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おまけ4 昼下がりのワルツ 




 サルラの噴水広場。

 立ち並ぶカフェテラス。

 色とりどりのテーブルパラソルが並んでいるその様子は、まるで多彩な花が整然と咲いているかのようだった。

 そのパラソルのひとつ、南国風のオシャレな雰囲気のカフェで、「……」僕は言葉を失い、立ち尽くしていた。

「初めまして、ピチカのおばあちゃんです」

 そう名乗る人物は、しかしおばあちゃんと呼ぶにはあまりに若々しかった。

 いや、というか、クラウディアさんだった。

 なんで彼女がここに?

 というか、おばあちゃんって?

 状況がうまく飲み込めず、僕の頭はさっきから混乱しっぱなしだった。

 そんな僕をよそに、

「おばーちゃん、みて。ふく! かってもらった!」

 隣に立つピチカが、うれしそうにワンピースを披露している。

 その姿を見て、クラウディアさんは母性を感じさせる微笑を浮かべていた。

 傍目にはまるで家族のような雰囲気だ。

 よくよく見れば髪の色も同じシルバー系。

 まさか、まさか本当にピチカのおばあちゃんなの!?

 にわかには信じにくいことだが、しかしここは異世界。僕の常識は通用しない。

 ファンタジーのアンチエイジング的な何かが、彼女の見た目年齢を下げているのかもしれない。彼女は王族。美容に大金をかけてもおかしくはない。

 つまりクラウディアさんはこう見えて、すでに結構なお歳を――


「まさかとは思うが、本気で私がおばあちゃんだと思ってないよな?」


「ひっ!?」思わず喉が引きつったような悲鳴を上げてしまった。

 彼女の浮かべる微笑の奥に、死の影がちらついたのだ。

 僕はあわてて首を振った。

「めめめめ滅相もございません!」

「そうか…………命は大切にするんだな」

「あ、あは、あはははは」

 半分涙目で、乾いた笑いを出すしかなかった。

 クラウディアさんとピチカは、以前から面識があるそうで、いろいろと面倒を見ているらしい。そしてピチカのごっこ遊びが高じて、いつのまにかおばあちゃんと呼ばれるようになったそうだ。

 ちなみにここでは人目があるため、クラウディアではなく「クラウ」と呼んで欲しいと言われた。

「お前も、おばあちゃんと呼んでくれて構わないんだぞ?」

「い、いえ、遠慮しときます、クラウさん」

 冷や汗をかきながら遠慮した。

 いまの目、ぜんぜん構わないって感じじゃなかったじゃん!

 そのクラウさんだが、今日の装いは、初対面の時とはずいぶん印象が違っていた。

 扇情的で挑発するようなファッションではなく、シックなパンツスーツに身を包んでいたのだ。ゴージャスな髪型も、落ち着いたまとめ髪になっている。

 しかしそれで彼女の魅力が損なわれる事は無かった。

 ジャケットを下から押し上げる、豊満なバストの存在感。

 キュッとくびれたウェスト。長い足をより引き立たせるスラックス。

 肌の露出が無いというのに、むしろこちらの方が官能的に僕の目には映った。

 身元を隠すためにかけているサングラスは、現実世界で流行っているでかいトンボの目のような形ではなく、シャープな形状の物で、彼女の引き締まった顔形にはピッタリだった。その横顔は鷲のように鋭く、そして美しかった。

 昔からアクション映画の女優に恋をしてしまう僕としては、彼女の格好いい美貌は、強く胸を高鳴らせるものであった。

「オガミ、あまり女をジロジロ見るもんじゃないぞ?」

「あ、す、すみません!」

 しまった。つい見入ってしまった。慌てて僕は視線をそらした。

 クラウさんは気を悪くした様子は無く、むしろ機嫌よさげに唇を曲げていた。

 言い訳するようだが、クラウさんには視線を吸い寄せる不思議な引力がある。

 その引力は僕だけに働いているわけではなかった。

 周りをよく見れば、だらしない顔をして彼女を盗み見ている男の姿がちらほら確認できた。うぇぇ、僕もあんな顔でクラウさんを見ていたのかよ。そう思うと恥ずかしくて死にたくなった。

 おまけに、

「シンゴ、めっ!」

 ピチカから教育的指導のビンタをいただいた。

 ごめんなさいピチカ。僕、これからまじめに生きます。

 あといまの、結構痛かったよ?

