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3-15 出発の朝





 出発当日の朝。

 空は気持ちが浮き足立つような快晴。

 まるで僕の初陣を、祝福してくれているかのようだった。

 集合場所である南門広場に一番乗りした僕は、朝市で買ったマヨネーズたっぷりのBLTサンドとフルーツジュースで朝食をとりながら、広げた地図とにらめっこしていた。

 今回の任務で僕が与えられたポジションは「斥候」。

 つまり前衛の位置で周囲を警戒しつつ、隊を先導するという大役を仰せつかったのだ。異世界に来て初めての遠出とあって、迷わないか心配だったが、移動ルートは大きな街道を直進してばかりなので、案内標識を見落とすようなヘマさえしなければ大丈夫だろう。

 一応、この2日かけて完璧にルートを頭に叩き込んでいる。標識の文字もバッチリだ。目を閉じれば瞼の裏に地図が浮かび上がり、ルート上に蛍光マーカーを引けるほど。僕にぬかりはない。

 最終確認を終え、地図から顔を上げると、ちょうど目の前では荷馬車が長い列を作っていた。列の尾は南門を越え、石のアーチ橋を渡り、街道まで伸びていた。この一団は他所から来た行商人や運送業者で、門前で衛兵による荷物検査を受けているのだ。

 積荷は生鮮食品やら燃料やら雑貨、はては鉱石などと多種多様。トラックや貨物列車のないこの世界では、こうして人と馬で物流が成り立っている。その光景をぼんやり眺めながら、なるほどなー、と一人納得していた。

 そしてこれから僕も、この流れの一部を担うわけだ。

 そう考えた瞬間、ぶるりと肌がさざめく。

 腹から込み上げてきた気炎を、僕はジュースを飲んで嚥下した。

「お仕事頑張ろうね、ボナンザ」

「ルル」

 金具の嵌った鼻先をやさしく掻いてやりながら、門へと視線を戻す。

 腰ベルトに繋がったフェイスガード。

 弾薬を満載したタクティカルベスト。

 真新しい装備に身を包み。

 僕は静かに燃えていた。





 集合時間になる頃には全員が揃った。

 メンバーは僕を含めて7人。

 3つのグループに分けることが出来る。

 ――まず僕とリュッカさんペア。

 リュッカさんはいつもの、ほっそりとしたデザインの漆黒のプレートアーマーに、ド派手なワインレッドのスカートという、なんだかよく分からない組み合わせの装備。彼女の鎧は、一般的な鎧に比べて板金が薄く、金槌で叩けば簡単に窪みそうに見えるが、しかし鋼鉄の何倍も硬度のある素材を鍛造した物で、見た目よりもはるかに防護性能がある。

 鎧の下には、黒いインナースーツ。

 主武装はブロードソード。

 ――次に、50代くらいの男性と、中学生くらいの少年のペア。

 中年男性の方はガタイが良く、大盾に重厚な甲冑と、一目で戦士だとわかる。しかし少年のほうは町で見かけるような普段着姿で、どういった役割なのかわからない。

 ――最後に17,8歳くらいの3人組。

 1人は深緑を基調にしたローブに、蛇の装飾が施された木の杖という、オーソドックスな魔法使いスタイル。残り2人は、鉄板が組み合わさった板金鎧を着用した戦士タイプ。主武装は片手剣に大きめの盾。後ろ腰に組み立て式のボウガンと、ボックスタイプの矢筒を装着している。

 やり取りを見る限り、魔法使いがリーダーで、2人は取り巻きといったところか。一応全員に挨拶してまわったが、この3人だけは挨拶を返してくれなかった。向けられる視線からも、あまり友好的とは言えない。ま、気にしない。

 実を言うと、メンバーの顔を見るのは今日が初めてだったりする。本来ならば、任務が始まる前に軽くでも打ち合わせをするものなのだが、なにせ今回は誰にでも出来る日雇い労働みたいなものなので、そういった手順は省かれている。

 そして、今回護送するのは2頭立ての荷馬車だ。

「へえー、しっかりした作りなんだ」

 荷台には頑丈な金属製のボックスが固定されており、車輪まわりも太い金属でがっちりと補強されている。まるで現金輸送車みたいな外観だ。ダイナマイトでもなかったらこの分厚い装甲を破壊するのは不可能だろう。

 ちょっと興味をひかれ、近づいてペタペタと触ってみる。

 指先から、体温を吸い取るような鉄の感触が伝わってきた。

 ちなみに積荷が何かは秘密。

 中に何が入ってるか……ちょっとだけ気になってたりする……。

(ダッ、ダメだ!)

