ねさせた。

(ざけんなよくそったれ!)

 思わず内心で毒づいた。

 アクション映画に出てくる忍者みたいにライフル弾を全部避けやがった。素早いだけじゃない。まるで『引き金をひくタイミングを見計らったかのよう』な動き方だった。そのせいで弾道が「芯」を捉えることができなかった。ダークエルフは勘だけでこんなことができるのか?

 距離はいつのまにか30mにまで縮まっていた。

 次、接近を許せば終わりだ。

 何もかもが悪い方向に傾いている。

(くそ、とにかく距離を離さないと)

 僕は威嚇射撃をしつつ、後退を始めた。一歩、二歩、バンッ、のリズム。排出された空薬莢が障壁の内側に当たってキンッと鳴った。もし苛立ったセリオスがこっちに矢を放ってくれたら、即座にカウンターを入れられるのだが、向こうもそれが分からないほど馬鹿ではないようで、狙い通りにはいかなかった。





 5発目を撃った時だった。

 銃の機関部で「カチンッ」という音がした。ボルトが後退したままストッパーが下りた音。つまり弾切れのサインだ。僕はマガジンを交換するため、マガジンリリースレバー(弾倉取り出しレバー)を押した。

 ――ここで信じられないことが起こった。

 突如セリオスがこちらに向かって猛然と走りだしたのだ。

「なっ!?」僕は驚愕に目を剥いた。うそだろオイ。こんな大胆なことが出来るのは、こちらの弾切れを正確に理解しているとしか考えられない。だがどうしてわかった!? なんにしても最悪のタイミングだ!!

 僕は銃を構えたまま、急いでタクティカルベストからマガジンを取り出そうとする。しかしそこへセリオスが撃ってきた矢がシールドにぶつかり、衝撃でマガジンを取り落としてしまった。クソッ。

 あっという間に距離が縮まる。

 もうリロードは間に合にあいそうもない。

 即座に頭を切り替え、スリングを介してM4A1を後ろに回し、ホルスターからベレッタM92Fを抜いて右手で構えた。親指で弾くように安全装置を解除。シールドに新たな銃眼を空け、セリオスを狙ってセミオートで連射した。一呼吸で6発を発砲。断続的にとどろく銃声。しかし弾丸の群れは、突如出現した『壁』によってすべて弾かれてしまった。

(障壁っ……!?)

 セリオスの腕に巻かれたリング。

 その中央にある宝玉からホログラムのように擬似障壁が展開したのだ。

 『防御障壁機構』。

 内蔵した魔力クリスタルによって擬似的に魔法障壁を生み出すことができる付加装甲。

 そんなものまで持っていたのか!?

 しかも、それをこのタイミングまで温存していたのか!?

 さらに数発撃つが、やはり擬似障壁によって弾かれてしまった。

 9mm弾ではあの障壁を抜くことはできないようだ。

 あと7mもない。

 僕は接近戦を覚悟した。

 セリオスは走りながら弓を投げ捨てると、腰に下げていたナイフを抜いた。刃渡り50cmはあろうかという大型ナイフ。そのブレード部分が緑色に発光している。おそらく対魔法兵器の一種だろう。

 あと4m。

 死の瀬戸際。

 なのに僕は、口の端を吊り上げて笑っていた。

 テンションが上がっていく。それに呼応するかのように脳内シナプスが活性化され、集中力が爆発的に加速していく。コンマ1秒ごとに体が、高次のレベルへと押しあげられていくのが分かる。

 僕が、人の皮を脱いで狼になる瞬間。

 そして。

 衝突。

 2つの障壁が真正面からぶつかりあい、その中央で緑色の火花が円状に広がった。二匹の雄牛が頭をぶつけ合わせたような鈍い音が弾ける。なんとかタックルは堪えた。さあ来るぞっ!

 セリオスが擬似障壁を消す。同時に、大型ナイフを真っ直ぐ突き出してきた。ナイフがシールドに触れた瞬間、まるで薄氷にバーナーを当てたかのように、何の抵抗もなく穴を空けた。驚嘆すべき威力だ。

 ぽっかりと開いた穴から、毒蛇のような勢いでナイフが襲い掛かってくる。

 僕はすんでのところで体を捻ってこれを躱した。

 ビュッという風切り音。首の皮一枚の所をナイフが通り過ぎる。

 しかしこの刺突は単発ではなく、次の攻撃へと繋がっていた。

 ナイフのグリップ――その底には、鉤爪のような小さな突起がついている。セリオスはこの突起を使い、伸ばした腕を引く動作で、僕の頚動脈を切り裂こうとした。普通だったらこの二撃目にやられていただろう。しかし高められた僕の感覚が、この突起を見切った。弧を描いて横から襲い来た突起を、僕は上体を傾け、くぐるようにしてかわした。

