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3-16 見るもの全てが新鮮で





 サルラの町を出て数時間が経過した。

 出発当初は気合いが空回りして、目に入るものすべてが敵に映ってしまい大変だった。

 後ろを歩く馬車に対しては(もしかしてコイツ、犯罪組織が放った追っ手かっ!?)と警戒したり、不自然に土が盛り上がった所を見つけると「IED(即席爆破装置)!?」と声を上げそうになったり、遠くで何かが光った瞬間(狙撃っ!?)と頭を伏せそうになったりと…………まぁ、いわゆる中二病患者みたいな体たらくだった。

 しかし時間が経つにつれ、肩の力が抜けていき。

 今では、周囲の景色を楽しめるくらいにまで落ち着いた。

「あっ、ボナンザ見てごらん。黄色い花がいっぱい咲いてるよ」

「クギュル」

「綺麗だねー」

「ルルー」

 ボナンザは僕と一緒に歩くのがとにかく楽しいらしく、その歩調はじつに軽やかだった。耳を澄ませると、ピュフー、ピュフーと陽気な鼻息が聞こえてくる。愛いやつめ。

 もちろん油断しているわけじゃない。

 いざとなれば10秒以内にM4A1の一発目を撃てるように、脳内のエンジンをアイドリングさせている。神経の何割かを緊張させ、残りはリラックスさせる。まるで引き金をある程度絞って維持させている、あの時の感覚に近かった。

「うーん」

 猫背になっていた背筋を伸ばす。

 鼻から入る空気は、湧き水のように新鮮で、とにかく美味しかった。

 僕たちが今いるのは、だだっぴろい平地の真ん中を縦断する、一本の街道。

 草原がどこまでも続き、世界を空の青と草の緑の2色に塗り分けている。

 はるか向こうに見える山々には雪が積もり、白い帽子を被っていた。

 遠くのほうで、赤茶色の毛の塊が、もぞもぞと動いている。サイズは象ぐらい。あれは「レッドバッファロー」と呼ばれる草食獣の一種だ。肉を食わないくせにやたら好戦的な性質なので、刺激しないのが吉。サルラの外には、ああいった超巨大生物がうようよいるそうだ。あの大きな獲物を、どうやって仕留めようかと考えると、ワクワクしてくる。

 僕も見た目は草食系だが、中身はけっこう獰猛だ。

 近くへ目をやると、藁葺き屋根に石灰石を塗りこんだ白壁の家が、5軒ほど寄り添うように集まっていた。屋根から伸びる煙突がモクモクと煙を上げており、暖炉でパンを焼いているような芳ばしい香りが、風に乗って運ばれてくる。

 簡素な柵に羊たちがおしこめられ、べぇーべぇーと文句を言っている。

 なんとも牧歌的な景色だ。

 街道を進んでいると、たまにこうした集落を見かける。

 こんな市壁も何もないところに住んでいて危なくないのか? と疑問に思いがちだが、実は街道沿いはけっこう安全なのだ。

 街道と一言で言っても種類は様々で、いま僕らが通っている「ハルヴァレッヒ街道」は、国が直接管理している『国道』になる。この国を支える大動脈のひとつだ。ちなみに地方の領主が管理している街道が『地方道』になる。

 もしこの国道が塞がると、国内の物流が大きく滞ることになるため、要所要所で物々しい監視塔が建てられ、カンニバル国陸軍の治安部隊がパトロールをしている。

 つまり。

 この道にちょっかいをかけるということは、カンニバル国、しいてはクラウディアさんに直接喧嘩を売ることを意味している。それは蜂の巣を突くどころの話じゃない。ヘルファイア搭載の武装ヘリAH-64アパッチの格納庫に爆竹を投げ込むようなものだ。

 クラウディアさんは、1の見せしめで5の犯罪を未然に防ぐ事を良しとしている。

 だから絶対に容赦しない。

 その恐ろしさは、犯罪組織はもとより、自然界にまで浸透しているそうだ。さきほどのレッドバッファローも、国道をまるで大蛇でも見るかのように怯え大きく迂回していた。……クラウディアさんマジおっかねーッス。