 カギ穴に針金を突っ込んで思うさまカチャカチャしたい衝動に駆られるが、そこはプロ意識でグッと堪えた。

 馬車はこれとは別に、もう1台用意されている。

 こっちには冒険者の荷物や生活物資、スペアの車輪などが積まれている。

「ん、なんだこれ?」

 やる事がなくてフラフラしていると、路上に放置されている木箱の山を発見した。

 よく見れば、ギルドから支給された生活物資が入っている箱だ。

 でも、なんでこんなところに置いてるんだ? と首をかしげていると、

「おっ、ちょうど良いところにいたな」

 背中から声がかかった。

 振り返ると、あの中年の冒険者が立っていた。

 名前は……たしかロジャーさん。彼はこの任務の責任者でもある。

 まるで荒波によって細く削られた岬のような顔貌。威圧感のある鷲鼻。灰色の短い髪。

 目つきや物腰に、言いようのない重厚さを感じる男性だ。初めてロジャーさんに挨拶をしようとした時は、若干腰が引けてしまったのだが、ちゃんと挨拶を返してくれた。しかも「夕日のガンマン」のリー・ヴァン・クリーフばりのニヒルな笑み付きで。一瞬で世界が西部劇のセピア色に染まりかけた。渋カッコいいおじさんだ。

 そのロジャーさんが、若干焦った様子で僕に言った。

「悪いんだが、ちょっとそこの荷を積んどいてくれないか?」

「はい、わかりました」二つ返事で答える。

「助かる。じゃあよろしく頼むよ」

 そう言い残し、慌しく去っていった。責任者というのも、いろいろと忙しいようだ。

 頼まれたので、さっそく作業に取り掛かる。

 しかし7人分とあって、かなりの量があった。

 手伝いがほしい所だが……リュッカさんは当てにならない。あの魔法使いの3人組は壁にもたれてタバコをふかしている。こっちも当てになりそうも無い。

 仕方ないと諦め作業をしていると、

「ボ、ボクも手伝うよ?」

 木箱を持とうとする僕に、誰かの手が伸びた。

 顔を上げると、あの中学生くらいの少年だった。

 ありがとうとお礼を言い、二人でひとつの木箱を持ち上げる。

「ボクはマルコ・サンティ。マルコって呼び捨てでいいよ」

 色素の薄い金色のショートヘアが包む童顔に、ふわふわとした綿毛のような笑みを浮かべる。身長は低く、ちょうど頭の位置が僕の肩ほど。全体的に子リスのような愛くるしい雰囲気があった。テレビに映れば若年層から主婦層まで幅広く受け入れられそうな、ジャニーズ系のかわいらしい少年だ。

 笑みを返しつつ、僕も自己紹介する。 

「僕はオガミ・シンゴ。シンゴで」

「よろしくね、シンゴ」

「こちらこそよろしく、マルコ」

「はは」「あはは」

 まるで新しいクラスで、前の席の人と挨拶しあった時のような気恥ずかしさがあった。

 マルコの事を中学生ぐらいだと思っていたが、驚くことに、なんと僕と同じ18歳。

 そして僕同様、この依頼が初仕事なのだそうだ。

 同行していたロジャーさんは、マルコの叔父で、サポートするためにこの仕事を請けて来てくれたそうだ。ちなみにロジャーさんは、この町でけっこう名の知れた冒険者らしい。たしかにあの貫禄は、凡庸な人間が出せるものじゃない。

 そのロジャーさんは、いまギルド職員と何やら話をしている。

「ところでマルコって、どんなポジションなの?」

 木箱を荷台の奥に押し込めつつ、何気なく尋ねる。

「ボクは主に治療と馬車の運転だよ」

 マルコは小さな体に見合わず、あの難しそうな2頭立ての馬車を操るそうだ。おまけに医療技術も、ちゃんとした機関で勉強してきたので、複雑な縫合手術でも一人で出来るそうだ。すごいなぁ、と素直に感心すると、顔を赤くして後頭部を掻いていた。

