3-23 救出部隊
秒速900mで疾駆したライフル弾が、男の顔に着弾した。
頬に喰らいついた弾頭は、頬骨を砕き、表情筋をベリベリと剥がしながら、さらに奥へと潜りこむ。そうして頭蓋骨の内部まで到達した瞬間、弾頭の運動エネルギーによって、周囲の組織が押しひろげられ、空洞が生みだされた。この残酷な現象を「空洞現象」とよぶ。銃撃による傷の度合いは、この空洞を、体のどこで起こすかによって左右される。重要な臓器や血管なら致命傷。なかでも頭部は最たるものだ。
男は即死。
瓦解した顔面から右眼が飛びだし、岩に当たってコンッと音を立てた。
向こうも、ただ黙ってやられ続けたりはしない。
岩を遮蔽物にして、その奥から3本の矢が放たれた。
矢は一度たかく上昇し、そして山なりの軌道を描きながら、僕の方へと迫ってくる。しかし3本の矢はすべて、ロジャーさんが構えた障壁――船の穂先のように2つに曲げた、等身大のライオットシールド――によって弾かれた。
前にいるロジャーさんが、障壁を中腰で構えて防御を担当。
後方に控えている僕がM4A1で攻撃を担当している。
僕はすぐさま反撃に転じた。
さっき矢を撃ってきた奴らは、かなり離れた位置にいた。
(このまま狙うのはちょっとしんどいかな)
そう思った僕は、意識を集中させ、(もっと大きく)と念じた。するとACOGのレンズに映る景色がボヤけ、瞬きひとつほどの時間で、より拡大されたものへと置きかわった。僕の生み出すACOGは、手を使わずに倍率を変更する事ができる。
倍率は2倍から6倍へ。
このACOGは、高倍率にすると、魔力の消耗が急激に跳ね上がるという困った性質がある。銃と障壁の維持だけでも、すでに結構な負担になっているってのに。魔力をムダにはできない。さっさとキメろ、オガミ・シンゴ。
対物レンズの先。
岩の裏で、次の矢を番えようとしていた男に狙いを定めた。
(アタマ見えてんぞ、マヌケ野郎)
鉄仮面の下で、うすく笑う。
十字レティクル。
障壁にあけた銃眼。
そして男の頭部が、すべて直線で並んだ瞬間、僕は引き金をひいた。
するどい銃声と共に、反動が肩から全身へと駆けぬける。弾頭は狙い違わず男の頭部に炸裂。頭蓋骨の破片と脳の一部がパッと爆ぜた。
男の体が、ドミノのように、ゆっくりと横へ倒れていく。
すると、傍にもう一人隠れていたようで、倒れてきた死体に押し出されるようにして、岩陰からその半身をあらわにさせた。男が慌てて死体を押しのけ、岩の裏へと戻ろうとする。させるかよ。僕は運のない男を狙って3発撃った。うち2発命中。
魔力という未知の発射薬によって撃ちだされたライフル弾の前には、粗悪な鉄の甲冑なんて何の役にも立たない。きりもみ回転しながら飛翔した凶悪な弾頭は、甲冑ごと男の体を貫通し、背後にある岩にめり込んだ。どうやら弾道が太い血管を傷つけていたようで、前後に通った肉の穴から、勢いよく血が吹き出た。
周囲にいた男たちが仰天し、あわてて伏せたのが分かった。
よし今だ。僕はロジャーさんの肩を後ろから叩いた。
「怯みました! あの岩まで前進してください!」
「応っ!」
力強い声とともに、ロジャーさんが前進を始める。僕も周囲を警戒しつつ後に続いた。
その途中、やぶれかぶれで放たれた一本の矢が、障壁にぶつかって「ゴンッ」と音を立てた。障壁が半透明なので、敵がどこから矢を射ったのかが分かる。それは良いのだが、自分を狙って飛んでくる矢が見えるのは、あまり気持ちの良い物ではなかった。
「強度は申し分ないが、生きた心地がしないな」
と、背を向けたままロジャーさんが笑う。
僕は、先ほど矢を射ってきた男の胸に2発叩き込み、そして笑い返した。
「見晴らしが良すぎるというのも考えものですね」
「まったくだ。それにしても、君には驚かされてばかりだよ」
「そうなんですか?」
「ああそうだとも。新人だと聞いていたが、その落ち着きようはなんだね。まるで修羅場慣れした傭兵のようじゃないか。おまけに君のその魔法だ。質も、腕も、並じゃない。そんな命中精度の高い魔法を私は見た事がないぞ。だいたいなんだこの障壁は。なぜ私が君の障壁を持ち運びできるんだ? 考え出すと眩暈がしそうだよ」
「はあ」そんないっぺんに言われましても。
「オガミ君。キミは本当に新人か?」
「明日で1ヶ月目です」
「い、1ヶ月だと!?」
顔を見なくてもロジャーさんが仰天したのが分かった。
「ははは、まったく、これだから世の中ってヤツは。次から次にとんでもないモノが出てくる。時代に取り残されていく気分だよ、まったく――――11時方向っ!」
