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3-17 2人の魔法使い





 トラブルが起こったのは。

 ちょうど国道から地方道へと迂回した時だった。



 薄く木々が生える森の中に、踏み固められたわだちがまっすぐに伸びている。

 僕らの居る場所から60mほど先。

 道の脇に、3匹のゴブリンを発見した。

 ゴブリン。

 ファンタジーの世界でおなじみの魔物だ。背丈は低く短足だが、腕だけが異様に長い。緑のペンキを頭から被ったような肌。ぎょろりとした目に、尖った耳と鼻。そして邪悪な面構え。

 ゲーム等では下等生物扱いされているが、こちらの世界では少々勝手が違う。

 というのも、個体差が激しい種族で、野犬に食われる程度のヤツもいれば、自分で武器を作ったり、人間の装備を剥ぎ取って武装するヤツもいたり――果ては、魔法を使うヤツなんて厄介なのもいるそうだ。なのでゴブリンだと侮っていると痛い目に合うことになる。大概は、手にしている獲物や装備などから、どれぐらいの知性なのかが判断できる。

 いま目の前にいるのは腰みのすら着けていない。

 相当の馬鹿か、露出趣味のどっちかだ。

 ゴブリンに共通して言えるのは、ひとつ。絶対的に人間の敵であること。過去の遺恨か何か知らないが、とにかく人間を見つけると、襲おうとする反応しか見せないそうだ。

 情けをかける必要のない相手だ。

 ゴブリンたちは輪を作り、夢中で動物の死骸に頭を突っ込んでいた。

 僕たちにはまだ気付いていないようだ。

「グル?」

 吠えて追い払う? と言いたげにボナンザが視線を向けてくる。

 僕は却下した。

「下手に刺激してこっちに向かってこられるとまずい。僕が処理する」

「ルル」

 覚えたてのハンドシグナルで、後続車両に停止を指示。

 すぐに無線機の呼び出し音が鳴った。

<どうした?>とロジャーさん。

「前方にゴブリン3匹を確認。これより処理します」

<一人で大丈夫か?>

「問題ありません」

<了解。君にまかせる>

「はい」

 手短に会話を終わらせ、すばやくボナンザから降りる。

 そして脳内のスペルブックに意識をアクセスさせた。

 右手に意識を集中させ、召喚作業を開始する。この時注意するのは、余計な事を一切考えないこと。そしてグリップやストックの『感触』を、できるだけ詳細に思いだすこと。そうすると、通常よりも早く召喚する事が出来るのだ。

 これは僕にしか分からない感覚だ。

 右手の中心に光の溜まりが生まれ、そこからツタ草のような光線が幾筋も放出される。光線は渦を巻きながら、プログラミングされた設計図に従い、その形を作り出していく。

 数秒後。鈍色のアサルトカービン、ACOG装着済みのM4A1が完成した。

 完成と同時に、右ひざを地面につけ、上半身を安定させるニーリング(膝撃)の姿勢をとる。そして左手でタクティカルベストから新品のマガジンを取り出して銃身に差し込み、チャージングハンドルを左人指し指と中指に引っ掛け、一気に引く。するとジャキンッと小気味良い音を発し、黄銅色の牙が薬室に送り込まれた。

 左手でハンドガードを握り、銃床を右肩にグッと固定させる。

 安全装置を解除。引き金に指を添える。

 この瞬間、全身がひとつの兵器に変わった。

 目標は3。横に薙ぐように照準を移動させる。一匹一発。5秒で片をつけてやる。

 さぁ殺すぞ、と獰猛な僕が口を開ける。

 殺意を込め、引き金にかけた指を絞ろうとした。

 その時だった。

<オガミ君っ! いますぐそこから離れろっ!!>

 ロジャーさんの切羽詰った声が、僕の集中を断ち切った。

 何事かと振り返り――驚愕した。

 いつのまにか馬車から降りていたドミニクが、こちらに向けて魔法を撃とうとしていたのだ。ドミニクの傍らには、ドラム缶のような筒状の火の塊が2つ、ふわふわと浮遊している。周囲の景色が熱気によって歪んで見える。あれが何かわからないが、とてつもなく危険な物であることは一目で分かった。おいおい冗談だろあいつまさか――。

「そこの出来損ない! 俺様の邪魔をするなと言っておいたはずだぞ!!」

 胸を反らし、威圧するように言葉を発す。

 そしてドミニクは、瓶に入った(おそらく魔法薬であろう)紫色の液体を、火の塊に、やおら振りかける。するとその瞬間、まるで灯油にでも引火したように火の体積が一気に膨張した。その勢いに、後ろに立っていた取り巻き2人が慌てて飛び退る。

 猛火は、もはや人の背丈ほどにまで膨らんでいる。

 滴った火の涎が、ドミニクの足もとの草を焼いた。

「さっさとそこを退かないと、もろとも黒焦げにするぞっ! ハハハッ!」

 哄笑するドミニクを見て、僕はぞっとした。

 あいつ本気だ。本気で撃つつもりだ!

