3-32 デトネーター (new) 5/7
オラツィオの先導に従い、森の中を歩く。
歩き始めてすでに20分が経過。ずいぶん奥まできている。
森は起伏のとぼしい平地に、ブナのような暗灰色の樹皮の木が林立している。どれも幹が太く立派。遮蔽物に困らずにすみそうだ。奥へ進むにつれ、だんだんとぬかるんでいた土が固いものへと変わってきた。よかった、と安堵する。これなら走るのに支障は無い。
空気を吸い込む。
すると森林の香りに混じって、チリリとした緊張を鼻腔に感じた。
そろそろか。
僕は胆力を練り、いつ何が起こっても対処できるようにしておく。
メインアームはM4A1。装填数16+1。今回、銃本体に「スリング(負い紐)」をつけて肩からたすき掛けにしている。こうすることで両手を自由に使えるようになり、咄嗟に拳銃に切り替え、ふたたびアサルトライフルに持ち替える時などに便利だ。
サブアームはベレッタM92F。装填数15+1。ポーチを改造して作った右腰のホルスターに収納している。
タクティカルベストには5,56mmマガジンが8つ。計128発を携帯。
左腿のピストルマガジンポーチには9mmマガジンが2つ。
ペンホルダーにS&W M500のマグナム弾が5発。
左肩に解体用ナイフ。魔法薬2。解毒薬1。
キャップを後ろにかぶり、鉄仮面で顔を覆う。
胸には自己流の武士道。
それが現在、僕が保有している戦力のすべてだった。
やがて、目的地とおぼしき場所が見えてきた。
木が乱立する中、そこだけぽっかりと何もない空間がひらいている。まるで自然が生んだ闘技場のようだ。その中央に、一人の姿があった。
歳は20代頃。細面の男だ。
体の線はどちらかといえば細いほう。
黒のレザージャケットにズボン。手には、モンゴルの騎馬民族が持っていそうなコンポジットボウ(屈曲型短弓)が握られていた。後ろ腰には2つの矢筒。ベルトにも何かしらのアイテムが詰まったボックスが装着されている。複数のナイフ。腕には妖しげなリング。随分と重装備だ。甲冑を着ていないのは、5,56mm弾には通用しないと理解しての選択なのだろう。
聞かなくても分かる。
ヤツがセリオスだ。
下っ端とはあきらかに迫力が違う。その体から立ち上る気迫には、周囲の植物を腐らせてしまうほどの禍々しさがあった。一筋縄ではいかない相手だと瞬時に理解する。
一対一でも厳しいというのに――――厄介なことに僕のまわりには他にも敵が潜んでいた。巧妙に隠れているため目視できないが、確かにいる。しかも複数。森に入ったことで鋭敏化した僕の嗅覚が、待ち伏せている男たちの気配を嗅ぎとっていた。
やっぱり罠だったか。
「ひとつ聞いていいですか?」と僕。
「なんだ」と前を歩くオラツィオ。
「ここには僕らの他に誰もいないんですよね?」
試すような質問をする。
するとオラツィオは「ああそうだ」と鷹揚に頷いた。
「お前とセリオス様、それと立会人の俺だけだ。決闘には誰も手を出さないってのが、俺たちメーディオ・ファミリーの流儀だ」
「へー、そうですか」
気のない返事をしつつ、僕はこっそりと溜め息をついた。
よくもまあ真顔で嘘がつけるもんだと呆れてしまう。
でもこれですこし気が楽になった。こういう相手になら、残酷な手段でも躊躇なくやれる。オラツィオは、自覚なく僕のスイッチを入れた。
(……ここらあたりでいいかな)
僕は不意に足を止めた。
気付いたオラツィオが、怪訝に眉根を歪めながら振り返る。
「なに止まってんだよてめえ」
「……」
「なんだ、いまさら怖気づいたか?」
オラツィオはフードから覗く口元に、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
人の神経を逆撫でするのに、お手本のような笑顔。だが、これからコイツの身に起こる不幸を考えれば、それほど腹は立たなかった。僕はオラツィオを無視。スリングを使ってM4A1を脇にどけ、ベレッタを抜いた。ベレッタの上部を左手で掴むと、まるで自分の腕でも触っているような自然な動きでスライドを引き、弾丸の一発目を薬室に送り込む。安全装置も解除。
同時。
僕の内側で、灰色の狼がのそりと身を起こした。
僕は頭の中で、その狼の背中をそっと撫でた。
待たせたね。そろそろいいよ。
「お、おい、お前なんのつもりだ!」
異常を察知して、オラツィオが焦ったように吠える。
僕はこれも無視し、勝手に話を始めた。