「!?」

 セリオスの眼が驚きに揺れる。

 避けられたことに自分でも驚いた。

 完璧に避けられたことで反撃の糸口をつかむ。

 僕は、もはや邪魔にしかならないシールドを外すと、右手のベレッタを乱暴に撃った。しかし距離が近すぎて逆に当たらない。セリオスがサイドステップで銃口から逃れつつ、ナイフでベレッタの銃身を切りつけた。生身ではなく武器を狙ったのは、先に脅威を排除したかったからだろう。しかしこの選択が思わぬ結果を招いた。

 衝撃であらぬほうへと向いた銃口。そこから放たれた最後の弾丸が、幸運にもセリオスの左耳に命中したのだ。9mm弾が耳を付け根から吹き飛ばし、セリオスの顔の半分が血に染まる。

「――ッ!」

 予想外の負傷に、セリオスが一瞬怯んだ。

 その隙を僕は見逃さなかった。

 技術はセリオスの方が上。これを逃せば後は無い。

 全身の細胞を爆発させるかのような勢いで僕は動いた。

 破損したベレッタを投げ捨て、解体用ナイフを抜く。脳裏にあるイメージは仁侠映画の「鉄砲玉」。腰だめにナイフを構えて懐に飛び込み、ぶつかるようにしてセリオスの左脇腹に刃を突き刺した。水平にした刃はアバラ骨をすり抜け、脂肪と腹斜筋を切り裂きながらズブズブと食い込んでいく。古いゴムをハサミで切ったような感触がグリップ越しに伝わった。傷口から生暖かい血液が噴いて手にかかる。見れば刃の半分ほどが入っていた。上出来だ。「グガッ!」セリオスの口から苦悶の声が漏れた。

 だがセリオスもただではやられない。

「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 鬼の形相を浮かべながら、鋭い刺突を繰り出してきた。

 気付いた僕は、とっさに身を屈めて躱そうとした。

 だが今度は避けられなかった。「ィギッ」背中に熱いものが袈裟懸けに走った。くそっ、斬られてしまった。M4A1が壊れた音も。だが衝撃はそれほどでもなかった。傷は思ったよりも浅かった。出血もそれほど感じない。背にしたM4A1が盾になってくれたおかげかもしれない。

 まだ動ける。

 まだ戦える。

 僕は低い姿勢のまま、「おおおおお!!!!」と咆哮を上げ、セリオスの両足を掴んだ。体育の柔道で、黒帯から一本取ったこともある得意技「双手刈(もろてがり)」を仕掛けた。考えずとも体が動いてくれる。セリオスの両膝の裏を両手でがっちりとホールドし、同時に、左肩で押しながら引き倒した。

 セリオスがバランスを崩して後ろに転倒した。畳ではない固い地面に背中を強かに打ちつけ、その手からナイフがこぼれる。

 僕は仰向けになったセリオスの左サイドに回りこむと、四つん這いの体勢から膝蹴りを繰り出した。狙いは――――まだ刺さったままの解体用ナイフ。渾身の膝蹴りがグリップの柄頭に激突する。ぞぶり、とナイフの刃は一気に根元まで沈んだ。

 「!」セリオスの全身が、ブリッジでもするかのように大きく跳ねた。

 刃が内臓まで達したのは確実だ。

 やったか。

 そう思ったが、しかしここで終わりではなかった。

 驚くことにセリオスは、内臓を損傷しながらも、強烈なパンチを打ってきた。もう一度膝蹴りをしようとしていた僕は、この拳を鳩尾にもらってしまう。横隔膜が強制的に萎縮し、数瞬の呼吸困難を起こす。さらに蹴りが腹部に直撃した。腸がひしゃげたかと思うような重い一撃。衝撃が腹筋から背中へと突きぬけ、僕は後方へ吹っ飛ばされた。

 2度、3度と地面に激突してようやく止まる。

「グッ……ァァ……」

 噛み締めた歯の隙間から悲鳴が漏れる。息ができない。今のでアバラが何本か折れたようだ。内臓へのダメージもあるかもしれない。まだ息ができない。何度も息を吸い込んでいるはずなのに息苦しさが収まらない。もしかしたら折れた肋骨が肺に刺さったのかもしれない。そうだったら最悪だ。

 だめだ、すぐに動けそうもない。

 僕は今すぐ起き上がるのを諦め、ダメージが落ち着くのを待った。















※主人公の障壁を「ライオットシールド」「シールド」と統一。

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