3-19 キャンプ
途中トラブルがあったものの。
僕らは予定通り、初日の終点である国道沿いの野営ポイントに到着した。広く平坦な場所には、簡素な水場がぽつんとあるだけで、ほかには何もない。僕ら以外に人はおらず、なおのこと広く感じた。
今日はここで一泊し、明朝6時に出発する。
暗くなる前に、夕飯の準備にとりかかった。ここでも朝のように3つのグループに分かれ、僕はリュッカさんと一緒に準備をしていたのだが――また困ったことになった。
2人で肩を並べてしゃがみ込み、ジーっとある一点を見つめ続ける。
やがて、ポツリとリュッカさんが言葉を漏らした。
「……また消えたわよ」
「……そうですね」
「どうなってるのよ」
「それは僕じゃなくて、焚き木さんに聞いてもらえませんか?」
「冗談言ってないでさっさと火を起こしなさいよ」
「うーん」
腕を組んで唸る。
僕にキャンプの経験はなく、すぐ近くで作業しているマルコを参考に、見よう見まねでカマドを作った。だけどこれが上手く行かない。落ちていた石を拾って「C」の字のように重ねてカマドもどきを作り、中央に薪を突っ込んで火をつけるのだが…………焚きつけの小枝や落ち葉が燃えるだけで、なかなか薪にまで火が移ってくれないのだ。
マルコは一発で出来たから、けっこう簡単なんだと思ってたのに。
いったい何が悪いんだろう? さっぱり分からない。
マルコに聞けばすぐに分かるんだろうけど……。
「アンタが自信満々に出来るって言うから任せたのよ?」
リュッカさんにこう言っちゃった手前、聞くに聞けないでいるのだ。
マルコのカマドでは、すでに美味しそうなスープの湯気が立っている。
片や僕らのカマドは、目にしみる煙が上がるのみ。おまけに隣からの視線も痛い。
「あーもー見てらんない! ちょっと貸しなさいよ!」
いい加減焦れたリュッカさんが、僕の手からマッチを奪いとった。
「あとは私がやるから、アンタは向こうで鍋でも洗ってなさい」
「えっ、リュッカさん火起こしできるんですか?」
「ったりまえでしょ、こんな簡単なこと」
何やら自信がおありのご様子。
「じゃあ後は頼みますね」
「さっさと行きなさいよ。ホント使えないグズ男ね」
「……」
へーへー返す言葉もございやせん。
僕は自分の位置を譲ると、鍋を片手に、すごすごと退散した。
でも、なんだかんだ言ってリュッカさんは頼りになる。僕の知らない事を知っているし、出来ない事が出来る。さすが冒険者の先輩だなと感心していたら背後で爆発音が轟いた。驚いて振り返ると、そこには、戦斧のように手刀を振り下ろし、カマドと薪木を粉砕しているリュッカさんがいた。
聞かなくても分かる。上手く火がつかなくてムカついたんだな。
じとーっと視線を向けていると、
「っ!?」
目が合った瞬間、イタズラが見つかった猫のような表情を浮かべた。
僕はひとつ溜息をつき、元の位置へ。
そして優しくこう言った。
「よくできました」
「なっ、なんで褒めたのよ!?」
「あとは僕がやっておきますから、何も出来ないグズ子ちゃんは、あっちの砂場で遊んでいてください。あと出来ない事は出来ないと素直に言える大人になりましょうね?」
「なにえらそうに言ってんのよっ! アンタだって出来なかったくせに!」
「うぐっ」
図星をつかれてムキになった僕は、学級委員会の時の小学生みたいな口調で反論した。
「ちっ、ちがいますー! すくなくとも僕はカマドを作りましたー! でもどっかの野良ショベルカーさんがブッ壊して更地にしちゃいましたけどー!」
「はあ? あれのどこがカマドよ! アンタが作ったのはブッサイクなカラスの墓じゃない!」
「おみゃーさんが作ったのはただの砂利じゃにゃーかっ!!」
「砂利じゃないわよっ!」
「じゃあ何なんですかこのバラバラ殺人事件みたいな残骸は!」
「これは、その」
リュッカさんはそこで視線を彷徨わせ、そして閃いたといわんばかりに顔を輝かせた。
……嘘つく気満々じゃねえか。
「これは下地よ!」と自信満々に言う。
「へー、それはそれは」