「知ってます? 死後、閻魔大王の死者裁判を受けるには、長蛇の列に並ばないといけないそうです。地球では20秒に一人死者が出るそうですし、こっちの世界と数をあわせると、きっとすごい大行列なんでしょうね」
「はああ?」話を理解できないオラツィオが、すっとんきょうな声を出す。
「列に並んでいる間、後から来たあなたの仲間にお伝えしてもらえますか?」
「『お前達を殺したのはゾーイ・ハミルトンとハッシュ・クレイブンの仇を討つためだ。よくその名前を噛み締めながら地獄に落ちろ』って」
「お前まさか!? ま、待て、こっちにゃまだ人質、ダイナマ」
くだらない言葉に付き合うつもりは無い。
言い終わる前に僕は引き金をひいた。
利き腕による片手撃ち。距離5m。外しはしない。
弾丸は定規で引いたような正確さで、男の眉間に命中した。
頭蓋骨を打ち砕き、弾丸は右脳と左脳のちょうど中間地点で、拳大ほどの空洞を生みだした。弾頭に蓄えられた物理エネルギーはそれで留まらず、さらに男の後頭部を破壊して飛び出した。後ろに穿たれた穴から肉片がほじくり出される。しかし男のフードによって飛び散ることはなかった。襟首から、どろりとした人間のスープが流れ落ちる。離れていてもその強烈なニオイがこっちまで漂ってきた。
たった一発の弾丸で脳機能が崩壊したオラツィオ。その右手からダイナマイトのコードがすべり落ちた。あのコードは強く引くことで着火するタイプのもの。火をつけるのよりは確かに早いが、こうやって不意をつけば簡単に無力化できる。っていうか油断しすぎなんだよマヌケ。
念のため、僕はさらにもう一発オラツィオの頭部に発砲した。ボスッという鈍い音と共に布地に穴があき、2本目の肉のトンネルがオラツィオの頭部に開通した。
着弾の衝撃でフードが後ろに捲れ、表情があらわになる。
「――」
オラツィオは目を丸くしたまま絶命していた。
下半身が溶けたようにオラツィオはその場に倒れた。
さあはじめるぞ。
ひとつ気合を入れると、僕は息を吸い込み、強く声を張った。
「よく聞け、そこに居るマヌケ! 僕は気が変わった! もう人質がどうなろうと知ったことか! 決闘でもなんでもお前だけで勝手にやってろバーカ! じゃあな!」
僕は踵を返すと、地を蹴って走りだした。
背後で複数の気配が、慌てて動きだすのを感じた。走りながら肩越しに振り向くと、案の定、隠れていた男たちが追いかけてきていた。どいつもこいつも、赤いマント目指して突っ込む猛牛のように凄い形相だ。あはは、怒ってる怒ってる。
みずから地獄の釜に飛び込んでいるとも知らずに。
僕は内心でほくそ笑みつつ、手ごろな木の陰に隠れた。
横幅3m以上。
遮蔽物にはもってこいの大木だ。
僕は木を背にし、ベレッタだけを角から出して牽制射撃を行なった。「うわあっ!?」「ひい!」追いかけていた連中の足が止まる。この隙に、作業に取りかかった。
意識を集中。
手のひらに2粒の金属片――――プライマー(銃用雷管)を召喚した。
これは5,56mm弾の底についているもので、この部品に強い衝撃を加えると発火し、ガンパウダーに着火して弾丸が発射される仕組みになっている。ボクサー型とかピンファイア型とか種類があるらしいけどよく知らない。とにかく叩けば火が出る部品だ。
「んの野郎ォオ!」
「ざけたことしやがってブッ殺してやる!」
男たちがふたたび走りだした音。
時間がない。急いで作業を続ける。
ポーチから短く切り詰めたダイナマイトを2つ取り出す。これはリュッカさんのお土産だ。導火線部分の口を開けると、ダイナマイト用雷管があらわれる。その点火薬部分に、さきほどのプライマーをセット。ズレないように固定して、しっかりと口を閉じる。
じゃじゃーん。
あっというまに『手榴弾』が完成。
僕は木の陰から、男たちに向かって手榴弾を投擲した。いい位置に落ちる。すばやく体を戻し、背を丸めるようにしゃがんだ。目を閉じ、口を開け、小指を両耳につっこむ。対ショック姿勢完了。
いま投げた2発の手榴弾には、どちらも導火線がない。
火もついていない。
なので当然そのままでは爆発しない。
ではどうやって点火するのかと言うと、『指を曲げるだけでいい』。
まぁ見てのお楽しみだ。
僕は、意識を見えない糸でプライマーと接続。成功。右手の人差し指を立て、トリガーを引く感覚でグッグッと2度曲げた。するとプライマーが反応し、まるで撃針で尻を叩かれたかのように発火した。
