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3-18 イタチの眠る洞穴





 丘の上。

 斜面にできた高さ3mほどの裂け目。その入り口には、長いツタが垂れ下がり、遠目には裂け目があることが分からないようになっている。

 その洞穴のような場所に身を潜め、双眼鏡で観察していた俺は、重くつぶやいた。

「あれがリュッカ・フランソワーズ……」

「どうだブルーノ、やれそうか?」

 傍らにいるセリオスが問う。

 俺はしばし黙考し、率直な意見を口にした。

「さきほどの魔法使いなら対処は可能です」

 あの魔法使いは、杖で魔法の指向性を補助させる典型的な広範囲攻撃(面制圧)タイプだ。あのサイズの『ファイア・ボム(火炎榴弾)』を2発同時に生み出せるところを見ると、そこそこの魔力値があるのだろう。しかしコントロールがお粗末すぎる。障壁を張らず、干渉を受けない状態であれでは、いくら威力があっても遠間の撃ち合いには役に立たない。

 おまけに味方がすぐ傍にいる状況で魔法を『オーバーフロー』させるような奴は5流だ。脇を固めるヒヨッコ剣士同様、何の障害にもならない。

 しかし……。

「やはり問題はリュッカと、それと先頭馬車にいる剣士です」

「あの剣士のなにが問題だというのだ?」

 セリオスが怪訝そうに問い返す。

「持ち手に『防御障壁機構』を搭載した盾を備えています。おそらく剣にも何らかの『魔法処理』が施されていると見て間違いありません。なによりあの使い込まれた甲冑。剣を振るわずとも手練だとわかります。あれを仕留めるのは、多勢の弓でも相当骨です」

 うむ、とセリオスが唸る。

「リュッカに手練の剣士か。やはり話は本当のようだな」

「へへ、そりゃあもう」

 セリオスの言葉に、いままで黙っていた3人目の男が口を開いた。

 俺たちの背後で、媚びた笑いを浮かべるこの男。

 こいつは流しの弾き語りを装い、身なりの良い冒険者や行商の情報を盗み出して犯罪者に売る『イタチ』だ。なぜこいつがここに居るかと言うと――――少ない糧食がとうとう底をつき、しかたなく一般人を装い、セリオスと共に調達に出ていたら、この男に嗅ぎ付けられたのだ。

 イタチは商売相手を間違えた。

 俺が殺そうとすると、イタチは必死に命乞いをしながら「ネタがある」と口にした。

 もちろん信じなかったが、なぜかセリオスがこの話に食いついた。

 どうせ作り話だろうと思っていたが、どうやらウソではなかったようだ。

 丘の下にいる、あの荷馬車の一団。

 一見すれば、何の変哲もない荷馬車だ。しかしあれは偽装で、積荷には高価なお宝があると言う。それだけでは到底信じられないが、しかしあのフランソワーズ家の娘が護送に加わっているという事実が、話に真実味を帯びさせている。

 漆黒の甲冑に金髪、そして紅蓮のスカートは、フランソワーズ家のトレードマークだ。戦場でこれを見たら帰れないという死神のマークだ。誰もが畏れ、この組み合わせを忌避し、絶対に真似などしない。

「じゃ、じゃあ、あっしはこれで」

 そういい残し、男が逃げようとする。

 ここまで知られて帰すわけがないだろ。俺は男の正面に回り、逃げ道を塞ぐ。

 そして動転する暇さえ与えず、ナイフを下あごから上へと一気に突き刺した。長い刃は、口腔内を抜けて上あごを突き破り、その奥にある脳まで達す。持ち手をグリッと捻ると、男の目が左右別々の方へと向いた。男は一瞬で絶命し、崩れるように地面に倒れた。

 遺体を目立たないように隠し、そしてセリオスに尋ねる。

「これからどうするおつもりですか?」

「すこし考えがある。話は戻ってからだ。行くぞ」

「はっ」

 頭を下げ、セリオスの後ろに続く。

 足元に目を落としながら俺は思考を巡らしていた。

 こいつが今何を考えているのかわからない。一刻も早く国外へと逃げなければいけないのに、なぜこんな所で油を売る必要があるというのだ。

(まさか……こいつ……)

 胸中に、最悪の想像が浮かんだ。

 それが的中しない事を俺は静かに願いつつ、奪った馬に跨った。



 ひとつだけ、セリオスに話していない事がある。

 あの斥候のことだ。

 俺が仕掛けたゴブリンに反応して、あの斥候は、なにやらボウガンのようなものを準備していた。その時の気配が尋常ではなかったのだ。まるで背中の皮が縦に裂け、中から、黒い獣が顔を覗かせるような、後ろ髪がそそけ立つような恐ろしさを感じた。知らず、双眼鏡を持つ手が汗ばんでいた。

 しかしその気配も、次の瞬間には霧散した。

 再び対物レンズに映ったのは、魔法に驚いているただのガキだった。

 あれは錯覚だったのだろうか?

 それとも。




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