アゴを上げてフフーンと得意げになっているリュッカさんを――――クレオパトラが愛用していたと言われる由緒正しい物干し竿を売りつけに来た訪問販売員を見る専業主婦のような絶対零度の眼差しで一瞥する。
「ずいぶん本格的なんスねー」
「まぁねー私くらいになるとカマドにも完璧を求めちゃうからしっかりと基礎から作っていきたかったのにどっかの馬鹿が調子乗って邪魔してくるからちっとも作業がすすまないのーあー困っちゃうわー邪魔ねー死んでくれないかしらー」
「ほーほー」
「わかったらどっかいきなさいよバカ犬」
「じゃあ出来上がったら呼んで下さい。たぶんその頃には餓死してると思いますけどー」
「んな!? アンタさっきから一言多いのよ! 顔だけじゃなくて性格までひん曲がってんじゃないの、このブ男!」
「その言葉そっくりそのままお返ししますよ、この『しこめ』!」
「シコメって何よ!」
「リュッカさんみたいな女性を指す言葉ですよ!」
「だから何っ!」
「ブスって意味だよブースッ!」
「言ったわねえええええっ!!」
「言いましたけどおおおっ!!」
尾を踏まれた雌獅子のような形相を浮かべるリュッカさんと、負けじと狼のように眉間に皺を寄せてガルルと唸る僕は、鍋を挟んでバチバチと睨みあった。間に薪を置けば摩擦で着火できるくらい視線をぶつけ合っていると――何かに気付いたリュッカさんが、スッと表情を戻した。
もう2,3応酬があると思っていた僕は毒気を抜かれ、思わず素で尋ねた。
「どうしたんですか急に」
「……アンタの恋人が来てるわよ」
さっきまでとは別種の苛立ちを浮かべつつ、アゴをしゃくるリュッカさん。
恋人?
疑問を抱きつつ、視線の先を追うと――そこにはボナンザがいた。
両手にはウサギが一匹ずつ握られている。昨日撃った、あのウサギと同種だ。ボナンザは体を揺らしながら僕の傍まで来ると、はいどうぞとウサギを差し出してきた。もしかして……。
「もしかして、僕のために?」
問いかけに、灰色の頭がコクンと頷いた。
この瞬間、僕の中にあるボナンザ愛が、バックドラフト現象を起こし、体中の穴という穴から吹き上がりそうになった。
……おまえって……おまえってやつあよお!!
感極まった僕は、ボナンザの首をギュッと抱きしめた。
ボナンザも受け止めるように、僕の背中に前足を回す。
重なり合う二つの影。
どこからともなく現れた鳩たちが一斉に羽ばたく。
僕の瞳から感涙のしずくが零れ、キラリと光を放った。
「僕のために取りに行ってきてくれたんだね! 移動で疲れているというのに!」
「クルルル」
「えらいねっ、かしこいねっ、おりこうだねっ」
「キュルルル」
「ご飯が終わったら体を拭いてあげるからね! いい子いい子してあげるからね!」
「キューッ!」
僕はさっきまで喧嘩していた事も忘れ、熱い抱擁を続けた。
それを傍目で見ていたリュッカさんはというと、
「……フンッ」
面白くなさそうに鼻を鳴らすと、どこかへ行ってしまった。
「これじゃダメだよ、ちゃんと隙間を空けなきゃ」
「うんうん」
「あと下は平らな石じゃないとダメだよ。バランスが悪いと後で崩れるからね」
「なるほど」
マルコのレクチャーを受けつつ、メモに取る。
薪に火をつけるには、闇雲に薪を束ねるのではなく、薪の間に『空気の通り道』ができるように組まないとダメだそうだ。そういえば酸素がなくなると火が消えるっていう実験があったよな。あれと原理は一緒か。
教えられた通りにすると、ムカつく位あっさりと火が点いた。メラメラと燃え広がる火を前にして、思わず「おおー」と小さく嘆声を漏らす。こんな簡単にできるなんて、あの無駄な時間は一体なんだったんだ。やはり素人が見よう見まねでやるとロクな事がない。これもメモに残しておこう。
なにはともあれ。
「ありがとうマルコ、おかげで助かったよ」
「これぐらいお安いご用だよ。また何かあったら気軽に呼んでくれていいから」
そう言って立ち去ろうとするマルコの背中を、「あっ、ちょっと待って」僕は慌てて呼び止めた。不思議そうな顔をしてマルコは振り返る。
「どうしたの?」