 なので、先ほどの集落は、国道のすぐ近くで安全のおこぼれを頂戴しているわけだ。

 もちろん誰でもってわけじゃないし、住むには割高な税金を納めないといけない。

 この世界で安住するのも、色々と大変そうだ。

 そして僕らの仕事が安全なのも、この国道を利用しているからだ。といっても、すべて国道というわけではなく『通行料を取られる区間』は経費削減のために地方道を迂回することになっている。その間だけは、もしかしたら、ちょっとだけ危ないかもしれない。

 そうこうしているうちに、本日1回目の分岐点に差し掛かった。

 後続車両にそのことを伝えるのも僕の仕事だ。僕は鞍に下げていた、大昔の携帯電話のような大きなデザインの『無線機』を取ると、通話スイッチを入れた。

「まもなくグリム地点に到達。左へ曲がります」

<了解>

 受話口から、ノイズ交じりのロジャーさんの応答が届く。

 こっちの世界にも無線機というものは存在する。流通しだしたのはつい最近らしい。性能は悪く、チャンネルも1つだけと、現実世界のおもちゃレベルだ。そのくせに、めちゃくちゃ高価。いま僕が持っているヤツはレンタル品になる。落っことすと、また罰金地獄になるかもしれないので、扱いには神経を使っている。これなら新聞紙を丸めたメガホンでも十分だと思うんだけどなぁ……。

 ちなみに手元には、もうひとつ無線機がある。

 こっちは手のひらサイズで、スマートフォンのようなフォルム。

 リュッカちゃん専用チャンネルだ。

 出発前、要らねーと言ったのにリュッカさんにムリヤリ持たされたものだ。

 仕方ない、一応リュッカさんにも報告しておくか。

「あのー、リュッカさん」

<なに>

 ムダに高品質な声が受話口から流れる。

「まもなく左に曲がります」

<いちいち言わなくていいわよ>

 次の瞬間、プツンッと通話が切れる音がした。

 数秒、僕は感情の欠落した瞳で、沈黙した無線機を見つめた。

 やがて、

「…………っ!!」

 反射的に投げ捨てようとした右手を、左手がガッと掴んで制止した。

 だったら。

 なんで持たせたんだよ!





<ねぇ>

「……」

<ねぇったら>

「なんスか?」

<暇すぎて死にそうなの。何かしゃべりなさいよ>

「……」

<ちょっと聞いてるの?>

「……」

<無視してんじゃないわよ>

「おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。番号をお確かめの上、おかけなおしください」

<はあ? ちょっとなにいっ>

 プツン。





 そこから更に一時間ほど移動して、ようやく最初の休憩ポイントに到達した。

 ペルジャム休息所。

 ここは街道利用者のために設けられた施設で、広いスペースには、売店や飲食店のほか、馬車や武具を修理できる鍛冶場、さらには医療施設や宿舎まである。

 さながら街道のパーキングエリアといったところだ。

 ここでいったん解散し、各自で自由に休憩を取ることになっている。

 修学旅行の時のようなガチガチの団体行動じゃなくて助かる。

「ふぅぅ」

 開放感に浸りながら、キャップを脱いで顔を扇ぎつつ、水筒の水で喉を潤す。

 あの三人組はさっそく屋外にあるフードコートで食事を始めていた。

 マルコは馬車の点検。

 リュッカさんは――お風呂セット片手にシャワーを浴びに行っている。

 まだ半日と経っていないのに。しずかちゃんかよ。しかも「先にご飯食べたら承知しないんだからね! ちゃんと待ってなさいよ!」と言い残して。さびしがりかよ。

 しかたなくその辺りをブラブラと散策することにした。

 ロジャーさんはというと、衛兵の一人に、この先に危険がないか詳しく聞いていた。

 このペルジャム休息所は、単に憩いの場だけでなく、落石や橋の崩落などの情報を、人々が共有することができる場となっている。

 そして、もっと重要な役割がある。

 魔物だ。

 広場の一番目立つ場所。

 そこには大きな掲示板がたてられ、周辺の地図と、沢山の付箋が貼り付けられている。あの紙は危険度の高い魔物の出没地点を報せるものだ。ちょっと腕試しに読んでみるか。えっと、なになに?