「ボナンザ来いっ!」

 僕は叫び、街道わきの茂みに飛び込んだ。ボナンザも後を追う。そしてボナンザをしゃがませると、ライオットシールド(魔法障壁)を展開。ありったけの力でもって、横へ縦へと透明な膜を広げさせる。魔力の減りがキツイが、今はそんなことを言ってられない。なんとかボナンザと僕の体を包む程度になった頃、

「そこで震えて見ているが良い! 真の魔法使いが、如何に強大であるかを!!」


「これが絶対強者の魔法だ!」


 叫び、ドミニクは右手の杖を振るった。すると中空に漂っていた炎の樽に意思が宿り、ゴブリン目掛けて凄まじいスピードで飛び出した。ゴオオッと化け物が吠えたような轟音が空気を震わせる。

 鱗粉のように火の粉を撒きながら滑空した火炎は、ゴブリンたちに直撃せず、数メートル外れた位置に着弾した。しかし何の問題もなかった。

 地面に触れた瞬間、風船が割れたように内側から破裂し、真っ赤な火炎が四方八方へと舌を伸ばし、ゴブリンたちを飲み込んだ。さらに2つの火球は共鳴するように交じり合い、一気に火の勢いが増し、5mちかい火柱を上げた。

 ゴブリンが上げる悲鳴すらも焚き木にして燃え盛る。

 炎を中心に大気が歪み、衝撃波となって周囲の木々を乱暴に揺らす。

 爆風によって弾かれた小石が、火の礫となってライオットシールドにぶつかった。

 まるで焼夷榴弾だ。

 再びドミニクが杖を振ると、地獄の業火は、ガスコンロの元栓をしぼったように急速に勢いを弱め、そして何事も無かったかのように鎮火した。

 後に残ったのは、真っ黒に焦げた土と、3つの炭の塊だけ。砂の一部が溶けて冷え、ガラス状になっていた。中心温度がどれだけ高温であったかを物語っている。

 僕は無言で立ち上がった。

 すさまじい一撃だった。肝が冷える、とはこのことだろう。いまだに爆風の圧迫感が体の芯に残っている。この世界でなぜ魔法の知識に高値がつくのかが分る、そんな、ともすれば感動すら覚えるような光景だった。おもわず拍手をしそうになったよ。

 それはいい。

 ただ問題は、ドミニクが力の誇示のために、こんな危険な真似をしたってことだ。

 頭の皮が引きつるような怒りを覚えた。

 魔法の着弾がずれたのは、さっきの魔法を真っ直ぐ撃つ事ができなかったからだ。

 どっちも30mを過ぎた辺りから、風にあおられたフリスビーのように、急速に制御を失った。そんなコントロールの不確かなものを、僕がすぐ近くにいるのに撃ったのだ。

 自慢するためだけに。

 これは出発のときの挑発程度の話じゃない。

 銃口を向けて空撃ちしたのと同じ行為だ。

「どうした、驚きすぎて声も出せないか?」

 片眉をあげ、得意げな顔をするドミニク。

 そんなドミニクを、取り巻きがすごいすごいと、しきりに持て囃していた。

「俺に謝れ。『出すぎた真似をしてしまって申し訳ありませんドミニク様』と頭を垂れろ。それで水に流してやろう。俺もカンニバル国の貴族だ。貴族は平民に慈悲を与えるものだ。どうだ、寛大すぎて涙が出るだろう?」

 耳障りな声に、ざらり、と神経が音を立てる。

 行き場を失った殺意が、三人組に照準を合わせようとするのを、奥歯を噛んで堪えた。

『あいつ等を痛めつけてやろうぜ』

 内に居る獣が、僕の耳元で甘く囁く。

『何を我慢する事がある。悪いのはあいつらじゃないか。誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやれ。さぁ銃を持て。男を見せろ。さあ!』

 僕は伏せていた顔を上げ、3人を見やる。

 そうだね。

 こういうところで勇気を見せるのが、僕の目指すところの武士道だ。

 僕は一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせて――――そして行動に移った。

 数秒後。

 街道に、三人の笑い声が響いた。

 意気揚々と馬車へと引き返すドミニク一行。それを見届けて、僕も配置に戻った。

<よく堪えてくれた>

 無線からロジャーさんが労ってくれた。

 大丈夫です、これぐらい大したことないですと、笑って返した。


 



 一部始終を、少女は黙って見続けていた。

 組んでいる腕、その指が三重構造のアームガードに食い込み、みしみしと悲鳴を上げていた。彼女の乗る馬は、背中にいる王が、いつ激昂するかとビクビク怯えていた。

 だが少女は何も言わなかった。

 少年の勇気を、自分の暴力で穢したくなかったからだ。

(……なにかしらあれ)

 刃物のように鋭く尖った視線が、ある不可思議な物を捉えた。

 血痕だ。滴り落ちた血が、森の奥から街道へと続いているのだ。

 明らかに人為的なものだ。

 片眉を跳ねさせる。

 しばらく辺りを睥睨した少女は、やがて、動き出した馬車の後を追った。









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