「よかったらウサギの肉を貰ってよ」
「えっ、いいよそんな、気を使わなくても」
「いいから。何かお礼がしたいんだよ。ちょっとそこで待ってて」
そう言い置いて、返事を待たずにその場を離れた。
なんだか今のやり取りって、おすそ分けを遠慮しあう主婦みたいだったなとクスリと笑った。
あらかじめ手ごろな木に逆さ吊りにして、血抜きしておいたウサギの解体を手早く始める。まず後ろ足に切れ目を入れて一周させ、次に垂直に数cmほど皮だけを切る。すると毛皮の一部が足の肉から分離するので、あとはその毛皮をつかんで外側へと引っ張るってやると、まるでズボンを脱がすように、下へ下へと剥がれていく。途中邪魔な尻尾や膜を切除しつつ、そして皮が胸元あたりまで来ると、
「ボナンザ、ここをチョッキンして」
「グル」
カランビットナイフのようなボナンザの爪で、首と両前足をスパッと落とし、一気に引き下げると、毛皮が完全に剥がれる。あとは内臓と動脈を取り除けば完了だ。取り除いた臓物を血抜きのために掘っておいた穴に入れて後処理はOK。
後ろで一連の作業を見ていたマルコが、ぱちぱちと拍手した。
「すごい。随分と手際が良いんだね」
「練習でよくウサギ狩りをしててね。ついでに自分で解体してたんだよ」
解体の知識は、市場で肉屋をやっているオバちゃんに頼み、作業を見学させてもらって学習した。愚図る子供の服を脱がせるより簡単だわね、とはオバちゃんの談だ。
マルコはしきりに「へー」と感心するように頷きつつ、
「……にしても、すごいなぁ」
2匹目をチョッキンしているボナンザを、興味深げに見ていた。まるでキリンの食事風景を檻越しに眺めている少年のような様相だ。
「この子が珍しい?」
「えっ!? あ、う、うん」
何となくの質問に、マルコはおずおずと頷いた。
「ここまで大人しく従う走竜を見るのは初めてで、つい」
「あはは、この子を前に管理していた馬場の人も同じ事を言ってたよ」
「馬場って事は……やっぱり闘竜なの?」
「そうだよ」
「っ!?」
それを聞いたマルコはピタリと動きを止め、音を立てないようにナイフを置き、そーっとボナンザから離れ始めた。そのコメディータッチの反応を見て、つい笑ってしまった。
「大丈夫、噛んだりしないよ」
「でも、その」言い辛そうに視線を迷わせつつ「…………危なくない?」
「ぜーんぜん。ボナンザちょっとおいで」
僕はボナンザを呼ぶと、血で汚れた爪を、塗らしたハンドタオルでやさしく拭ってあげた。気持ち良いのか、うっとりとした顔をしている。そして綺麗になった手を開かせると、おもむろに自分の手と組み合わせた。
「シンゴ!?」マルコがぎょっとした声を上げる。
「いいから見てて」
落ち着かせるように言って、ボナンザの手を握り締めた。手の甲にボナンザの爪が当たるが、しかし皮膚に穴が空くことはなかった。ボナンザが微妙に力加減をしているからだ。それを目の当たりにしたマルコは、驚いたように瞼を瞬かせていた。
「この子は外見がこうだから誤解されがちだけど、人間のルールをきちんと理解できるくらい知能が高いんだ。今みたいに理性も強く働いてるから、ちゃんと力の加減も出来る。僕が思うに、たぶん走竜の中でもかなり特別な種類なんじゃないかな。ねっ、ボナンザ」
「ルギュウッ」
相槌の鳴き声を上げ、僕の肩に、すりりっと頬を擦り寄せてくる。
ほら危なくないよ、と笑みを投げかけると、マルコはしばらく迷った素振りを見せた後、及び腰になりながらも僕の傍へと戻ってきた。そして、
「……ごめん」
申し訳なさそうに目を伏せて言った。
「もしかしてボク悪いこと言っちゃったかも……」
「いいって、そんな気にしないで」
「……うん」
「僕も初めて会った時はビビッてたしね。誰だってそうだよ」
「シンゴもそうだったんだ」
茶目っ気たっぷりに言うと、マルコはどこかほっとしたような表情を浮かべた。
コロコロとよく表情の変わる子だ。子、といっても同い年なんだけど。
「でも慣れるとメチャクチャ可愛いく見えてくるんだよ?」
「そうなの?」
「うん」
「……」