「怖い……道……たくさん……怖い…………ドングリ?」

 ダメだ、読めない単語が多すぎて、不気味なインディアン口調になってしまった。

 これじゃあ何が怖いのかさっぱり分からない。あとなんでドングリ? 

 この先、掲示板から必要な情報を読み解けないと困ることになるから、やはり文字の習得は急務だなと再確認した。

 付箋には文字のほかに、数字が記されているものがチラホラある。

 あれは『依頼登録番号』。

 この休息所には冒険者ギルドの出張所が設けられており、この番号を提出すると、討伐や掃討などの依頼を受けることができるのだ。

 なにもわざわざこんな所で、と思いがちだが、意外なメリットがある。

 基本的に依頼は早い者勝ちで決まる。そしてこの休息所が発行している依頼は、半日から数日間掲載されたあと、いったん取り消され、各管轄区のギルドへと引き継がれることになる。つまりここに来れば、誰よりも先に、オイシイ依頼を獲得するチャンスがあるのだ。特に狙い目は緊急を有するヤツ。同じような内容でも、報酬がその分上乗せされているのだ。

 いつか独り立ちしたら、町と休息所の両方をチェックするようにしよう。

 それにはまず文字の習得――の前にごはんだな!

 もうお腹ぺっこぺこだ!

 お腹と背中がくっついて風で飛ばされそうだ!

 先ほどから、色んな食べ物の匂いが、僕のすきっ腹を刺激してやまない。僕は街灯に吸い寄せられる蛾のように、フラフラと売店の方へ近づいていった。

 いろんな食べ物の屋台が、縁日のように並んでいる。目に飛び込んでくる光景は、胃酸が出過ぎて体を溶かしてしまいそうなほど魅惑的だった。

 握り拳ぐらいはある牛肉の塊を数個、太い鉄串に刺して炭火でこんがりと焼き、肉汁と脂でテカテカと光るそこへ、BBQソースをたっぷりかけて売っている店もあれば、1mくらいある焼きたてのバケットを二つに割き、スパイシーに味付けされたひよこ豆をこれでもかとトッピングし、さらにダイス状のチーズを乗せ、チーズが溶けかけたところで、極太のウィンナーを豪快に挟んで売っている店もある。

 ヘルメットをひっくり返したようなでかい器にミートパスタを山盛りにして、これまた巨大なミートボールをトッピングしている店も。

 うわっ、ブタの丸焼きまである! 素敵っ!!

 どの店にも言えることだが、とにかくボリュームが半端じゃない。

 ここを利用する人たちの運動量を考えてのラインナップなのだろう。

 見てるだけで楽しい。

 食べるともっと楽しいんだろうな。

 早く帰って来い、しずかちゃん。

 いろいろ見てまわっていると、特産品を売っている店を発見した。木の台には、ニンジンやカブなどが山積みで並べられている。この世界で採れる野菜は現実世界のものと似ているし、味もほぼ一緒だ。へー、この辺りでは根菜類がよく採れるようだ。

(あっ、そうだ)

 頭の中に浮かんだアイディアに、僕はニッと笑った。

 いいこと思いついた。





「おーい、ボナンザー」

「……クキュルッ!?」

 寂しそうに後ろ足の爪で土を掻いていたボナンザは、僕に気付いた瞬間、パアアと表情を明るくさせた。ああんもうその反応、超キュート。おもわずオカマになるほどの愛くるしさだ。