そのままダイナマイト用雷管の点火薬に引火。
起爆薬、導爆薬へと連動していき、ついに爆薬まで火が及ぶ。
その瞬間ちいさな塊が爆ぜ、その容積には見合わない暴力が周囲に撒き散った。
衝撃。轟音。空間がゆがみ、たわむ。爆風を浴びた枝葉が悲鳴のような音を立てて千切れ飛ぶ。瞼を閉じているはずなのに、一瞬、暗い視界がまっ白に染まるような閃光を見た。
膨張した空気の波が、音速を超える速度で僕の背後から押し寄せてきた。背にした大木がその衝撃を受け止めてくれたが、ゼロというわけにはいかない。まるで背中から敷布団を何枚も何枚も被せられたかのような圧迫感を味わう。僕はこの程度で済んだが、はたして向こう側はどうなっていることやら。
衝撃が去り、静寂があたりを包む。
ゆっくりと瞼をあけると、すこし視界がぼやけて見えた。
首を振ると、歪んでいた世界の輪郭がクリアになる。聴覚にも異常なし。僕は膝に力を入れて立ち上がった。
映画やゲームなどで多く登場する手榴弾は、外側が金属に覆われており、これが炸裂時に金属片となって飛散、広範囲にダメージを加えることが出来るようになっている。これを破片手榴弾と呼ぶ。今回僕が使った自作の手榴弾は、ただ爆発炎と衝撃波を発生させるだけのシンプルなもの。比べると殺傷力は低い。危害半径も狭い。だが、相手から先手を奪うには十二分な威力があった。
それに20m内なら、さっきみたいに遠隔操作も可能。超便利。
弾の少なくなったベレッタに新たなマガジンを挿し、安全装置をかけてからホルスターに戻す。
アサルトカービンを構えなおし、一度「ふぅ」と細く息を吐く。そして木の陰から半身だけを出した。
視界の先には、惨憺たる光景が広がっていた。
一番手前。おそらく至近距離で爆風を浴びたのだろう、男の体は、巨大なシュレッダーに放り込まれたかのように木っ端微塵に吹き飛んでいた。あたり一面に赤い体液が飛び散っている。バケツに溜めた血液をぶちまけたってこうはならない。千切れた腕が、すぐ近くの枝にひっかかり、振り子のようにブラブラと揺れていた。
二番目に近い男は、飛散した枝の群れに襲われたのだろう。全身に尖った枝が突き刺さり、グロテクスなオブジェと化していた。さらに酷い火傷と裂傷も負っている。だが残酷なことに男は死に切れず、言葉になっていない呻き声を漏らしていた。
残り2人は、すこし距離があったため爆風圧の直撃は免れたようだ。だが怪我は軽くない。2人とも両耳から大量の血を流し、夢遊病者のようにフラフラと歩きまわっていた。その視線は定まっていない。ひと目で、正常な思考ができていないことがわかる。
僕はM4A1で迅速に処理していく。
引き金をひく。
発射炎が銃口から伸び、パッと血煙が弾ける。ライフル弾は横たわっている男の下腹部に命中。弾丸は腹のなかを好き勝手に跳ねまわり、背中側にあいた弾痕から大腸や小腸をむりやり引きずり出した。男は究極の腹痛を抱えながら絶命することとなった。
さらに引き金をひく。
棒立ちしていた男の頭部に命中。パンッと乾いた音とともに頭蓋が爆ぜ、男の体が後ろにひっくり返った。乾いた枯葉の層に男の脳髄が染み込んでいく。
確実に息の根が止まるよう弾を撃つ。撃つ。撃つ。躊躇なんてしない。
業を負う覚悟はとうにできている。
「――あれ?」
最後の一人を仕留めたところで、僕はある事に気付いた。
セリオスが見当たらない。
ぞくりと悪寒が走った。歩いていたら板を踏み抜いたような、そんな浮遊感を味わう。
直後、視界の端できらりと何かが光った。
「!」
考える前に、僕は身を伏せた。
頭上を「ホヒュ!」という音が走り抜ける。そして近くの木に長い棒が刺さった。矢だ。間一髪、首を狙って飛んできた矢を避けることができた。見れば、矢は半分ほどが幹にめり込んでいた。当たったらどうなっていたことか。遅れてゾワゾワと鳥肌が立つ。
射ってきたのは、やはりセリオスだった。
ヤツは50mほど離れた木の傍にいた。
どうやら仲間4人を囮にするようにして追ってきていたようだ。そのため爆風を免れた。なんて用心深い野郎だ。
僕は伏せたまま、セリオスに向かってセミオート射撃で応射。
しかし木の裏に隠れられてしまい、仕留め損なった。
セリオスの代りに弾丸を受けた大木が、ばらばらと木片を散らせた。
貫通は期待できそうもない。
「くそ!」
強く言葉を吐き捨てる。
このまま身をさらし続けるのは危険なので、別の遮蔽物になりそうな木へと移動した。




