表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/100

1-9



 今日で3日目。

 僕はいま、退屈と戦っていた。

 やることがない。

 怪我はなくても体力(魔力?)をかなり消耗していて、おまけに全身筋肉痛。なるべく横になって回復に努めるほかなかった。

 しかし眠ろうとしても、未舗装の道を木の車輪で通っているもんだから、ガッタンゴットンと揺れて、とてもじゃないが眠れない。いまも腕を頭の下に置いておかないと、後頭部が床にガンガン当たって目もつぶれないほどだ。

 辺りが暗くなると帆馬車の一団は一箇所にあつまってキャンプをするので、その時になってようやく眠ることが出来た。

 そして今は移動中。お日様は高く、夜まではまだ時間がある。

(暇で死にそうだし、『あれ』の確認でもするかな)

 僕は静かに目を閉じると、意識を集中させた。

 すると真っ暗な瞼の裏に、一冊の本が、ぼんやりと浮かび上がってきた。

 分厚くて立派な本だ。その表紙には、一匹の狼が森を背に遠吠えしている絵が描かれている。すごく好みのデザイン。

 次に、本を開くように念じる。

 すると表紙が開き、ひとりでにページがパラパラと進んでいく。

 そしてページが止まった先には、拳銃のベレッタM92Fが、まるで本物と見まごうほどの精緻さで描かれていた。

 しかし絵のほかには空欄が目立ち、さびしい限りだ。ページの下には、4+1という数字だけがポツンと記されていた。

 さらにページを進むと、アサルトカービンのM4A1もある。

 気づいた時には、この『本』が頭の中にあった。

 目を閉じる度にこれが浮かんできて、だんだん薄気味悪くなった僕は、冒険者の一人に聞いてみた。すると彼は驚きながら教えてくれた。

 この本は、魔法使いなら誰でも使うことが出来る「スペルブック」と呼ばれる技術らしい。彼が驚いたのは、それが誰でも知っていることだったからだ。

 ページに描かれている絵が、魔法として使えるということらしい。

 さきほどの「4+1」という数字は、マガジンに入る弾数が4発で、薬室にセットされた弾が+1。満タンの状態で5発撃てるという意味を表している。

 M4A1は「3+1」と記されている。

(にしても、少なすぎるよなぁ)

 思わずため息がこぼれる。

 公式の数字では、ベレッタなら15発、M4A1なら最低20発は入るはずだ。

 なのに、なんだこの落差。原因がわからない。

 そもそも僕の魔力とやらは、一体どれぐらいの量があるんだ? 

 わからないことが多すぎる。

 魔法に関して、キャラバンの人々に尋ねまわったが、収穫はほとんど無かった。

 この世界では、魔法の知識は、それ自体が商品として取り扱われるくらい貴重なものらしく、傭兵の人たちもほとんど知らないのだ。

 情報を得るためには、クソ高い魔道書というものを購入するか、アドバイザーみたいな人から情報を買うしかないらしい。

 いま僕が魔法についてわかっている事は2つ。

 1、使いすぎたら死ぬ。

 2、回復するには精のつくものを食べて寝ましょう。

 そんだけ。

 傭兵のなかに魔法使いがいてくれれば聞けたかもしれないが、無料で教えてくれたかどうかは分からない。いや、たぶん無理だろう。

 帆馬車の一団を助けた礼として、銀のコインを5枚貰ったけど、これで足りるかどうかもわからないし。

 けっきょく、肝心な事は何も分からない。

 僕は魔法使いの癖に、魔法のことをまったく知らないのだ。

 どういう事をすれば危険で、どういう手順で魔法を運用していいかが分からない。

 一番肝心なことだというのに!

 説明書がついていない中古のRPGゲームを買ってしまったような歯がゆい気分だ。

 おまけにスタート地点に化け物を配置する、初見殺しの鬼畜仕様。

(くだらないことを考えるのはよそう)

 僕は気分を変えるために別のことをはじめた。

 まぶたを上げ、枕元にある学生鞄ほどのサイズの皮袋を引き寄せる。この皮袋は貰い物だ。すこし獣くさいけど、そこは我慢する。ちなみに今僕が着ている服も貰いもの。縫い目のチクチクが気になるけど、前に着ていた服は洗ってどうこうなる状態じゃないので、これしかない。

 鞄の中にはベレッタとM4A1の予備マガジン、そして数本の水晶牙が入っていた。

 中身を確認し、まだ弾が足りないと感じた僕は、マガジンの補充にとりかかった。

 まずベレッタの9mmマガジンから。

 左手に意識を集中させ、空のマガジンを召喚する。次いで弾丸を一発ずつ生み出し、ゆっくりとマガジンに込めていく。

 弾の詰まったマガジンを一度に召喚させることも可能だが、こうしてバラバラに召喚して組み合わせたほうが、負担が少ないことが分かった。

 もうガス欠になるのは御免なので、なるべく焦らず、ゆっくりと作業を続ける。

 気持ちが悪くなったら作業をやめ、回復するのを待ち、ふたたび作業に戻る。

 そして満タンになったマガジンを皮袋に入れる。

 ちなみに、いまここで銃本体を召喚したりはしない。

 銃には、召喚させるときの魔力消費のほかに、銃を維持させるのにも魔力が消費され続ける。ひねりっぱなしの蛇口のように魔力が出続けるのだ。

 このルールを知らなかった僕は、目が覚めてすぐにM4A1を召喚し、2度死に掛けるはめになった。先に言っておけよと怒鳴りたくなる。

 マガジンに関しては維持のコストは必要とせず、一度召喚したらそれっきりだ。

 銃もマガジンも『邪魔だなぁ』と思うと消滅する。原理? 知らんよ。

(本当に説明不足のゲームだな)