 ボナンザはこの世界で「特殊騎獣」と分類される。

 なので繋ぎ場も馬とは別になる。しかしこのペルジャム休息所には、特殊騎獣用のスペースがないため、しかたなく休息所からすこし離れた木に繋ぐしかなかった。

「大人しくしてた?」

 こくこくと頷く。

「そっかそっか。じゃあおりこうさんのボナンザに、ご褒美をあげましょう」

「ルル?」

「さーて、これは何かなー?」

 首をかしげるボナンザに、手に持っていた麻袋を近づた。

 クンクンとニオイをかいで、中身がニンジンだと気付いた瞬間「キュッキュッ!」瞳をキラキラさせて尻尾を振った。

 ボナンザは雑食だが、肉よりも野菜や果物を好む。

 特に甘くて歯ごたえがあるニンジンやリンゴが大好物。さすが女の子。

 袋から一本取り出してボナンザに近づけると、半分ほどをガブッと齧った。

 カリコリと小気味の良い音を立てて租借している。言葉は話せなくても、薄めた瞳から、おいしいおいしいと喜んでいるのが手に取るようにわかった。やがてコクンと小さく喉を鳴らしたボナンザは、残りも食べるのかと思ったら、

「クギュル」

 鼻先でニンジンを持つ僕の手を、くいくいと押し返してきた。

「えっ!? もういらないの?」

 驚いて尋ねると、ちがうと首を振る。

 どういうことだ? と考え、すぐに思い至った。あぁ、そういうことね。

「じゃあ、お言葉に甘えて、ご相伴に上がります」

 にっこりと笑い、半分のニンジンに齧りついた。

 そして目を大きく見開いた。

 なにこれ、メチャクチャおいしいじゃないか!

 噛めば噛むほど、みりんで煮込んだような濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。皮ごと食べているのにぜんぜん気にもならない。これならマヨなしでも食べられる。気がつけば、あっという間に完食してしまった。

「これ美味しいね、ボナンザ」

「キュルールッ!」

 もう一本はんぶんこにしようとした、その時だった。

 タクティカルベストの空いたポーチに入れていた、リュッカさん専用無線機が呼び出し音を発した。チッ、鳴らなくてもいいのに……。

「はい、もしもし?」

<もしもしじゃないわよバカッ。アンタ今どこにいんのよ!>

 あーいけね。

 リュッカさんの事すっかり忘れてた。

<なんですって!?>

 しまった、つい思った事を口に出してしまった。

 受話口から音響兵器みたいな怒声が聞こえてきたので、あわてて耳を離した。

「というわけで、もう行くね。あとは全部食べていいから」

「キュグルル……」

 えっ、もう行っちゃうの? という寂しげな目をする。

 そんな相棒に、僕は苦笑を浮かべつつ、優しく掻き撫でてやった。

「またすぐに移動だから。そんな顔しないの」

「ルル」

「じゃあまたあとでね」

 すると、また無線機から、不機嫌な声が届いてきた。

<ねえちょっと、いま誰と話してたのよ>

「誰って、ボナンザですけど」

<はあ、また!?>

「またってなんですか?」

<……もうっ、いいからさっさとこっち来なさいよバカッ!!>

「はいはい」

 お腹が空いているのか、妙に怒りっぽい。

 袋をボナンザの食べやすい位置に固定し、一撫でしてから、僕は休息所へと戻った。









 ペルジャム休息所のフードコート近くで、一人の男がリュートを演奏していた。

 こういった休息所や町の広場を転々としている、流しの弾き語りだ。

 彼の前に置かれた帽子には、500ルーヴコインが数枚のみ。

 どうやら今日は調子が悪いようだった。

 すると、彼のすぐ近くで、金髪の少女とぎゃあぎゃあと喧嘩をしながら食事をしていた少年が、曲の変わり目を狙い、彼の帽子に1000ルーヴコインを入れた。

「ありがとう。貴方の旅に幸運があらん事を」

 その言葉に少年は、はにかんで見せた。

 男は。

 その少年の後姿に好意とは別の、意味のある視線を向けた。


 少年がその只ならぬ思惑に気付くことはなかった。






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