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3-28 ひとときの休息 (new) 1/7

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 二度目の夜がやって来た。

 時刻は深夜の1時。

 僕は昨日とおなじように丸太に腰掛け、ひとり見張りについていた。

 4時間の仮眠をとっているので眠くはない。

 ただ、すこし暇を持て余していた。

「……」

 水あめのような焚き火をぼんやりと眺める。薪が焦げるニオイ。時折、思い出したかのように火が爆ぜる。どこかで鳴いているフクロウの声がやけに響いて聞こえてきた。

 静かな夜だ。

 こうしていると昼間の出来事がすべて嘘のように感じてしまう。

 パチリと音を立て、夜空へと舞い上がっていく火の粉に目をやりながら。

 僕は休息所でのことを思い出していた。



 ――――あのあと。

 賊を撃退した僕たちは、駆けつけた街道警邏隊にその場を任せ、いそいで近くの休息所に駆け込んだ。ドミニクが魔力欠乏症を起こしかけていたのだ。さいわい症状はかるく、点滴をうってしばらく安静にするだけでよかった。おかげで到着予定日が一日ずれ込むことになったが、まあそれは仕方ない。

 ドミニクの治療が終わるまでの間、僕たちは自由行動となった。

 マルコは馬車の点検。すぐ終わるそうなので、僕は冒険者ギルドの出張所で、マルコが戻ってくるのを待つことにした。出張所は宝くじ売り場によく似た建物だ。10畳ほどのスペース。ガラスの張られた正面窓口からは2人の職員が見えた。その頃リュッカさんはというと…………知らない。気付いたときには消えていた。どーせシャワーだろう。

 僕は外に備え付けられているベンチに座った。

「ふー」

 タクティカルベストを外し、帽子を脱いで頭をぶるぶると振る。熱を溜めこんでいた髪の隙間に冷たい空気が入ってきて気持ちいい。

 ベンチに背中をあずけ、だらしなく足を投げだし、水筒で一服。

 ようやくひと心地ついた。

「お疲れのようだね、オガミ君」

「……え。あっ、ロジャーさん!?」

 突然の声に振り向く。

 いつの間にかロジャーさんが出張所の窓口に立っていることに気づき、僕はあわてて居住まいを正した。

「す、すみません」

「そんな畏まらずとも、楽にしてくれてかまわないよ」ロジャーさんは瞳を細め、それから少し困ったように眉根を下げた。「しかし、私はそんなにおっかないかね? オガミ君には優しく接してきたつもりでいたが、まさかそこまで怖がられていたとは……寂しい限りだ……」

「い、いえ、ちがうんです! 別にそんなつもりはなくて!」

 哀しげに声のトーンを落とすもんだから、僕は慌てて釈明する。

 するとロジャーさんは表情を一変させ、晴れやかに破顔した。

「ははは、冗談だよ」

「ちょっ、からかわないでくださいよ!」

「すまんすまん」

 イタズラを成功させたロジャーさんは、楽しげに目じりの皺を深めてスマイルを浮かべる。その気さくな笑顔につられて、僕もつい笑ってしまった。

 ロジャーさんは報告書作成のためにここへ来ていたそうだ。

 窓口のカウンターデスクに肘を乗せ、アリの行列のように小さな文字が並ぶ書類を広げている。責任者というのはなにかと大変だ。ようやっと戦闘が終わったというのに、鎧を脱ぐ暇さえないのだから。しかし彼は背筋をシャンと立たせ、僕に疲れた素振りなどみじんも見せなかった。

 それどころか、

「今回のキミの活躍は、私が責任を持って報告しておく。きっと高く評価されるだろうから楽しみにしていなさい」

 そう言って、西部劇に出てきそうな二枚目俳優の顔で、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。瞬間、世界が四角く縁取られ、まるでスクリーン越しに見ているかのように僕に錯覚をおこさせた。「……っ」なぜかわからないが、僕の胸がドキッと音を立てた。