 それで今朝方、ピチカが「とっちめる」と怒っていた原因なのだが、どうやらクラウさんがピチカとの約束事を破ってしまったようなのだ。といっても、別にピチカも本気で怒っていたわけでもなく、クラウさんの謝罪の言葉を聞いて、あっさりと矛をおさめていた。

「じゃあおばーちゃん、ピチカにやくそくして」

「はい、ピチカ様」

 クラウさんはピチカの前で片膝をつき、胸に手をあててお辞儀をした。

「二度と、このような勝手な真似はいたしません」

 それは小さな子供にするにしては、すこしやりすぎなくらいの慇懃な仕草だった。

 いま気付いたのだが、彼女はピチカの事を必ず「様」で呼ぶ。そこにどういった意味が込められているのか、僕には見当もつかなかった。

 とにかく、これで一件落着だ。

 そう思ったのだが、事態はここで思わぬ方向へと転がり出した。

 そのきっかけとなったのは、ピチカのこの一言からだった。

「じゃあ、やくそくのおまじない、して?」

「おまじない、ですか?」

 クラウさんが怪訝そうに聞き返しているのを見て、僕は嫌な予感を覚えた。

 まさか、ピチカ。

 ここで『あれ』をする気なの?

 嫌な予感は、ピチカが両手の小指を突き出したことで、確信に変わった。

 そうしてクラウさんはピチカと小さな輪を作り、


 人でごったがえすカフェテラスのど真ん中で、ワルツを踊らされるハメになった。


 上機嫌のピチカとは対照的に、衆目を一身に浴びているクラウさんは、完全に口元が引きつっていた。かなり無理をしているのは明らかだ。

 傍目には親子が戯れているような、そんな微笑ましい光景。

 しかしソレを見て、僕は悪寒を禁じえなかった。

 本気でマズイ事になってしまった。

 僕の軽はずみな行動が、恐ろしい状況を生み出してしまったのだ。

 もし僕の発案だとバレたら、確実に消される。

 国家的ななにかで、チュンッと消されてしまう。

 戦慄に凍りついていると、奥のほうから、結構大きめの「ブヒョヒョ!」という奇妙な笑い声が響いてきた。クラウさんの笑顔がさらに引きつる。つられて笑いそうになるのを、僕は太ももを抓って堪えた。だって、回転するクラウさんが「笑ったら殺す」というドスの利いた眼光を放っているのだ。

 口角を1cmでも上げたら死ぬ。

 僕の五感がそう警告する。

 耐えろ、耐えるんだ僕!

 長い長い耐久レースの末。ようやく解放されたクラウさんは、ドサッと席に座った。その表情は、たった数分で2000kcalを消費したような、やつれたものだった。ご苦労様です。対するピチカは、瞳をピカピカさせてご満悦のご様子。

「これで、おしまい」

「そうですか、それはなによりです」ホッと息を吐くクラウさん。「ところでピチカ様、先ほどの踊りはいったい?」

「あれは、やくそくの、おまじないダンス」

 ピチカが誇らしげに説明を始める。そして僕に「ねっ」という視線を送ってきた。

 ダ、ダメ、ピチカそこから先を言っちゃダメ! と目線で懇願する。

 しかし伝わらなかった。

「シンゴが、おしえてくれた」

 瞬間、空気の質が変わった。

 半そでから伸びる腕に、ぞわわっと鳥肌がたつ。

 この感覚には覚えがある。自分が死に直面している時の緊張感だ。

「は、はは……それはそれは……オガミが……」

 クラウさんは、ゆらり、と幽鬼のように立ち上がった。

 尋常じゃない彼女の気配を察っした人々が、引き潮のごとく後じさる。

 あっという間に僕とクラウさんの周りにスペースが生じた。まるで爆心地に立っているような気分だ。逃げようとするも、足が凍り付いたように動かない。そして、クラウさんの僕を見る瞳が、人間からインパラを狙うメスライオンのそれへと変貌した。