マルコは恐る恐ると僕の陰から顔だけを覗かせ、すぐ傍にいるボナンザをじっと凝視した。仕草の一つ一つが小動物みたいだなと思うが口に出さないでおく。そうするうちに、だんだんと固く緊張していた背中が柔らかくなっていくのが分かった。どうやら警戒心が解けてきたようだ。
「たしかに、つぶらで可愛い目をしてるね」とマルコ。
「そうなんだよ! この濡れた瞳がたまんないんだよねー!」
「あと耳もチャーミングだね」
「くぁあ! わかってるじゃないかマルコッ!――って、おわわっ!?」
話に熱が入ってきたところで、いきなり背中に強めの衝撃を受け、思わず前に転倒しかけた。何事だと驚いて振り返ると、「クギュッ」ボナンザが頭を押し付けてきたのだと分かった。大方、話に参加できずに寂しくなったのだろう。
僕はやれやれと嘆息し、その長い顔を両手で挟み込むと、軽く左右にゆすった。
「なんで君はそんなことするかなー」
「クギュルル」
「そんな喉鳴らしてもダメだよ」
「クギュゥ」
悪びれもせず、僕の手に顔を擦りつけようとする。
「あーもう、しかたのないヤツだなぁ」
苦笑しつつ、目の間から鼻にかけての直線を優しく撫でてやった。ここが一番のツボらしく、甘えたように鼻を鳴らしながら、三角の耳をパタパタと動かし始めた。「……」そんな僕らのやりとりを、マルコはすこし切なそうに見ていた。
「よかったらマルコも撫でてみる?」
「え、いいの!?」
視線に気付いた僕がそう提案すると、マルコは表情をぱっと明るくさせた。しかしすぐに顔を俯かせ、モジモジと指先をいじりはじめる。たぶん本人は無意識にやってるんだろうけど、見ているこっちからすると「どうしたの? 迷子?」と思わず声を掛けたくなる様な、庇護欲を一本釣りされるようなオーラを醸していた。本当に同い年なのか?
マルコは顔を上げると、実年齢を大きく下回る幼い表情を向けてきた。
「でも、やっぱりダメだよ」
「どうして?」
「だってほら……ボ、ボクが触ったら……怒るんじゃないかな」
「そんなことないよ。ボナンザもいい子にしてるよね?」
「クルルッ」
「そ、そう?」逡巡し、やがて好奇心に負けたマルコは「……じゃあちょっとだけ」
そうは言ったものの、やっぱりまだ怖さが抜け切れていないようだ。
マルコは眉をハの字にしてギュッと目をつぶり、内股でぷるぷる震えながら、おっかなびっくりという様子で指を伸ばした。ああもう、その様子が女の子みたいでやたら可愛いやら、ちょっかいをかけたくなるようなオーラを放射しまくっているやらで。
つい我慢できなくなった。
「気をつけてマルコッ! そこを撫でると噛まれるよっ!」
驚かせるようにそう言った。
反応は激烈だった。
「キャアアアアアアアッッッ!」
ホラー映画さながらの悲鳴を上げ、マルコは犬に鉢合わせした子リスのように飛び上がると、そのまま垂直にペタンと尻餅をついた。ボナンザも声に驚いてビクンと尾を跳ねさせる。腰を抜かしたまま茫然自失としているマルコの頭上からは、まっ白な煙のような魂が出掛かっていた。……ちょ、ちょっと悪いことしちゃったかも。
「ごめん、うそうそ、冗談」
軽い調子で言うと、マルコは潤んだ瞳でキッと見上げてきた。
「冗談がすぎるよっもうっっ! 心臓が飛び出るかと思ったじゃないか!!」
「ギャウーウ」ボナンザも、そんなことしないよと抗議の声を上げる。
「ボナンザもごめんね」
「シンゴは悪いヤツだっ! とっても悪いヤツだ!」「ギャウッ! ギャウウ!」
「本当にごめんなさい。もうしません。反省してます」
「悪いヤツだ!」「ギャウッ」
ちょっと謝った程度では、二人の怒りは収まらないようだ。
けっきょくその後、僕は何度も何度も頭を下げる事になった。
なかなかお許しを頂けなかったけど――――でもそのおかげで、マルコとの間にあった微妙な距離感を、一気に縮める事が出来た。
その後、僕のシチューも準備が終わり。
2人並んでウサギの肉をぶつ切りにしていると、
「さっきは、ドミニクがあんなことしちゃって、その……ごめんね?」
隣のマルコが、申し訳なさそうに言った。