 ロジャーさんは書類作成のかたわらで、皮の前掛けをした鍛冶屋と思しき男に、剣と大盾を預けていた。たぶん整備に出すのだろう。

「盾の内側に『防御障壁機構』が組み込んである。ついでにみておいてくれないか」とロジャーさん。

「あー?」大盾を裏返しにした鍛冶職人は、めんどくさそうに眉根を寄せた。「ウチにゃあまともな設備がないから、クリスタルのチェックと残量計算くらいしかできんぞ?」

「それでかまわない」

「……しょうがない、わかった」とても客商売とは思えない態度で、職人は了承した。「受け渡しはギルド出張所でいいんだな?」

「ああ」

「支払いは前金で――」

 なんとなしに2人の会話を聞いていた僕は内心で首を捻った。さっきの『防御障壁機構』って何だ? ずいぶん物々しい名前だったけど、きっと知っておいた方が良さそうな事柄だよな。

 僕は会話が終わるのを待ってから、ロジャーさんに尋ねることにした。

「あの、さっき話していた防御障壁機構ってなんですか?」

「ん、ああアレか。ここ1,2年になって急に普及しだした付加装甲の一種だよ」

「えっと……?」

「かんたんに言えば、魔力のない者でも、魔法使いのように障壁を生み出して身を守ることができるマジックアイテムのことだ」

「……」

 それを聞いて僕は絶句した。

 知らなかった。この世界には、そんな物まであるのか!?

 ロジャーさんの話によると、防御障壁機構とは――――特殊な加工を施された魔力クリスタルのことで、少量の魔力で起動させれば、擬似的に障壁を生み出すことができるそうだ。便宜上、この障壁のことを「擬似障壁」と呼ばれている。

 擬似障壁は、本職の魔法使いのように宙に浮かせて使用することが出来ないため、防具、とくに盾や腕輪に固定して使用するのが一般的とされている。クリスタル内の魔力があるうちは何度でも使用可能。加工次第では強力な障壁を生み出すこともできるが、消費される魔力も比例して多くなるため、大容量のクリスタルが必要となる。特に剣士に好まれて使われているそうだ。

 ロジャーさんの隣に立ち、一言も聞き漏らすまいとメモを取る。

 知らずうちに、ページの上を走るペンに力がこもっていた。

 今日勝てたのは、向こうがロクな防御手段を持っていなかったからだ。しかし、もし、5,56mm弾を防げるほどの擬似障壁とやらを全員が装備していたら? 作戦は破綻、最悪僕は死んでいたかもしれない。

 しかも今後、これを装備した敵と戦う可能性は十二分に考えられる。擬似障壁を展開し、横一列に隊列を組む鎧騎士を想像し、僕は昼の陽射しを忘れるほどの寒気を感じた。

「しかしこれがまたけっこうな金食い虫なんだよ」

 はは、と冗談めかしてロジャーさんは言ったが、その顔には隠しきれない苦いものが滲んでいた。

 主材である魔力クリスタルは、町で使われている低品質なものではダメだ。装着できるスペースが限られているため、小さく、かつ高純度でないといけない。そのため目玉が飛び出るほど高価で、かけだしの冒険者では最低ランクのものでも手が出せないそうだ。おまけに維持費も高い。背伸びをした若い冒険者がこれのせいで借金を背負う、という話がよくあるそうだ。

「身を守る防具に、身を蝕まれては世話ないな」とロジャーさん。

 まったくです。

 魔力のリチャージができるため繰り返し使用は可能だが、そのリチャージにも当然お金がかかる。そして何より壊れやすい。話の途中、ロジャーさんは何度も溜め息をついた。お金、お金、お金。その心中、この赤貧オガミシンゴは痛いほど分かります。

 でもよかった。

 高価だということは、それだけ装備している人口は限られているということだ。

 その希少性や高価なことから、防御障壁機構は、冒険者にとってある種のステータスシンボルになっているそうだ。

 いい話が聞けた。

 僕はぱたんと手帳を閉じると、感謝の気持ちを込めて深々と一礼した。

「ロジャーさん、ご教授ありがとうございます。大変勉強になりました」

「……」

 沈黙を不思議に思いつつ顔を上げると、ロジャーさんは意外なものでも見たかのようにポカンとしていた。やがてその表情が緩みだし、目元が優しい弧を描いた。

「ハハハ、まったく君というヤツは、本当に生真面目な男なんだな。さっきまで賊を相手に大暴れしていた凶暴な男とはとても思えんよ。いや、ますます気に入った!」ロジャーさんは声量を大きくし、テーブルをタンッと景気よく叩いた。「こんな親父の話でいいなら、いくらでも教えてあげよう。わからないことがあったらいつでも私の所に聞きに来なさい」