「シンゴも十分すごいと思うよ」

「そうかな」

「謙遜しないでよ。職員から聞いたよ? たった一人で山賊を討伐して、おまけに人質まで一人で救出したんだって!」

 熱っぽく話すマルコの瞳は、賞賛にキラキラと輝いていた。

 今度は僕が照れる番だった。

「ねぇ、良かったらその時の話を聞かせてよ」

「大した話じゃないけど、それでよかったら」

「ほんと!? じゃあ夕食の――」

「なに偉そうにしてんだよお前」

 棘が生えた声が、僕たちの会話に割り込んできた。

 マルコが驚いてビクッと肩を強張らせる。

 声の主は、あの魔法使いだった。いつの間にか3人組がすぐ傍まで来ていたのだ。

 見れば、その口元に薄嗤いがへばりついている。

 ……仲良くお喋りがしたい、というワケではなさそうだ。

 険悪な雰囲気にいち早く反応したマルコが、おどおどと視線を彷徨わせる。

 途切れた僕たちの会話を、魔法使いの男が、傲慢な口調で引き継いだ。

「たかが飲んだくれのブタ共を殺したぐらいでいい気になってんじゃねえぞ。んなもん、魔法使いだったら楽勝でできんだよ」

「ですよね」

 素っ気無く答えつつ、大丈夫だよと怯えるマルコに視線を送り、作業を続ける。

「いいか、俺の魔力値は140だ。俺だったら10秒で建物ごと吹き飛ばしてるぜ」

「それはすごい」

 人質ごとね、とは言わないでおく。

「お前には出来ないだろうがな」

「そうですね」

「俺はな、お前みたいなゴミ野郎とは格が違うんだよ、格が」

「へー」

「まあせいぜい俺の邪魔をしないように、そうやって雑用でもしてるんだな」

「かしこまりましたー」

 半ば無視して3人組の前を横切る。

 毎日リュッカさんの相手をしている僕にとって、この程度の悪口など微風の様なもの。まともに取り合わずに荷運びを続ける。マルコはというと、こういった空気が苦手らしく、ずっと俯いたまま萎縮していた。

 相手にされないことに腹を立てたのか、魔法使いが食い下がる。

「おいちょっと待て」

「なんでしょう」

「この俺が誰か知らないのか! ドミニク・シュヴァイヤールの名を!」

「存じ上げません」

「イチイチ癪に障る野郎だな、このリュッカ・フランソワーズの飼い犬が!」

 そこでいったん区切り。

 何かに気付いた魔法使い――ドミニクは、嘲るように鼻で笑った。

「だいたい何だお前、そのみすぼらしい格好はよお」タバコで僕を指しつつ。「おいお前ら、こいつの格好見てみろよ」

 取りまき2人が僕に無遠慮な視線を這わせ、そして馬鹿にしたように笑い出した。

 人の心を冷たくさせるような嘲笑が、僕の背中に降りかかる。

「うはっ、だっせえ。それで鎧のつもりか? こんなもんで何が防げるってんだ?」

「兜が買えねえから中途半端な仮面もってるぜコイツ」

「ははは、だろ? 笑っちまうよな!」

 調子を取り戻したドミニクが、一際大きく笑う。

「知ってるか? こいつ未だに魔力値50になってないんだぜ?」とドミニク。

「マジっすか!? お前なんで魔法使いなんて名乗ってんの? 恥ずかしくねえの?」

「山賊討伐なんてのも、どうせウソっぱちだろ」

「大方リュッカが全部やって手柄だけ貰ったんだろうよ」

「……」

 しつっっっこいなぁ。

 無視していれば、そのうち飽きてどっか行くと思っていたのに、何をグチグチグチグチと喋ってんだよこいつら。無意識のうちに鼻の横の筋肉が痙攣を始める。スルーできるといっても、何も感じていないわけじゃない。大体なんでこいつ等に馬鹿にされなきゃいけないんだよ。初対面だろ。礼節はどうした。いい加減腹が立ってきた僕は、少しブチ殺、もとい、少し言い返してやろうと3人のほうへと顔を向け――そして息を呑んだ。