 はい、おわった。


 僕は哀愁が漂う、人生最後の微笑みをピチカに送った。

 何も分からないピチカはキョトンとしている。

 ピチカ、悪いんだけどさ。

 どうやら僕は。

 君との約束を、果たせそうもない。

 遊んであげられなくて、ごめんね。

 再び振り返ると。

 そこには肉食獣の顎を想起させる手の平が、目前まで迫ってきていた。





 窓から暮れなずむ空が見える。

 オレンジ色に染まったホテルの自室、そのベッドで、僕は横になっていた。

 死ぬかと思ったが、どうやら死なずにすんだようだ。

 クラウさんにアイアンクローをされた。

 たったそれだけで大げさな、と笑うやつは想像力が欠如しているおバカさんだ。

 工業用ロボットアームに頭を掴まれてみたらいい。僕とおなじ体験ができるから。

 僕の足は完全に宙に浮いていた。

 よく首がスッポ抜けなかったものだ。

 思い返すだけで肝が凍える。

 すると、額に乗せられていた濡れタオルが、新しい物に替えられた。

 ひんやりと患部を冷やしてくれる。その気持ちよさに瞳を細めつつ、

「ありがとう」

 そう言うと、タオルを変えた存在――ブロッコリー君は「いいよ」と手を振って答えた。

「だいじょーぶ?」

 視界の左端から、ピチカが覗き込んできた。

 耳が左右にペタンと垂れている。心配してくれているのだろう。僕はつとめて笑みを浮かべ、犬耳の間を掻き撫でた。

「僕は大丈夫だよ。それよりピチカ、ごめんね」

「ごめん、どーして?」ベッドに顎を乗せたピチカが、コテンと首をかしげる。

「僕のせいで、せっかくの食事会がパーになっちゃって」

 あのあと、クラウさんに捕食されかけた僕は、偶然その場に居合わせたステラさんによって救助された。

 そうして意識を失った僕が、次に目を覚ましたら、ホテルの自室だった。

 ブロッコリー君がここにいるのは、ピチカを迎えに来たからだ。

 そう。いまは夕方。もう帰らないといけない時間なのだ。

 僕のせいで、ピチカとおばあちゃんとの時間を台無しにしてしまった。

 そのことを申し訳なく思い、顔を曇らせていると、

「ピチカ、たのしかった」

 紅葉のような手が、僕の沈みかけた表情をグニュグニュ揉み出した。

 そして同じ言葉を、もう一度言う。

「ピチカ、たのしかった、よ?」

 その顔に表情らしい物は無い。

 しかし彼女の肩越しに見える尻尾は、風もないのに、ふわりふわりと揺れていた。

 そっか。

 胸に、温かいものが、じわりと広がる。

 僕は陰気臭い顔を消し、精一杯の笑顔を浮かべた。

 そしてベッドから起き上がり、さっきのお返しにとピチカの頬っぺたを両手で挟み込んだ。肌触りは水晶。でも感触はマシュマロ。ちょっと温かい。

 ムニムニと変形させながら、

「僕もだよ、ピチカ。今日は本当にたのしかった」

「ほんとう?」

「もちろんだよ。こんなに心が晴れるような時間を過ごせたのは久しぶりだよ。ピチカ、来てくれて、本当にありがとう」

 そう言うと、ピチカの尻尾がより大きく揺れ出した。

 ピチカは僕から視線をそらしている。照れているようだ。

「また、フリスビーやろうね?」

「んっ!」

 ピチカは僕の手からスルリと離れると、両手を突き出した。小指が立っている。

 おまじないダンスがよっぽど気に入ったようだ。

 あ、そうだ。

「ブロッコリー君、キミもこっちおいで」

「?」

 アフロをかしげるブロッコリー君とピチカの三人で、大き目の輪を作る。

 そして回りだした。

 僕は笑い。

 ピチカは尻尾を揺らし。

 ブロッコリー君は軽快なリズムを刻み。



 この幸せな時間がまた来ますようにと、3人で神様にお願いした。







 つづく








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