「はいっ」
照準を11時方向――――左斜め前方へと向け、銃眼を空け、回り込もうとした男に狙いを定めて引き金をしぼった。
弾は音速を超えるスピードで岩と岩の間をすり抜け、男の首元に命中。
5,56mm弾が鉄の胸甲板に穴をあけ、その下にある僧房筋と太い血管を切り裂く。男が背にした岩肌に、頚動脈から噴きあがった鮮血が飛び散った。足が止まったところへ、さらにもう一発。左胸部に命中。男の体が後方へと吹っ飛び、岩にぶつかり、ズルズルとずり落ちた。
「見事っ!」
「いえいえ」
手早く弾倉交換をしつつ、障壁の表面に損傷が無いかをチェック。
いまロジャーさんが持っている障壁は、普段の物とは形が異なる。高さ2mほどの板を二枚、45度の角度で接着したような形状。上から見ればアルファベットの「A」だ。この横棒が、持ち手になっている。
なぜ曲がっているのかと言うと、それには理由がある。
傾斜をつけることで、正面からの攻撃に対し、より高い防御力を得られるのだ。事前に5,56mm弾でテストしたところ、平面では平均4発でヒビ割れ、7発目でやっと貫通したのに対し、傾斜は10発撃っても貫通できなかった。
その理論を元にして、この特大の障壁を作った。
厚さはドミニクの物に及ばないが、それでも強度でいえばほぼ同じといってもいい。
ま、そんなに強度がなくても問題ないんだけどね。
なぜかと言うと――。
「一斉射、来ますっ!」
前方で緑の矢じりを確認し、僕らは急いで岩陰へと隠れた。その数秒後、複数の矢が、ザッと切るような音を立てて降り注いだ。しかし矢の大半は岩が弾き、残りは障壁が弾いた。こうして遮蔽物をうまく利用すれば、簡単に凌ぐことができる。ドミニクのように道の真ん中で、バカ丁寧に矢を受けてやる必要などないのだ。
物陰からさらに一人仕留めて、移動を再開。
砕氷船の如く。
ゆっくりと、確実に、相手の陣地を切り崩していく。
しばらくして、敵に動きがあった。
数人の男が岩場を走って、接近を図ったのだ。ACOGにチラリと映った男の顔は、死を覚悟した悲壮なものだった。仲間のために命を捨てたか。見上げた根性だ。
岩を縫うようにして動いているため、なかなか狙いをつけさせてくれない。1人が足もとの血溜まりを踏んづけてバランスを崩す。そこへ弾丸を撃ちこみ、仕留める事が出来た。しかしその間に2人取り逃してしまった。くそっ、弾が10発しか入らないというのは色々と厳しい。
「2人来ます!」
「わかった。後ろは頼む」
「了解です」
残弾は3。
男たちの気配が、もうすぐそこまで来ている。装填は間に合わない。僕は鉄仮面の下で接近戦を覚悟した。いいぜ来いよ相手してやる。
2人の男は、前後から挟み込むようにして襲い掛かってきた。
ロジャーさんは前方の男に猛然と突進した。強く踏み込み、障壁の鋭角な部分を、男の顔面に叩きつける。額から顎先にかけて、骨が陥没した。男の口から、血と歯と悲鳴が飛びだす。ロジャーさんは、障壁を屋根のように頭上にかかげると、剣を抜き、するどい突きを放った。剣の先が、男の首元にふかく沈む。一突きで男の生命が断ち切られる。ロジャーさんは最後に、障壁でタックルして男の体を弾きとばした。
僕は後方の男を対処。
高められた反射神経が、男から先手を奪いとった。
照準をおおざっぱに男の胴体にむけ、そして引き金をしぼる。銃口から殺意を宿した弾頭が飛びだす。弾は男の腹部に命中。男の甲冑に小さな穴が開き、その下で、人体の解体がはじまった。弾丸径5.69mmの牙が皮膚に食い込み、肋骨を砕き、横行結腸をズタズタにした。砕けた肋骨が小さなカミソリとなって男の体内を傷つける。そして運動エネルギーが腹部で「空洞」を生じさせ、下腸間膜動脈を上下に分断した。
男の体が、電流でもあびたかのように硬直する。
続けざまに頭部に照準を合わせて、発砲。命中。
やはり僕の作る5,56mm弾は強力だ。そして残酷だ。
ライフル弾の直撃を受けた男の頭部は、半分ほどが吹き飛び、グロテクスな前衛美術のようになっていた。中身がどろりと零れて肩にかかる。男の手からナイフが落ちた。特攻する気概は見事だが、ちょっとアイディアが足りなかったんじゃないかな。
気配を探るが、特になにも感じない。
安全を確認し、僕はリロード作業にはいった。
