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おまけ2 宮殿の中、蚊帳の外





 サルラの西、商業区。

 周囲の建物を圧してそびえる、一件の高級ホテル。

 その最上階。

 ワンフロアを丸ごと一部屋にしたそこは、ごく限られた人間しか泊まることが許されない、VIPルームになっている。

 宮殿を思わせる内装。

 広々とした空間には、選び抜かれた調度品たちが、計算された理論をもとに配置されている。壁には黄金の額縁に彩られた絵画の数々。室内の風景を四角く切り取れば、ここが王立美術館ではないのかと錯覚させてしまうような、荘厳華麗な世界が広がっていた。

 そんな空間の一角。

 窓辺にしつらえられたデスクに、私は座っていた。

 差し込む朝の陽射しが、くすんだ銀髪に光彩を宿らせる。

 私は片手でリンゴを掴むと、無造作にかぶりついた。

 部屋同様、高い品質のそのリンゴは、噛む度に小気味良い音と、芳醇な果汁の甘さを楽しませてくれる。しかし私の顔に浮かぶ苦々しさは晴れなかった。

 もう片方の手で持っている書類を見つめ、ぼやく。

「……無駄か」

 その呟きを耳ざとく聞きつけたジョゼは、キングサイズのベッドに寝転がりながら、ブヒュヒュッ、と不気味な笑いを漏らす。それを叱る気にはなれなかった。

 手元にあるのは『過去のチキュージンの調書』、その写本になる。

 この紙一枚は、人の命よりも確実に重い。

 いま開いているページには、オガミの礫魔法に関する情報が載っていた。

 オガミの土魔法は、チキュージンの世界で使われている「ジュウ」と呼ばれる兵器がベースとなっている。

 中距離用は「アサルトライフル」。

 近距離用は「ハンドガン」「ケンジュウ」。

 この資料により、調査だけでは不鮮明だった部分が解明された。

 それはいいのだが……。

 眉間に出来た皺が、ぐっと深くなる。

 そもそも、この資料をすぐに取り寄せられれば、ここまで時間をかけてオガミの魔法を調査する必要など無かった。

 調査費だってタダじゃない。まして、周囲に嗅ぎつけられない金となると、よけいに限られてくる。先日アホ娘たちが破壊した部屋の修繕費を、国に全額立て替えさせたのとはワケが違うのだ。

 そうして痛い出費までしたというのに、昨日チキュージンに関する調べ物をしたその『ついで』に、ちょっと聞いてみたら、あっさりと全容が解明された。

 まったく、マヌケな話だ。

 重い息を吐く。

 食欲が失せたのでリンゴを皿に戻す。すると細い腕がニョッキリと横から伸びてきて、サッと攫っていった。お前は気楽でいいな、ジョゼ。

 ジュウ(銃)の存在は、複数のチキュージンの証言から判明していた。

 しかしその有用性の低さから、かなり下層の情報レベルとして埋もれていた。

 無理もない。

 たしかに全自動の射撃というのは魅力だ。

 しかし実用性は著しく低い。非力すぎるのだ。

 オガミのジュウが通用するのは、それが魔法で構成されているからだ。

 これが鉄と火薬のみとなると、全く通用しなくなる。最近流行の「鏡面防護処理」を施した鉄の鎖帷子すら貫通は難しくなる。弾が小さく軽すぎるため、簡単に反らされてしまうからだ。

 戦場で使うとなると、どうしても推進力に魔力エネルギーが必要となる。

 しかしそうなれば、武器ひとつのコストが一気に跳ね上がる。それを加工できる腕のよい技師と工房も必要となってくる。

 おまけに射手には、精密なコントロールも求められる。

 つまり大量生産、大量消費とはいかないのだ。

 そもそも、


 チキュージンの誰もが、ジュウの設計図を描けない。


 これでは、どうしようもないじゃないか。

 所詮は子供の絵空事――いや、まてよ。

 そこで私の手が、『何か』のアイディアの尻尾を掴んだ。

 すばやくメモ用紙にペンを走らせる。

 たとえば、サイトウにオガミの――

 そういえばガロの町に――

 あと問題は――

 視線を彷徨わせながら黙考していた私は、そこで、ふとソレに気付いた。

 思考を一時中断し、かるくイラついた声を発した。

「ジョゼ……食い終わった芯をベッドに置くな。それとシーツで手を拭うな馬鹿者」

 幼子に言い聞かせるような注意をジョゼにする。

 すると、

「ふぁ~いぃ」

 あくび交じりの声が返ってきた。

 目元がヒクンと痙攣する。

 こいつ、いくらオフだからといっても、さすがに腑抜けすぎやしないか? ベッドの上のジョゼは、骨が溶けたようにデロンと伸びている。この緊張感の無さ。危険な現場に身を置いている人間とはとても思えない。