「は、はい、ありがとうございます! すごく助かります!!」

 勢いに気圧されつつも、嬉しい気持ちを溢れさせてもう一度頭を下げる。

 ロジャーさんはカラカラと笑った。

 ややあって、向こうからマルコが手を振っているのが見えた。

 どうやら整備が終わったようだ。

 これ以上ロジャーさんの邪魔をするのも悪いので、

「それじゃあ、マルコとさきに行ってますね」

「ああ、ゆっくり休んできなさい」

 一言断りを入れてから、出張所をあとにした。

 マルコと合流し、店舗が集中しているスペースへと向かう。

 空気に含まれる食事の香りに、腹の虫が「ぐるるがるるる」うなり声を上げる。内臓が2,3個抜け落ちたくらい空きっ腹だったのだが、食事より先にシャワーを浴びることにした。

「マルコ、さきにシャワー浴びていい?」

「え? ……ああ、うん、そうだよね。そうしたほうがいいよ」

 僕の姿をあらためて見たマルコは、すぐに納得してくれた。

 いまの僕は、そのまま飲食スペースに入ったら、確実に叩き出されるぐらいドロドロに汚れていた。

 戦闘での汚れは想像以上に激しい。命のやり取りをすると、体内の脂肪が溶けだして汗と一緒に流れてるんじゃないかと思えるくらいに汚れる。さらにその上から、土ぼこりやら粉塵やらのパウダーがまぶされる。まるで砂場に落とされた飴玉になったような気分だ。

 今すぐにでもシャワールームに駆け込みたいところだったが――そうもいかなかった。

 シャワールームを探し歩いていると、

「ヴェェェーン!!」

 突然、隣を歩いていたマルコが僕にしがみつき、あたりに響き渡るほどの声で泣きだした。これには本当に驚いた。さっきまで普通にしていたマルコが、なんの前触れもなく、いきなり火がついたように号泣を始めたのだから。何事かと周囲の視線が集まりだす。

 オロオロとするばかりだった僕は、やがてその原因に気がついた。休息所についたことで緊張の糸が切れ、堪えていた感情を爆発させてしまったのだろう。

「ジンゴー、だ、だずげでぐれで、ドミニグをだじゅげでぐれで、あ、ありがどぉ。ごめんねぇ、ヒッグ、大変なごどざぜじゃっで、無理させじゃっで、ごめんね、ごめんねぇえ、ぼぐのぜいで、ウッグ、ヴェエエエエン!」

 背中を震わせ、嗚咽交じりにそんなことを言う。

 僕はやれやれと苦笑した。まったく、自分が悪いわけでもないのに。

 本当に純真というか、気持ちの優しいヤツだ。

 そんなヤツのために体を張れてよかった。

 そう思えた瞬間だった。

「ほら、もういいってマルコ」僕は優しく声をかけ、その背中をかるく叩いてやった。「友達のためだったらこれぐらい当然だろ? だからもう泣くな」

 それはマルコを慰めるための言葉だった。

 しかし。

「ッ!? ……シ、ンゴ……ウ……ウブブ……」

「え、ちょっ」

「ブエエエエエエエエエエ!!!!」

 余計に泣かせることになってしまった。

 それから1時間。体中の水分を出し切るまで、マルコの号泣は続くことになった。

 その後。

 なんとか解放された僕は、無事にシャワーを浴び。僕とマルコとリュッカさんという珍しいメンツで昼食をとることになった。その間、「……」なぜかリュッカさんはぶすーっと不貞腐れて一言も喋ろうとしなかった。時折、かまってもらえない猫のような視線を僕に向けてくる。口を尖らせるその横顔は、普段よりも幼く見えて可愛いと思うのだが、しかし意味が分からない。何がお気に召さないのだろう? まあ彼女が気まぐれなのはいまに始まったことではないので、気にせずナイフとフォークを動かし続けた。