 苦笑いを浮かべつつ、次にM4A1の予備マガジンに取り掛かった。

 これには特に注意しないといけない。

 体感だが、ベレッタのマガジン4つと、M4A1のマガジン1つ分のコストが同等のようなのだ。実質4倍のコストなので、さきほどと同じペースでやるわけにはいかない。

 慎重に、空のマガジンを召喚していく。

 そうして皮袋に十分な弾薬が補充されたころで、

「ちょっと待てよ……」

 僕はあることを閃いた。

 バラバラに召喚したことで、魔力のコストを減らせたわけだ。

 ということは銃本体もバラバラに召喚して、その場で組み立てられれば、コスト削減に繋がるんじゃないのか?

 いや、僕に銃の組み立ては出来ない。

 でもマガジンの無い状態で召喚したらどうだろう? 

 後で装填すればマガジン分のコストが浮かないか? 試してみるだけの価値はある。

 忘れないうちに僕は、貰ったメモ帳に記録を取った。

 あー、あともう一つ。

 銃を召喚したとき、すぐに撃てる状態で召喚できないか試さないといけない。

 召喚してから、スライドを引いたりチャージングハンドルを操作しないと銃が撃てないというのは非常に不便だ。パッと出してパッと撃てないといけない。

 グズグズしてると、あっというまに殺されてしまう。

 なにせ僕は、棒で叩かれただけで死ぬ程度なんだから。

 メモ帳とスペルブックを見比べながら、あれこれと考えを巡らしていると、

「どうかされましたかな、オガミ殿」

 となりから、しわがれた声がかかった。

 僕が寝転んでいるこの馬車は、同乗者がもう1人いる。音を出さないように努めていたのだが、目を覚まさせてしまったのだろう。

 申し訳なく思い、すみませんと頭を下げると、壮年の彼は皺だらけの手を振った。

「いやいや、お気になさらないでください。私も暇をもてあましていましてね」

 そういって笑う彼の顔は、包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 手を振るその指も、数が合わない。

 毛布の下も、同じような状態なのだろう。

 ふと水晶牙での治療も考えたのだが、申し訳ないが却下した。

 僕が明日、彼と同じ目にあったときに困るからだ。

 僕は曖昧に笑みを浮かべながら、武器の準備をしているとだけ伝えた。

 すると彼は、大げさに目を見開き、

「なんという心がけ! こうして横になっている時ですら、武具の整備に余念が無いとは。いやはや、近頃の若造どもにオガミ殿の姿勢を見習わせたいものですな」

 ことさら大げさに褒めてくれた。

「いや、そんな立派なもんじゃ」

「はっはっは、ご謙遜を。しかしなんですな、オガミ殿はその若さで礼儀作法も心得ておられるご様子」


「オガミ殿のご両親も、さぞやご高名な方なのでしょうな」


「……」

 何か言おうとしていた僕は、その言葉に凍りついた。

 冷たい汗が、背中を伝う。

 自分の薄情さに、おもわず頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。

(……僕はなんてやつだ)

 ここにきて、ようやく気づいたのだ。

 この3日、一度たりとも両親の事を考えなかったことに。

 現実世界では、僕は行方不明扱いされているはずだ。学校から忽然と姿を消し、何の書置きも無い。きっと両親は困惑し、悲しんでいるはずだ。

 事故や遭難、誘拐。そして自殺。いくらでも不穏な言葉が当てはまる。

 父や母が、そのことで相当のストレスを抱えることなんてすぐに想像がつく。

 それなのに僕は、今の今まで両親の事を全く考えもしなかったのだ。

 不満があったわけじゃない。

 父と母も大好きだ。悲しませたくないし、2人からの愛情も感じていた。


 でも。

 帰りたいとは思わない。


 心を突き刺すような罪悪感はやがて薄れ、かわりに別の感情によって塗り替えられた。

 高揚感だ。

 冒険者の話を聞いてから、僕の胸の中に芽生えたこの衝動を抑えることができない。

 この世界に来てから、ほぼ四六時中、思案に没頭している。

 僕は確かめたいのだ。

 いったいこの世界で、僕に何ができるのか。それを確かめずにはいられないのだ。

 現実世界では出せなかった素敵な答えを、この異世界でなら見つけられるかもしれない。そう思うだけで、心が跳ね上がる。

 もし現実世界に帰れる方法が見つかったとしても、たぶん僕は――

「どうかされましたかな?」

「……いえ……すこし眠ります」

 そう言って僕は、毛布を頭からかぶった。

 たぶん僕は。

 この世界で生きていくことを選ぶ。





 ちなみに壮年の彼が、僕のことを「オガミ様」と連呼したのには訳がある。

 最初に名前を聞かれたとき、とっさに「拝真悟」と名乗ってしまったのだ。

 時代劇『無頼の狼』に因んだ名前だ。

 とくに深い意味はない。

 僕はこの世界で、その名前で呼ばれたかっただけだ。

 邪気乃仄暗き惨殺王と名乗らなかっただけマシだ。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