「ああ、あれ? 別に気にしてないよ」
何気なく答えつつ、僕は手元からマルコへと視線を移すと、気になった事を尋ねた。
「でも、どうしてマルコが謝るの?」
「それは……」
「ん?」
言いにくそうに言葉をつっかえさせながら、マルコは話を始めた。
「ドミニクは……僕の昔からの友達なんだ……」
「へー意外」
あんな自己顕示欲が強くて空威張りばかりする奴と友達だなんてマルコが苛められないか心配だなとは言わなかった。しかしマルコには伝わっちゃったようで、苦々しい笑みを浮かべていた。
「信じられないかもしれないけど、あいつは――ドミニクは、昔は良い奴で、自分が貴族だからって威張ることもなかったし、みんなから好かれてたんだ。小さい頃はボクが誰かに苛められると、いつも助けてくれてたんだ」
「たしかに今の姿からは想像もつかない話だ」
「だよね。でも本当なんだ」
「何かきっかけでもあったの? 反抗期をこじらせたとか?」
「そんな生易しいもんじゃないよ」
マルコはまな板に目を落としたまま、哀しそうに言った。
「魔力が覚醒したんだ」
通常、魔力に秀でている者は、先天的に高い値で備わっているタイプと、後天的に増えるタイプとに分かれる。ドミニクは後者になる。
ドミニクが13の時。
酒に酔った男色家にレイプされかけた時に覚醒したそうだ。神様の奇跡を得たドミニクは、股間をいきり立たせた変態を魔法で撃退した。なんともドラマチックな話だ。
その日から、ドミニクをとりまく環境は一変した。
マルコの話では、貴族にとって一族の中に優れた魔法使いがいると、大きなステータスになるらしい。その理由はさきほどの「先天的」という言葉に繋がる。つまり、次の世代にも強大な魔力が受け継がれる可能性があるのだ。それが目的で、領地と引き換えに魔力のある娘を嫁として迎え入れる、なんて話もあるくらいだ。
政治権力だけでなく、暴力の権化といえる魔力すらも持ち合わせている一族というのは、それだけ注目されやすく、何かと都合が良いそうだ。
何の都合が良いのかはさっぱりだけど……。
しかし、ただ魔力値が高いというだけではだめだ。
それに見合うだけの功績も必要になってくる。
「でも、ドミニクはまだ一度も実戦に出た事がないんだ。だから――」
「だから魔力値が50未満の奴が、自分より先に大きな手柄を立てたことに腹を立てた」
「たぶん……」
なるほどねー。
末っ子のドミニクは、それまで親からぞんざいに扱われていたそうだ。
しかし覚醒の一件を境に、長兄以上に大事にされ、期待されるようになった。
勝手な都合で手のひらを返した親や周囲に対する怒りと、その親に期待して貰えているという嬉しさ、そして見返してやりたいという願望が、全部悪いほうへと化学反応を起こし、いまのドミニクに仕上がったそうだ。
13といえば中2ぐらいの歳か。
まぁわからない話でもないか。
「こんなこと、身勝手なお願いだと思うんだけど……ドミニクのこと、どうか大目に見てやってくれないかな」
そういってマルコは、深々と頭を下げた。
本当に優しい奴なんだな、と、ちょっと感動してしまった。自分ではなく人のために、ここまで出来る奴はそうはいない。それこそドミニクには勿体無いくらいだ。
僕は努めて明るく、何気ない風に言った。
「だからさっきも言ったろ? 気にしてないって」
「シンゴ……」
「マルコの友達は、僕の友達でもあるからね。これからも出来る限り努力するよ」
「ありがとう……ありがとうシンゴ」
「いいってこと、さっ!」
沈みかけた空気を打ち払うように、僕はマルコのお尻を軽くパンッと叩いた。
驚いたマルコが、女の子みたいに「キャッ」と小さく声をあげ、ぴょんと飛びのく。
僕はわざとイジワルな顔をして、すこし赤くなったマルコの横顔を覗きこんだ。
「キャッ、だってー。マルコちゃん、きゃわいいー」
「この、またやったなシンゴ! もう許さないからな!」
「あはははは」
「待て!」
調子を取り戻したマルコは、笑いながらオタマを振り上げると、同じく笑いながら逃げる僕を追い回した。