 ここはひとつビシッと言ってやろうと思ったが……やめた。

 今のこいつに何を言っても無駄だ。

 放っておこう。

 そう結論した私は、ふたたび資料に目を戻した。

 銃のことは、ひとまず置いておこう。

 とにかく今回のことで改めて思ったが、早急な『守人』との連携が必要だ。

 『守人』とはチキュージンの情報を管理する秘密組織のこと。

 先王(祖父)がチキュージンによる内政混乱を危惧し、極秘裏に設立したのだ。

 その先見の明は正しかった。

 あのダム建設は、若き天才建築家による、世紀の大発明と世間には認識されている。もしこれが高度な文明世界からやってきた人間の手によるものだと分かれば、官僚たちがどういう反応を見せるか? 火を見るより明らかだ。

 だからこそ、国と完全に切り離された守人のような組織が必要だった。

 その機密性は徹底されている。

 チキュージンの情報はすべて、紙媒体ではなく、厳重な呪いがかけられた巫女の口伝によって管理されている。サイトウの喉にも、限定的ではあるが呪術が施されている。守人に接触できるのは王族のみ。

 いま手元にあるこの資料は、あと数分もすれば、ただのオガクズに変性する。

 その徹底ぶりには感心させられる。

 しかしこのままではダメだ。

 せめてジョゼが代理で調べられるぐらいには柔軟化してもらわないと困る。それと、サイトウも『今後使えるように』してもらわないと。仕組みを変えるにはまず、隠遁した祖父を見つけだし、掛け合わないといけない。

 あの冒険好きの爺さんが、どこかで野垂れ死んでなければいいのだがな。

 そしてここにきて、もうひとつ問題が生まれた。

 オガミのことだ。

 遅かれ早かれ、守人にその存在が見つかることはわかっていた。だからあえて、こちらから報告した。オガミの管理は全てウチでやると釘を刺した。「これはピチカ様にも深く関わる事案だ」と説明したことで、一応の了解は得られた。

 しかし油断は出来ない。

 自分たちで管理できないと分かれば、次に何をするかなんて――

 ああくそっ。

 乱暴に髪を搔きあげる。片付けないといけない課題は山積みだ。

 陰鬱だ。せっかく楽しくなってきたというのに、また私だけ蚊帳の外か。

 本当に損な役回りだ。苛立ちをぶつける様に資料をぐしゃぐしゃに丸め、乱暴にクズ籠に投げ捨てた。

 すると、

「今日のクラウは、ご機嫌斜めなのであ~る」

 聞くだけで肩の力が抜けそうな、とぼけた声が後ろから響いてきた。

 もちろんジョゼだ。

 こいつはこいつで、さっきから私に構って欲しいようだ。仕方のないヤツだな。

 そう思って振り返った私は……嘆息した。

「そんなところで何をしている」

「何って、見てわからない?」

 わからないから聞いてるんだよ。

 カジュアルな服を着ているジョゼは、壁とベッドの隙間に、体の半分を挟み込ませ、左半身だけを出していた。左腕と左足をベッドに投げ出し、まるで湯船に浸かっているようなリラックスした表情を浮かべている。