銃身に弾を一発残したまま、マガジンを外す。銃は基本的に、マガジンを抜いたとしても、『薬室に弾薬が入っていれば、一発だけ撃つ事ができる』。だが撃てるのは薬室に待機している一発だけ。こういう一発だけ残してリロードすることを「タクティカルリロード」と呼ぶ。
新たなマガジンをポーチから取り出そうとした――――その時だった。
すぐ近くの岩陰から、気配が膨れあがった。
「っ!?」
驚いてそちらのほうに向くのとほぼ同時に、男が、岩の上から僕目掛けて飛びかかってきた。
くそったれ、と臍を噛む。
近づいてきたのは3人だったのだ。第六感を当てにしすぎていた僕のミスだ。
なんとか引き金を引くが、まともに構えていない弾が当たるはずが無い。ラスト一発は、宙を泳ぐ男の横をかすっていった。
ぶつかり、もつれ合うように後ろへ倒れる。
背中を強打し、ガハッと息を吐き出した。
仰向けに倒れた僕の上に、男が押さえつけるように跨り、マウントポジションを取った。そして逆手で握ったナイフで、僕の喉を突き刺そうとする。僕は咄嗟にM4A1を水平に持ち、男の手首にぶつけるようにしてナイフを防いだ。
「オガミ君!」
ロジャーさんが助けに来ようとするが、「クソッ」敵の矢がそれを阻止する。
「死ねっ。死ねっ。死ねえ!」
上に乗った男が、血走った目を僕に向けてくる。
男は背中を丸め、全力でナイフを押し下げようとする。だがその刃先は、僕の皮膚から30センチ手前で停止したままだった。グッ、グッと男が体をゆすって勢いをつけても、ピクリともしない。
なぜなら、下から押し返す力のほうが強いからだ。
毎日毎日毎日。
歯を食いしばり、血を流すような思いをして、鍛えに鍛えに鍛え続けた、上腕二頭筋が、大胸筋が、背筋が、男の筋力を完全に上回っていたのだ。
ゆっくりとナイフが押し戻されていく。
男の顔が焦燥に歪む。それを見て僕は嗤う。死ぬのはお前だクソ野郎。
そうして男との間に、ある程度のスペースが開いたところで、僕はすばやく左腕を引いた。同時に、右腕を横に振り――――銃のストックで、男のコメカミを横から殴打した。
ガツンッという確かな手応え。もちろん全力だ。ストックはアルミ合金の芯が入っている。こんなもので人体の急所を殴打されれば、無事とはいかない。
男の目が泳ぐ。その目は何も見ていない。男の意識が、頭からはじき出された。
チャンスだ。
僕は男の後髪を掴むと、グイッと引き寄せ、頭突きをかました。鉄仮面の額から、ぐじり、と鼻の軟骨がつぶれた音。男が血を吹いて仰け反る。僕は男を蹴り飛ばして、マウントから抜けでた。
右手に弾が装填された状態のベレッタM92Fを召喚。スライドを引き、カエルのようにひっくり返っている男の胴に2発、顔に2発撃ちこんだ。それこそカエルのように男の体が跳ねる。
男が完全に死んだのを確認し、肺にたまった空気を吐いた。
鉄仮面の下で、冷や汗がどっと吹き出た。いまのは本気でやばかった。
(あぁクソ、そういうことだったのか)
そして今頃になって、自分が犯した2つ目のミスに気付いた。『サイドアーム』だ。
サイドアームとはメインウェポンが弾切れや故障を起こした際に、バックアップとして用意している武器のこと。僕は常時消費されていく魔力をすこしでも抑えようと、サイドアームとしてベレッタを召喚することを避けた。おかげでこのザマだ。危うく死に掛けた。目の前の事しか考えないからこうなるんだバカ野郎。反省は後だ。
僕はベストのポーチに、ナイフで底に穴をあけ、無理やりベレッタを突っ込んだ。即席のホルスターだ。
「オガミ君、怪我は?」
「ありません。そちらは?」
「大丈夫だ」
短く状況を伝えあう。
僕はそばに転がっていたM4A1を拾おうと、手を伸ばし――――やめた。
もうこの銃は使えない。新しいのが必要だ。
「ロジャーさん、準備に10秒ください」
「了解した」
このアサルトカービンは、ゼローイング(照準調整)をしなくても、いきなり200m先の標的を撃てるようなデタラメな性能をしている。そのくせ、さっきみたいに乱暴な、本来とは違う使い方をすると、とたんにヘソを曲げ、まっすぐに弾が飛ばなくなるのだ。
見た目は鉄の塊だが、ときおり生き物のような表情を僕に見せてくれる。
だから愛おしく思える。
僕はこの世界に来てから、銃に愛情を持つようになった。
こいつは僕の体だ。僕の肉、僕の骨だ。そして僕の意思だ。
緑色の光線の渦から、M4A1が産声をあげて生み出される。マガジンを差し込む。魔法薬を2口飲む。気力はまったく衰えていない。
きっかり10秒。
「いけます」
「よし、進むぞ」
ドミニクまで、あともうすこしだ。