 食事も終わり、一息ついた頃。

 警邏隊からの報告が届いた。

 それによると――――遺体に彫られた刺青がどれも一緒だったことから、おそらくマフィアの構成員の集団であることがわかった。なぜそんな連中が、さして価値もない積荷を狙って襲ってきたのかは不明。どういった地域に属している組織なのかは、いまも捜査中とのこと。

 岩場で確認できた賊の死体は12。右が7。逃げた賊を合わせると総勢20人以上になる。逃げた賊は、この地域を統治している領主軍が現在追っているそうだ。今日、明日の命だとロジャーさんは言っていた。ぜひともそうあってほしい。

 ドミニクの取り巻き2人の遺体だが、ギルドの出張所に預けることになった。こうすることで、彼らの帰るべき場所に送られるそうだ。いっしょにドミニクも送ろうかという話になった。つまり彼だけリタイアさせるということだ。しかしドミニクはこれを拒否。それについて誰も何も言わなかった。僕も、おとなしくしていれば文句はなかった。

 治療を終えたドミニクを馬車に乗せ。

 僕らは日没前にできるだけ距離をかせぎ。

 国道近くの野営地でキャンプを張った。



(……あっ、火が小さくなってきたな)

 パチリと爆ぜる火が、僕を現実へと引き戻した。

 僕は前かがみになって、焚き火に薪をくべた。小さくなった火が薪へと舌を伸ばし、たちまちのうちにその体積を増やしていく。こうしていると、まるで餌をあげているみたいだ。そんな下らないことを考えつつ、ふたたび丸太に腰を落ち着けた。

「はぁ……」無意識にため息がもれる。

 疲れた。

 食事と仮眠で体力はおおかた回復した。しかし精神的なものはなかなかそうもいかない。意識すると、体のあちこちに黒いモヤのような濁りを感じた。

 今日殺したのは、動物ではなく人間だ。たとえそれが悪党であっても、負担に感じないわけがなかった。これでもし何も感じないようだったら、それはもはや人とはいえない。機械かサイコパスだ。この疲労感は、僕にちゃんと人の心があるという証でもある。

 後味こそ悪いが、しかし必要以上にストレスを感じてはいなかった。

 山賊バズの時もそうだったが、どうも僕には殺生という『業』に耐性があるみたいだ。

 映画とか漫画で、良心の呵責に悩み苦しむ主人公が描かれているのをよく目にする。でも僕にはその手の葛藤がほとんどない。いや、あるにはあるんだけど悩みが長続きしない。『必要だから殺した』。その笑ってしまうほどシンプルで、だからこそ強力な「自分の答え」が、ぽつぽつと湧きあがってくる大小の悩みをことごとく踏み潰してしまうのだ。

 人の命を軽視しているわけじゃない。

 死んでいい人間なんて一人もいないと思っている。

 でも、それでも人を殺さないといけない瞬間があることを、僕は骨身にしみて理解している。この世界に来てすぐ、灰色の狼が、僕の腕を噛み砕きながら教えてくれた。やられるまえに、やれ。やられたら、やりかえせ。

 だから僕は迷わず選択できる。 

 もし明日、殺人が必要だと判断したら――――僕は迷わずに引き金をひく覚悟がある。自信じゃない、覚悟だ。

 しょうもないことには延々と悩むくせに、このあたりの考えには全くブレが出ない。

 そんな自分が、僕はけっこう好きだったりする。

 僕はコーヒーをカップに注ぐ。

 しばらく湯気を楽しんでから、ゆっくりと味わった。緊張で凝り固まっていた内臓が、あたたかな液体によって、じんわりと揉み解されていくのを感じる。体の中で張り詰めていた何かが、すこしだけ緩む。生きている事を実感する瞬間。「ふぅぅ」先ほどとは別の種類のため息をついた。

 ふと夜空を見上げと、薄雲の向こうに月がぼんやりと浮かんでいた。

 アイザックの弟、アントンを救った時の、あの月を思い出す。

『僕に任せろ。かならず助けてきてやる』

 この力強い言葉を口にできたのは、あの日の経験があったからだ。アントンを背負ったときに感じた温もりが、僕を強くしてくれた。不意に鼻の奥がツンとする。夜はダメだ。どうも感傷的になってしまう。

 なぜだか無性に。

 あの月に向かって遠吠えがしたくなった。











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