 3人組の後ろ。

 壁にもたれるようにして立っているリュッカさんが、ちょっと洒落にならない目で、こちらを睨みつけていたのだ。

 原因は………………『きっと奴らのタバコだろう』。運悪く煙が風下にいる彼女の方へと流れているのだ。以前、レストランでタバコを吸おうとした客を、彼女は問答無用で3階の窓から川へとポイ捨てしたことがある。今の物騒な剣幕から察するに、脊椎ごとタバコを踏み消すような気がしてならない。

 出発前に重傷者3名なんて冗談じゃないぞ。

 このままじゃヤバイどうしようと焦っていると、意外な所から助け舟がやってきた。

「おーい、手続き終わったぞ。遊んでないで急いでくれ」

 ロジャーさんが戻ってきたのだ。

 彼の身長は僕たちの中で一番高く190cmちかくある。身につけている武具も、新品には出せない使い込まれた凄みを宿している。ピカピカの装備に身を包んでいるルーキー3人組は、ロジャーさんの存在感に圧倒され、顔を見合わせた後、決り悪そうに退散していった。成り行きをジッと見ていたリュッカさんも立ち去る。張り詰めた空気が霧散し、心配そうに眉根を寄せていたマルコが、ホッと安堵の息を吐いた。

「悪ガキどもめ」

 ロジャーさんはヤレヤレと首を振った。

 そして踵を返し、こちらに向くと。

「荷積みを任せてしまって悪かったね。えっと、君はたしか」

「シンゴです。オガミ・シンゴ」

「おおそうだった、オガミ君だったね。改めてよろしく」

 わざわざ手袋を外してから、手を差し伸べてくる。

 この人はやっぱり良い人だ。

「こちらこそ、今日から二日間よろしくお願いします」

 誠意を込めて、僕はその手を握った。

 するとロジャーさんの眉がちいさく跳ねた。そして神妙に唸る。

「どうしました?」と、僕

「いや……新人だと聞いていたんだが、それにしては随分と凄い手だね」

「手?」言われて自分の手を見る。「なにか変でしたか?」

「いや、変じゃない。むしろこれなら安心だ」

「はぁ」

 よくわからず、生返事をする。

 そんな僕の様子に、ロジャーさんは燻し銀を思わせる笑みを作った。

「技量というものは、人の手に現れるもんなんだよ。冒険者でもパン職人でもね。いくら口で上手い事を言っても、手を握れば、その者が日々どれだけ切磋琢磨しているかが一発でわかる。君の手は、そう、まるで険しい山間に生きる獣の爪だ。その歳でよくここまで使い込んだもんだ、感心するよ。山賊を一人で討伐したのも、これなら頷ける」

「あ、ありがとうございます」

 矢継ぎ早の言葉に、その一言を返すのがやっとだった。

 僕の手も、ずいぶん様変わりした。

 この世界に来てから、かるく万を超える銃弾を撃っている。何度も豆が潰れ、衝撃で皮が裂け、摩擦で水ぶくれを起こし、その度に魔法で無理やり治してきた。握り方を誤って、リボルバーの発射ガスで左手の指を骨折した事もある。グリップの握りが甘くて、後退したスライドで手の甲を深く切ったこともある。そういった怪我は枚挙に暇がない。

 おかげで指は太くなり、手は鮫革のように固くなった。

 ごつごつして不細工だから、人に見せるのが恥ずかしいと思っていたんだけど。

 でも、獣の爪、か。

 こうして褒めて貰えると素直に嬉しかった。

 もう一度、心を込めてありがとうございますと頭を下げる。

 するとロジャーさんは僕の肩をバンバンと強めに叩いた。

「おまけに礼儀正しい! 実に結構! これなら安心して斥候を任せられる。期待しているぞ!」

 期待という言葉に、ぶるりと鳥肌が立った。

 僕は「はいっ! 尽力させて頂きますっ!!」力強く頷いた。その後、3人で荷積みを手早く終わらせ、すべての支度が整った。

 隊の配置は、前衛が僕。

 次にロジャーさんが運転するスペアの馬車。3人組はこの馬車の荷台に乗る。

 その後ろをマルコが運転する馬車が続く。

 そして後衛はリュッカさん。

 各自が持ち場につく。僕もアサルトリュックを背負い、ボナンザにまたがった。

 門の向こうに広がる景色を正面に捉えた瞬間、一度だけ、ドクンと胸が脈を打つ。

 手の中にある手綱を、ギュッと握り締めた。

 さぁ。

 出発だ!









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