「……それ、寛げてるのか?」

「もちろん。クラウもどう?」一人分のスペースを空けて手招くジョゼ。

「遠慮しておく」

「えー、このフィット感がたまらないのに」

 それが分かるのは、たぶんお前だけだ。

 こいつを見ていると、あれこれ頭を巡らしている自分がバカらしくなってきた。

「もうどうでもいいから、自分の宿に帰れ」うんざりと言う。

「ヤダ」

「ヤダじゃないだろ」

「だってクラウばっかりズルイじゃない。こんな贅沢して。私なんて普通の宿よ?」

「あのなぁ、オガミと同じ宿に泊まりたいと言い出したのはお前だろ。忘れたのか?」

「あっ、そうそう、そのオガミ少年なんだけどさ!」

 突然語気を強めたジョゼは、何の反動も使わず、ベッドの隙間からニュルンと飛び出してきた。妖怪かお前。

 その珍妙な動きにげんなりしつつ、相槌を打つ。

「で、オガミが何だって?」

「あの子、200万ぐらい貰ってたでしょ?」

「ああ」

「だから数日以内に娼婦をいっぱい呼んで、イケナイ祝賀パーティーを催すと私は睨んでたのよっ!」

「ああ?」

「そういう訳でカメラを目一杯仕込んで、360度どのアングルからでもバッチリ対応できるよう準備してたの。それなのにあの子、ぜんぜん呼ぼうとしないのよ? 信じられる? 毎日ドアの隙間からピンクチラシを投げ込み続けてたのによ?」

「お前……」呆れすぎて言葉が続かなかった。

 やけにカメラの申請が多いと思ったら、全部それに使ってたのか?

 いやちょっと待て。

 脳裏に嫌なものが過ぎる。

 まさか、

「まさか近日中に重大な報告があると言っていたのは…………それじゃないよな?」

 否定してくれ、という願いを込めて訊ねた。

 するとジョゼは一度口を閉ざし、こちらを焦らすように間をおいた。

 私は固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 数秒の沈黙の末。

 ジョゼは、それはそれは自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、グッと親指を立てた。

「クラウ、正解」

 私は瞑目して、額に手を添えた。

 正解じゃないだろバカ狐。

「でも困ったわね。もしかして男色系なのかしら? だったらそっちのチラシを」

 ベッドの上でうんうんと唸りだした腹心の部下を見て、私は複雑な心境だった。

 また、人選を間違えたのかもしれない。

 どうして私の使える手駒は、一癖も二癖もある連中ばっかりなんだ?

 やるせない気持ちを、ため息とともに吐き出す。

 と、その時である。



 なんの前触れもなく、いきなりドアが吹き飛んだ。



 縦回転で飛翔するドアは、私とジョゼの間を一瞬で横切り、豪奢な調度品をバキバキとなぎ倒し、シャンデリアの一部を抉り、高級カーペットを剥げさせ、そして壁に激突して、ようやくその動きを止めた。

 たった一瞬で、室内は竜巻が通過したかのようにメチャクチャになった。

 ドアが飛んできた方向へと顔を向ける。

 もうもうと立ち込める粉塵の向こう。

 そこには、血眼になっているステラが仁王立ちしていた。

 彼女の背後にある景色が、はっきりと歪んで見えた。

「ジョオオゼェエエ」

 そして地獄の底から響くような声が発せられる。

 尋常の沙汰じゃない。

 その様子をぼんやり見ているバカに、私は訊ねた。

「おいお前、今度は何をやらかしたんだ!」

「えー、何って」

 ニターと歪んだ笑みを浮かべながら、なぜか嬉しそうに答えた。

「今朝ココに来る前に、ステラが部屋に飾っていたオガミ少年の写真を剥がして、代わりにバッカス様のアップと、スネ毛越しのバッカス様のローアングルと、入浴中のバッカス様と、入浴後のバッカス様のセクシーショットを貼ってあげたの」

 スペースが足りなかったから、ベッドルームの天井一面に貼りつけたそうだ。

 私はくらりと眩暈を覚えた。

 目を覚ました瞬間のステラの悲鳴が、幻聴のように耳に木霊した。

 激怒して当然だ。

「なんでそんな事したんだ」

「面白いからに決まってるじゃない」

 当然でしょみたいな顔をするな。

 って、

「おい、ベッドの下に潜り込もうとするな!」腕を掴んでそれを阻止する。

「クラウ、これ返しといて」ジョゼはベッドにオガミの写真をポイッと投げ捨てる。

「お前が返して来い!」

「やーよ。だって今のステラ、超怖いじゃない」

「お前のせいでだろ!」

「ウフフフー」

「なんで笑ってるんだ!」


「ジョオオオオオオゼエエエエエエ!!」


 ステラの体から放たれる魔力の圧が、突風となって周囲に吹き荒れる。

 壁に飾られた鏡が床に落ち、派手な悲鳴を上げる。

 そして私は、信じられない物を目にした。

 アイツ、弓持ってないか?

 サッと血の気が引く。

 マズイ。

 さすがにここで『ソレ』は洒落にならない。

「待て落ち着けステラ、ここで暴れるのはさすがに――――おいバカやめろ!」

「あっ」


 次の瞬間。


 視界が閃光に染まった。









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